遭遇
探索を初めてすでに3日が経過していた、毎日方向を変えて探索を続けていたがアクシデントとも言える事は何一つなかった、そしていよいよ皆の口数は少なくなっていった。
探索5日目、東西南北は分からなかったため、コンビニの建物から見て四方の壁の方向に進むように探索を行っていたが、いよいよ行く方向が無くなってしまった、最初に戻って同じ事を繰り返すくらいであれば行ける所まで野宿するという事も頭を過ったが、現実的ではないと、誰も口に出さなかった。
「こんなに何もないものなんですか?」
そんな慎一の問い掛けに雅夫はほとんど間をおかず答える。
「こんなもんじゃないの?野生の動物なんて滅多に遭遇しなくて、むしろ遭遇したら運が悪いって言われるような話を聞いたことがあるよ」
加奈子はやはりなにも答えようとしない、閉塞感は感じているが、彼女は自分の力を使う事を極端に躊躇していた、ギリギリまで温存し、最悪は別行動をとってからどうにもならなくなって使うべきであろうと考えていた、今はこの二人を使い潰し、その間に新たな展望が開ければ善し、ダメなら全力を使う事も已む無し、そんな考えを固めていた。
確かにベースである肉体の強化のためか、靴が慣れてからは、彼女が最も疲労感なく探索を行っているような様子で、もし最初にダウンするのであれば間違いなく雅夫であるように思われた、不摂生を行っていたわけではないが、加齢による衰えはどうしようもなく、特になにも継続的な運動を行っていなかった雅夫にはすでに疲労の色が色濃く出始めていた。
「提案だが、行くところまで行ってみてはどうかと思う、もう体力的に限界だし、これ以上はジリ貧な気がしてな」
雅夫とてその提案が無謀なものである事は理解しており、その提案が受け入れがたい物である事も理解していた。
「まだ体力には余裕があります、体力的に限界のようでしたら、休んでいたらいかがですか?」
その言葉には明らかな挑発の色が浮かんでいた、しかし怒ることなくその挑発を受け入れる事とした。
「いや、コンビニの床で寝泊まりしても体力が回復するかと言えばかなりきつい、若くないんでな、食料を少し分けてもらえれば、別行動でもかまわないよ、足手纏いにはなりたくないしね」
その発言には多少驚かされたが真意を計りかねた、疲れた中年の自暴自棄な半自殺願望と捉えるべきか、それとも何らかの力に目覚めており、その力を使えば一人で何とかできる、その恩恵を自分達に分けたくないという意味なのか、どちらかではあると思うがどちらなのか絞り切れなかった。
「足手纏いとかではなくこんな訳の分からないところで知っている人とはぐれるのはつらいですよ、行くなら3人で行きましょうよ」
慎一の本心は別の所にあった、雅夫はまだ気遣いなどの点で慎一を気遣うような部分があったが、加奈子の自分を見る目は道具を見るかのような目で、話しかけても「ふ~ん」「さぁ」「分からないわ」など、一単語で終わってしまう事も多く、まるで会話にならない事が多くなっていった、その点分からないなりに考察を交えて答えてくれる雅夫はまだコミュニケーションが取れ、戦力でははるかに頼りになるのは加奈子でも、どちらかと二人になるか?と聞かれれば雅夫と二人の方がいいとさえ思えてしまった。
「まぁ、そういうなら行ける所まで行ってみましょうか」
加奈子にも勝算と言うべきものがあった、力を使わないようにセーブしていたがそれでも力が満ち溢れており体力的にも絶大なものがあった、歩行ペースも男達のペースに苛立ちを感じるほどであり、探索を終え帰ってもまるで疲れておらず、へばっている男達が矮小にしか思えない程であった、どちらにしろ二人とも戦力外であるなら、最後の食料運搬係りくらいの感覚で一緒に行ける所まで行ってもいいと思っていた。
案の定暗くなるまで歩いても何の成果もなかった、元々分かっていた事だった、遭難して歩いて民家に到着する確率など極めて低いもので、むやみと歩き回っても体力の限界が来て終了するだけ、じっとして救助を待つのが最も生き延びられる、そんな事も言われるが、救助のあてがまるでない状態では他に方法はないように思われた。
週刊誌を火種にし、枝などを集めて火を起こし、その上にヤカンを設置するとお湯を沸かしカップラーメンを食べた、温かい食べ物は久しぶりであり、その味には感動すら覚えた。
「コンビニの店長夫妻はなんで亡くなったんでしょうね?」
慎一が食後に余ったお湯で淹れたインスタントコーヒーを飲みながら聞いてきた、コンビニの中に充満して来た死臭も離れたい一因であった、もしその一件がなければ加奈子は二人で行けと切り捨てていたかもしれない、そろそろあそこでの寝泊まりは限界であり、変色まで始まった死体を外に捨てるのも嫌な作業であった。
「完全な憶測だが、耐えられなかったんじゃないのかな?激しい揺れの中みんな吐いてたろ?あの時はたしか奥さんらしき人の叫びが聞こえた気がするんだよ、記憶的に絶対じゃないがね、あれに耐えるにはそれなりの体力が必要だったんじゃないかな?あの人達は50代くらいに見えたからね」
心当たりがない事もなかった、まず体のなかをかき回されるような感覚に全身が裏返るかのような嫌悪感は今まで感じた事のない物であった。あれを歳をとり体力も落ちた状態で受けたとなると、そのまま亡くなってしまったというのも理解できる気がした。
社会の落伍者そんな風にバカにしながら見ていたが、この男の話は割と的を得ている事も多く、計画性や理知的な側面さえ感じられる事があった、食料の分配やカロリーを考えている節もある、今もコーヒーにかなりの量の砂糖を入れ傍目には超甘党に見える事さえあるが、糖分によるエネルギーの補給であろう事が予想される。
かなりの高学歴でなくては入れない会社でも色々な事情で弾かれ去って行った者は多く、残った者より多いのが会社という組織である、そんな中で弾かれた者の行く末がこの男であると思えば哀れさすら感じさせた。そしてあえて見ないようにしていたが、何事もなければ明日の自分の姿だったのかもしれないと思うと、必死に否定したくなる、こいつみたいな敗北者とは違うのだと。
『カツーーーーーーーン』
派手な音が響きヤカンに命中するとヤカンはお湯をぶちまけながら燃えていた火の中に落ちた、漏れだしたお湯で火が消火され白煙が上がりシューッと消火される音が響いた。
他の二名には判別できなかったが加奈子にはそれが矢が飛来した事によるものである事を見抜いていた、馴染むかのように動態視力も上がり、高速で飛来する物体もスローモーションのようにさえ見えるのが今の加奈子であった。
全く見えておらずヤカンが甲高い音を立てるまでその存在に気付かなかったが、全く慌ててはいなかった、雅夫は自分の周囲、身体に沿うように数センチだけ薄い皮膜のようにバリアーを張っていた、もし自分い向けた狙撃が来ようと、届く前に灰となり宙に舞う事が予想できていた、これまでの探索において自分のまわりに薄くバリアーを張る練習とコントロールには余念がなく、かなり上達したという手ごたえを感じてもいた。
襲撃はかえって好都合だと、加奈子と雅夫は思っていた、もしドラゴンのように勝てない幻獣が来たら困ったが、少なくとも弓を使うという事は知的な生物である事が最低限予想される、たとえ山賊であったとしても人が絶対に通らないような秘境にはアジトを構えないと思われる、襲撃をしてきた者は少なくとも集団的に生きる団体であり、ある一定以上の知性がある、それだけでコンビニに閉じこもっているよりは一歩前進と言えた、もっともそれはチート能力に目覚めた雅夫と加奈子だから言える事で、未だ目覚めていない慎一にとっては恐怖以外の何ものでもなかった。
「貴様らは何者だ!不審な動きをすれば当てるぞ!」
言葉が理解できる、日本語ではなかった、しかし理解できた何故理解できるのかまるで分らなかったがとにかく理解できたとしか言いようがなかった。
「気付いたら、ここから一日歩いたところにその時立ち寄っていた商店ごと飛ばされた、我々は異邦人だ正直何も分らん、ここがどんな場所なのかも分からん、嘘ではない」
返答はなかったが攻撃もなかった、しばらく沈黙の間があり慎一は生きた心地がしなかったが、雅夫と加奈子は落ち着いたものだった、そしてガサっと音がすると一人の人物が近づいてくるのが気配で分かった。
「ついてこい、怪しい行動をとれば身の安全は保障せんぞ」
「待ってくれ、暗くて足元も見えない、こんな中ついて行くのは不可能だ」
ヒソヒソっと何かを話す声が聞こえたかと思うとボウッと松明に火が灯り辺りを照らした、そしてその火に照らされた男の顔を見て声にこそ出さなかったが、皆心で叫んだ『エルフだ!』