第六十四話 里を歩けばぶっきらぼうに当たる
火の精霊の里へ来てから数日、その間は火の精霊の恩人として里中から盛大な歓迎を受けた。最初の内は私がここで暮らすと思っての事だったらしいけど、そうではないと知ってからも残念そうにしながら大切に扱ってくれた。特に外の情報を持っていることで里の人達の興味を引き、毎日誰かしらに囲まれている。
……ただ一人を除いて。
「おい、長が呼んでる。さっさと来い」
こいつだ。彼、アヒムだけは当初からの粗暴な態度を改めようとしない。長がちょくちょく頭をはたいて注意しても全く直す気はないようだ。呼び方だって「おい」「お前」とそればかりで、私も最初は訂正してたけど今はもう諦めている。
ただ、他の人達は一体どこの社長だってくらい接待して丁寧に対応してくれるのでどうしてもこっちだって気を遣ってしまう。フォンターナにいた頃もメイドがお世話してくることに最初は慣れなかったけどあれが仕事だからってことで納得できた。ここでは小さな子供までやたら持ち上げてくるので勘弁してほしい。
なので唯一ぞんざいな彼の態度を前にすると肩の力が抜けるというか気楽でいられる。それを察してくれるのか、私に何か用がある時はみんな彼を使いとして利用するようになったのだ。今回もちょっと気分転換に散歩に出掛けていたところを捕まった。横には妙に大人しいユーマを連れて。
不思議な事に男嫌いのはずのユーマは彼にだけあまり敵意を見せないどころか、むしろ気を許している感すらある。ちょうどいいとばかりに私とユーマの担当を割り当てられたから今回も運動に連れ出したついでに、とメッセンジャーになったのだと推測された。
「はーい。何の用だって?」
「知るか。またお前の顔を見に来た奴らの相手しろとかそんなんだろ」
これである。この程度ではもはやどうということは無く私のスルースキルもずいぶんと鍛えられたものだ。だけどそんな私でもここへ来てから気になる事が一つあった。アヒムと共に帰り道を歩きながらそれを何の気なしに呟いた。
「何か見られてる気がする」
ここでは私は火の精霊の恩人、いわばVIP待遇で割と注目を集めるのは理解している。
けど何というか……尊敬や畏怖とは違う、生暖かい視線を感じていしまうのは私の自意識過剰じゃないと思う。不気味に思われたり不信感、逆に暖かく迎えられたことはこれまであったけど今まで感じた事の無い種類の雰囲気が気になって仕方ない。
「気のせいだろ」
だけどアヒムはそれをすっぱり切り捨ててくれた。言い方がひどいのはいつものことだからいいとして、考えもせずに言い切るのはどうかと思う。
「そりゃ無神経が服着て歩いてるような人は気付かないよね」
「あ?」
ギロリと横目で睨まれたのを素知らぬ顔で流す。実害はないから放って置いてもいいけど今度誰かに聞いてみようと内心決意した。
…………
長の館まで戻るとアヒムはさっさと行ってしまった。ユーマを小屋に繋いでくるんだろう、馬小屋のある方角へ向かう彼の背を見送って館へ入る。既に応接室にはにこにこと機嫌の良さそうな長が待っていた。
気味が悪いくらいの笑顔に若干引いていると座るように促される。そこからお茶とお菓子が出され、一口ずつ味わったところで長が本題を切り出した。
「他でもない、貴女にお願いしたい事があってお呼びしました」
「はぁ、また神の力を見せてほしいとかそんなんですか?」
焼き菓子をかじりながら尋ね返す。現にここへ来てから住人に乞われて様々な力を振るっている。火の精霊は火や熱に関する事なら何でもできるけどそれ以外の、例えば物を持ち上げたり怪我や病気を治したりは専門外だという。ちょっと見せつけるだけで里の人達からの尊敬と信仰が高まっていくからヴェルト様もご機嫌で大盤振る舞いしてくれたのだ。今回もそれかと首を傾げたらどうやら違うらしい。
笑顔なのは変わらず首を左右に振って否定し、私の予想もしてなかった事を言い放った。
「貴女に火の精霊様の名付けをして頂こうかと」
……何で私? 真っ先にそう思った。確かに里の人達は皆「火の精霊様」って呼んでたけど名前自体が無いとは。まぁヴェルト様も人間に忘れられて名前を失くしたと言ってたから自分で名乗っても意味がないんだろう、恐らく。だからってどうして私が名付け役に指名されたのか突っ込みたい。
「いやいやいや! 私なんかが決めていい物じゃないですし! こういうのは里の人達で決めるべきでしょう」
「我々もそのつもりでいて、何度か話し合いをしたのですが……名誉な事ではあるものの責任が重すぎて皆尻込みしてしまったのです」
ああ、そういうのよくあるある。下手な名前つけて後から文句付けられたらって考えると立候補もしづらい。だったらいっそ後腐れの無い外部の人間に……って気持ちは分かるけど私だって急に言われても困る。一体誰が最初にそんな事を言い出したんだ。
「困っていたところ、火の精霊様が神にお尋ねになりまして。聞けば神に名を与えたのも貴女だとか、それならば是非と満場一致で決まりました」
何してくれてんのこの神はっ! 放って置いてもその内決まっただろうに、神が介入してきたら誰がそれを名付けた人間を拒否できるって話だよ! ……本当に余計な事を。
恨めし気に見上げると悪意など一切存在しないような声が降ってきた。
≪我の名の由縁を問われ、答えた。それだけだ≫
……せめてあらかじめそういう話があるってことを教えてほしかった。力が抜けて椅子に深く腰掛けると長が不安そうに私を見ている。
「引き受けては頂けないのですか」
……ここで拒否したら神に名前を付けて火の精霊にはどうして名付けてくれないんだ、と不満が出てくるかもしれない。そうなると折角いい感じに集まった神への信仰が一気にマイナス方向へ傾きかねない。私へもそういう感情を持つだろう。断るという選択肢が最初から無かった気がする。
引きつり笑いを浮かべて頷くしかなかった。
…………
「で、何であんたがついてくるのかなぁ」
「お前が妙な名前を付けようとした時阻止する為だ」
名前を考えるにも当の精霊を前にしたらいい名前が浮かぶかも、そう考えて火の精霊の元へ向かう私に何故かアヒムまでついてきた。他の人は全面的に任せてくれたってのにこの言い草、単なる天邪鬼じゃないかって気がしてきた。
「私は頼まれてやるんですけど? 文句は長とか上の人達に言ってよ」
そう思うとやり返す余裕も出てくる。彼もここで暮らす人間である以上長の決定には逆らえないと知っているからの効果的な返しだ。案の定言葉に詰まり、ごまかすように別の話題を切り出した。
「そ、それよりお前は一体いつまでここにいるつもりなんだ」
「まだはっきりと決めてないんだ。春になるくらいまでいさせてもらえたらいいとは思ってるけど……流石に長すぎるか」
豊かな里ではあるけど衣食住全て世話になっていて、かつ仕事をしていないというのは心苦しいしこんな居心地のいい場所でちやほやされてたらいずれ旅する気を失くしてしまいそうでそれが怖い。里の人は私がここに居座っても歓迎してくれそうだから私がしっかりした意志を持たないと。
「ふぅん。その間せいぜい爺さん共のご機嫌取り頑張れよ」
「そういう言い方やめてくれない?」
「通じりゃいいだろ」
「よくない!」
軽く言い合いをしながらしばらくして例の、火の精霊と最初に会った部屋に辿り着いた。あの時と同じように燭台に火が燃え盛っているけど今は実体を持った本人が出迎えてくれる。
鮮やかな色の髪を揺らしながら綺麗な微笑みを浮かべ近付いてきた。
「二人で来たの? 仲がいいのね」
突然何を言うのかこの精霊は。別に嫌いではないけどそういうからかいを受けるのは心外だ。そしてそれは隣のアヒムにとっても私と同じだったようで、彼にしては珍しく恭しく跪いて口を挟んだ。
「火の精霊様、お戯れを。彼女は火の精霊様の恩人故に丁重にもてなしているだけのこと、個人的な信仰を持っている訳ではありません」
おお、まともな話し方もできたんだ。乱暴でぞんざいな口調の彼も、流石に信仰対象へは真面目な態度を取るらしい。ただ、「丁重」の部分については異議を申し立てたい。
「へー、丁重に扱ってたんだ。あれで」
「あれで十分だろ」
「ほら! 火の精霊様も聞きましたよね? いっつもこんなんなんですから」
跪いた姿勢から横目で睨んでくる器用な真似をしながら私への悪態を忘れないのは逆に感心する。目の前で言い合っていると火の精霊が小さく声を出して笑っていた。
この感じ、まただ。ちょくちょく感じる生暖かいあの雰囲気と近い。
「二人共気が合うみたいで何よりね。これなら結ばれても安心ね」




