奇跡の結果
二人とも緊張感から解放されたことでか、瑞葉は再び父のベッドの横に腰掛けると、すぐに父に覆いかぶさるように眠っていた。
新堂も壁に背を預け、腕を組んでいるが、目は瞑っていて、睡眠をとっているようにも見える。
そのまま、二人は朝を迎えた。朝の日差しに誰よりも早く起きたのは、瑞葉でも新堂でもなく、瀧崎の父だった。
意識をぼやけさせながら、体を起こした。壁に靠れかかる新堂を見て、僅かな驚きを見せるが、事故の記憶もはっきりとしているためか、なんとなくの想像はついた。
「ふむ…」
考えるように顎に手を当て、何かを思案する。そこで瑞葉の腫れぼったい両目に気づく。三日三晩泣き通した後遺症だろうが、それでも愛らしい寝顔をしていた。
「瑞葉…」
実に穏やかな表情で瀧崎は瑞葉の頭を撫でた。
「無事でよかった。瑞葉…」
家族の中でも、自分自身より大切にしてきた娘の姿を見て、何より安堵した。
新堂もゆっくりと目を開けると、起き上がっていた課長を目の前にして、感涙した。
「課長!!」
すぐに駆け寄る新堂だったが、瀧崎は人差し指を口元に当てた。
「美那、しーっ、ほら」
瀧崎は小声で新堂を諭し、その口元の指を下に向けた。
「あっ、申し訳ありません、課長」
「こんな時でも堅いんだな、お前」
嬉しそうに瀧崎は言葉を紡いだ。
「あ、いえ。そんなことは…」
からかっているわけではないのだが、たじろぐ新堂を見ている瀧崎は楽しそうだった。
「あ、課長」
「なんだ?」
「私、ちょっと報告してきます。またあとで戻ります」
「そうか。わかった」
新堂は物音を立てぬよう、病室を後にした。気を使った新堂の甲斐も空しく、瑞葉が目を覚ました。
「ん、んー」
瑞葉は起き上がると、体を伸ばし、そこで漸く目を開けた。涙で何度も願った奇跡が、そこにはあった。
「お父さん、お父さん!お父さん!!」
何度も呼ぶ父に瑞葉は抱きついた。
「おぉ。瑞葉、大丈夫か?」
「お父さん、お父さん、お父さん…お父さんんんん」
「よしよし。瑞葉、心配かけてごめんな」
「よかった…私、お父さん死んじゃうんじゃないかって、もう目覚めないんじゃないかって、すごく怖くて…これ、夢じゃないよね…?」
「あぁ。確かに俺はここにいる」
しばらく抱き合っていた親子だったが、瑞葉が満足したのか、瀧崎から離れた。
「私ね、お父さんにいっぱい聞きたいことあるの」
「ああ。それは俺も同じだ。だがその前に、腹減らないか?」
「うん。減った。いっぱいお腹減った。ここ何日もまともに食べてないから…」
「そうか。とりあえず、飯にしよう!」
瀧崎の提案で、病院の食堂へと向かったのだが、その途中で医師に見つかり、そこからいろいろな検査が行われた。
医師はその検査の結果を目の当たりにして、有り得ない、こんなこと、有り得ないと何度も呟いていたという。それもその筈だ。検査の結果は全て正常、まったくの健康体であると証明していたのだ。
そうして、すべての検査を終えたのが昼頃で、瑞葉も父のことを待っていたため、結局飯にありつけたのは昼食だった。
「なんで俺だけ病院食なんだよ…健康体だぞ?」
「お父さん、文句言わないの」
「俺もお前の手料理が食べたいよ…」
「あら、いつもは美味しいとも言わないで黙って食べてるじゃない」
皮肉で返したのは瑞葉の母、つまり瀧崎の妻だった。
瀧崎が目覚めた後、すぐに母へ連絡がいき、しかし、すぐに駆けつけることはなく、瑞葉のお弁当まで作ってから、この病室を訪れていたのだった。まるで、こうなることをわかってたかのように。
「なあ、瑞葉。おかずひとつくれないか?」
「え、やだ」
「なー、頼むよー。病院食、全然味薄くて口に合わん」
「でも、お父さんまだ病人扱いだもん。それで我慢しなさい」
まるで母のような口ぶりで瑞葉は瀧崎を一蹴した。それでも瀧崎はめげない。
「タコさんウインナー一つだけでいいから」
「だーめ」
「じゃ、じゃあ卵焼きでも」
「だめったらだめ」
瀧崎は肩を落とし、それ以上は何も言わず、病院食の箸を進めた。
「あら、もうこんな時間じゃない」
不意に母が時計に目をやった。
「私、午後からお茶会の予定があるからこれで帰るわね」
「えーお母さんもう帰るのー?」
「まあ、お父さんのことだもの。もう大丈夫でしょ」
「なんだ。あんまり心配してなかったのか?あんな状態だったってのに」
「心配っていうより、どこかで私は貴方が死ぬはずないって思ってたもの」
長年連れ添った相手だからこその勘なのだろうか。
「じゃあ、二人とも仲良くするのよ」
母は荷物をまとめると、そそくさと病室を後にした。それとすれ違うように新堂が病室を訪れた。二人はすれ違いざまに軽く会釈をしていた。
「おお、美那。何か土産でも買ってきてくれたか?それがこの病院食がよ―――」
病院食がいかに人の口に合わないかを延々(えんえん)と力説する瀧崎に安心したのと同時に新堂は損をした気分でもあった。
「もう、そんなに元気なんですね…なんだか、心配する必要もなかったのかもしれませんね」
新堂は呆れたように溜め息を吐いた。
結局、散々(さんざん)文句を言い散らかした瀧崎だったが、その病院食をぺろりと完食した。それと殆ど同じくして、瑞葉も母の弁当を食べきった。
「ふう。ちょっと足りないが、まあいい」
「文句ばっかり、お父さん」
箸をおいた瀧崎は、その表情を自ら切り替えた。
「で、だ。俺の寝てる間に何があった?自分が重傷だってことはさっき医師から聞いたが」
「あ、はい。報告させていただきます」
「私もお父さんに聞きたいこと―――」
「瑞葉、後にしてくれ」
瀧崎の先ほどまでの雰囲気はどこかへ消えていた。
「ですが、その前に…課長。瑞葉さんが同席していて構わないのですか?」
「あぁ、いい。話せ」
「わかりました。えーではまず、事故の件から。観覧車については整備不良とのことで、警察の方では事故として処理されていましたが、不自然な点がいくつかありました。ですが、まだその点に関しては調査中のため、完了次第ご報告させていただきます」
「ちなみにどんな点だ?」
「えー、ほとんどが細かいことなので無関係の可能性は否定できませんが、一点はその当時の監視カメラの映像で、観覧者が落ちてくるのに逃げ惑う人々の中で終始微動だにしない人影が二つ確認できました。現在、映像は解析中になります。もう一点は、整備不良とされている箇所ですが、何か人為的な傷のようなものがありました。それが落下の直接的な原因ではないかもしれませんが」
「…なるほど」
「はい。そして、昨日のことです。上層本部の方が掴んだ情報により、奇跡の囀り、皆沢勇人の行動を捉えることができたといわれました。それは課長の襲撃、襲撃と呼んでいいものかはわかりませんが、その可能性が浮上してきました」
淡々と新堂は報告を続けるが、それを瀧崎が制した。
「その、情報元は?」
「情報元は不明ですが、リークされたと情報を持ち込んだのは須藤さんです」
「そうか。続けてくれ」
「はい、そして昨夜。警備を敷いたのですが、どこからともなく彼は現れました。そして、彼は課長に力を施し、そのまま抵抗することなく捕獲いたしました」
「………それは確かに皆沢勇人だったのか?」
「課長の健康状態から見ても、本部の方での確認でも間違いなく、皆沢勇人その人でした」
瀧崎はそれ以上何かを言うことはなく、その両手で顔を覆い、俯いた。
――何てことだ…
――一度ならず、二度までも彼に命を救われたというのか…
「課長…?」
「お父さん…?」
二人の呼びかけにも応答しない。
――俺は、俺は、彼になんと謝ればいいのだろう……
しばらく考え込むが、おもむろに顔を上げた。
「すまない。美那、他には何かあるか?」
「えー、今現在ですが、彼は本部の地下五階の研究部門の施設に保護しています。しかし、依然何かを話す様子はなく、部隊課に引き継ぎをいたしました」
「そうか。わかった」




