第十九話 神の眼に見張り
私は今、ユニコーンに騎乗して草原を進んでいる。
「領主様のいる街まであとどのくらいだろう……遠いなぁ」
かっぽかっぽと足音を立て優雅に走るユーマの上で溜息と共に呟いた。
布教する間もなく旅立たなくてはならなくなったのは全てこのユニコーンのユーマが理由だった。
…………
「うーん、うちにはそういう話は来てないねぇ」
馬の捜索依頼が来ていないか確認の為、おじさんに連れられて私とユーマは街の役所的なところへ来ていた。
ユーマが誰かに飼われていた訳ではないのは知っているけどどこにも話を通さず私の馬という事には出来ないので、一応本当にその手の捜索依頼が無いか確認する必要がある。案の定逃げ出した馬はいなかった。
「もしかしたらまだこっちまで連絡が届いてないのかもしれないな。ここでしばらく預かっておこうか」
「えっ」
予想外の展開になってしまった。確かにそうだ、電話も何もないんだから即座に情報が回る訳ないし連絡が来た時には馬はいませんでした、なんて許される筈は無い。
だからといってこの男嫌いのユニコーンを置いても行けない。何とか理由を捻り出そうと考えていると手綱を掛けられそうになったユーマがまた暴れ出した。
ぴったり私に寄り添う姿は一見したら白馬を従える名調教師のように思えるけどその実態は内心冷や汗をかいて暴れ馬を宥めているだけである。
「すいません、この子男の人が苦手みたいで……」
「みたいだな。けどそれじゃここで預かるのは難しいなぁどうしたもんか」
普通なら迷い馬の類は他者に貸し出して餌代を稼ぎつつある程度の期間預かってくれるという。貸した馬に乗って逃げられたり売り飛ばされたりしないんだろうかと一瞬思ったけど、そういうことがないからこういう仕組みがあるのだろう。もしくは隣人教の教えの賜物か。
しかしユーマの場合だと預かってもらっても世話する人が近寄ることすらできないし怪我人が出る恐れだってある。
「……私が他の街に連れて行って聞いてみましょうか?」
この街で連絡が来るまで預かるというならこっちから出向いていけばいいだけの話だ。出向いた先でも当然飼い主なんて存在しないのだからそこで晴れてユーマは私の馬になる。
こんな完璧なプランだというのにあまり賛成されていない空気が漂っている。首を傾げていると役人のおじさんが難しい顔で答えてくれた。
「女の子一人での旅はどうかと思うけどねぇ。ただでさえ最近は雷が落ちたり落石があったりとまともな道が通れなくなったりしてるから」
……おじさんの親切心はありがたいけど、それは最初から覚悟の上でだし私を止める理由にはならない。それにしても落雷とか落石とか、ただの偶然とは違うのかな? そういえば途中の倒木も何だか不自然な倒れ方だったなぁ。森の中のほんの数本だけが選ばれたように根元から折れているなんて、木が腐ってたり強風が原因だとしても妙な話だ。
「そういやここへ来る途中も倒木があったから何とかしといてくれ。あれがあると村に帰れねぇ」
「倒木ね……って、じゃあどうやってここまで来たんだ?」
「それが俺にも何が何だか」
「なんだそりゃ」
考え込む私の側でおじさん二人が例の倒木の処理について話している。まぁちょっと人手があればすぐに片づけられるし大した事でもないだろう。今は如何にユーマを連れ出すかが問題だ。
「心配してくれてありがとうございます。でも私は元々一人で旅をするつもりでしたから」
「フィノちゃんは神様の使いだって言ってたっけ。村の皆も心配してたけど大丈夫なのか?」
「神様の使い? ははっ、そりゃ本当だったらすごい話だけどね」
笑われた。村で最初に話した時もそうだったなぁとちょっと子供達の顔を思い出した。まだ分かれて半日程だというのに懐かしく思えてくるのはやっぱりこの世界に降りて最初に親切にしてもらったからだろう。
「とにかくこの子は私じゃないと駄目みたいなので、私が連れて行きます」
本当だったらこの街に腰を据えてじっくり布教をしたかったけどこうなってしまえば仕方ない。別にここの街にこだわる理由も無いし他の街を目指せばいいのだ。
「そうしてもらえるならこっちとしても仕事が減って助かるけど……本当に大丈夫かい?」
訝し気に問いかけてきても私の返事は変わらない。頷いてみせるとおじさんがカウンターの下から何やら取り出してきた。古ぼけた地図だ。
「それじゃ領主様のいるフォンターナの街を目指すといいよ。領主様のお膝元でならそいつの飼い主だって見つかるだろう」
「あそこはこことは比べ物にならないくらいでかい街だっていうし旅をするなら行っといた方がいいかもな」
おじさん二人にお勧めされたフォンターナという街。地図で見ると随分距離がありそうに見えるけど……
「そこってどのくらい掛かります?」
「馬車で一週間、馬で三日ってところかな」
…………
そして今に至る。
おじさん達の厚意で中古の馬具をタダで譲ってもらえて、村で餞別にもらった少々のお金で簡素な旅支度を整え再び私は旅立ったのだ。
乗馬なんてやった事のない私でも何とか落ちずに済んでいるのはユーマがこちらに気を配ってくれているからだ。そうでなければ最初にまたがる事すらできなかったかもしれない。
「あー……ごめんねユーマ。ちょっと愚痴っただけだから」
しみじみ呟いた私の発言にユーマが反応する。本当に気を遣ってくれるユニコーンだ。どこかの神様とは大違いである。
それに一番大変なのは私を乗せて歩くユーマなのだから文句ばかりも言っていられないだろう。実際ユーマは一人旅において大活躍だった。
ユニコーンの持つ能力の一つ、結界。
私にはヴェルト様の守りがあるとはいえ寝込みを野生動物に襲われたらたまったものじゃない。ユーマに結界を張ってもらうと半径数メートル程は外敵の入れない安全地帯が作れるので重宝した。
私は使わなかったけど浄化も解毒も旅人には便利に使えるはずだし、ユニコーン連れは実は正解だったのかもしれない。
そんなこんなで協力しつつ三日三晩過ごしてきたのだ。
「街に着いたら水浴びしたいなぁ」
本来ならそろそろフォンターナの街に辿り着く予定だけど乗馬初心者の私に合わせてゆっくりペースで走ってもらっている。
領都フォンターナ。プラテリア王国内の領地の一つで、広大な農業地帯であるフォンターナ地方の中心に当たる街。領内それぞれの街に貴族やその代官が配置されていてそれを束ねるのが領主であるフォンターナ家……と、軽い説明は受けていた。
何十年も領民の暮らしを圧迫させることのない名領主なんて言われているそうだ。そんな領民思いの領主様なら布教についてお目こぼししてくれるかも。
トップの考えを改革して一気に布教という手もあるけどやっぱりこういうのは末端からが一番だ。地位が高い人に粗相して首でも切られたくないし。
目的地までもう少し掛かる事を覚悟して再び前を向いた。……水浴びと聞いてユーマの速度が上がったのは気のせいだろうか。
「ん? どうしたの?」
突然ユーマが街道から外れ、森の方へと進んでいく。手綱を引いてもいう事を聞いてくれないので諦めて彼の歩むに任せた。十分程経ってようやく彼の足が止まる。森が途切れて広がった空間の先には濁った沼が存在していた。水は緑色だし変な臭いはするし思わず顔を顰めてしまう。
「……まさかここで水浴びしろって言うんじゃないでしょうね」
そのまさかだった。ユーマは軽く頭を動かすと沼の淵で足を止め私を見る。
「水浴びしたいとは言ったけどこれはないでしょ」
汗もかかないこの身体でも全く汚れないという訳ではない。三日間山小屋などに泊まっての旅で土埃やらにまみれて不快感でいっぱいだった。
とはいえユーマがここから動かない事にはどうしようもないのでひとまず降りてみる。するとユーマが頭を下げて角を水面に着けた。次の瞬間には角から光が放たれ水面が波立ちたちまち透明な泉へと変化していく。
「ユーマすごーい! 浄化してくれたんだ!」
私の意を汲み取り過ぎて怖いくらいだ。本当にユーマは普通のユニコーンなのかと若干疑わしいけどそれで私が困る事もないし思考の外に放棄しておいた。彼の首に抱き着いて感謝を伝えるのも忘れない。本当にユニコーンがいてよかった!
「じゃ、ヴェルト様は私がいいと言うまで見ないでくださいね。ユーマは見張りよろしく」
≪……毎回言わずとも理解はしているが≫
「気持ちの問題です」
ユーマの結界は見えない壁を作りだすもの。つまり外部からは丸見えだ。
本人(本神)はこの場にいないから例え約束を破って覗いていても気づかないけど何も言わないのはどうにも落ち着かない。
ユーマに結界を張らせて見えなくなる場所まで追い払ってから私は自分の服に手を掛けた。




