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閑話 その1

 私が死んで異世界へやって来てから三日程が経過した。

 村の人は優しいし寝る場所もあるし何とか暮らしていけるけど、そろそろ私は限界を迎えていた。


「甘いものが食べたいぃぃぃ!!」

≪……突然何を言い出すのか。遥に与えた身体は食物の摂取を必要としない筈だが?≫

「栄養とかそういうのじゃないんですよぅ! 満足感っていうか、あの味が恋しくて」


 一度口に出してしまえば思い出されるのは地球で食べていた食事の数々。

 じっくり煮込んだビーフシチューにふわふわ卵のオムライス、何故か大根が入った母さんのカレー、普段あまり食べなかった和食だって懐かしくて何でもいいから食べたくなってしまう。

 こっちの料理は素材の味を生かすというか割とシンプルな味付けで、美味しいことは美味しいけどこってりガッツリな日本の味が忘れられないのだ。


「こっちじゃハチミツだって貴重だって言うし、この世界の人は甘いものが無いのにどうやって生きているの……」


 今朝の食事には生のブドウも添えられていた。日本で食べたものより美味しかったけど私が求めているのはそういう果物の甘さじゃない。

 チョコレートとかアイスクリームとか、強烈な甘い何かが足りなさ過ぎて頭がおかしくなってしまいそうだった。


≪……仕方がない。遥、汝が求める物を頭に描け≫

「ええ? 何ですか一体……」


 説明もせず私にあれこれ命令するのはまぁいつもの事だけど今度は何をさせる気なのか。そんな私の疑問は一瞬で頭の片隅に追いやられてしまった。


「こ、これは……!」


 思い浮かべたのは死んだ日のお昼に食べたメロンパン。その途端口の中一杯に甘さが広がり、実に三日振りとなる甘味に恍惚としてしまう。


≪遥の記憶より呼び起こした。これで問題は無かろう≫


 ヴェルト様の声が聞こえるけど返事も出来ないくらい私はただその味に酔いしれていた。近所のお店の生クリームたっぷりイチゴショート、卵たっぷりのプリン、一度でも食べた事のあるものなら再現可能のようなので次から次へと思い出してその味を楽しんだ。

 しかしそこで私は気付いてしまった。


「……味だけあっても何か違う」


 食感、舌触り、そういったものが一切ないと本当の満足感は得られない。例えるなら溶けない飴を延々と舐めているだけのような。結局これでは元の木阿弥だ。


「普通にお菓子が食べたい……」


 もうこの際贅沢は言わない。本物が食べたい。


≪……それ程に違うものか≫

「違いますよ全然! ……この世界でお金持ちになったらお菓子食べられるかなぁ」

≪我が力を取り戻せば物質創造も可能であったのだが≫

「それまでどれくらい待てばいいんですか! もう!」


 今欲しいのに先の話をしても意味がない。若干の八つ当たり気味に話を打ち切るとジーナが籠を持ってこちらへ歩いてくるのが見えた。また司祭様に差し入れを持って行くんだろうか。


「ああ、フィノってばこんなところにいたのね」

「私を探してたの?」

「うん、はいこれ」


 そう言って彼女が籠から取り出したのは今まさに私が求めていたものだった。


「クッキー……」

「運がよかったわよ。お菓子なんて本当にたまの贅沢なんだから」


 手作りらしく不揃いな形のそれを口の中へ放り込む。さっくりとした歯応えの後に広がるバターの風味とハチミツの仄かな甘さ。クルミやナッツのような木の実が混ぜてあってそれが時々強烈なアクセントになって口の中の感覚をリセットさせる。

 材料さえあれば誰でも作れそうなシンプルなクッキー、なのに今私はただ記憶から味を再現した時とは比べ物にならない程の充足感を感じていた。


「やだ! 何泣いてるのよ」

「このクッキーが美味しくて……つい……」

「……今まで苦労してたのね」


 ジーナが背中を擦ってくれたけど何か誤解されているような気がする。

 とりあえずこの世界でのヴェルト様信仰が高まったら、お供えは甘いもの限定にしようと私は固く心に決めたのだった。

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