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奇跡の囀り、その正体

 神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで思案する瀧崎に瑞葉が(おそ)(おそ)る声をかける。

「ね、ねえお父さん。どういうことなの?」

「いや、俺からも説明しないといけないとは思っていた。少し長くなるが、いいか?」

「うん。聞かなきゃいけないことだと思う」

 そんな空気感を(さっ)し、新堂は部屋を後にしようとする。

「では、私はこれで…」

「待て、美那。お前にも聞いてほしい」

「えっ?」

 親子同士の話かと思っていたが、どうやらそういうことではないようだ。

「彼の、蔵下響人という人物がどういう人間なのか。そういう話だ。美那のことだから、あの分厚い報告書をすべて読んでるだろう?」

「は、はい。あれは全て目を通させていただきましたが」

「あれはな、あそこに載っていた事件の概要(がいよう)は須藤の方で作られたものだ。都合のいい真実ばかりしか書いてないから、信憑性(しんぴょうせい)は殆どないと思っておいた方がいい」

「!?」

 新堂は眉を(ひそ)めた。

「どこから話すべきか悩むところだが、順を追って話そうか」

 そう言うと、瀧崎は一呼吸置いた。

「瑞葉、さっきも聞いていただろうが、皆沢勇人という名前に記憶はないか?」

「えっ?私?」

瑞葉は突然振られた話に、意外そうな顔を見せる。

「え、うーん…」

 考え込むが、答えを見つけられそうにない。

「蔵下響人の本名が皆沢勇人。そして、昔遊んでいたゆーくんだ」

 瑞葉からの言葉はない。瑞葉は目を大きく見開き、口元に手を当てた。

「ゆーくん?」

 新堂は聞き覚えのない名前に首を傾げる。

「でも、でも、なんでゆーくんが?」

「まず、仕事の話から始めた方がいいか…」

 新堂が静かに頷く。

「昨日、彼の力を目の当たりにしたことでわかっているとは思うが、彼には特殊な力がある。しかしそれは響人君本人だけではなく、他にもそういった者たちがいる。私たちは彼らを発現者(はつげんしゃ)、そう呼んでいる。そして、そういった者たちが不便なく暮らしていけるように支援し、またある時はその力を悪に利用しようとする者たちを罰していく、そんなところで俺は働いている。無名(むめい)機関(きかん)、と呼ばれる公的な機関だ。響人君の場合は、(いや)しの力だったが、そうではないほかの力を持つ者もいる」

「………ごめんなさい、ちょっとよく話が」

 確かにそんな話を急に信じろということの方が難しいだろう。何不自由なく、平凡(へいぼん)に暮らしてきた瑞葉にとっては。

「ちょっと待って。お父さんもまさかその能力者とかいうものなの?」

「いや、俺は違うが―――」

 瀧崎は新堂に視線を移す。

「私はそうです。言葉だけでは真実味(しんじつみ)はないでしょうが、これならどうでしょう?」

 新堂はどこからか、銃弾(じゅうだん)を取り出し、それを上へと放り投げた。勢いを持って頂点へと辿り着き、そこから重力に従い―――――落下しなかった。

「へっ?」

 気の抜けた声を瑞葉はこぼした。

「もちろん、種も仕掛けもありませんし、手品とはまるで別物です。私は金属の操作(そうさ)を得意としているのです。条件は私の手から放たれること。しかし、鍛練(たんれん)不足(ぶそく)で今はまだこの程度のものしか操作できませんし、その時間もまだまだですけどね」

 新堂が言葉を終えると同時に、銃弾は落下しその手に(おさ)まった。

「私たちは特務課(とくむか)、通称はぐれと呼ばれる課に属していまして、主に他の課で手に負えないものなどを請け負うことが多いです。あまり他の課の方々と交流が少ないので、はぐれなんて呼ばれちゃってますね」

「最後の説明はなくてもよかったな」

「へ、へえー」

 瑞葉はその力が実際に行われてもまだ信用しきれていないようだった。

「ふむ。まあその話はこの程度にしておこう。つまりこういう力があるということを前提で話を進めていくからな」

「う、うん」

「ずいぶんと昔の話になるが、ちょうど、瑞葉が生まれた頃のことだ。私たち夫婦(ふうふ)にはなかなか子供ができなくてね、(ようや)く生まれたのが瑞葉だった。授かった瑞葉を私たちは心底可愛がった。しかし、ある日、瑞葉はある特定(とくてい)疾患(しっかん)(おか)されていると聞かされてね、それは非常に死亡率(しぼうりつ)の高い病気であり、治療法もないと聞かされた。しかもだ。瑞葉はその病気の症例でも見つけた時には症状がずいぶんと進んでいたらしく、五歳まで生きられるかどうかもわからないと、専門家に言われたよ。私は瑞葉を救うために世界中の病院に問い合わせたが、症状を見た途端(とたん)、あきらめる医師しかいなかった。私は絶望したよ…」

 瑞葉は知らされていなかった事実にただただ聞き入ることしかできなかった。

「それでも瑞葉は強く生きた。三歳になる頃には大分症状(しょうじょう)も安定して、少しずつだが希望も見えていたと思っていた。しかし、その度に専門家はそれを否定した。余命(よめい)宣告(せんこく)はいつまでたっても五歳のままだった。そんな時に瑞葉が出会った子が皆沢勇人、そう、あの子だったんだ」

「ゆーくん…」

 感慨深(かんがいぶか)く、思い出すように瑞葉はその名を口にした。

「彼はいつも瑞葉を(さそ)ってくれてね、二人はいつも一緒にいたんだ。そして、二人が外出禁止を(やぶ)ってさまよった翌日。ちょうど検査の日だったのだが、医師はその結果に本当に驚いていた。俺も目を疑ったよ。何をしても治ることはないと言われたその病気が一週間前とはまるで違い、完治していたんだ。何故そうなったかは誰にもわからなかったが、俺は最初で最後、初めて神に感謝したよ。それから、彼とは疎遠(そえん)になったが、俺はその時、この仕事をしていたことである疑念(ぎねん)が浮かんだ。そして、彼を訪ねた。彼はまだ子供だったし、両親の話を聞いてもそんな話はまるで分からないと言われた。それでも俺は何度もその家を訪ね、独自(どくじ)に検証を重ねるうちに彼のその力の始まりが、それこそが瑞葉だったことに気が付いた」

 瀧崎は一呼吸置いた。昔話を思い出してか、その先の悪夢(あくむ)を思い出してか、窓の外に視線を投げた。

「そんなことが…」

 自分の初恋の相手が、自分の命の恩人だったことを知り、瑞葉はやりきれない想いでいた。

「課長はその時、どうしたんですか?うちの規定(きてい)では能力者は発見次第、いかなる理由があろうとも保護(ほご)対象(たいしょう)、場合によっては監視(かんし)対象(たいしょう)になりますよね?」

「あぁ。だが、俺にはそれができなかった。俺は上への報告はしなかった。いや、瑞葉を助けてくれた彼を差し出すような真似(まね)はできなかった。だが、それが間違いの始まりだったのかもしれない…」

 瀧崎は、思い出したくもない記憶をゆっくりと呼び起こした。



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