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「そう。妹さんがいるの」
「うん。カトリーヌっていうの」
「その子も、あなたと同じで?」
「……うん。何も、教えてもらえない」
「そう」
泉の辺に生えた木のそばで、わたしはサラと名乗った女の人と話をしていた。何故こんなことになったのかはわたしにもわからない。立ち去ろうとしたサラさんの服を、わたしの手は何故かつかんでいたのだ。
「?」
問いかけるようにわたしを見下ろす瞳は、髪と同じ夜の色だった。髪も黒。瞳も黒。おまけに着ている服まで黒一色。その様は、本人が称したように魔女のようで、でも、なぜだか恐ろしいという感情はわかなかった。
「どうしたの?」
今度は、声に出して問いかけられる。
サラさんは、さぞかし困ったことだろう。何を言ってもろくな返事もしないくせして、去ろうとすれば服を掴まれる。さりとて何を言うでもなくじっと見上げるだけ。
「…………」
サラさんは、ちょっと困ったように笑い、わたしをひょいと抱き上げた。
里へと連れて行かれるのかと思ったら、泉の方へと戻っていく。
普段よりも高い視線は、より遠くを見渡せたけど、幾ばくかの恐怖も同時にもたらした。
おそるおそる、サラさんの背へ手を回す。サラさんは、何も言わない。ただ、わたしを抱く手が、優しさを増したような気がした。
「少し、愚痴に付き合って貰える?」
泉まで戻ったサラさんは、近くの木の下に座り、わたしを膝の上にのせながらそう言った。
「愚痴?」
「そう。愚痴」
言いながら、わたしの頭を撫でてくれる。
何でもサラさんには、お姉さんがいるらしい。そのお姉さんに頼まれて、わたし達の里まで手紙を届けに来た。そこまではいいのだけれど、長老の一人が何やら無茶を言い出したらしく、対応に困っている。いい加減嫌気がさして、こうして気晴らしに出てきたということらしい。
「そうしたら、あなたを見つけたの」
だから、あなたのことは誰にも話さないわよ、と言ってくれる。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。――ところで、あなたはどうしてこんな処に? ああ、言いたくなければ言わなくていいわよ。無理に聞き出す気はないから」
その優しい声音に導かれるように、わたしは自分のことをぽつりぽつりと語り出していた。
ふと目が覚めて、月を見ていたこと。なんとなく外へ出たくなって、そうしたら自然と足が泉へ向いたこと。近くに来たら、泉の方が光っていたこと。同時に、精霊たちがざわついているのを感じたこと。泉の近くに来てみたら、光っていたのは泉じゃなくてサラさんだったこと。
「ああ、それは悪いことをしたわね。あなたの夜の散歩を邪魔してしまったみたい」
「ううん」
首を振る。
「サラさん、すごく綺麗だった。歌も、とっても上手で」
「あら、ありがとう。あの歌はね、姉さんから教わったの」
「お姉さんから?」
「そう。精霊と同調する為の歌よ」
「同調?」
「ええ。魔術をより上手く使う為の準備みたいなものね」
「そう、なんだ」
その一言に、わたしは大きな衝撃を受ける。当然だけど、サラさんは魔術を使える。より上手く使えるように教えてくれるお姉さんもいる。わたしが感じたのは、嫉妬だろうか? それとも淋しさ?
「どうしたの?」
急にまた黙り込んでしまったわたしに、サラさんは優しく問いかける。
「……わたしは、使えないから」
その優しさに当てられ、つい零してしまう。
「わたしは魔術、使えないから」
「あなた、今幾つ?」
「十歳」
サラさんはわずかに眉をしかめる。
「あなたと同い年の子たちも、魔術を使えないの?」
「ううん、使える」
「じゃあ何故あなたは使えないの?」
「教えて、もらえないから」
「何故?」
「それは……」
それは、わたしが双子の片割れだから。
危うく、口にしてしまうところだった。言えばきっと、サラさんもわたしを蔑むだろう。呪われた双子が近くに寄るな、と言われるかもしれない。せっかく、こうしてお話しできているのに。こんなに話したのは、リーヌ以外ではサラさんが初めてだ。
「それは?」
サラさんが、優しく促してくる。
「…………」
答えたくない。でも、答えないと嫌われてしまうかもしれない。答えたら、間違えなく嫌われてしまう。だからといって答えなければ、サラさんは行ってしまうかもしれない。わたしは一体、どうすればいいのだろう。
「答えにくい質問だったみたいね」
言って、サラさんはわたしを促し立ち上がる。
「もう遅いし、そろそろ戻りましょうか」
「あ……」
行ってしまう。終わってしまう。
「待って!」
ああ、わたしはどうかしている。目先の欲にとらわれて、大事な機会を棒に振ろうとしている。わかっている。でも、どうしても、この人ともう少し話していたい。話を、聞いて欲しい。
「あの……」
あと、少しだけ。
「……妹が、いるの」
ああ、わたしの莫迦。
「そう。妹さんがいるの」
「うん。カトリーヌっていうの」
とうとう、言ってしまった。
「その子も、あなたと同じで?」
「……うん。何も、教えてもらえない」
「そう」
サラさんは少し考えるように目を細め、
「それは、何故?」
決定的な質問をした。
「わたしが……」
もう、逃げられない。
「わたし達が……」
言うしか、ない。
「……双子だから」
きつく目を閉じ、降りかかるであろう罵倒に耐える準備をする。握りしめた拳が震えている。拳だけじゃない、身体が、震えている。
「そう。だから……」
呟いたサラさんは、わたしのことを罵ったりしなかった。
「大変だったわね」
そう言って、わたしのことを抱きしめてくれた。
「…………え?」
惚けた声が漏れる。
現状を、上手く把握できない。
「ねえ、カトリーナ」
頭上から、サラさんの声が聞こえる。
「あなたが望むのなら、わたしが魔術を教えてあげようか」
「…………え?」
本当に、この人には驚かされてばかりだ。
双子だと告げたわたしを忌避しないどころか抱きしめ、あまつさえ魔術を教えてくれる?
「……いいの?」
「ええ。あなたが望むのなら」
「妹は? リーヌにも教えてもらえる?」
「その子がそれを、望むなら」
提案は魅力に満ち、
抱きしめられた身体は温かく、
向けられた微笑みは優しくて、
何より、
私自身が、それを望んでいた。
「……本当に、いいの?」
おそるおそる問いかける。
「ええ」
返答は、実にあっさりとしたものだった。
――そしてわたしは、魔女の弟子になった。




