第四十八話 渡る異国は冬ばかり
フォンターナから旅立って早一か月、私はベルクラントという国にいる。
「冬場は仕事が無いなんて盲点だった……」
当初の計画では各地の街で働きながら一月単位で滞在し、街の人と馴染んでから布教する……というものだった。その計画が早々に頓挫してしまっての現状である。
私がこの世界に降りた時の季節は秋の初め頃。作物の収穫期ということで最初にいたウーヴァ村では人手が足りないくらいだったし余裕があった。そこから時は過ぎて冬を迎えた今、ひたすら春を待ち侘びるこの時期では他所から流れてきた人材を雇う程の仕事も備蓄もないのだという。
街にお金を落とす旅人なら大歓迎だけどそうでなければお呼びでない、なので立ち寄った街や村では大抵門前払いに近かった。教会だけは親切に受け入れてくれたけど隣人教の拠点で世話になっておきながら布教するのは危険すぎたので却下だ。
「あんまりこのお金には手を付けたくないしなぁ」
懐に手を当てるとじゃらりと金属の音がして中身の重さが手に掛かる。フォンターナを発つ時にさらりと出してくれた旅の資金は実は相当なもので、街に入った時の宿やら食事やらの値段でかなりの大金なのだと私にも察せられた。全然そんな素振りも無くちょっとしたお小遣い的な感覚で渡してきた貴族な彼らの金銭感覚に苦笑しか出ない。
しかしそんな大金も使えば減るもので、月単位で宿暮らしをしていればすぐになくなってしまう。いざという時を考えて保険に取っておきたいというのは小心者の悲しい性だ。なので野宿をしつつの節約旅でどこか仕事のありそうな場所を探して放浪している内に国境まで越えてしまったのだ。
「鉱山の採掘とかが盛んなんだっけか、そこでなら冬でも人手が欲しかったりするかな」
火の精霊の里について聞いてからいつかは行くだろうと出発前にいくらか情報収集はしていた。
ベルクラント王国。農業国プラテリアの東側に位置し土地の多くが険しい山岳地帯にあたる為、農業よりも沿岸部での漁業と外周部での金属や宝石類の採掘が主産業の国。その為食料は輸入に頼る面が大きくプラテリアとは友好的な国だそうだ。表向きは。
「あからさまに警戒されてたなぁ……」
国境での事が思い出される。初めて見るような高い城壁が延々続き、多数の兵士が見張っている物々しい警備。私が紋章入りのメダルを出すと通してはくれたけど荷物の確認やらかなり念入りにされてた気がする。隣国の有力貴族の関係者が何の用で、とスパイ疑惑でも持たれてたんだろうと予想は着いた。基本的にお人好しな人が多いこの世界であれだけやるんだ、言葉通りの「友好国」とは思えない。
とはいえ、私にはまるで関係の無いことだけど。やることはいつだって変わらない。
とりあえずは今日はどこに泊まるか、それが今私の一番の関心だった。
…………
結局今日は山の麓の小さな町で宿を取る事にした。ここ一週間は野宿生活だったしそろそろまともな寝床が恋しい。節約しつつのたまの贅沢だ。苦労ばかりじゃこの先長い旅もやってられないもんねと自分に言い訳しながら日暮れまでまだ時間があったのでついでに街を一人で散策してみた。鉱山の街らしく露店には各種色とりどりの原石やそれを使った細工物が並んでいる。
大半は革紐で括っただけの簡素な造りの代物で石の質だって高そうに見えない。しかし何の気なしに眺めていた中にあるものを見つけ、私の目は釘付けになった。その様子に気付いた店主が私に声を掛けてくる。
「お嬢ちゃんそいつが気に入ったのかい?」
「え、あの、これって……」
透き通る赤い石。まるでガラス玉のようなそれを店主が手に取って私の手首に着けてくれた。
「珍しいだろ? この近くでしか採れない『火石』ってんだ」
店主が口にした石の名前は私が考えていたものと違っていた。だけどどうしても別物とは思えなくてそっと目線を天に向けてみる。
≪……以前出会った娘が身に着けていた物と同じ、火の精霊の力を感じる≫
「やっぱり」
私の意図を察して欲しい答えをくれた。ヴェルト様にしては上出来である。しかしこれがラウラの持っていた「赤華晶」であるなら何故こんなところで売られているのか。妙に安いし……その疑問への答はくれなかった。
「まけとくからどうだい? 他にも色々あるぞ」
手首に着けたまま考え込んでいると店主の声でハッと意識が戻った。どうやらこの街の人にとってはただの石で、本当は何なのかは知らないらしい。店主が私に売りつけたがってるのも冬のこの時期、少しでも現金収入が欲しくてのことだろう。それも恐らく旅人なんか滅多にやって来ないような小さな街だとひとしおだ。しかし信仰の証であるこれが道端で売られているということは手放した信者がいたのか、もっと手荒な方法で無理矢理か、どちらであっても不穏な気配がする。
私は広げられた商品から残る数点の赤華晶を手に取るとこっちに来てから鍛えられたとっておきの微笑みを浮かべて店主に告げた。
「これ全部買うんで、どうやって仕入れたか教えてくれませんか?」
…………
宿の部屋で、買い占めた赤華晶を前に店主の話を思い出す。尋ねたら意外な程にあっさりと答えてくれた。
「まさか、売りつけてる村があるなんて思いませんでした」
≪精霊信仰も失われつつあるという事か……≫
店主曰く、何年かに一度山間部の小さな村へ仕入れに行くそうだ。その村は畑を作る程の土地に恵まれず細々と林業や石の採掘で生計を立てているとの事で、その中の一つが火石なのだとか。今私の手元には腕飾りやペンダントなどで五つあるが、他にも売りに出す店はあるらしい。そしてこれまでもというのを考えるなら十や二十で聞かない数が既に出回っているということだ。流石に異常な事態と言えるだろう。
「おかしいなぁ、ラウラの話だとすごく信仰に熱心な感じだったのに」
彼女も所詮両親から聞いた話だから、彼女の両親が里を出てから異変が起こったのだろうか。だけどそれよりもっと昔、百年単位の昔から売られているそうだから多分この予想は外れている。だとしたら盗まれたり奪われたり? いや、外部と接触がほとんどないという話だからそんなコンスタントに手に入る程信者がホイホイ出歩いたりもしないだろう。
「うーん……全然わかんない……」
これという答えが思いつかずモヤモヤとしたものが溜まっていく。考えても分からないしお手上げだ。諦めて固い寝台に寝そべるとヴェルト様が改まって私の名を呼んだ。
≪遥≫
「……何ですか?」
こうやって名前を呼んでからの話は結構どうでもいい話だったりする事が多い。だからといって無視もできないし渋々半身を起こして聞く体勢に入る。
≪火の精霊の里を訪ねてはどうか≫
「え? これから?」
いつもヴェルト様は行き先も行動も全部私に任せてくれて(丸投げとも言う)何かを指示してくることはない。今回も提案という形だけどそれすら初めてだ。余程何か気になるものがあるのかと目を細めて、
存在している筈の天を見る。
≪火の精霊の里が気になるのであれば直接出向けば良いだけの話ではないか≫
それは尤もな話なのだけどそう簡単にはいかない。
「無理ですよ。場所だってはっきり分かってないのに」
ラウラからの情報は大体の位置くらい。それだけで冬の山から小さな集落を探して歩くなんて無謀としか言いようがない。それに見つけたとして中に入れてくれるかだって怪しいしそうなれば無駄足だ。
私は至って常識的な解答をしたつもりだったけど忘れていた。今会話している相手は人間の常識を超越した存在だってことを。
≪火の精霊には話を通した。居場所も知れた故問題はあるまい≫
「……会話できるんだったら、直接何が起こってるか聞いてみてくださいよ!」
≪いいだろう≫
脱力しつつきっぱり言ってやると平然と私の言葉通りに動いてくれたようだ。こんな事も言わないと察してくれないのか。最近益々駄目化が進んだんじゃないかと心配になってくる。
≪何事も無いそうだ≫
「信用できないんで、何て質問して何て返事があったのか一言一句同じ言葉で教えてください」
≪異変は無いかと問うたら、恙なくと≫
「何ですかどこまで会話を短くできるか挑戦してるんですか!」
火の精霊もヴェルト様と同類なのかもしれない。それだとしっかり質問を考えないと聞きたい話は得られないと予想される。……ヴェルト様にそんなスキルは存在しないからこうなると結論は一つだ。
「道案内、ちゃんとやってくださいね……」
≪うむ≫
どうせいずれは行くつもりだったし精霊信仰がなくなっているのなら食い止めるべきだし、と苦笑と共に自分を納得させて明日からの山越えを思って溜息を吐いた。




