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あれから十日。僕と詩歌はまだ村に滞在していた。何故これほど長引いているのかと言えば、村人たちに頼まれた薬を調合していたからだ。傷薬や風邪薬、痛み止めと行った常用される薬についてはあらかじめ用意していたが、それ以外のものはいつも頼まれる度に必要な分だけ作って渡しているらしい。何でもあまり保存が利かないものが多いらしく、この方が効率がいいのだとか。加えてこの村を訪れるのが久しぶりで、注文が殺到していることも原因の一つだ。さらに言うのなら、必要な材料をその都度採集に行っているので効率も悪い。
「だってさ、いつ使うかもわからないのに作ったって、駄目になっちゃうかもしれないでしょ」
鍋をかき混ぜながら詩歌は言う。
「ならせめて材料だけでも揃えておこうよ」
そうすれば、作業を中断して素材を探しに行く必要も無い。
「乱獲はしない主義なの」
なんて嘯いていたが、どこまで本当かは疑わしい。
「忘れてただけだろ」
「……最近レインがかわいくない」
ふて腐れたように言う詩歌に、僕はため息を返す。
「……あ!」
声を上げる詩歌。
「えっと…ね?」
上目遣いに僕を見て
「カルアの若葉が必要だったりして」
「…………」
言ってるそばから。
「必要だったりして」
繰り返す詩歌。
「でも今、手が離せないんだよねえ」
「……わかった。採ってくるよ」
「おお! ありがとう! さすがは自慢の弟子」
「はいはい」
まったく調子がいい。
「なるべく早く戻ってきてね」
そんな声援を背に、僕は部屋を出た。
問題の薬草は、割とあっさり見つかった。元々カルアの葉はそれほど珍しいものではなく、下手をすればそこのら庭に生えているレベルのものなのだ。森に入れば言わずもがな。形も特徴的でわかりやすい。まあだからこそ、詩歌も僕に採集を任せたのだろうが。
ともあれ、そんな訳であっさりと目的のものを手に入れた僕は、急ぎ戻るべく宿を目指して早足に歩いていた。
「おう、坊主。今日は一人か?」
村に入ると、不意に背後から話しかけられた。
ふり向くと、最初にこの村に来たときにも話しかけてきた、詩歌にアルスと呼ばれていた人だった。
「こんにちは。ええ、ちょっとお使いを頼まれまして」
採集してきたカルアの葉をみせる。
「ふうん…カルアか。そんなもんも薬になるのか?」
興味深げに覗き込んでくる。
「ええ、そうみたいです」
「みたいって…坊主、お前も薬師じゃないのか?」
「まだ習い始めたばっかりなんで。恥ずかしながらそんなに詳しくないんですよ」
見栄をはっても仕方ないので正直に話す。
「なるほどな。ま、頑張れよ」
そう言って背中を叩いてくるアルスさん。
「ありがとうございます。……ところで、何かご用でしょうか? 詩歌なら宿にいますよ。伝言で済むのならお預かりします」
「――と、そうだった。坊主、今日はお前に用があったんだ」
「僕にですか?」
一体何の用だろう?
「おう。あのな……」
僕の肩を抱き、顔を近づけ声を潜める。
「お前、詩歌とはどういう関係だ?」
「――は?」
一瞬、意味を捕らえかねた。
「関係、といいますと?」
「関係だよ! 関係。姉弟――ってわけでもないんだろ? 似てねえしな。じゃあ恋人か?」
何を言い出すんだ、この人は。
「……僕はまだ十歳ですよ? そんな訳ないじゃないですか」
呆れて答える。詩歌が今いくつなのかは知らないが、十のガキをそういう対象に見たりはしないだろう。
「だよな」
もっともアルスさんもそれはわかっていたようで、軽い仕草で同意する。
「まあ、そうですね……。荷物と拾い主とか、弟子と師匠とか、そんな感じだと思いますけど?」
「弟子と師匠はともかく、荷物と拾い主ってのは何なんだよ?」
「そのままの意味です。行き倒れていたところを詩歌に拾われたので」
「なるほどな」
曖昧に頷くアルスさん。ちょっと機知を利かせてみたつもりだったけど、上手く伝わらなかったようだ。
「結局、何が言いたいんですか?」
「まあ、あれだ」
不意にアルスさんは、今までのおどけた態度から一変して真面目な声音で、
「俺は――俺たちは、か。とにかく、この村の奴らは俺を含め全員が詩歌の世話になってる。詩歌がいなけりゃ死んでたやつだって、俺の娘含めてごまんといる。つまり、だ」
いったんそこで言葉を句切り、
「あいつを悲しませたり不利益になるようなことをしたらこの村の全員が許さねえってことだ」
一息に言い切った。
なるほど。アルスさんは疑っていたわけだ。不意に詩歌の隣に現れ、行動を共にしている僕のことを。
「わかりました。詩歌は僕にとっても恩人です。そういったことはしないと約束します」
これは、僕の本心だ。真摯に答える。そしてそれは、無事アルスさんにも伝わったようだ。
「そうか、うん。ならいいんだ。――悪かったな、脅すような真似して」
アルスさんはばつが悪そうに頭を掻き、僕に軽く謝罪する。
「気にしないでください」
僕もアルスさんに頭を下げ、別れを告げる。
「おう、またな」
わび代わりだと言って持たせてくれた干し柿の礼を告げ、僕は宿に向かって歩き出す。
「詩歌によろしくな」
アルスさんの声を背に聞きつつ、思う。
詩歌はこの村の人たちに、非常に愛されているようだ。




