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第五話 私の神は仕込みすぎ

「おかえりなさい、この村はいかがでしたか?」


 中では司祭様が子供達を前に何かの本を読んでいたようだった。こちらに気付くと本を閉じ顔を上げて微笑みを見せる。


「とても素敵なところでした。初対面なのに皆優しくて……」

「この村の人達は皆隣人教の教えが行き届いていますからね。だから僕も村に来た時から親切にしてもらっているんですよ」

「それは司祭様のお人柄です!」


 ジーナが力を込めて声を上げると司祭様は目を二、三度瞬かせてジーナ曰くの「王子様の微笑み」を

浮かべた。それと同時に子供達もわいわいと声を上げ始める。


「司祭様いつも遊んでくれるから大好き」

「俺も!」

「でもおべんきょうはいやー」


 収拾が着かなくなりそうだった子供達を司祭様がさっと鎮めたところを見計らって本来の要件を済ませることにした。


「私はジーナの家でお世話になることにしました。司祭様の申し出はありがたかったんですが、仕事もせずに居座るのは心苦しくて」

「そうですか、気にする程の事でもなかったのですが本人がそう言うのならそれが一番ですね。ジーナさんは本当に優しい人ですねぇ」

「えっ、あっ、今、ちょうど人手が足りなかったから、うちも助かるっていうか、その」


 急に褒められて挙動不審のジーナは置いておいて、私は今後この司祭様からもう少し話を聞かなくてはいけない。

 隣人教、私が私の目的を果たす為にはこの宗教が障害になるのは間違いない。


「ジーナと一緒にこっちにも顔を出させてもらいますし、私にも隣人教の教えを説いてくれたら嬉しいです」


 どのような教義なのか、何故神を実在しないものとしたのか、それから知らなければ何も始まらないような気がする。その為に実際に教職についている司祭様から話を聞くのが一番の近道だった。


「では、ここでの暮らしが落ち着いたら是非どうぞ」


 約束をして、その後は日暮れまで子供達の相手と教会の掃除などで時間を潰したのだった。


…………


「フィノといいます。明日からここで働かせてくれませんか」


 日が暮れると畑から村人が帰ってくる。ジーナと、教会にいたジーナの弟のエリクと共に家路につき、そこで初めて会ったジーナの両親を前に私は頭を下げていた。


「……何だかずいぶん細いし頼りないけど大丈夫なのかい」

「確かに人を雇うつもりだったけど……」


 今のところ私の旗色は悪い。私自身堂々と「できます」と言えないのが辛いところだ。


「大丈夫よ、収穫の手伝いくらいなら出来ると思うし母さん達だって助かるでしょ?」

「まぁ確かにねぇ」

「困っている人を助けるべきだって司祭様が言ってたぞ。フィノ姉家なくてかわいそうじゃん」

「司祭様か、それじゃあ断る訳にはいかないな」

「それじゃフィノちゃんだったかい、明日からよろしく頼むね」


 ジーナ達の援護でようやく私の処遇が決定した。それにしてもこの村における司祭様の信頼感はすごい。


「俺はリカルド。まぁ無理はするなよ」

「あたしはマリルよ。とりあえずあとでジーナの古着出してあげるから明日から頑張りなさい」

「はい、よろしくお願いします」


…………


 それから私は夕食を出してもらい、着替えを用意してもらいようやく人心地着いた。個室なんて当然ないのでジーナと同室だ。今彼女は私の隣で毛布にくるまって夢の中にいる。


「あー……神様神様ヴェルト様、私の声が聞こえますか?」

≪何用か≫


 小声で呼びかければすぐに返事が返って来た。


「あのですね、この世界の人って神がいないって信じ切ってるんです」

≪であろうな。我へ一切の声が届かぬとはそういうことだ≫

「それで信仰を高める期限ってあるんですか? 下手したら何年も何十年も、死ぬまで掛かるかも……」


 割と勢いでやると決めた事だけど冷静に考えればそう簡単に達成できるわけがない。目標を達成できないまま私が死んでしまえば果たしてどうなるのか、ふと疑問に思って改めて問いかけたのだった。


≪期限など無い。汝が死すればその時点で終わる世界と神だ、どれだけの時間を掛けようとも達成できずとも構わん≫

「私ものすごく責任重大じゃないですか!」

≪汝を呼び力を失った我と世界を支えるのは汝の信仰のみ故仕方のない事。汝に与えた肉体は神の力に依る物、只人よりは長くは保つであろう≫


 そこで私は聞こうと思っていたことの一つを思い出した。


「それで思い出したんですけど、この身体何かおかしいんですけど!?」


 外見は普通の人間そのもの、だけど今日のこの半日程過ごして色々とおかしな点に気付いたのだ。


≪神の力に間違いなど有り得ぬが、言ってみるがいい≫

「お腹減らないし、汗かかないし、あと、その……トイレに行きたくならないし」


 最後だけは流石に言うのに勇気がいった。


≪必要のないものなど最初から取り入れておらぬ≫

「はぁっ!?」

≪人間は食物を口にせねば生きられぬというが、神の創りし肉体にはその必要などは無い。また汚れも生まぬ、完全なる肉体として汝に与えた≫


 つまり今の私は外見だけ人間で中身はそうじゃない、超人的な何かということなのだろうか。


「そんな……普通の人間の身体じゃ駄目だったんですか……」

≪何を嘆く必要がある、些末事から解放されて喜ぶべきものではないか≫

「そりゃまぁそうですけど」


 現に、空腹は感じなくとも用意された夕食を食べても異常はなかったし味も感じた。これで味覚を失っていたら絶対に耐えられなかっただろう。

 それなら確かに現代の水回り事情とは違うこの世界でそれらに悩まされる事がないというのは確かに利点といえた。


「……それはそれとして、他にも何か仕込んでません?」

≪大したものではない。只人よりも頑強な肉体、腕力、脚力などがある程度だ≫

「やっぱり仕込んでた」


 しかしそれは貧弱なインドア人間だった私にはとてもありがたいのは確か。何だかんだとこの神様も私に期待して、この世界で活動しやすいようにしてくれているのかもしれない。


「ありがとうございます」

≪我に利あっての事、礼など必要ない……だが、人より感謝を捧げられるなどと何千年振りのことよ≫


 何となく声が少し喜んでいるように感じた。ずっと誰にも気づかれない時間を過ごすってどういう感覚なのだろう、それを考えるとちょっと強引で言葉少ななこの神様に少しだけ同情した。


「私で良かったら話相手しますよ?」

≪神は自ら言葉を与えるものではない。汝の良き時に呼びかけよ≫


 断られてしまった。まぁ明日からここの仕事を手伝う訳だし、脳内でちょくちょく話しかけられても困る。


≪用件は終わりか≫

「あ、あとヴェルト様にお願いが!」


 話が切り上げられそうだったのを慌てて引き留めた。


≪願いだと? 今の我にそれを叶えるだけの力など持たぬ≫

「いえ、大したことじゃないんです」


 この神様も昔は人間の願いを叶えたりしたことがあったんだろうか。その時はどんな願いを叶えていたのか気になったけど私は私の望みを告げた。


「私を呼ぶ時は『遥』って呼んでくれますか?」


 その内容は神すらも想像の範囲外だったようで、返答に一瞬間が空いた。


≪何故にそのような事を?≫

「私、こっちでは『フィノ』って名乗ることにしたんですけど、それだと本当の名前を忘れてしまいそうで……忘れないように時々呼んでください」

≪構わぬが……≫


 この世界で生きる私は「フィノ」だけど、目的を果たせば「日野遥」に戻る。それが何年後か何十年後かわからないけど自分以外にちゃんと本当の名前を憶えていてほしいと思った。


「名前の重要性はよーくお分かりですよね、ヴェルト様?」


 現に神すら名前を忘れられては力を失うのだ。それに思い至ったのか力ある言葉で応えてくれた。


≪遥よ、汝は我に名を授けた。我も遥の名をその死の時まで預かろう≫


 それを最後にヴェルト様の言葉は聞こえなくなって、残された私は横になりながらぼんやりと考え事をしていた。


「そういえば……家族以外の男の人から呼び捨てされるのって初めてだった……」


 何となく慣れないものを感じつつ私は眠りについたのだった。

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