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過去、二人の新生活

 二人の新生活が始まった。

 引っ越しから、何から何まで初めてづくしではあったが、それでもそのすべてが楽しいと感じられるほど二人は充実(じゅうじつ)していた。

 間取(まど)りも二人で暮らすには(けっ)して広いとは言えないが、二人はそれを気にすることはなかった。

「ねーねー、ゆうくん」

「んー?どーしたキョウコ?」

「これ、どこに置いたらいいかな?」

「何、その気持ち悪いの」

 キョウコの手には小さなぬいぐるみが握られていた。

「え、気持ち悪いとか言わないでよ!これ流行(はや)ってるんだよ?猫軽(ねこがる)さんって言って」

 確かに言われてみれば猫のような顔をしていて、確かに言われてみれば足軽(あしがる)のような格好をしている。

「そーなの?てか、そんなの好きだったんだ」

「足軽と猫とか斬新(ざんしん)じゃない?ほら、猫って足早いし!」

「そういう問題かよ…」

 (あき)れる勇人を余所(よそ)にキョウコは辺りを見回し、置き場所を探していた。

「キョウコ、ここならどうだ?」

 呆れていても協力的な勇人が指差(ゆびさ)した(たな)には少しの隙間(すきま)があり、そのぬいぐるみを置く分には問題ないところだった。

「えーそれじゃあ(せま)いよ?」

「狭いって充分(じゅうぶん)だろ」

「だってね、後これが十体いるの、(ねこ)武士(ぶし)でしょー、あと歌舞伎(かぶき)(ねこ)芸者(げいしゃ)(ねこ)、それに(ねこ)農民(のうみん)だっているのに!」

「あーはいはい」

「あー!今、馬鹿(ばか)にしたでしょー?」

「してないって。その子たちはお好きなところにどうぞ」

 勇人はもう取り合うことすらしなかった。

「やったー。じゃあちりばめて置こっと」

 無邪気にはしゃぐキョウコはいろんなところへとそのぬいぐるみたちを置いていった。

「そういえばさ」

「ん?」

「あれ、やっぱり欲しいよね?」

 (にご)すようにキョウコが問いかける。なんのことだか、勇人にはまるで見当がつかなかった。

「あれ?」

「うん。あれ」

「あれってなんだよ」

「……結婚指輪」

「…………はっ?」

「だーかーらー。結婚指輪」

「うん。それはわかった。でもな、わかってるか?そもそもこれからの貧乏生活でそんな金は―――」

「わかってるもん!ちょっと言ってみただけだもん!!そもそもまだ結婚できないし!!!」

 なぜそれをわかっていて言うのだろう、と勇人はふと思った。

「キョウコ、落ち着けって」

「ふん」

「そんなことしてると、引っ越しの荷物の片付けが夜までに終わらないぞ?」

「はっ!そうだった!」

 思い出したようにキョウコは片付けを再開した。今度はその手を止めることなく、キョウコが話を切り出した。

「そういえばさあ…」

「ん?」

「名前、とかあった方がいいよね?」

「名前、って?」

「うん。ゆうくんの名前」

「あー。もしかして、人助けの時のってことか?」

「そう!」

 キョウコは正解、と言わんばかりに勇人を指差した。

「んー、必要かな?」

「当たり前じゃん!ゆうくん、もう少し自分の力の自覚を持って!」

「て言われてもなあ…」

「誰に狙われるかわかんないでしょ!ゆうくんの力を欲しがる人はいっぱいいるよきっと。それでね」

 いたずらっ子のような笑顔をキョウコが見せる。

「私、考えてみたの。奇跡(きせき)(さえず)りっていうのはどうかな?」

「…………何それ」

 心の底から、勇人はそう思った。

「ひどい。ここ一週間くらいずっと考えてたのに。じゃあ、さすらいの奇跡っていうのもあるけど?」

「そっちの方がダサくないか?そもそも、奇跡の囀りってどういう意味?」

「んーとね。ゆうくんの力が奇跡なのはいいでしょ?それで、ゆうくんは囀りのようにどこからともなく現れて、いつの間にかいなくなってる、っていう意味でそうしたの。どうかな」

「いや、それを聞いて納得した。それ、いいな」

「やった!じゃあ、私の案、採用(さいよう)で!」

 キョウコは満足したのか、勇人の言葉を待たず、再び片付けに戻った。


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