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病室の攻防

「やめてええええええ!」

新堂と響人の間に瑞葉が割り込んだ。

「美那さん、どうして…?なんで、こんな(ひど)いことするの…?」

目を真っ赤にした瑞葉は更に涙を零している。

「私には、これは任務なの。瑞葉さん、避けてください」

「美那さん、言ってたじゃん…お父さんにいっぱいお世話になったって。お父さんに元気になってほしいって…なのになんでこんなこと…」

新堂の心が()らぐ。痛いほどに瑞葉の気持ちを理解できたからだろう。

「わかっています。わかっているんです!でも、私は任務を優先する!瀧崎課長にもそう教えられたから!!」

感情的になる新堂に、瑞葉はそれでも(くっ)しない。

「そうだとしても!私はここから動かない!!お父さんは命を()けて私を守ってくれた!今度は、今度は私がお父さんを守る番なの!!」

「お願い瑞葉さん…あなただけは撃ちたくないの…わかって」

「貴方こそわかってよ!!お父さんがどんな思いで今眠ってるか、何が正しいかくらいわかってよ!!!」

新堂の銃に再び力が籠められる。

「私は、わかっているつもり。瀧崎課長ならどうするか…!」

「そんなことない!お父さんなら―――」

感情的になった二人を制したのは響人の一言だった。

「もういい。瑞葉」

「でも!!!」

「いいんだ。そこをどいてくれ」

「なんで…?響人さん…なんで…!!」

「いいんだ。君がここで死んでどうする。命を懸けてどうする。瀧崎さんが目覚めたとき、瑞葉がいなかったら、瀧崎さんはどれだけ後悔するかわからないと思わないか?」

「なんで…なんでみんなわかってくれないのよ…」

悲しみに明け暮れた日々を終わらせる唯一の希望を失いかけていた瑞葉は、その言葉に力無くしゃがみこんだ。

「これでいいだろ?撃ちたかったら撃ってくれ。僕はなんの抵抗もする気はない」

響人はその言葉を最後に新堂という存在を意識の外に弾き飛ばした。そして、父の手をすくい上げ、静かに目を閉じた。

「私だって。私だって…」

「お願い…やめて、美那さん…」

新堂は今度こそ決意して、その手に力を籠めた。照準(しょうじゅん)をしっかりと合わせ、引き金に掛けた指に意識を集中させる。

この距離で外すことはないだろう。新堂もまた、外す気などなどさらさらなかった。

そして―――――

――ごめんなさい。瀧崎課長…

引き金を引き絞った。銃弾は実に正確に発射されたはずだった。しかし、それが響人を(とら)えることはなく、窓ガラスを一枚、粉々にするだけに留まった。

――どうして…?

「バーカ」

新堂は耳元で聞こえた罵倒(ばとう)に振り向いた。そこに立っていた鈴沢が眠そうな顔のまま、目を擦っていた。

「せっかくの不測の事態だってのに、五百二十八ページの成果がまるで出てないじゃねえか」

「先輩…」

どこかホッとした新堂の頭を、鈴沢は軽く小突いた。

「お前はな、生真面目(きまじめ)すぎるんだよ。確かに仕事はしろって言ったけど、銃をぶっ放せなんて一言も言ってないぞ?」

「でも私…」

「あーわかってる、わかってる。お前の言い分はわかってるから。まあそんなこともあるわな」

「先輩…ごめんなさい…」

 すべてを見透(みす)かしたかのような鈴沢は新堂の言葉を受け入れた。

「お前が失敗することくらいわかってたっての」

新堂は抑えきれない思いで鈴沢の胸に飛び込んだ。

「ったく、世話の焼けるやつだな。おい、必要なだけ待ってやるから、課長を治してやってくれ」

「ありがとう。感謝する」

響人は目を(つむ)ったまま、言葉を返した。

「いいってことよ。逃げようとしたって俺が斬り捨ててやるから」

 その言葉に響人が反応することはなかった。

――しかし、まるで雰囲気が変わったな…皆沢…

 鈴沢は響人を見詰め、昔の記憶と照らし合わせていた。

 そして、待つこと数分。

 響人は静かにその目を開けた。

「ふぅ。終わりました」

 その頃には感情的だった瑞葉と新堂も落ち着きを取り戻していた。瑞葉は目を真っ赤にしていたが、泣きすぎたせいだろう。

 父の手を離し、響人は両手を上げる。

「最初から言っていたけど、抵抗する気はさらさらないよ。これでいいかな」

「協力に感謝する。手錠は…必要なさそうだな」

「あぁ」

 ゆっくりと響人が鈴沢に歩み寄る。

「新堂、お前は残れ。瑞葉さんの(そば)にいてやれ。それと、課長の状態に変化があったら、すぐに知らせてくれ」

「は、はい!」

 毅然(きぜん)と振る舞う、今までの新堂の姿を取り戻していた。

「じゃあ、後は頼んだ」

 その言葉を残し、鈴沢は響人を連れて病室を後にする。響人は病室を出る間際(まぎわ)、小さく呟いた。

「ありがとう。みーちゃん」



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