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   どうしようもない現実

   例えば、従いさえすれば

   安寧があるのかもしれない

   でも――

   詐称して取り繕って虚偽を重ねて

   その先に、何があるというの?


 静かに耳に染みこんでくるような、優しい歌声。同時に感じる、梅の花の匂い。

 目を開けると、痛いくらいに眩しい銀色が、霞む視界いっぱいに広がった。程なくして、その銀色が細い糸のようなものの集合体だと気付く。欲求のままにそれを手に取ると、最上級の絹も裸足で逃げ出すようななめらかな手触り。同時に、

「――え? わっ……」

 何かに驚いたような、どこかかわいらしい悲鳴。

 ――悲鳴?

 まだ霞む目をこすり、自分がつかんでいるものを、その先を見る。

 薄紅色の唇。小作りな鼻。そして、菫色の瞳。それらが、これ以上ないほどの完璧な配置で銀糸に縁取られた卵形の上に並んでいた。

「え…と、おはよう……?」

 まだ驚きの抜けきらないその声は、それでも乾いた大地に水が染みこむように優しく僕の耳に届き、

「おはよう、ございます」

 気付けば、つかえながらもなんとか挨拶を返していた。

「うん。おはよう」

 気を取り直すように、彼女は三度(みたび)、おはよう、と小さく口にする。

「ところで、気分はどう? 君、ずっとうなされてたからけっこう心配したんだよ。いくら洞窟の中だからって、こんな雪の日に火も焚かずに野宿なんてちょっと無謀なんじゃないかなあ。わたしが見つけなかったら死んじゃってたよ」

 と、実に楽しげに訊いてきた。

「まだ、少しぼおっとする……」

 驚きと混乱から立ち直れないまま、素直に返事をすると、

「だろうね。はい、これ」

 目の前に、椀が差し出された。

「倒れた原因は空腹と疲労、それに風邪だね。ま、風邪の方は後からかもしれないけど、要は典型的な行き倒れってわけだ」

 クスクス笑いながら彼女は続ける。

「ほら、遠慮せずに食べていいよ。本当は温かい方が美味しいんだけど、君、いつ目を覚ますかわからなかったからねえ。煮込みすぎるとしょっぱくなっちゃうし、今から残りを暖めるから、とりあえず食べときなって」

 淀みなく喋り続ける彼女に押し切られるように、椀を受けとる。

「……ありがと、お姉ちゃん」

 もごもごと礼を言って、そこで椀に抵抗を感じた。見ると、どうぞと言った割に彼女の手は椀から放れていない。

「……?」

 視線を向けると、彼女はにっこり笑って言った。

詩歌(しいか)。『お姉ちゃん』じゃなくて、詩歌って呼んでくれると嬉しいな」

「……ありがとう。しい、か」

 年上の女の人を呼び捨てにしたことなどなく、わずかな抵抗と気恥ずかしさを感じつつ、その聞きなれない響きの名を口にする。

「ん。どういたしまして」

 そんな僕を笑うでもなく、満足そうに一つ頷くと、彼女――詩歌は椀から手を離した。

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