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第三十八話 勝負は急げ

 出遅れたせいで最初からオクタヴィアに差をつけられてしまった。距離にして十数メートルくらいか、ぶっちゃけこの程度ならユーマのジャンプひとっ跳びで追いつけるんだけど貴族的優雅さ判定からしたらアウトになるだろう、多分。なので今回は反則級のユーマの性能をひけらかすのは程々にしておいた、全力のユーマだとまだ綺麗な姿勢を保てる自信がないし。それでも元々馬の地力が違うので少しずつ距離が縮まり彼女に追いついた。迫って来る足音で気づいたのかオクタヴィアが一度こちらを驚愕の目で見たと思えばもう一度振り返ってくる。


「……あの」

「何か?」

「……今日はいい天気でよかったですね」


 何となく黙っているのもおかしい気がしてどうでもいいことを口にしてみる。自分で言っておきながらもうちょっと他に何かなかったのか呆れてしまう。けど案外オクタヴィアには有効だったみたいで正面を向いたままの彼女の頭がガクッと下がったのが見えた。


「……やりますわね。敢えて間の抜けた発言をして気力を削ぐとは」

「いや、誤解です」

「ですがわたくしはそのような言葉には惑わされませんわ!」


 こんなところでも彼女の思い込みの強さが発揮されてしまった。そしてその思い込みのせいで余計に気合に満ち満ちている。腰から鞭を取り出した彼女は愛馬の尻を強く打ち付け私との距離を取ろうと図る。私もそれに続くようにユーマへ合図を送り速度を上げた。


…………


 馬を走らせて数分も経てばスタート地点は遥か後方。見守っていてくれているはずの領主様達もラウラの姿も豆粒以下の大きさだ。これじゃヴェルト様の神パワーを見せつけるにはギャラリーが足りないのでしばらくはオクタヴィアと接戦を演出し、最後の最後で華麗なフィニッシュを決めてやろう。その内に最初のチェックポイントが現れた。速度を落として近づくと証明になる紋章入りの札(ふだ)が渡されたのでそれを懐に仕舞い再度走り出す。同じように二か所目、三か所目まで廻ってあとはゴールを目指すだけ。

 遠目に平原に設(しつら)えられた色とりどりの天幕が目に付いてきた。待ってる方は呑気にティータイムかそれとも優雅な言葉での殴りあいか。さてと、そろそろ本気を出して勝負終わらせちゃって、私も仲間に入れてもらおうっと。

 私がそう思った瞬間だった。


「ん? 今の光は……きゃあぁぁぁぁっ」


 周辺が一度点滅したような強く光り、何かと問う間も無く私は地面に叩きつけられていた。

 結界と神製ボディのお陰で怪我はないけど衝撃は殺しきれなかったらしい、ユーマの上から転げ落ちて草むらに顔を突っ込んでいる現状である。今のは一体何なのか、口の中の草を吐き出しつつ顔だけ上げると様変わりした周囲の光景に私は目を大きく見開いた。


「何これぇっ!?」


 平原が赤い。

 とは言っても夕焼けでも赤い草があるのでもなく……乾燥した枯草の一帯が赤々と燃え盛っていたのだ。恐らく私の頬も赤く照らされている事だろう、熱気がすぐ側に迫っていて陽炎が立ち上っている。

 私がただただその光景に呆気に取られている間にも炎はその勢いを伸ばし続けていた。

 どれくらいそうしていたのか、時間にしたらほんの数秒だったかもしれない。熱を持った頬に生暖かいものを感じてハッと気を取り直すと無傷のユーマが寄り添って座っていた。そこから改めて周囲を確認するとゴール地点ではまるで蜂の巣をつついたような大騒ぎ。天幕から飛び出す人や右往左往する人の姿がここからでも分かるくらいだ。


「雷……? でもこの天気だし……」


 これはどう考えてもさっきの光が原因としか思えず心当たりを探る……自然と私の目線が上向いた。


≪我は知らんぞ≫


 即否定された。だけど雲一つない青空は朝からずっとそのままで自然現象とは考え辛い……本当にやってないんだろうか? 前日の様子では何か派手にやりたがってたし無意識という事だってあり得る。

 ……ひょっとして我慢できなかった? 疑わしくて自然と私の表情も険しくなった。


≪くどい。我の一切の関与は無い≫


 ヴェルト様もようやく「察する」という技能を身に着けたみたいだ。無言の私の視線の意味を理解できたのは喜ばしいけどじゃあこれはどういう状況なのか、振出しに戻っただけだ。


≪そも、我が遥を傷付けるような真似をする筈が無い≫


 まぁそれは確かに。じゃあ別の誰か……そこまで考えて私は重大な事を忘れているのに気が付いた。


「オクタヴィア!」


 そうだ、ついさっきまで近くを走っていた彼女はどうなったのか。まさかこの炎の中に巻かれてしまって……嫌な考えばかりが頭をよぎる。立ち上がって周囲を見回せば、いた。少し離れたところで地面に倒れている。彼女の乗っていた馬が見当たらないのは恐らく光と炎に驚いて逃げ出したんだろう。慌てて近づこうとするも既に彼女の周囲は火の海で普通の人間には突破できそうにない……でも私は普通じゃないから問題は無かった。


「行くよ!」


 ボーっと座り込んでいたユーマの背を叩いて乗り込み高く跳躍した。もうユーマがどの程度跳べるかなんて特訓期間で把握済みだ。こんな一メートル程度の炎の壁なんて助走がなくたって簡単に飛び越せる。ユーマは私の要望に着実に応え華麗にその中へ降り立った。


「オクタヴィア! 大丈夫!?」


 炎の輪の中心でオクタヴィアを抱き起す。だけど彼女は気を失っていて反応がないし身体を動かすと呻き声が発せられた。もしかしたら落馬して骨でも折れてるのかもしれない。そうなればまずする事は一つだ。


「ヴェルト様! オクタヴィアに癒しを!」

≪……我は何もしておらんぞ≫

「何拗ねてるんですか! それはもういいんで黙ってさっさとやってください!」

≪……≫


 今はヴェルト様に構ってる余裕はないので怒鳴りつけてやるといつもの癒しの光がオクタヴィアの全身を包み込む。擦り傷や火傷の小さな傷まで全てが癒され苦悶に喘ぐ表情が楽になったのが見て取れた。そこから軽く頬を二、三度叩くとようやく意識を取り戻したオクタヴィアは何度か瞬きを繰り返して菫色の瞳でまじまじと私を見つめてくる。


「貴女……これは何があったというの……?」

「私にも分からない。それより大丈夫? 痛い所はない?」


 ゆっくり説明する時間すら惜しくて彼女の問いに答えるより先に直接私が触れて確認した。腕、足、背中、腰、腹、まんべんなく手を這わせる。


「なっ……貴女どこを触って……」


 抵抗されてるけど逆に言えばそれができるなら身体に問題はないってことだ。そうと分かればこんなところにいつまでもいたくない。この身体は痛みを感じるのと同じように熱さだって通常の感覚を持っている。今だってじりじりと肌を焼かれる痛みを我慢しているのだ。


「オクタヴィア、私にしっかり掴まって!」

「えっ? 待って! いやぁぁぁぁ!!」


 強引に彼女を肩に担ぐ。ユーマが脚を曲げ背中の位置を落とす。乗り込む。そしてジャンプ。

 往生際の悪いオクタヴィアがまだ暴れているので落とさないように腕に力を込めるとやっとおとなしくなってくれた。片手で手綱を操って炎を避け安全地帯とも言える天幕まで辿り着いた。


「フィノ!」

「フィノ様!」

「オクタヴィア!」


 私達が戻ってきた途端周りから一斉に声が掛かる。ジュリアーノもラウラも領主様達も、見た限りでは他の人達に負傷者はいなかったらしくほっと胸を撫で下ろした。


「わ、わたくしをいつまで辱めるつもりですの!?」

「あ、ごめんなさい。急いでたのでつい……」


 一息つけた瞬間顔の真横から再び喚き声が聞こえた。とりあえず降ろしたけどまだオクタヴィアの挙動がおかしい。顔は赤いし息は荒いし……火中を突破したせいだろうか。気になって顔を覗き込んだら逸らされた。ショックだ。


「それにしてもフィノ、貴女よく生きてましたね……」


 そんなやりとりを見守っていたジュリアーノがしみじみと、呆れたように息を吐いた。そうだ、彼らならあの瞬間に何が起こったか見ていたはずだ。この世界にあるか知らないけど爆弾テロとかならまだあり得る話だ。


「あの時何があったんですか?」

「私達が貴女方二人の勝負を見守っていると、突然瞬間的に強い光が広がり……轟音と共に、フィノの頭に雷が落ちてました」

「え」


 何それ怖い! 雷はないな、と思ってたらまさかのそれでしかも狙ったように私に落ちるとか! ……もし結界が無い状態で受けてたら痛みで気絶して、そして火に巻かれてジエンド……背中を冷たいものが伝う感覚に見舞われた。


「オクタヴィア……お前もその巻き添えで死んでしまったものかと……本当に良かった」


 隣ではガルデーニアの領主様がオクタヴィアを抱きしめて半泣きだった。流石にこんな状況じゃ体面を取り繕う余裕すらない。そういえば私も急いでたとはいえオクタヴィアを呼び捨てにして命令口調だったけど緊急時だったからしょうがない……で済めばいいなぁ。

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