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第十五話 情けは神の為になる

「そうなんだ! フィノも神様も、エリクを助けてくれてありがとう!」


 と、そこへ空気を読まない声が響いた。声のした方向を見るとジーナがエリクを抱きしめてなんてこともないかのように平然としている。


「ジーナさん!?」

「どうしたんですか司祭様。それに皆も黙っちゃって」

「ジーナ……あの、私の話を聞いて変とかおかしいとか思わなかったの?」


 彼女があまりにもいつも通りだから逆にこっちが怖くなってきた。もしかしたら話を聞いてなかったんだろうか。周囲の視線が私から彼女へ移っていったというのに当の本人はあっけらかんとした様子で口を開いた。


「そりゃ今の見てびっくりはしたけど、助かったならいいじゃない」

「まぁそうなんだけど……」

「それに司祭様はいつも『新しい知識は素直に受け入れるべき』って話してたし神様がいるって知ったのはいいことなんじゃないの? フィノが神様がいるって教えてくれた、それだけの話じゃない」


 ジーナの言葉はとても単純で、素直過ぎた。けど単純だからそれに対する反論が誰にも見つからなくて言葉に詰まる。すると子供達が私を守るように取り囲んでその目線を村の人達へと向けた。


「俺はフィノ姉とエリクを助けてくれた神様を信じるぞ」

「あたしも! フィノ姉はいろんな事神様から教えてもらったって言ってたから」

「ふたりをたすけてくれたいいかみさまなんだよ」


 子供達の言葉に胸が熱くなった。大人達の理解は得られなくても少しでも分かってくれる人がいたらここでの私の目的は達成できたも同然で、例え追い出されてももう構わない。

 迂闊うかつな事は口に出来ないと微妙な空気の中子供達以外誰も口を開こうとしなかった。

 

「フィノさん、神とはどのような方ですか?」


 誰もが黙ったままの時間を打ち破ったのはまさかの司祭様だった。


「あ、神様はヴェルト様っていうんですが基本的には見守っているだけです。世界を創り上げた後は全てを任せいざという時に助けてくれるって言ってます」

「ではどのような姿を?」

「白い髪に紅い瞳で、若い男の人の姿です。女の人なら惚れ惚れするような美しい外見ですね」

「どのような事が出来るのですか?」

「どんなことでも、って言ってます……あの、さっきから何で質問ばっかり?」


 怒涛の質問攻めに何とか答えを返していくが、これは私が嘘をついていると考えてボロを出すのを狙っているんだろうか。そんな疑問を持つ私の内心とは裏腹に司祭様はゆっくり微笑んでみせた。あ、最初に会った時と同じ顔だ。


「神について最も知っているのがあなたしかいませんから。是非色々教えてほしいと」

「……えっ?」

「司祭様!? それは隣人教の教えに反するんじゃないんですか」


 村の人から声が上がった。神を否定する隣人教、その司祭が神の存在を肯定してもいいものだろうか。

 だけど司祭様はその微笑みを崩さず平然としたままだった。


「隣人教では神を否定しています。ですが新しい知識を受け入れ、それに伴うそれまでの慣習の変更もよくある事です。……フィノさんによって神が実在する可能性を知りました。ならばそれが本当かどうか、まず知る事から始めなくてはそれこそ知をとうとぶ隣人教の教えに反するのではないのでしょうか」

「司祭様……」

「フィノさん、どうか僕達に教えてくれませんか?」


 差し出されたその手が私を受け入れてくれた。


「……まぁ神がいても俺達の暮らしにゃ変わりないしな」

「フィノちゃんもちょっと変わった子だと思ってたけど、まさか空から来たなんて思わなかったわ」

「村でもよく働いてくれたし、神の使いだろうがなんだろうが関係ないな」


 隣人教の教えに反しないとなれば村の人にもすんなり受け入れられてしまった。子供と違って大人には理屈が必要だったというだけ、その理屈を司祭様が用意してくれた。これは私だけじゃ不可能だった事。


「司祭様……ありがとうございます」

「いえ、僕こそあなたに感謝しています。一つの事柄だけに囚われて広い視野を持つことを忘れていました……それをあなたが正してくれた」

「そんな……」


 握られた手にぐっと力が込められた。私を真正面から見つめる微笑みはいつしか真剣な眼差しになっていてちょっと恥ずかしい。まるで口説きの態勢だ。


「フィノ! やっぱりフィノってすごかったのね! あたしに教えてくれた事も本当に神様の知識だなんてびっくりしちゃった」


 と、そこへジーナが大きな声で割り込んできた。ある意味お約束だけど正直助かった。ああいうのには慣れていない。

 エリクの方はもう大丈夫なのかとそっちを見ればデイジーと一緒で、耳をすませてみるとさっきの暴言を素直に謝っていた。流石に死にかけたらお互い意地を張っている場合でもなかった模様。


「ジーナさん、あなたにも感謝しています」

「えっ! ええっ!?」

「考えを改めたのはあなたの言葉が切っ掛けでした。それが無ければ僕は今でも頑迷に神を否定するだけだったでしょう」

「……あたしが司祭様のお役に立てたなら嬉しいです」


 これはどちらもいい雰囲気になったんじゃないだろうか。

 色々予想外のトラブルもあったけどおおむね問題無し? 村の人にも神の存在を信じてもらえたしもしかして相当信仰心が増えたかも。


「よし! 皆無事だし祭のやり直しするぞ!」


 誰が最初に言い出したのか、その一言を切っ掛けにわぁっと声が上がりそれまでの事が無かったかのように盛り上がった。

 エリクとデイジーが手を繋いで歩き、ジーナが司祭様の後を追いかける。私も村の人達に囲まれて村へ連れていかれる……どうやら村を出て行く必要はなかったみたいだ。


≪遥、此度の働きは大いに我の力となった。遥を見出した我は正しかったようだな≫


 ヴェルト様の声が届く。自ら言葉を掛けるものじゃない、何て言ってたのに思わず話しちゃうくらい嬉しかったんだなぁ……そういえば今までは私しか神の存在を知らなかったけど、神の実在を知った人が増えた今この言葉も聞こえてたりしないのかな。周りを見るとそういう様子は無さそうなので私にだけピンポイントで声を掛けているんだろう。


…………


 それから村に戻ったら大変な事になってしまった。

 ジーナとデイジーがもう秘密にする必要はないと、髪と顔のお手入れ方法をばらしてしまったのだ。

 そうなると村の女性陣から自分にもやって欲しいと頼まれて頼まれて、髪の方は時間が掛かるのでとりあえずオイルマッサージをする羽目になってしまう。


「あら、ほんとに顔がつやつや! こんないいこと教えてくれるんだったら今度から神様にお祈りでもしてみようかしら」

「顔の他に腕とか足とかも揉むとよさそうね」

「これから毎日やれば若い頃みたいになれるかねぇ」


 おばさん達が大はしゃぎで楽しそうなのでやったこっちとしてもやりがいはあるんだけど、いくら体力があるとはいえ十人以上一気にやるのは手首がおかしくなりそうだった。

 更には司祭様と子供達が揃って神の話を聞かせて欲しいと頼むものだからどこへ行っても引っ張りだこ、私がようやく落ち着けたのは日が落ちて空に星が瞬き出してからの事だった。


「はーっ、疲れたぁ!」

「おつかれさま、フィノ。今日は人気者だったわね」

「……半分くらいはジーナのせいだと思う」

「あれ? そうだった?」


 隣に腰かけるジーナを恨めし気な目で睨んでも本人は至って素知らぬ顔。ジーナはいつでも平常運転だ。

 ……私のあんな姿を見ても。


「ねぇジーナ」

「何?」

「ありがとう」


 私の脈絡のない言葉に彼女は不思議な顔をしていたけど、私だけが分かってればいい事。さて、祭もそろそろ終わりだし折角だから最後にどーんとすごいのを見せつけてあげよう!


「ヴェルト様、どうですか随分信仰が上がったと思うんですけど」

≪うむ、遥一人の時とは比べ物にならぬ程に力が満ちている≫

「じゃあこんな事ってできますか?」

≪その程度の事など造作もない≫

「じゃ、合図したらよろしくお願いします」


 簡単に打ち合わせをしてから私は村の中央に立ち声を上げて注目を集める。これから見せるのは神の奇跡だ。


「皆さん! 世界を創った神、ヴェルト様がその力を見せてくれます!」


 私が天に向けて指差す、すると空に浮かび上がったのは大輪の花火。私の持つ記憶から打ち上げ花火の光景をヴェルト様に見てもらい、それを空に再現してもらったのだ。

 赤、黄色、青、鮮やかな火花がいくつも空に広がり誰もがそれに目を奪われて無言で空を見るばかり。

 花火が終わって私が一礼すると遠くから小さく音が聞こえてきて、すぐにそれは全員による盛大な拍手となって返ってきた。

 ……私がこの村でできることはもうないな。


…………


 祭の日から三日後、私は村の人達に囲まれて村の出口に立っていた。


「本当にこの村を出て行くのかい?」

「はい、私は神の使いとして世界の人に神の存在を知らせなくてはいけないんです」

「できればあなたからはもっと色々とお話を聞かせてもらいたかったんですが」


 皆が心から別れを惜しんでくれているのが伝わってくる。けど私が目的を果たす為にはここにいつまでもいてはいけないのだ。


「ごめんなさい。でも私皆さんに親切にしてもらったこと忘れません」

「何よ! 勝手に出て行くなんて決めちゃって!」


 祭の翌日、私が村を出ると告げた時からジーナの機嫌は悪い。できれば険悪なまま別れたくはないのだけどどうにか元に戻ってくれないだろうか。彼女の潤んだ目には気づかない振りをしてそっと声を掛ける。


「ジーナ……また会いに来てもいい?」

「いつでも来ればいいじゃない! ……待ってるから」

「うん」

「それじゃそろそろ行こうか。忘れ物はないかい」


 リカルドおじさんが馬車の上から声を掛けてくる。今回はワインを出荷するおじさんの馬車で街まで送ってもらってもらえることになっている。そこからまたどうするかは今のところ未定だ。


「大丈夫です! ……皆、神様はいつだって皆を見守ってくれてるからね!」

「フィノ姉! またな!」

「帰ってきたら面白い話聞かせてね!」

「フィノちゃんが摘んだブドウのワインは来年が飲み頃よ! その頃においで」


 遠ざかる私に向ってそれぞれが声を掛けてくれる。何が何だか分からなかった私を受け入れてくれたここに、いつか帰ってこよう。いつになるかは分からないけど。

 私の布教の旅はまだ始まったばかり。


 第一章 私と神様 終

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