裏:第一話 俺と彼女と神と天使
『何だよこれ……何なんだよ……』
森の中に一人佇む俺は絶望していた。全裸で。
いや、これじゃ俺がまるで変態みたいだ。それでも目が覚めたら馬でした、ってよりはまだそっちのほうがよかったよ!
立ち上がっても四本足で支えられていて人間でいた時よりずっと目線が高い。自分がどんな状態か確認しようにもこんな蹄じゃ全然わかんねぇよ! 異世界転生とかちょっと憧れてたけど馬はないだろ馬は……。
ひとしきり愚痴ったけどここがどんな世界か全然分からない。ファンタジー的異世界なら魔物とかそういうのに襲われるかもしれないし、いつまでもこんなところに一人でいるよりは早く話の通じる誰かと会いたかった。
『さっき悲鳴が聞こえたし人間がいるのは確実なんだ。行ってみるか』
そして俺は声の聞こえた方角へ向けて走り出した。四足で走るのに最初は慣れなかったけどすぐに馴染んでぐんぐん速度が上がる。運動神経マイナスとまで言われた俺がこんなに早く走れるのが面白くてちょっと気持ちいい。
あっという間に土を固めただけの道を見つけて、馬車と二つの人影があった。中年のおっさんと俺と同じくらいの女の子で争ってるような感じではなかった。なんだ、盗賊とかそういうのじゃなかったんだな。
『こ、こんにちは。俺の言葉は分かる?』
二人の前に立ってとりあえず言葉が通じるか試してみる。魔法的なものがあったら俺を人間にしてくれるかもしれないし。けどそれに対する返事は言葉が通じていないという絶望と、別の驚きをもたらした。
「ユニコーン……?」
しげしげと俺を見てぽつりと漏れた一言。
は? ユニコーンってあれだよな。角の生えた馬。やっぱこの世界はそういうのもいるのか……って、何で俺がユニコーンなんだ? その疑問を抱いた瞬間、俺の脳裏に少し前の出来事が思い出された。
…………
大学からの帰り道、コーヒー店で女友達と喋ってる麻衣ちゃんを見つけた俺は驚かせてやろうとこっそり店内へ入って背後から忍び寄った。
麻衣ちゃんは大学に入ってからできた彼女でまだ付き合って一週間だけど、そろそろチューくらいさせてくれないかなぁとか考えてる。
何せ二十年生きてきて初めての彼女だからな! 初デートも初チューもその先最後まで! 全部俺と麻衣ちゃんで体験するんだ!
「そういえば麻衣、最近彼氏できたんでしょ? どんな感じ?」
おっ、俺の話か? 少し漏れ聞こえる内容に俺は声を掛けるのを待ってひっそり耳を傾けた。
「あー……うん、一週間前に告白されたからOKしたんだよね」
「へー。でもそれにしちゃあんまり嬉しそうじゃないけど何で?」
何言ってんだこいつ。麻衣ちゃんもそんなことないって言ってやれよ。
……何で、麻衣ちゃんもそんな言いにくそうな顔してるんだ?
「実は、ちょっと後悔してる」
……は?
「だって付き合い始めて三日目にはもうキスしたいとか言い出すしエロ写メ欲しがるしデートのエスコートも全然ダメダメだったし、何ていうのかなぁ……がっついてる童貞そのものって感じ」
「ヤリたがりの童貞ってやだよねー。お前の頭の中はそれしかないのかっていう」
「元カレの時は全然そんなことなかったからさ、もう何かめんどくさい」
「いっそ麻衣が調教してやったらー?」
「ええー? 私が女王様役ー?」
それ以上俺はその場にいられなかった。彼女達の笑い声を背にしてにじむ視界のまま店を飛び出す。
悔しさとか恥ずかしさとか怒りでいっぱいいっぱいだった俺はすっかり忘れていた。この店が駅前の大通り沿いにあったって事を。
トラックに跳ね飛ばされながら俺は思った。来世はあんなビッチに絶対騙されないようになりたいと。
そこで俺の記憶は終わっていて……今に至る。
確かに俺の望みは叶ったけど、何でユニコーンなんだよ!
嫌な記憶を思い出してへこんでいるとおっさんが俺に触れようと手を伸ばしてきた。
『うわぁっ!』
途端に全身に寒気のようなものが走り、無意識の内に身体が暴れ出した。別におっさんが不潔とかヤバそうとかそういうのじゃないのに気持ち悪くて近寄ってほしくない。
頭を振り回して近づけないようにしてたら角が当たっておっさんが吹っ飛んだ。やばい、怪我させてたら害獣扱いになっちまう……ん? なんだ? あの子何してるんだ?
女の子は倒れたおっさんのところへ駆け寄ったと思えば誰かの名前を唱えておっさんに手を当てた。そしたらその手が光り、次の瞬間には痛そうにしてたおっさんが平気な顔で立ち上がる。
「これもフィノちゃんの神様の力かい? すごいもんだ」
「でしょう? ヴェルト様はすごい神様なんです」
今のは回復魔法? やっぱここは異世界なのか! それに神様がガチでいる世界なんだな。じゃあこの子は神に仕える聖職者とかか。
……聖職者までビッチってことはないよな? 試しに近寄ってみるけど平気だった。くっついても大丈夫……よっしゃ! ユニコーン鑑定的にセーフだ!
女の子との出会いは果たした、後は俺が人化できたら問題ないんだ。さてと実在する神とやらに祈ってみるかな。女の子がどこかに行った隙に心の中で叫んだ。
『おい! 神! いるんだろ出て来いよ!!』
そもそも俺が死んだのだって何かの手違いに違いない。そしたら土下座謝罪コースのチートスキルゲットで許してやってもいいかな。
……反応がない。いや、絶対聞こえてるはずだ!
再度強く念じた。すると頭の中に突然男の声が響いてくる。
≪……我を強く求めるのは汝か。異界の魂宿りし者よ≫
なんだよ、女神じゃねぇのかよ……しかも声だけだし。まぁいいや、エラそうな神に謝らせてから俺の異世界無双がスタートだ。
『あんたが神? 異世界転生したと思ったらユニコーンなんだけどどういう訳よ?』
何でユニコーンなのか、そこがまず聞きたかった。けどその返答は俺の予想から大きく外れたものだった。
≪知らぬ≫
『おい待てよ! こういうのは神の仕業って相場が決まってるだろ!』
≪我の管理下にある者は人の子と獣のみ、大地より生まれし幻獣など我の手から離れた生命体であり我の知る処ではない≫
……バッサリ切り捨てられた。おかしいだろ! 何で神が知らないような事になってんだよ俺!
≪恐らくは、死に瀕した一角馬が汝の存在を知覚し汝の魂と呼応し意図せず引き寄せたのであろう。我が汝を異なる世界より呼び出すには力が足りぬ≫
『俺の本性ってユニコーンかよ……』
何か脱力してしまった。でも自分がユニコーンに引き寄せられたと考えると頭の中に幻獣としての力の使い方が浮かんできて急速に理解する。
浄化、解毒、解呪、結界。おお、結構色々出来るじゃん。
それに普通の馬より足が速いしジャンプ力もすごい。何だよ結構アタリじゃんか。これはこれでありかな……と一瞬考えたけどやっぱり駄目だ。俺は人間に戻りたい。
『神……えーと、ヴェルトっていったか。俺を人間にしてくれよ』
こんな馬の姿じゃ俺の夢は果たせない。夢の為には人間にならなきゃいけないんだ。相手が神なら祈ったらきっと叶えてくれるはず、俺は必死に祈った。
≪……それは出来ぬ≫
『何でだよ! 神ならそれくらいちょちょいって』
≪幻獣は我の創りだしたものではない。既に存在する肉体を我が創り変えるにも、汝の魂を取り出し人の子の肉体に取り込むにも力が必要であり、今はそれが足りぬ≫
『使えねー!』
さっきから力が足りないとかそんなんばっかりだしほんとに神なのかこいつ。俺がそう考えてたのが伝わったんだろうか、それだけでは終わらなかった。
≪汝が人の姿を得たいと言うのであれば、我への信仰を高めよ≫
『どういうことだ?』
≪信仰無き故我は力が足りぬ。今は我が信徒たる遥が布教した事により僅かながら力を取り戻した……汝が望むのであれば同様にすれば良い≫
ハルカってあの子のことか。力が足りなければ増やせばいいってのは納得いったけど無理だろ色々と。
『馬がどうやって布教すればいいんだよ……』
おっさんの反応だと角に気付く人間気付かない人間がいるみたいだけど、喋れない俺に何が出来るんだよ。背中に旗でも立てて歩けってのか。
≪……では遥の助けとなれ≫
『へ?』
≪汝が我の為に働く遥の助けとなるのであれば、我も力を取り戻した暁には汝に人の子の肉体を与えてやろう≫
その提案に俺は頷くしかなかった。




