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「上手く、いったみたいだね」

 記憶の奔流から解放され、ゆっくりと顔を上げた僕に詩歌は言う。

「…………」

「レイン?」

 答えない僕に、詩歌は不安げに声をかける。

「どうしたの?」

「…………」

 再度の問いかけに、それでも僕は答えられない。


 どうして。どうして。どうしてどうしてどうしてどうして!


 頭にあるのは、それだけだった。

 どうして! どうして!!

「レイン?」

 詩歌を見詰める。

 毒に犯され、未だ左腕から血を流し続ける彼女の顔は、白を通り越して蒼白になっていた。

「……どうして…………」

 かろうじて、それだけを絞り出す。

「……? ……あ…しまった」

 そして詩歌は、察したのだろう。

 僕が、二年前の真実を知ったことを。

 ぬかったなあ、と困ったように笑い、囁いた。

「あの子には、内緒だよ?」

「どうして、伝えなかったの?」

 そうすれば、妹からあんなにも恨まれることなどなかっただろうに。

「話せば、あの子が苦しむから」

「でも!」

 あれほど愛した妹の憎悪に晒され、命を狙われ、孤独な旅をする必要だってなかっただろうに。

「レイン」

 詩歌は穏やかに語る。

「本当のことを話せば、あの子はきっと里を憎む。里の人たちを、皆殺しにしてしまうかもしれない。少なくとも、長老は確実に殺しちゃうだろうね」

「でも、あんな奴らなら――」

「レイン」

 諭すように、続ける。

「人殺しはいけないこと――そんなきれい事は言わないよ。でもね、人を殺すっていうのは――痛いんだよ。とても、苦しいことなんだよ。わたしの記憶を見たなら、わかるでしょ」

「…………」

 頷く。詩歌は、里を出たあと、人を殺したという事実に耐えかねひたすら吐いていた。吐いて、吐いて、胃液すら出なくなるまで吐き尽くして、昏倒した。その後、三日三晩昏睡している。

「人を殺すっていうのは、そういうことなの。わたしはあの子に、そんな思いはさせたくない」

 だから、黙っていて。

 そう言う詩歌に、僕は何も答えられなかった。

「ねえ、レイン」

 咳き込み、血を吐いたあと、詩歌は力なく言葉を紡ぐ。

「わたしは、満足してるんだよ。後悔もほとんどない。ちゃんと、あの子にわたしを殺させることなく、でもあの子の手柄になるように死ぬこともできる。レインとも出会えた。レインとの旅は、短い間だったけど楽しかったよ。だからね、レイン」

 詩歌は静かに、繰り返す。

「満足、してるんだよ」

「……詩歌…」

「うん」

「僕も、詩歌と出会えてよかった。助けてくれて、ありがとう。いろいろ教えてくれて、ありがとう。

今までほんとに、ありがとう」

「…………」

 わずかに目を見開く詩歌。

「――僕は、詩歌のことが大好きだよ」

 詩歌を抱きしめる。彼女からは、むせかえるほどの血臭と、それに混じってわずかに、梅の花のような甘い匂いがした。

「わたしも、レインのことが、大好きだよ」

 背中に回される右腕。

「レイン……」

 僕を抱き返した詩歌の力は、驚くほど弱々しいものだった。

「出会ってくれて、ありがとう」

 耳元で囁かれる言葉。

 そして詩歌は、目を閉じた。



 夜と朝がせめぎ合い、山際がわずかに白み始めたころ、詩歌は逝った。

 猛毒に犯されていたにも拘らず、苦声ひとつもらさずに。

 最後まで、妹を気に掛けながら。

「あの子を、怨まないであげてね」

 と。そんな言葉を遺しもした。

 でも――

 その言葉に素直に従うことは、どうしても出来そうにない。

 僕の中には依然としてカトリーヌへの恨みがあり、それはそう簡単に忘れられるものではなかった。だからといって、詩歌が命を懸けてまで守った彼女を、敵と狙うことには躊躇いがある。どの道、真正面から戦いを挑んだところで勝ち目はないのだ。

 だから僕は、彼女に対して、一つだけささやかな復讐することにした。

 それは詩歌の願いに反することで、けれどこれだけは譲ることはできなかった。何より。このまま妹に憎まれたままでは、あまりに詩歌が哀れだと思った。浮かばれないと、そう思った。

 ――いや。これはただのいい訳だ。

 詩歌は最後まで隠し通すことを決意し、その通りに生き抜いた。

 だからこれは、やっぱり僕の身勝手な復讐なのだ。


 あれから――詩歌の死から、引き継いだ彼女の記憶をたよりに隠れ里を目指し、カトリーヌの姿を求めて彷徨った。

 目的を果たしたカトリーヌは、まっすぐに里へ帰るはずだ。その推察は外れておらず、程なくして、僕は彼女との邂逅をはたした。

「何の用だ、小僧」

 幾ばくかぶりに見た彼女は、相変わらず詩歌とそっくりで。

 薄紅色の唇。小作りな鼻。菫色の瞳。それらを包み込むように流れ落ちる、銀糸のような髪。

 でも――彼女は詩歌ではない。

 当たり前だ。詩歌は死んだ。この女に、殺された。

 湧き上がる怒りを抑え、努めて冷静に答える。

「あなたに、渡すものがあって」

「渡すもの? お前が私にか?」

「ええ」

「私が素直に受け取ると思うのか?」

「無理やりにでも、受け取ってもらいます」

 目に力を込める。

「ふん…で、何を渡すつもりだ?」

 興味なさげに、カトリーヌは問う。

「あの時の、真実を」

「あの時の真実?」

「そうです。二年前の、真実を」

「そんなものはとっくにわかっている。あいつは……あいつは両親と長老達を虐殺し、里を出て行った。それだけだ」

 忌々しげに吐き捨てる。彼女の中では、相変わらず詩歌に対する怒気が渦巻いているようだ。

「そう、ですね。確かに、その通りだ」

 そう。確かに詩歌は、自分の両親と長老達を殺し、里を出奔した。でも、それは。その理由は――

「僕は、ある魔術で詩歌の記憶を受け継いでいます」

「その魔術なら知っている。昔、聞いたことがある」

「そうですか」

 好都合だ。これで、疑われずに済む。

「……では、『胡蝶の語部』と言う魔術は知っていますか?」

「自分の見た過去を再演するものだろう。それが何だと……」

「じゃあ、」

 リーヌの言葉をさえぎるように、さらに質問を重ねる。

「その魔術は、自分の見たものを(、、、、、、、、)見た通りにしか(、、、、、、、)再現できない(、、、、、、)ものだと、知っていますね?」

「…………?」

 問いかけるような眼差し。それは、質問に対する肯定だろう。ならば――

 ――後は、自分の眼で確かめればいい。

 あの時の、真実を。詩歌の、想いを。

 詠唱を始める。

 やり方は、詩歌の記憶が教えてくれた。

 わずかにカトリーヌが身構える気配。

 かまわず、続ける。

 ややして、カトリーヌは構えを解いた。彼女も気付いたのだろう。僕が使おうとしているのが、本当に過去を再演する為の魔術だということに。

 やがて詠唱はは完了し、

「胡蝶の語部」

 魔術が、発動した。

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