第十三話 一寸先は谷
早々にその場を離れた私の後を慌てて二人が追いかけてきた。驚いたのは分かるけどあんまり大声で私の怪力っぷりを話すのはやめてほしい。
「それよりさ、司祭様には会えたけどエリクはどこなんだろう」
「そう、そうなのよ! 司祭様が『いつもと雰囲気が違いますね』って! 素敵とか可愛いとか美しいとか!」
「ジーナ姉……司祭様そこまで言ってないよ」
浮かれて有頂天なジーナは置いといて、いつものちびっこ組の姿が中々見つけられない。去年は一緒に回ってたけど今回は真っ先に私の所へ来たので居場所が分からないらしい。とはいっても大して広くない村だしすぐに会えるだろう。
「エリクも褒めてくれるといいね」
そうデイジーに笑いかけるとはにかんだ笑顔で頷いた。可愛いなぁ。
それからは他所からやって来たという露天商の品を見て回ったり村のおばさん達の料理に舌鼓を打ったり、まるで学際を思わせる雰囲気の中私もすっかり楽しんでいた。
「はーっ! お腹いっぱい!」
「フィノ姉って結構大食いだよね」
「ほんとほんと。太るわよ?」
デイジー母特製鶏の串焼きを食べ終えたところで言われてしまった。以前ならぐっと言葉に詰まっていたけど今の私は違う。なんてったって神特製ボディなのだから何をどれだけ食べようが体型が崩れる心配はないのだ!
「平気だってば。食べた分動けば問題無し!」
木箱に腰かけていたところから立ち上がるとトニー率いるちびっこ組がこちらへやって来るのが見えた。彼らも私達に気付くと手を振りながら足早に駆け寄ってくる。
「なんだ、姉ちゃん達も一緒だったんだな」
「探してたのにどこ行ってたんだよ」
「別にぃ? 約束なんてしてなかったしぃ」
お目当てのエリクが見つかったというのに照れのせいだろうか、デイジーは顔を背けてツンとすまし顔をしている。けれどそうやって顔の向きを変えた事で後頭部の編み込み部分がよく見えるようになった。
「あっ! デイジーのかみのけきれい! すごーい!」
こういうのに気付くのはやっぱり女の子。早速リタが見つけて興味を持ったようだ。
「今日のデイジーとっても可愛いでしょ?」
彼女の肩を掴んでぐっと前に押し出すと皆が間近でそれを観察し始めた。エリクを除いて。
彼だけが少し離れた位置からただ見ていた。
「どうしたの?」
「エリク! 何とか言ったら?」
何の反応も無いのでもう一度聞いてみると、渋々といった態で目線をデイジーに向けて口を開いた。
「変なの! ブース!!」
「……は?」
これは誰のセリフなのか。誰であっても関係なかった。何せこの場の面子の殆どが同じような事を考えていたのだから。
私達が呆然としている間にエリクは突然走り出してどこかへ行ってしまった。
「何よあの子! ちょっと行ってくる!」
真っ先に気を取り直したジーナが後を追いかける。デイジーは今の言葉を聞いてどう思ったんだろう……恐る恐る顔を覗き込めば目に涙を溜めて微かに震えていた。
「何だエリクの奴。別にデイジーは変じゃないぞ」
「しさいさまとジーナおねえちゃんがしかってくれるからなかないで」
「……とりあえず顔洗おう? 髪の毛崩れてきてるしちゃんとやり直してあげる」
残った面々で必死になって宥めると涙目のまま頷いたので一旦ジーナの部屋に連れ込んでおいた。入れた後で思ったけどここはエリクの家でもあるんだから別の場所が良かったかもしれない、もう遅いけど。
「エリクのバカ! 嫌い! もう知らない!」
「多分驚き過ぎたんだろうね……本当に変だって思ってる訳じゃないから機嫌治して」
エリクの方は姉であるジーナに任せておけばちゃんと言い含めてくれるだろう。ある意味私が元凶みたいなものだし最後まできっちり面倒見てあげなくては。
……ちょっとしたサプライズのつもりだったのに変な事になっちゃったなぁ。
…………
それからどれくらい経っただろう。すっかり涙の止まったデイジーの髪を整えて外に出れば、ジーナが血相を変えて走ってくるのが見えた。エリクを見失ったのだろうか、それにしては様子がおかしい。
「ジーナ? 何慌ててるの?」
「た、大変なの! エリクが! エリクが!」
「落ち着いて! エリクに何があったの?」
呼吸が乱れているのと本人の混乱で何度も同じような事を言ってばかりで要領がさっぱり掴めない。何とか落ち着かせようと宥めつつ途切れ途切れに聞き取れたその内容に私達は耳を疑った。
「エリクが! 谷に落ちそうなの!」
「な、ちょっと! 何でそんなことに」
「捕まえようとしたら村外れの方に逃げて、吊り橋は駄目だって言ったのに、あたし他の人に知らせなきゃって」
興奮して文脈が支離滅裂になった彼女の言葉から得た情報からするとどうやら一刻の猶予もなさそうだ。私は家の中に引き返すと手近な縄を手に取り再度表に出た。
「ジーナ! 場所はどこ!? デイジーはトニー達にも声掛けて大人に知らせてきて!」
「あ、う、うん。行ってくる!」
「どうしようこのままじゃエリクが」
「ジーナ!!」
混乱した彼女を強い口調で叱ると正気に返ったように目を瞬かせ、頷くとすぐに走り出した。
が、遅い。
強化された私の脚力と一般女子かつさっきまで方々走り回っていたジーナを比べても仕方ないけど、今はとにかく時間が無いのだ。……仕方ない。
「ごめんね!」
「ひゃっ!」
私はジーナに追いつくとその足を半ば無理矢理に止め、そして膝裏と背中に腕を回して抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこ、というやつだ。最初こそ突然持ち上げられて目を白黒させていたジーナだけど人を抱えて尚自分より遥かに早いそのスピードにすぐに順応していった。
「……まさか女の子にこんなことされるなんて思わなかったわ」
私だって昔ちょっと憧れたりしたけど、まさか自分がする側になるなんて思わなかったよ!
ジーナが指し示す方向へひたすら走り抜けるとようやく村外れの吊り橋へ辿り着いた。私に知らせるより先に彼女が知らせていたのか既に何人もの男の人が橋のたもとに集まっていた。
「おじさん! エリクは無事なの!?」
「あ、ああ。今のところは」
一番近くにいた人を問い詰めると一先ずは安心する。吊り橋は木でできた踏み板を縄で繋いだ古典的なもので、一目で相当古いものだというのが理解できた。
更に奥へ目線をやれば橋の真ん中辺りに人の頭が見える……恐らく踏み板が割れるか縄が切れるかして足を踏み外し、今は何とか腕の力だけでぶら下がっているのだろう。しかしここまで状況が分かっているのに動こうとしない男性陣の答につい腹が立ち、強い口調が出てしまった。
「なんで誰も助けに行かないんですか! 子供の力じゃいつまでもぶら下がっていられる訳ないでしょ!」
「助けられるもんならそうしてるさ。けどこの橋は古くて俺らが助けに行ったら重さでどうなるかわかんねぇ。今ここから縄を飛ばして何とかエリクのところへ届かないか試してるんだよ」
「そんな……エリクーっ!!」
ジーナが大声で名前を呼んでも返事は届かなかった。
確かにここの男性陣は力自慢なだけあって皆重量級ばかり。二次被害を避ける為にも尤もな話だった。
しかしエリクのところへ縄が届いてもそれを掴む為には彼が今必死で掴まっている腕の片方を離す必要があるのだからそれもまた厳しいとしか言えない。
それならもっと軽くて腕力のある人間が行けばいいのではないだろうか、そう考えた時には既に私は口を開いていた。
「私が助けに行きます!」
周りで驚きの声が上がる。助けに行く方だって危険なのにそれを自ら買って出るなんてあまりないだろう。
「私なら軽いから橋が壊れないし、エリクを引き上げるくらいの力だってあります! これが出来るのは私しかいません!」
「いや、しかし……」
「でもフィノちゃんは確かにめちゃくちゃ力あったよな」
「フィノ、ほんとに助けてくれるの?」
ジーナが泣きそうな顔で問う。私はそれに力強く頷いて答を返した。
「時間が無いんです! 私に任せてください!」
「……分かった。けどフィノちゃんも無理はするなよ、あと命綱つけて行けよ」
許可を得た私は手持ちの縄を腰に括り付けその先端をおじさん達に預けて吊り橋へと足を踏み入れた。