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「これはシイ、さっきのは冬惜(ふゆお)しみ。名残雪はもう採ったし……とするとあとは紫鉱星(しこうせい)か……」

 冬の終り。もしくは春の初め。二つの季節が主導権をめぐり相争っている季節の変わり目。しかし、植物たちは訪れようとしている春の気配を敏感に感じ取り、次々と芽吹いていく。

 雪の溶けきらない黒と白の斑な世界に映える、鮮やかな緑の芽を摘み取りながら、ゆっくりと歩いていく。

 これらは皆、薬の元だ。冬の間に詩歌から一通り教わったので、大方のものは見分けが付くようになった。これらの植物を然るべく処理し、薬として売り金を得る。

「だからレインも、しっかりと覚えないとダメだよ。何しろ生活がかかってるんだからね」

 とは詩歌の弁だ。

 非常に納得のいく理由だし、何よりいつまでも養ってもらっているわけにもいかないので、冬の間ひたすら勉強し、今こうして実地試験と相成ったわけだ。

 お題は単純。

 ――今の時期に採れる薬となる植物を四種類採集してこい。

 が。単純な物ほど奥が深い、とはよく言った物だ。

 意気揚々と出かけた僕は、二時間ほどかかってようやく三種類の植物を集め、疲労困憊となっていた。確かに各々の形や色、生息場所などは教わったが、聞くとやるのとでは大違いだ。

 今探している植物――紫鉱星――は、その名の通り紫色をした鉱物のような固い葉を持つ一風変わった植物で、その葉をカヤの実と共に三時間ほど煮込むとうって変わって柔軟性を発揮し、骨折や打ち身に非常によく効く貼り薬ができる。驚くべきことに岩に根を張り葉を広げ、日陰を好むという特徴がある。

 と、こんな具合に知識は出てくる。出てくるのだが、

「この辺に岩場なんてあるのか? しかも日当たりの悪い……」

 圧倒的に経験と土地勘が足りなかった。

 それでも諦めずに山中を彷徨っていると、春風に乗って、一冬の間にずいぶんと聞き慣れた歌声が響いてきた。


   どうしようもない現実

   例えば、従いさえすれば

   安寧があるのかもしれない

   でも――

   詐称して取り繕って虚偽を重ねて

   その先に、何があるというの?


 物悲しい歌詞。それなのに、詩歌が歌うとひどく優しく聞こえるのは何故だろう?

 ふらふらと、光に集まる羽虫のように、歌を辿って行く。


   奇跡を、もしも起こせるなら

   対価に何を支払う?

   手放せるもの、手放せぬもの

   迷い移ろい考え抜いて

   でも――


 不意に、森が開けて小さな湖が現れた。澄んだ鏡のような湖面を、風が楽しげに通り抜ける。木々が無く陽光がよく当たるおかげか、周囲に雪は残っておらず別世界のようだった。

「お帰り、レイン。試験は――終わったのかな?」

 湖の周囲を囲む大小の岩。その一つに、詩歌は腰掛けていた。湖面を吹く風が髪をさらい、陽光を浴びてきらきらと輝く。

「シイと雪惜しみ、名残雪は見つけた。あとは紫鉱星だけ」

「そう」

 詩歌は満足げにうなずいた。

「初めてで三種類集められれば、まあ上出来かな」

 私の時は二つしか見つけられなかったよ、と、どこか遠い目をしてぽつりと呟く。

「へえ、なんか意外だな」

「意外?」

 菫色の瞳が細められ、わずかに首をかしげる。

「うん。詩歌なら、難なく全部見つけたんだろうなって思ってた」

「過大評価ありがとう」

 詩歌は微苦笑して答える。

「本音だって」

「……じゃ、そういうことにしとく」

 照れ隠しのようにぽそっと呟いたあと、少し意地悪そうに笑い、

「ところで紫鉱星だけどね――ここにあったりして」

 自身が腰掛けている岩を軽く叩く。

「――え?」

「だから、ここ。この下」

「――え?」

 こんな、日当たりのいい場所に?

「ほら」

 岩から飛び降り、その下の方を指さす。

 確かにそこは、岩自身が作り出す陰によって日陰になっており、紫色をした鉱物のような固い葉を持つ植物――要するに紫鉱星が生えていた。

「……」

「ね。日陰っていってもこの程度でいいんだよ。だから、ちょっと大きな岩の陰なんかによく生えてるの」

 やわらかに、詩歌は笑う。

 なるほど、僕は日陰という言葉に捕らわれすぎていたようだ。

「さて、じゃあさっさと採集して――そろそろ村へ行こうか」

「村へ?」

 ずいぶんと唐突だ。

「なんでこんな突然に?」

 冬から春へと変わるこの時期、山では様々な薬草が採れる。だからしばらくは山に籠もって採集に勤しむと聞いていたのだけど。

「うん。食べ物、そろそろなくなっちゃいそうだから」

「…………」

 要するに、食い扶持が増えた(僕の)せいだった。

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