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第五十五話 乙女のプライド

 辺りがすっかり暗くなった頃、部屋の扉が叩かれると私は村長一家に連れられ館を出る。小さな広場だった場所では周囲に幕が張られ沢山の人間で賑わっていた。多分村人全員が集まっているのだろう、昼間は見かけなかった老人や赤ん坊までこの場にいる。それだけこの行事と言うものは大切なものなのかもしれない。

 そしてその最奥に一段高くなった席が設(しつら)えられていて、既に誰かが座ってもてなしを受けていた。


「……あの人が火石を採ってきたんですか?」

「そうだ、これは功労者を労う為の宴で村人全員が集まるものだ。お嬢さんにもこの村に滞在しているからには同じようにしてもらいたい」


 それくらいなら、と頷くと円座の一席に通されたので大人しく宴の開始を待つ。隣ではクルトがそわそわと落ち着かないけど何かあるんだろうか。


「フィノさん、クルトね、初めてなんだ」

「こら、静かにしなさい。ただの宴会なんだからそんなに珍しいものでもないでしょう」


 黙っていられなかったクルトがこっそり私に話しかけてくるのをドリスさんがたしなめる。クルトの年齢からするとそこまで頻繁に行っている訳でもなさそうだ。

 やがて周囲の声が一人また一人と静かになっていくと村長さんが皆の前へ出て咳払いを一つ。その体格に相応しい大きな声で広場全体に向けて宣言した。


「村を潤す山の恵みが新たに届けられた。感謝を込めて宴を執り行う!」


 そして宴会が始まった。皆が思い思いに飲み食いして、私にも大皿から取り分けられて目の前に差し出される。香辛料が乏しいのか塩が味付けの主役でどれも塩っ気が多い。流石に最初の夜みたいな塩スープはなかったけど鶏の塩釜焼きは添えられた塩の塊が余計だった。

 終わらない塩味に辟易(へきえき)していると村長さんが私に向けて手招きをしているのに気づいた。何かと思って近づくと高座の人物へ挨拶をするように、との事らしい。


「これもこの村のしきたりでな。旅人であっても従ってもらおう」

「わかりました」


 ちょっと挨拶するくらいなら大したことじゃないのでそのまま村長さんに先導されて高座へ向かう。何故か周囲から視線が集まったのがちょっと気になったけど見ない振りをした。

 さて、いざ石を採ってきたという功労者を前にするとその人物は想像よりずっと若かった。年齢は多分二十歳そこそこ、短めの薄い灰色の髪は丁寧に整えられたとは言えず乱れ放題。その髪の隙間から覗く赤紫色の瞳が強く私を睨んでくるのが印象的だった。


「彼女が明日、村を出る者だ」

「……こんばんは。火石を採ってきてくれてありがとうございます」


 互いに何も言わず睨み合うような態勢が続いていたのを打ち切ったのは村長さんだ。……確かに火石を買うという名目で滞在してたんだから明日にはもう用はないと考えるのは当然だけど勝手に決められて少し不愉快だ。そんなに私をこの村から追い出したいんだろうか。

 それでも一応挨拶をすると彼の視線が上から下へ、徐々に降りて足の先まで落ちたところで村長さんに顔を向けて頷いた。何か失礼な態度を取られた気がする。


「……いいだろう」


 初めて口を開いた彼の声はどことなく聞き覚えがある気がした。それよりも何がいいというのか、言ってる意味がさっぱり分からない。

 だけど村長さんはその意味を理解しているのか緊張した面持ちから途端に気が抜けたように息を吐いた。……どうせ話してくれないだろうしこの状況から推理してみよう。ここは宴会の席で、目の前にいるのは主賓。で、色々もてなそうとしている訳だから……もしかして、私にホステス役やれってこと?

 確かに村に若い女の子はゼロだし私しか適任はいないんだけど、まさか今の台詞も「この程度で勘弁してやる」ってこと? ……何その上からな態度。ムカつく!


「もういいぞ、下がれ」

「え?」


 内心で腹を立てていた私の怒りは肩透かしを食らった。てっきりこの後酌だのなんだのやらされると思ってたのに向こうは私に興味を失くしたように盃を口にしている。戸惑っている内に村長さんに元の席まで戻されて結局何だったのか分からなかった。接待役というのは私の勘違いだったのか。それなら余計な仕事をさせられなくて良かったというだけの話なんだけど……


「……それはそれでムカつく」

「何が?」

「あっ、な、何でもないから!」


 つい呟いた一言をしっかりクルトに聞かれて慌ててごまかした。

 そりゃ私だって自分が絶世の美女だとは思わないし、私の顔が好みのタイプじゃないって人は世の中に沢山いると思うけど。だからといって門前払いされる程イケてない訳じゃない!

 そういう目で見られるのは嫌だけど全く興味を持たれないのも嫌だという、複雑な女心というものだ。表に出せない苛立ちは後でヴェルト様にでも愚痴るとして、今は折角なのでこの宴会の場を楽しもう。

 素っ気なかった他の村人も宴会の空気で浮かれているのか次々に料理の皿を持ってきてくれたり飲み物を注いでくれる。それらを受けて結局私が部屋で休めた時にはお酒と疲れのせいでフラフラになってすぐさま眠りに着くことになった。


…………


≪……遥≫


 ぐっすり眠っていた私がヴェルト様の声に反応したのは、本当に偶然だった。寝床に辿り着いた瞬間眠くてたまらなくて夢すら見てない程だ。折角の心地良い眠りを邪魔された今は少しイラッとしてつい返事をサボってしまった。


≪遥、目覚めよ≫


 こんな夜中に何だというのか。どうでもいい話ならこのまま無視しておきたい。それくらい眠くて眠くて仕方がないのだ。


≪部屋の外から村長とその息子が中を覗いているが、構わんのか≫

「……!!」


 聞いた瞬間叫ばなかった自分を褒めたい。ぼんやりした頭がたちまち覚醒して、暗闇に目を慣らすと扉に僅かな隙間が生まれている。そこから耳を澄ますと微かに話し声が聞こえてきた。


「どうやら薬は効いたみたいだな、よく寝ている」


 覗きだけだったらまだよかった。いや、よくないけどそのことよりもいきなり聞こえる不穏なキーワードにゾッとした。薬って、もしかしてやたら宴会で食べ物勧められたのもそれ? 私には何も効かないからはっきり分からないけどこの様子だと睡眠薬の類だろうか。若い女の子に薬を仕込むとかそれだけで犯罪臭がすごいけどどうやら単純に私を襲うつもりではないらしい。


「父さん急ごう、山の人が待ってる」

「そうだな。久しぶりの上物だ、向こうも随分気に入ってくれたようで火石を弾んでくれたよ」

「クルト達が育つまでに十五年は覚悟してたからなぁ、運が良かった」


 私の運は最悪ですが。色々気になる会話ではあったけどゆっくり考える時間は与えられていなかった。キィ、と蝶番(ちょうつがい)が軋む音がして部屋の空気の流れが変わる。床を踏みしめる音が近くまで迫ってくると私は必死に脳内で叫んだ。

 ヴェルト様! この人達を止めてください!!


≪了解した≫


 眠った振りのままで目が開けられないままの私に自信に満ちた声が掛けられる。するとその途端男二人の苦しそうな声が私の耳に届いた。


「ぐっ!」

「がぁっ! な、何だ!?」

「何のつもりですかっ!」


 そして私も飛び起きて手近にあった椅子を抱え二人に対峙する。二人がかりで襲われたらこれを振り回して武器代わりにするつもりだ。今までにない危険を感じて真剣に相手を見据えた……のだけど。


「……あの、これ何ですか?」

≪相手を傷付けず、且つ遥に危害を加えられないようにしておいたのだが≫


 小声の突っ込みはしっかり聞こえていて回答してくれた。

 深夜の襲撃者二人はロープでぐるぐる巻きにされて蓑虫(みのむし)状態で床に転がって呻いていた。結び目は頑丈でロープに緩みも無い、無駄にいい仕事が施されている。どうしてこういう時には生き生きと普段以上に気を回してくれるのか。ともかくこれなら抵抗もできまい、圧倒的有利状態での質問タイムが始まった。

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