第十二話 村の祭
「……今日でお別れか」
目覚めた私の隣に既にジーナはいない。もう祭りを楽しんでいるのだろうか。村にいる間一番一緒に過ごしてたのはそういえばジーナだったなぁ……私がここからいなくなったら、ちょっとは寂しく思ってくれるかな。
そうやってぼんやりと感傷に浸っていたのだが、私を現実に返したのはそのジーナと、来訪していたデイジーだった。
「遅いわよ! もう祭は始まってるんだから!」
「フィノ姉! 約束!」
「うえっ、あ、ちょっと」
二人に手を引かれ寝台から引き離されると間抜けな声が出てしまった。楽しみだったのは分かるけどもうちょっとだけ優しくしてほしかった。
「フィノがどんな事してくれるか楽しみで待ちきれなかったんだから」
「早く早く!」
苦情を言おうにも二人のきらきらとした瞳を前にしたら私には何も言えない。仕方ない、気を取り直して頑張るか。
私は腰に手を当て胸を張り、力強く頷いた。
「私に任せて!」
まずは顔のマッサージだ。髪をいじった後じゃ出来ないので先に済ませておく。
その次は恒例のブラッシング。卵パックがまだ効いているので滑るような櫛通りだ。そこに少量のオイルを揉み込んでまとめやすくする。
ジーナは背中の中程まで届くロングヘアなので割と色々出来そうだけど悲しいことに手元にはヘアピンが無いので使えるものは紐ばかり、かなりアレンジ方法が限られてしまう。
そこでポニーテールのアレンジにすることにした。
顔の横の髪を多めに残して緩いひとまとめにする。その真ん中に指で隙間を作りポニーテールのテール部分を上からくぐらせ左右に軽く引っ張っておく。
そこへ残しておいた顔の左右の髪をねじって真ん中で合体させ、先程のポニーテールの隙間に埋め込む。最後はきつくなった部分を緩めて完成だ。
「ジーナ姉かわいいよ! いつもと全然違う!」
「ああ! 自分で見れないのが悔しいぃぃ」
「簡単だから次は自分でやってみるといいよ。じゃあデイジーもこっちおいで」
変わってしまった自分の髪を触りたくても崩してしまいそうで触れないジーナを横目にデイジーにも同様の事をしていく。ジーナはストレートな髪質だったけどデイジーは子供特有のふわふわな髪だ。
ここは定番の編み込みハーフアップにしよう。
顔の左右の髪を編み込んで毛先まで三つ編みを作ったところで一旦紐で括り、耳よりも上の部分の髪を後頭部でまとめ、そこに両側から三つ編み部分を持ってきて一緒に括る。最後に近くに咲いていた花を適度に差し込んで出来上がりだ。
「これでよし。じゃあ二人ともいってらっしゃ……」
支度を終えて二人を見送ろうとした私の両腕はがっちりと抱き込まれていた。
「フィノも早く支度して」
「一緒にって言ったよね?」
「あ、私は後から行こうかなって……」
私の訴えは無かった事にされた。
…………
「おお、すごいねー」
身支度を整え二人に連れられて村の広場へ出てみれば、そこは既に村中の人間でごった返していた。あちこちから作りたての料理の匂いが漂ってきて朝食を食べていない私の胃袋を刺激する。
「あら、ジーナもデイジーもそれどうしたの?」
「えへへ、フィノがやってくれたのよ」
「お姫様みたいでしょ?」
「へぇ、変わったやり方を知ってるんだねぇ」
早速目敏いおばさん達が気づいたようだ。あっという間に人が集まり気付けば三人まとめて人垣に取り囲まれていた。
「こんなにきれいなお嬢様にはこんな料理は口に合わないんじゃないかい?」
「ちょっと待ってよ! 食べる! 食べるってば!」
「あはは、お嬢様なのは見た目だけだね」
からかいながらスープを器に盛ってくれた。香りからして鶏ガラ系だ。生臭さが感じられないのは一緒に煮込んだハーブと野菜の効果で、それもそのまま食べられる具材になっている。味付けはシンプルに塩だけでも野菜の甘味で塩辛いだけじゃないまろやかな風味のスープとして完成していた。
「おいしい……!」
朝一番に胃に入れるには最適の目覚めの一杯だ。お代わりが欲しくてつい器を差し出そうとしたらジーナに止められてしまった。曰く、まだ料理はあるからここで満腹になってはもったいないと。
「フィノちゃんも初めての祭、楽しんでらっしゃい」
おばさん達に見送られて次のお目当てを探しに出る。……本当はこんなことしてる場合じゃないのになぁ。
「もうすぐ力自慢の腕比べが始まるんだって。行きましょ」
「あたしのお父さん弱いのに毎年出てるのよ。やめておけばいいのに」
けど二人の勢いに抵抗できなくてついつい流されてしまう。……夜までなら大丈夫か。
広場の一角で男の人が何人も集まって囃し立てている。人垣の隙間から覗いてみるとそこでは腕相撲をやっていた。
「あ、お父さんだ」
今勝負をしている内の一人がデイジーの父親らしい。どちらだろうと観察する間もなく勝負がついてデイジーが軽い溜息をついた。どうやら今回も負けたらしい。
「見て見て! 司祭様も参加するみたい!」
ジーナが私の肩をバシバシと音がする程叩いて興奮している。痛い。
非常に気まずいので出来れば私は隠れていたいのだけど隣でジーナが声援を送っているのでそうもいかない。司祭様はちらりとこちらに視線を向けると軽く会釈をして対戦相手と腕を絡めた。
へぇ、司祭様は見た目は頼りなさげな優男っぽいのに案外腕力あるんだ。
相手は日頃農作業で鍛えているというのに一歩も引かず持ち堪えている。それでも流石に敵わなかったのかばたりと腕が倒された。ジーナが大騒ぎしている、ちょっとうるさい。
「司祭様惜しかったですね! でもすごかったです!」
「ジーナさんの応援があったのに勝てなくてすみません」
「いえ! あたしがもっと全力で応援してたら……」
どうかこのままジーナとだけ話して終わってほしい。その私の願いは叶えられることはなかった。
司祭様がいつもと雰囲気の違う彼女の髪に目敏く気付くと、やはり私がやったものだと嬉しそうに説明してくれた。司祭様がいつもの微笑みで私の方へと向き直る。
「フィノさんは僕も知らない事をよくご存知なんですね……それも、神から授かった知識だと?」
明らかに揺さぶりを掛けてきている。私がどう答えるのか推し量るつもりのようだ。
「はい。私の神は色々な事に造詣が深くて偉大なんですよ」
「そうですか……」
「ねぇねぇ、フィノも腕自慢に出てみない?」
司祭様の目が少しだけ細められるが、今この場で何かを言う気はないようだ。微笑みのまま会話を終わらせた。と、そこへ割り込んできたのがジーナだ。この緊迫した空気に何故ジーナは気付かないのか、司祭様も鈍いと思ったけど彼女も相当である。
「ええ? 私が?」
とはいえこの微妙な空気を壊してくれたのはありがたいのは確かで、彼女の突飛な提案に乗ってみた。
「女の子も出てもいいっていうし、あんなに力持ちだったんだからいいところまで行くんじゃない?」
「あ、あたしも見たい」
「おお、可愛らしいお嬢ちゃんの参戦か?」
「むさくるしい野郎の手握るよりフィノちゃんの手握ってる方が断然いいや」
「違いねぇ」
どっと笑い声が巻き起こる。これは参加確定の流れだ。そういえば腕力も強化されてるってどのくらい強くなってるんだろう……ちょっと試してみたくなってきた。
「じゃあお相手よろしくお願いします!」
力強く参加を表明すると周囲がより騒がしくなった。手の空いた人が話を聞きつけて見に来たらしい。
私は軽く腕まくりをして対戦相手の前に肘をついて手を握った。
「フィノー! がんばってー」
「お父さんみたいに負けないでねー」
「おーいアレックス! あんまりお嬢ちゃんをいじめるなよー」
ジーナ達の声援が私の元へ届く。そして相手にも。対戦相手のおじさんは去年の優勝者らしくて確かに丸太のように太い腕をしている。にこにこと笑顔で合図を待っていて完全に油断しきっていた。
「はじめっ」
ダン!
勝負は一瞬だった。合図と共に渾身の力を込めて左へ強く押すと音を立てて相手の拳はテーブルへ叩きつけられた。周囲が一瞬で静まり返り、誰も身動きしようとしなかった。
「それじゃ、私の勝ちってことで」
……やり過ぎた。大変な事になりそうなのでそそくさと皆が呆然としているうちにその場を離れる。
この村を出て行った後の私の印象は怪力女確定だろうなぁ……。