第二十二話 神の口に説明なし
浴室から一歩出るとすぐに身体も髪もラウラの手によって乾かされ用意された服を一つ一つ装着されていく。見た目にも豪華な布地をふんだんに使ったドレスで、今まで着ていたものとはまず肌触りからして違っていた。……メイド付きなんて大袈裟だと思ってたけど、確かにこれは一人じゃ着れなかったなぁ。
「この服、わざわざ用意してくれたんですか?」
「本館より大奥様の使わなくなった衣装を譲っていただきました」
「それってアリなの?」
「許可は得ておりますので」
黙々と着付けていくラウラは至って平然としている。これは汚したらアウトなんだろうか。ぴしりと身体が固まって着せ替え人形のようにされるがままになっている。
全てが終わった時、そこに立っていたのは誰がどう見ても貴族のご令嬢だった。
「おおぅ……これはなかなかいい感じかも」
映りのいまいちな鏡の前でくるりと回ってみる。ふわりと広がる裾の動きも柔らかで、久々のおしゃれに心が浮き立ってくる。それも子供の頃に憧れたようなお姫様ドレスだ、嬉しくない訳がない。無意味に鏡の前で裾をつまんでお辞儀をしてみたりポーズを決めてみる。
「……」
「あっ、えっと……」
そして鏡に映るラウラと目が合って、ようやく彼女の存在を思い出した。無表情なのは若いのにプロに徹しているのか元々の性格なのか、私だけが非常に居た堪れない空気の中客室へと案内されていった。
「では夕食のお時間になりましたらお声掛け致します。それまでどうぞごゆっくりお過ごしください」
ラウラが退出し、お茶とお菓子まで用意された至れり尽くせりの高級ホテルのような空間に一人取り残されてようやく私は息を吐くことができた。日本でも一般市民として生きてきた私には高待遇過ぎて胃が痛くなる。あとこっちの下着はドレス用なのか締め付ける感じがなかなかきつくて動きづらいのもやりにくい。
「うーん、ファンタジー世界のお姫様ってよくあんなに動けるよなぁ」
昔読んでた小説の中には姫や貴族令嬢が主人公になるようなものもあってドレス姿のまま大立ち回りをしたり馬に乗って脱走したり、今の自分じゃとてもできそうにないような行動もあった。それともずっとドレスで暮らしていると裾捌きを自然と身に着けて障害にならなくなったりするものなんだろうか。
そんなどうでもいいことを考えてしまうくらい私は暇を持て余していた。
「……そういえばユーマどうしてるかな」
厩に連れていかれて結構な時間が経っている筈だ。人間の男の人が嫌いだとは知ってるけど果たして馬相手はどうなんだろうか、隣の馬が気に入らないからと暴れてたら困る。それにユーマにはこれからも役に立ってもらいたいからご機嫌を取りにいかないと。
深く腰掛けたソファーから身体を起こし、扉の隙間から顔を覗かせ廊下を見渡す。よし、誰もいない。
「ちょっとユーマの所に行きたいんで帰り道覚えておいてください」
≪構わんが……神の眼をそのような事に使うか≫
迷路のような屋敷内を適当に歩いて部屋に戻れなくなったら意味がない。その点私には天上からの視点があるから安心だ。呆れ混じりの苦情は聞かない振りをしてこそこそと厩を目指す。こういう建物は人目に着かないよう裏手にあったりするものだ、当たりをつけて探索すると正にお目当ての物を見つけられた。
レンガ造りで扉は付いておらず木枠の小窓も塞がっていない。そのせいで独特の匂いが離れた場所からでも匂ってくるがそれでもきちんと手入れされているのかそれ程気になるものではなかった。近づくと中から興奮したような馬の鳴き声が聞こえてくる……あれがユーマだろうか。
入口の壁から顔だけ覗かせた私はそこで意外な光景を目にする事になった。
「ふふ、私を気に入ってくれたんですか。良い子ですね」
仕事に戻った筈のラウラが、優しい口調で話し掛けユーマの背中を撫でていた。ユーマも興奮しているが彼女に危害を加えそうな様子はない。ラウラの言葉に呼応するように鼻を鳴らして甘えているようだ。
「あなたに会えるなんて思ってもいませんでした。父さんや母さんの言った通りですね」
それだけだったら別におかしくはないけどその次に彼女が取った行動には思わず目を丸くした。ラウラの手は背中から額へ……いや、額から伸びる角へと移っていた。あまりにも見過ぎていたせいだろうか、視線を感じた彼女がこちらへと振り返る。
「このような所へ何の御用でしょうか」
その時にはユーマに対する穏やかさは消え失せて職務中の固い口調と表情に切り替わっていた。けれど手は相変わらずユーマの角に添えられたままだ。
「あっ、その馬、私の馬なのでちょっと様子を見ようかなって……」
「……そうですか、立派なものをお持ちなんですね」
最後に角をさらりと撫でてユーマから距離を取る彼女は恐らく見間違いじゃなければユーマの正体を知っている。この世界にもユニコーンの存在は伝えられているけど角の存在を感知した人間は初めてだ。女性だから見えたという事も無い筈だ、この屋敷へ辿り着くまでに何人もの女性とすれ違っているのだから見えていたら何らかの反応があってしかるべきである。
「私は仕事へ戻りますが、フィノ様はいかがなさいますか?」
ラウラの言葉にハッと考え込んでいた所から意識を戻す。彼女の様子を見てもユーマを奇異の目で見ている様子もなく、ごく普通の馬を相手にしているのと変わりはなかった。だからこそ彼女がどういうつもりか判断できず一緒にいる事に警戒心を抱いてしまっていた。
「いえ! 私はうちの馬の様子を見てから帰りますので」
「……そうですか、なるべくお早めにお戻りください」
一礼して美しい所作で屋敷へ戻る彼女の姿が完全に見えなくなったところで私はユーマに向き直った。
「……で、一体どんなこと話してたのかな」
ただユーマを愛でていたってだけならそれでいい。彼女について何か手掛かりがないか知りたいだけなのにどうしてユーマは気まずそうに眼を逸らすのか。
≪……撫でられただけだと、そう言っているが≫
私が視線を上にずらすと意を汲んだヴェルト様が即座に答えてくれた。あるいはユーマ側から伝えてほしいと要請があったんだろう。けどそれだけで私は納得できない。
「いや、角に明らかに気づいてたでしょう。……もしかして角の生えた馬も普通にいたりするんですか?」
≪角の生えた馬は存在せぬ。あの者が角に気付いた理由としては、その実在を知っていたからに他あるまい≫
実在を信じる。私がヴェルト様に呼び出された理由そのものだ。
空想だけのものではなく、現実に生きて存在してると理解していなければ真の姿は分からないのか……もし村でユニコーンの話を聞いていなかったら私もユーマをただの馬と思っていた可能性に気付く。ヴェルト様は自分の管轄外だからって一言もそういう話してくれてなかったし。
「ということは、ラウラならいけるかな」
ユニコーンの実在を信じていたならきっと神の実在だって一般的な隣人教信者よりは受け入れやすいだろう。まずは彼女に接近してもう少し詳しく聞いてみたい。そしてあわよくば彼女から他の人へ広がればいい。
そうなるとまず怪しまれないように彼女と親しくならなければいけない。今の私と彼女は被雇用者と雇用者の客人というだけで腹を割って話せるような関係じゃない。それに彼女自身プロ意識が高いのか無駄口を叩くタイプじゃないから仕事に関係ない話なんて出来そうにない。
「やっぱりこの手しかないかなぁ」
ちょうどこれから夕食の席でジュリアーノと会うのだしその時に話してみよう。一人頷くとユーマの角を一撫でして客室へ戻る。用意が出来たと再びラウラが現れたのはそれから少し経ってからの事だった。




