第三十話 貴族の道は貴族
「フィノ、随分帰りが遅かったようですがどこまで行っていたんですか?」
帰還した私を待ち受けていたのは笑顔の裏に怒りを滲ませたジュリアーノその人だった。ほんと、初対面の王子様的対応は最早私には向けられていない。対応変わり過ぎでしょう……貴公子カムバック!
「心配掛けちゃってすみません。その、ユーマが暴走して気が付いたらガルデーニアとの境界まで……」
それでも私が、正確にはユーマだけどやらかしたのは事実なのできちんと謝っておいた。なのに彼の怒りは治まる気配を見せてくれない。
「はは、面白い冗談ですね。ここから領地の境界までは馬で二日は掛かるというのに半日程度で往復できる筈が無いでしょう!」
うわ、失敗したかも。もうちょっとぼかして謝ればよかった!
「あ、勘違いしてたかもです! この辺りの地理なんて知らないので……」
「でしょうね。あまり適当な事を言わないように頼みますよ」
ふぅ、何とかごまかせた。多少の事は「神の力」でごり押せるけどジュリアーノ相手にそれを言っても反感を買うだけだ。……当日までは大人しくしておこう。
「……まぁ、無事に戻って来れたからにはこれ以上言うつもりはありません。疲れているでしょうから一先ず今は夕食としましょう」
「はい! すぐ行きます!」
今回の件で唯一良かったと思えるのがお屋敷の客として過ごせる事だ。またあの極上ディナーを楽しめると思えば今日の苦労も報われる気がする。気分がちょっとだけ上向きになって部屋に戻り身支度を整えてもらった。人に着付けてもらうのにもすっかり慣れたものだ。
「……随分と無茶な約束をされたのですね」
着付け作業中のラウラが小さく呟いた。仕事に関する事以外で口を開くなんてとても珍しい。
「無茶というか、あの時はそうするしかなかったので」
あそこで退いたら私の話なんて簡単に無かったものにされてしまう。そしてガルデーニア家と接触しないようにと監視の目が付けられただろう。監視付きの旅なんてヴェルト様だけで十分お腹いっぱいだ。
「いえ、そうではなく……他の教義への理解など、守られるとは思えません」
そっちの方か。何で彼女はまだ若いのにこんなにしみじみ語っているんだ。
「それは実体験?」
「お客様にお話するような事ではございません。失言でした申し訳ございません」
うーん、うっかり口を滑らせるかと思ったのに残念。まだ今の状況じゃ私が本当に約束を果たせるのか信用されてないらしい。私が彼女から信頼を得るにはもう少しかかりそうだ。
そうしている間にもラウラの手は止まることなく着々と衣装が整えられていく。最後の仕上げをして姿見の前に立つとお嬢様再び、一旦着て過ごしてしまえば気にならないけど着替えた直後はまだ少し気恥ずかしい。
「本当に大旦那様がフィノ様の条件を叶えられたら……」
ふと耳にした呟きは最後まで聞こえず、振り返ってもそこには完璧なメイドしかいなかった。
「支度もお済になりましたので参りましょう」
何となく釈然としないものを感じつつ私は夕食の席に着いた。今日もジュリアーノと一緒になるようセッティングされている。そこでふとあることが気になりきょろきょろと周囲を見回した。
「どうしました? 何か問題でも」
すぐにジュリアーノが見咎めて声を掛けたので慌てて視線を元に戻した。やっぱりちょっと不作法過ぎたかもしれない。
「あ、他の家族の方へご挨拶しなくてもいいのかなと……」
私が代表に決まった訳だし正式な客として扱われるなら当然顔合わせくらいあるのかと思ったんだけど。領主様が祖父だからその息子か娘かがジュリアーノの親として存在している筈だし、お屋敷にはいくつもの館があると聞いていたので離れて暮らしているんだろう。
「両親は年の半分以上は王都で過ごしていますから。今回の件も一応手紙は出しておきましたが両親が知る頃には全てに片が着いているでしょうね」
苦笑い混じりの彼の言葉にそのまま納得した。王都はここからじゃ遠いし電話もない世界だから人伝に手紙を渡すくらいしか連絡手段が存在しない。勝負の日取りは一週間後……うん、絶対に無理だ。
「じゃあ普段は領主様とジュリアーノ様だけなんですか……寂しいですね」
「それが貴族の務めでもありますから」
さらっと流された。この辺りの感覚は貴族的なものなのか、家族の元に帰りたいからあれこれやってる私からすると信じられない。
そこからは食事をしながら王都の話が続いたので私は自然な流れで知りたかった事を尋ねることができた。
「そういえば対戦相手のオクタヴィア様はどのような方なんですか?」
私が問えば彼はフォークを更に置き、考え込む仕草を見せた。迷子にも親切な人だったけど貴族同士ではまた違う一面があるのかもしれない。……ジュリアーノが意外とスパルタだったように。
「オクタヴィア嬢ですか……実は今回の件を除けば社交の場でもあまり関わった覚えが無いのですよ」
「……それはやっぱり家同士の関係でそうせざるを得なくなったりですか?」
付き合う友人を親が厳選するなんて話は日本でも聞いたことがあるけどこっちの世界じゃより切実なんだろうな。リアルにロミオとジュリエット的な悲劇が生まれそう。
「いえ、表立って揉める事も無い為他家とさして変わらない交流は続けられています。彼女自身が数える程しか王都に姿を見せないので……」
詳しく聞いていくと、貴族の令息令嬢は十歳になって初めて王都で社交デビューをするそうだ。その後は自由とはいうものの知り合いが多いと成人してから有利に働く事も多いので大抵は年に一度は顔を出して一定期間の滞在をするらしい。近場の領地だともっと頻繁に集まるのだとか。
ところがオクタヴィア嬢は王都に比較的近いにも関わらず十歳の時から五年間で三回しか会った事が無かった、ジュリアーノがそう説明してくれた。
「初対面で挨拶をすれば突然騒いで逃げ出し、後は直接声を掛けてくることなく遠くから睨まれていた程度の話です。先月行われた顔合わせの時は強気な態度でこちらを見下してきましたが、技術が劣っていた為これは仕方のないことですね」
……ジュリアーノすんごく心広いな。敵対する家の令嬢で睨まれたり見下されても怒りの色すら見せないなんてどれだけ人間出来てるんだ。……そんなジュリアーノを怒らせてばかりの私は一体何なんだという気分になってくるけどそれは気にしないようにしよう、気にしたらきっと悲しくなる。
「それで、突然何のつもりですか? ガルデーニア家と今更繋がりを持とうなどと考えているのではないでしょうね」
「ジュリアーノ様こそ何をおっしゃるのやら。競う相手の事を知りたいと思うのは当然でしょう?」
また怒られた。やっぱりまだ少しだけ代表を降りた事が不服なのかもしれない。
「……ですが私の目の無い所で何をしていたのやら」
痛いところを突かれた。偶然とはいえ確かにその時ガルデーニア家の人間と接触したのだから見ようによっては裏切ったと言われかねない。
私が口籠ると後方から壁際で待機していたラウラが不意に声を上げた。
「……ジュリアーノ様、発言をお許しください」
意外な人物の名乗りに当のジュリアーノも少し驚いていたけど、気を取り直してすぐに頷き了承の意を示した。
「仮にも神の信徒を名乗る方が自らその名を汚すような所業はなさらないかと存じ上げます」
まさかかばってくれるなんて思わなかった。目を軽く見開いてラウラを見ると微かに頷いてこちらに合図を送る。……一応これも協力してくれたってことでいいのかな。助かったけど。
「そこまで本気で疑っていた訳ではないのですが、少々言い過ぎました」
ラウラのフォローでジュリアーノが頭を下げた事でこの話題は終わった。ガルデーニア家と関わった何て知られる訳にはいかないからね、少なくとも今は。
……がっつり関わるのはこれからだし。




