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過去、失ったすべて

「やべっ。思ったより遅くなっちゃった」

 バイトを終えた勇人は(いそ)(あし)で帰路についていた。後輩(こうはい)のミスの片付けをしていたせいで、終わる時間がいつもより三十分以上遅くなってしまったのだ。

 普段、バイトをしている場所も家からは遠く、片道は一時間程度かかってしまう。

「今日のご飯、何にしたのかなー?」

 そんなことに思いを(めぐ)らせていると、(ようや)く家が見えてきた。しかし、明らかに不自然(ふしぜん)だった。

夜も遅くなり、街灯(がいとう)をなしで歩くには心許(こころもと)ないほどなのに、家には明かりがなかった。

「今日は出かけるって聞いてないけどなあ」

 疑問に思いつつも、勇人は部屋へと向かった。部屋の鍵はかかっていない。

「ただいまー」

 部屋に足を()()れた瞬間―――――

「ゆうくん逃げて!!!!」

 部屋の奥からキョウコの叫び声が(ひび)いた。

「キョウコ!?!?」

 勇人が(あわ)てて部屋の奥まで行くと、そこにはキョウコが人影に押さえつけられ、座っていた。

「お前ら、何者だ?」

 その他に、二人ほどの男はいた。キョウコを押さえつける人ともう一人は顔を防護マスクで隠しているのでわからないが、体格から男だろうと推察できる。

 最後の一人の男は―――――須藤だった。

「ごめんね、ごめんね…」

「やあどうも。奇跡(きせき)(さえず)りこと皆沢勇人とは君のことであってるかな?」

 須藤は余裕(よゆう)たっぷり勇人に質問を投げた。

「お前らは何者だって聞いてるんだ!」

 勇人の頭に徐々(じょじょ)に血が上り、感情的(かんじょうてき)になっていく。

「まあ落ち着きなさい。私は無名機関という組織の須藤と言う」

「何の用だ?」

「君は(いく)つもの罪を犯したことは知ってるかな?」

「何の用だって聞いてるんだよ!!」

 勇人は今にも(あば)れ出しそうなほど、感情が高ぶっている。

「第十条、いかなる理由があろうともその能力を人に向けてはならない。私の組織ではこういった法律がありましてね。確認ができているだけでも百三十四件、君はそれを違反していることになる」

「ふざけるな!キョウコを離せ!!だったらキョウコは関係ないだろ!」

「ゆうくん…」

「そういいたいところなんですがね、彼女はその君の犯罪を幇助(ほうじょ)した疑いがある。つまり同罪だ」

 須藤の口元が(ゆが)む。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

「ふざけるなあああ!」

 勇人は感情のままに(なぐ)り掛かるが、須藤はその拳を(てのひら)で受け止めた。須藤の掌は金属が纏わりついていて、勇人の拳を握り潰す。

「ぐっ、ぐあああああ!」

 勇人は痛みのあまり、叫びをあげた。勇人の手からは骨が幾つかはみ出している。悶絶(もんぜつ)している勇人を須藤はその金属の拳で殴り飛ばした。

「ちっ、くそが。ガキが調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

 突如(とつじょ)、須藤の口調が変わる。それこそが須藤の本性(ほんしょう)なのだが。

「ゆうくん!!お願いだから逃げて…私はいいから…」

 痛みで()()している勇人にはその願いは届かなかった。須藤は余裕たっぷりに歩み寄る。

「てめえのせいでなあ、出世(しゅっせ)どころか左遷(させん)されそうなんだよお!この!この!!」

 須藤はその怒りを、勇人を何度も踏みつけることでぶつけた。

「あー、ちょっとすっきりしたぜ」

 ほぼ、いや、完全な八つ当たりではあるが、勇人は手を出せなかった。

「さて」

 須藤は思い出したようにキョウコの許へ戻る。

「俺はな、てめえらみたいな偽善者(ぎぜんしゃ)が心の底から、反吐(へど)が出る(ほど)嫌いなんだ。わかるか?」

「わかって、たま、るか」

「俺はお前たちを許すつもりはない。だがな、皆沢!てめえは生きて連れて返さなきゃいけねえ。つまり、わかるか?」

「何をする気だ…?」

 須藤はおもむろに銃を取出し、その銃口をキョウコに向けた。

「や、やめ―――――」

 銃弾は実に簡単に放たれた。勇人の思いも空しく。

それはキョウコの胸を正確に撃ち抜いた。

「かはっ…」

 キョウコはその場に力無く倒れる。

「てめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

 勇人は(いか)(くる)い、正常な判断を失う。須藤に襲いかかったが、須藤は待っていたと言わんばかりにそれを避け、反撃を()らわした。

 一度は飛ばされるが、勇人はまたそれを繰り返す。だが、同じように繰り返されることはなかった。

 須藤はやはり勇人の拳を避けようとしたが、そうはならなかった。須藤の予想を超え、勇人の拳は須藤の顔面を(とら)えた。しかし、(わず)かに反応できた須藤は金属を(ほお)に集中させ、それを防いだのだが―――――金属は須藤の顔を守りきれず、粉々に砕かれた。

「がはっ……やりやがったな、ガキが!!」

 勇人は更に(たた)み掛けようとした。しかし、須藤の手は既に拳ではなくなっていた。

 纏わりつく金属はその姿を変え、剣を模した刃物へと変化していたのだ。拳をさらりと避けた須藤はその刃物を勇人の腹に突き立て、(つらぬ)いた。

「ぐっ…」

 勇人は一気に力を失い、その刃物に(もた)れる。

「ったく、お前が調子に乗るから悪いんだ。殺す気はなかったんだがな」

 須藤がその刃物を抜くと、勇人もまた、その場に倒れる。

「キョウコ、ハァハァ…キョウコ…」

 必死に力を振り絞り、勇人はキョウコに手を伸ばす。キョウコもまた勇人に手を伸ばしていた。

 二つの手はあと少しで届かない距離にあった。それでも、必死に手を伸ばす勇人だが、先程(さきほど)の傷のせいで体が上手く動いてくれない。

 その手を掴むことさえできれば、キョウコを救えるのに。

「ゆうくん…私ね、幸せだったよ…」

 キョウコの手から力が抜ける。

「キョウコ…キョウコおお……」

 勇人を見詰め、キョウコは力無く、言葉を紡いだ。

「ゆうくん、ごめんね…」



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