第十一話 言わぬが我が為
その日の夜、私は久しぶりにヴェルト様を呼び出した。
「ヴェルト様……ちょっといいですか」
≪久しいな遥よ。我の力が必要か≫
最近は特に報告する事も無くて至って平和だったし、力を借りたいような何かも無かった為こうして話すのは久しぶりだ。ヴェルト様も心なしか機嫌が良さそうだ。
「むしろ、下手に使うと危険かと。神が実在してると言うだけで一部じゃ思想犯扱いで……」
≪何故にそのようなことに?≫
「神が実在すると知ったら人間は神頼みばかりして努力しなくなるから、だそうです」
≪馬鹿馬鹿しい≫
一言で鼻で笑われてしまった。
≪己が力を尽くせぬ者はどのような理由を付けてでも自ら動く事はないものよ。神無きとされる今は果たして何に縋って何の所為にしている事やら≫
私はこの村の人としか接していないので分からないけど、やっぱり隣人教の教えがあってもさぼってる人は多いんだろうか。まぁ地球でも勉強しろと言われても真面目にやらなかったりするしなぁ……死ぬ前の私のことだけど。
≪全ての人の子が清く勤勉であるのなら我とて忘れ去られる事などなかったであろう≫
「いや、忘れられたのはある意味ヴェルト様の自業自得です。今子供達にはピンチの時にお祈りすると助けてくれるかもって話してるんですから、祈りが届いたら助けてあげてくださいよ?」
≪何にせよ、人の子の理に縛られそうになれば我に祈れば良いだけの事。遥に害為す者共を塵とするなど造作もない≫
「物理的な排除はやめてください!」
≪……面倒な事よ≫
駄目だ。本当はもっと深刻な話になる筈だったのにこの神のマイペースっぷりに引きずられてついつい突っ込みばかり入れてしまう。
正直ヴェルト様って神様としてどうなんだろう。信仰するに相応しいとプレゼンしようにもどこが崇めるべきところなのか見当もつかない。
……大昔のヴェルト様を信仰してた人達は一体何がよかったんだか。
≪遥よ≫
「なんですか?」
≪我は遥を頼りとしている、遥も我に頼れ≫
「今でも十分頼りにしてますけど? たまに神の力も使わせてもらってますし」
何を言っているのだろうこの神は。私がこの世界で生きられるのも地球へ帰るチャンスが持てたのも、ヴェルト様のお陰だと感謝してるのに。一応。
≪我は遥の心からの信仰が欲しい≫
……本当に、何を言っているのだろう。
「十分信じてますって。だからこうやって会話もできるじゃないですか」
≪遥が信ずるのは我が実在する事のみ。我を崇め我にその全てを委ねられる程の信仰が欲しい≫
「ええっ!?」
全てを委ねるとかもしかして十八禁なアレな意味なんだろうか。そういえば悪魔と契約する時には頭のてっぺんと足の先を持って、両手の間にあるもの全て……全身を捧げるというのがお約束だった。
となるとやっぱりヴェルト様は邪神!? 世界を救うと言って騙すなんて何て狡猾な……
≪如何した?≫
「あ、あのですね、それは本気で言ってるんですか……?」
≪遥は数千年振りの我の信徒。久方振りの信仰は心地良きもの、我の為に命を捧ぐ程の信仰が得られればどれ程のものか知りたい≫
そっちか!
ああ、ギリシャ神話とかの俗っぽい神様に毒されてたのかもしれない。でも命を捧げるとか生贄とかそういうのはまじで勘弁してほしい。死にたくないし。
「……布教頑張るので、他の人からの信仰をもらってください」
≪仕方がない、遥が死す迄は待とう≫
「その為にも神様らしくしててくださいよ? 折角私が説得してもヴェルト様と話して幻滅されたら意味ないんですからね」
≪どのように振る舞おうと我の為す事全てが神の業。遥に問うが汝の言う「神らしさ」とは何か≫
……そう言われてしまうと確かに「神らしさ」って何なんだろう。オーラとか何かすごいってのは対面したら魂状態の私でも感じたから存在感は十分。外見は私の好みなんで置いといて、あとは何でもできる万能さ? でも今は力が不足してるだけで信仰する人が出る頃にはある程度戻っているだろう。
そもそも私の持ってる神イメージなんて地球の誰かの創作物な訳だし、人間の想像力の範囲内に過ぎない。
ほんと、神らしさって何だ?
「……考えておきます」
≪答無き問などするものではない≫
呆れられてしまって今日の報告が終わった。
神らしさか……人間を虫けら扱いで上から目線で見下すとかそういうのもきっと含まれるのかな。今の私が立場が全然違うのに無礼とか非礼とか言わないのは自分と世界の存続が私に掛かってるからなんだろうな。これから私以外に信仰する人がでてきたら簡単に無礼者として罰されるかもしれない。
「今みたいに気安く話せなくなったら嫌だなぁ……」
私が唯一何の気兼ねなく話せる存在がヴェルト様だ。村の人相手にもこれから先出会うだろう人にも私の素性は話せないし、こうして報告する時間は割とストレス解消的な意味があったのかもしれない。
思ったより私はヴェルト様に頼っていたようだった。
…………
次の日、祭の前日ともなると村は中々の忙しさだった。
この日ばかりは普段仕事を免除されている子供達も各家庭で作業に駆り出される。そして司祭様も。
「あ……」
「……」
作業中にふと視線が合う。お互い何とも言えず無言で目を逸らし手を動かす。その様子を見ていたジーナが不審に思う程に私達は不自然だった。
「ちょっと、司祭様がなんかおかしいんだけどどうしたのよ」
ほんの少しの合間にジーナに問い詰められてしまった。ちなみに彼女は当日驚かせる為にと髪をなるべく隠すよう頭に三角巾のような布をつけている。
「いや、ちょっと意見の食い違いがあって」
「だったら早く謝った方がいいわよ。司祭様はとっても優しいんだから許してくれるわ」
「……だといいな」
何も知らないジーナの言葉の一つ一つに罪悪感が募る。そんな私の気も知らずに彼女は祭のあれこれを説明してくれる。
一年前のワインと作りたてのワインを同時に味比べしたり、村一番の料理上手を選ぶコンテストがあったり、暗くなってから火を囲って踊ったり、一日かけての大騒ぎだ。
「若い恋人達が多かった頃は村外れで一晩愛を語らったりもしてたそうよ。素敵よね」
「一晩……」
昔の農村によくあったとかいうアレだろうか。できればジーナには一生気付かずピュアなままでいてほしいものだ。
「今じゃあんまり近寄るなって言われてるんだけどね。あたしも司祭様と一緒に行ってみたいけど無理よね」
「なんで?」
「村外れには深い渓谷があって、昔はそこの谷川に吊り橋を掛けて行き来してたそうよ。でも街道が出来てから使われなくなっちゃって橋の手入れもされてないから危なくて特に子供は近寄るなって」
「へぇ、昨日の薪探しの時は気付かなかったけどそんなところもあったんだ」
明日には村を出て行くのだから、その吊り橋を使えば人目に着かないかもしれない。ルート候補に入れておこう。
……村とお別れか。二週間程過ごしただけなのに何だかとても離れ難い気持ちになる。
「……フィノ、もしかして村を出て行こうかとか考えてる?」
「なっ、なんでそんなこと!?」
ふっと考えていた時、ジーナに正に正確にその事を突き止められ思わずうろたえる。もしかして司祭様からジーナに漏れているのだろうか。でも彼女の様子におかしいところはなかったし、演技出来る程器用だとは思わない。
「やっぱり。フィノを雇ったのは確かに収穫時期で忙しかったからなんだけど、収穫が終わったからって放り出したりしないから安心して!」
「え?」
「父さんも母さんも、フィノの事気に入ってるし秋から冬にかけても色々仕事はあるからずっとここにいたっていいのよ?」
「あ……そういうこと」
よかった、事情が漏れていた訳じゃなかった。けどこうして事情も知らず親切にしてくれる人達を騙すようにして離れなければいけないんだ……余計に胸の内が苦しくなってきた。
「明日よろしく頼むわね」
ジーナの明るい微笑みは今の私には直視できなかった。