第五十三話 神の答は神
村の最奥を目指して歩くけど意外と遠い。もうかれこれ五分くらいは崖と崖の間を道なりに歩いている。途中には目を引くものなんてなくて無駄足かと思い始めた頃周囲の雰囲気が変わった。
「……花?」
道の脇に、名前を知らない小さな花が所々に咲いている。普通なら気にもしないのだけど冬に咲く花だとしてもこれまで全く見た事がなかった。近づくと周囲の気温が明らかに違う、風は止み骨身に染みる寒さから夏の高原のような爽やかな涼しさを感じる。こんな道端にも何かの仕掛けを?
そこから更に少し歩くと、目の前に一面広がる畑に私の目は奪われた。
「……なるほど」
さっき感じた違和感の正体はこれか、と納得した。私の目の前には青々とした葉物野菜がまさに収穫寸前のところまで育っている。つい忘れがちだけどここは異世界だ。日本のように季節外れの野菜が手に入るなんてまずあり得ない。せいぜいが保存のきく芋類や豆くらいのものだし他の街でもそうだった。厩で違和感を覚えたのもそれだ。馬と言えばニンジンだ、と流してしまったけど冷静に考えればそんなに気軽にホイホイ与えられるものじゃないはず。
……季節を問わず農業ができるなら食料も豊富だし、他所に知られたら精霊信仰が見つかってしまう。下手したら国やらに目を付けられてひたすら搾取されるかも。私一人で食事をするようにされたのも食べてる物が違ったからだろう。
「じゃあ、赤華晶を売るのはそれで村が成り立ってますってアピール?」
若干こじつけだけどそれくらいしか理由がつけられない。後は単純にたくさん採れるから? 謎を解く為に色々調べてるのにまた新たな謎が増えた気がする。
「ヴェルト様、この中で火の精霊の力を感じる場所ってわかりますか?」
とりあえずはどんな方法でこれだけの広さで気温を維持しているのか気になったので確かめてみることにした。了承があって少しすると答えが返ってきた。
≪……前方へ百三十八歩、右へ四十七歩の地点が最も近い≫
「わかりづらっ」
聞いてはくれない苦情を呟いて、言われた通りに進む。一定の歩幅を意識しようとしたけどそうすると逆にぎくしゃくして不自然な歩き方になってしまった。それに畑に痕跡を残さないよう野菜をうっかり踏んづけるのもアウトだ。結局思った以上に時間を掛けて辿り着いた場所にはある一か所だけ、野菜の植えられていない小さなスペースが設けられていた。
「何にもないですね、本当にここでいいんですか?」
≪その地中を探ると良い≫
疑いの目を向ければ当然の如く言われたけど手持ちに何もないのにまさか素手で掘れと言うのか。多少の土汚れは別に構わないけどそんな状態で戻ったら目立つじゃないか。特に爪の間の汚れは目立つ、と絵具で同じ経験をしたことを思い出した。仕方ないので道を戻って途中の崖から細長い石を探しそれを使ってざくざくと掘る。十センチ程掘ったら石の先がカツンと何かにぶつかる感触がした。手で軽く土を払うと赤華晶が埋まっていた、それも特大サイズで。
「こんなに大きいのもあるんだ……」
剥き出しのそれに手を伸ばし触れてみる。私からしたらただのきれいな石だけど私を通して知るヴェルト様にとっては違うらしい。なるほど、と何か分かったような事を言っている。
「何か気付いた事あります?」
≪これは、火の精霊直々に力を注いだものだ。直接火の精霊と対面せねば手に入らぬ≫
「火の精霊って会えるものなんですか!」
これは初めて知った情報だ。驚きの余りつい大声が出てしまって慌てて辺りを見回す。しんと静まり返る夜の畑には相変わらず誰もいなくて、安心の息を吐くとすぐさまヴェルト様を追求した。
「聞いていませんでしたけど?」
≪何をだ≫
「火の精霊が地上にいるなんて初耳です!」
精霊なんだから地上ではないどこかにいるものだと思っていた。それこそここにあるのは神殿や祠みたいなものだけで、加護だのはヴェルト様のように見えないところから授けてくれるものかと。それが直接会ってあれこれ頼めるのならまた違ってくる。
≪妙な事を言う。精霊も我の与えた大地より生まれた存在であるのだから、地上に在るのが正しき姿ではないか≫
言われてみればそうかもしれない、と反論に困る。しかし普通の人間が会えるような場所にいるならこの際私が会いに行くのが一番簡単にこの村の事情も知れそうなことに思い至った。……もうこれ以上苦情言うのはやめておこう。
「じゃあ私も会いに行けますか? 直接お話聞けたらいいんですけど」
≪この先の、崖を越えた先だ≫
その言葉に顔を上げて前方を見据えて……一目で無理だと悟った。畑の奥に道はまだ続いているけどそこから先は見上げるような高さの崖がそびえている。垂直に近いその壁面にはそれらしい抜け道もなく人間が通れるようにはできていない。山に住む火の精霊、か。待てよ、もしかして「山の人」って……
「一旦戻ります……」
確かめたい気持ちはるけど、そもそも夜の間に全て済ませるのが無理な話だ。畑と火の精霊への道については置いといて、今度は村の方を調べよう。
家の裏手を一つ一つ見ていくとどこの家でも家畜小屋があって牛やら馬やらが飼われている。どれも室内暖房並の暖かさで動物たちはぬくぬくと気持ちよさそうに眠っているし餌箱には人間の食べ残した野菜が入っているのも見える。寒さで動物が凍えないのもわかりやすい恩恵だなぁ。家の中も多分そうなんだろうけど木板で窓が閉じられていて見えない。残念。
一通り見ていって気が済んだところで音を立てずに部屋へ戻った。念の為扉の間に藁を一本挟んでおいたけどそのままで誰も入り込んでいないようだ。明日は昼間に村人がどんなことをしているか注意して見てみよう、火の精霊の元へ行く方法のヒントがあるかもしれないと考えながら再度の眠りについた。
…………
「おはよう!」
部屋に響いた大声で私の意識が覚醒する。声の主は元気を体現したようなクルトだった。まだ薄暗いのに、と思ったけど山の近いこの村じゃ常にこのくらいが日常らしい。それに日が落ちるのが早いから朝から仕事をするのが当然というのが常識だった。
私を目覚めさせるとすぐに部屋から飛び出して行ってそれから少しして朝食を持ったドリスが現れた。
「おはようございます」
「昨夜はよく眠れましたか? 寒かったでしょう」
「いえ、お気遣いなく。泊めてもらえるだけで助かります」
一見何てことのない会話でも後ろめたさのある私にはちくりちくりと探っているように聞こえてきて精神に悪い。彼女は自然な態度で茹でた芋に暖かい牛乳、パンといった朝食を並べていく。……ただ、今回はすぐに部屋を去らずに私に何か言いたげにこちらを見ていた。
「……どうしました?」
「実は、お客さんにお願いする事ではないんですが……少しの間クルトの相手をしてもらえますか?」
意外だった。昨日のあの様子じゃ私と親しくなることを歓迎しているようには思えなかったのに。今だって仕方なしにという雰囲気が伝わってくる。
「私がですか? 別にいいですけど……」
「すみません。もうすぐ火石が手に入るのでそれをお迎えする行事の支度があって」
「行事?」
「はい、村を支える大切な石ですから……では後でクルトを向かわせますね。適当に遊び相手をしてくれていたら十分です」
詳しく聞こうとする前に部屋を去ってしまった。夜中に調べた情報と合せて考えるとどうにも怪しく感じてしまう。もしかしたら火の精霊がこっちへ来てくれるのか、その時に石が手に入るとか?
推測だけどきっとそう間違ってはいないはずだ。考え事をしながら芋を頬張り牛乳で流し込み、食べ終えたところで防寒具に身を包んだクルトが再び部屋へ突撃してきたのだった。




