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「これが、二年前にあいつが犯した罪だ」

 僕は呆然と、カトリーヌの話を聞いていた。

「私が目を覚ましたとき、あいつはもう里にはいなかった。――逃げたんだ。親を殺し、長老を殺し、その混乱に乗じて」

 まだ信じられない。詩歌が、あの詩歌がそんなことをしたなんて。

「私はその時の事が原因で魔術を使えなくなった。故にこの二年間、ひたすら剣術を磨いてきた。あいつは――この手で必ず斬る」

 拳を握りしめるカトリーヌ。その手は、抑えきれない怒りに打ち震えていた。

「なんで…どうして詩歌は、そんなことを……?」

「さて、な。私達は里で嫌われていたから、その復讐か、或いはまったく別の理由があったのか。私だって知りたいさ」

 低く抑えられた声は、それが彼女の本心であると言うことを如実に表している。けれど、

「…………嘘だ」

 僕は、認めない。認められる、わけがない。

「何?」

 詩歌が人を殺した? それも、実の両親を?

「嘘だ! 詩歌がそんなこと、するわけない!」

 叫んだ僕を、カトリーヌは覚めた目で見下ろしていた。

「上手く誑し込んだものだな……」

 忌々しげに呟き、

「なら、本当かどうか、直接訊いてみるといい」

 視線を、木々の向こうへと向ける。

「…詩歌……」

 その視線に応えるように、木々の影から詩歌がゆっくりと姿を見せた。

「お待たせ、レイン。でも、勝手にいなくなるのはいただけないよ?」

 そして、視線をカトリーヌへと向ける。

「……レインを返してもらえるかな、リーヌ。その子はわたしの大事な弟子なんだから」

 いつもと変わらない仕草と表情。でも、その声音に混じる、確かな怒り。

「黙れ、偽善者」

 対し、カトリーヌは嫌悪感たっぷりに吐き捨てる。

「このガキがそんなに大事か。……父も母も、長老達さえ殺しておきながら、このガキは助けたいのか」

「そう…だね。わたしが殺した。――母さんも、父さんも、長老達も」

 つぶやかれる、肯定の言葉。

「詩歌……」

 嘘だ、と言ってほしかった。そんなことはしていない、と否定してほしかった。でも、詩歌はあっさりとその事実を認めてしまう。

「でもわたしは、後悔していない。あの時は、ああするしかなかった。ああしなければ――」

「黙れっ!!」

 独白のように続く詩歌の言葉を、カトリーヌは怒気も露わに遮る。

「あの後、どれほど里が混乱したと思う。どれほど皆が困惑したと思う。どれほど、どれほど私が……! 必死に耐えていたのにっ!! みんな飲み込んでいたのに!! お前が全てを破壊した! お前が全てを台無しにした! お前が! お前が! お前さえいなければ…………」

 飲み込まれた言葉には、どのような想いが込められていたのか。

 うつむいたまま言われるがままになっていた詩歌は、小さく、しかし毅然として告げる。

「でも。あなたがいたから、わたしは生きられた」

「っ!!」

「ごめんね、リーヌ。あの夜、あなたを連れて行けなかったことだけは、今でも後悔してる。あなたを連れいければ、そんなに苦しむこともなかったと思う。そんなふうに歪んでしまうようなこともなかったと思う。でも…………ごめんね、リーヌ。わたしには、あなたを守りきる自信がなかった」

「何を……今更。ならば何故、何故……何故あんなことをしたっ!?」

「……リーヌ………………」

 ぎりっ、と奥歯をかみ締め、言葉を飲み込む。悲しげに、苦しげに。切なげに、寂しげに。何かを振り払うように、諦めるように。小さく、小さく首を振り、

「リーヌは、知らなくていいよ」

 それだけを、口にした。

 そんな詩歌の態度は、カトリーヌの怒りをさらに増長させた。

「またそれだ! なぜ語らない! なぜ弁解しない! 自身に非が無いというのなら、なぜ口を閉ざす!」

「言ったでしょ。リーヌは、知らなくていいからだよ」

 激昂するカトリーヌとは対照的に、詩歌は常と変わらぬ落ち着いた声音で続ける。

「……………………もういい」

 やがて、諦めたようにカトリーヌは呟く。

「何も語らぬのなら、もう、そのまま死ね」

 行動は、言葉と同時。

 瞬時に間合いを詰め、カトリーナは詩歌へと斬りかかった。

 それを予期していたように、詩歌は一歩下がって斬撃を躱す。

「やめて、リーヌ。わたしはあなたと戦いたくない」

「黙れっ!」

 跳ね上がる刃。詩歌はさらに下がってそれを躱し、何かに耐えるように唇を噛み締め右腕を上げる。

「…………っ」

 一瞬、魔力が詩歌を取り巻き、でも、すぐに霧散してしまった。

「っ! 莫迦にするな!!」

 カトリーヌは叫び、刀を大きく薙ぎ払う。

「言ったでしょ。わたしは、あなたと戦いたくない」

 詩歌は静かに繰り返す。

「だからもう、やめよう?」

 答えは、首筋を狙う白刃の煌めき。

「リーヌ!」

 詩歌の呼びかけは、届かない。

 それほど、カトリーヌの抱く殺意は強いのだろう。父を殺され、母を殺され、長老たちをも殺され。それを成したのは最愛の姉で、理由さえ教えてもらえず。しかもその姉からさえ捨て置かれ。残された彼女はもう、殺意を積み上げるしかなかったのだろう。

「……くっ」

 カトリーヌの猛攻を耐えかねた詩歌は、大きく下がって距離をとる。

 瞬間。

「やれっ!」

 命令とともに木陰から姿を現した男達が、詩歌に向かって一斉に攻撃を放った。その大半は魔術によるものだったが、中には弓矢や投げ槍といった物理的なものも含まれていた。

「詩歌!」

 思わず声を上げる。

風花(ふうか)

 つぶやきが漏れる。それが解放の言葉だったのだろう。瞬時に展開した障壁は、男達の放った攻撃を鎧袖一触にはじき飛ばした。

 そして詩歌は、僕の方を見て少し困ったように笑い、

「……地花(ちか)

 新たな魔術を発動した。

 それは次々と地面から鋭い杭を生み出し、男達を襲う。

 貫かれ、立ったまま絶命する男達。

 僕はその光景を唖然として見ていた。

 詩歌が人を殺した。

 それもあっさりと、なんの躊躇いもなく。

「どうして……?」

 声が漏れた。それは、誰に向けたものでもなかったが、

「それが、この女の本性だからだ」

 聞き咎めたカトリーヌが吐き捨てる。

「己にとって邪魔な者は容赦なく殺す。それが、この女だ」

「人を殺人狂みたいに言わないで」

 詩歌が呆れたように苦言を呈す。

「違うとでも言うつもりか?」

「もちろん」

「これだけ殺しておいてよく言えたものだ」

 詩歌は目を伏せる。

「……襲われたから反撃した。何もしなければ、わたしだって何もしない」

 それを鼻で笑ったカトリーヌは、皮肉たっぷりに言い返した。

「では、何故長老達を殺した。まさか、それも襲われたからとでも言うつもりか? 父や母も、襲われたから殺したのか?」

「…………」

 黙り込む詩歌。

「ふん。やはり答えんか」

 答えなど期待していなかったのだろう。カトリーヌは刀を下段に構え、走り出す。

「リーヌ! やめて!」

「煩いっ!」

 カトリーヌは怒りのままに詩歌を責め立て、詩歌はそれをかろうじて躱し続けていた。

 防戦一方。詩歌は決して反撃しない。そんな態度も、カトリーヌの怒りを駆り立てる一因となっていた。

「戦え! 腰抜けが!」

 怒鳴りつけるカトリーヌを、詩歌は瞳に憂いを滲ませ見詰める。

「リーヌ……」

 両腕を広げ、無防備にその身をさらし、

「やめよう?」

 哀しげに、言葉を紡いだ。

「…………!!」

 その姿を見たカトリーヌは一瞬身を硬直させ、

 けれど刀を振り上げた。

「リーヌ!」

「煩い!!」

 叫ぶ。

「今更、今更なんだというんだ!!」

 悲痛な叫びだった。

 振り上げられた刀は、持ち主の心情を代弁するかのようにカタカタと震えている。

「リーヌ……」

 そんなカトリーヌに向かって、詩歌は小さく一歩踏み出す。

「ごめんね、リーヌ」

 対照的に、カトリーヌは大きく一歩後退る。

「私は…私は――」

 唇を噛み締め、きつく目を閉じ、

「――それでもお前が、許せない」

 それが、彼女の答えだった。


「この期に及んでまだ惑うか。使えん女だ」


 その声は、唐突に背後から聞こえた。

 あわてて振り向くと、今まさに魔術を発動させんとする男の姿が目に入った。

 対峙する二人に嘲りの目を向け、口元にいやらしい笑みを刷いている。

 その目を見て、確信した。

 こいつは、詩歌が動きを止めるのを待っていたのだ。

「レイン!」

 男の魔力に気づいた詩歌が叫ぶ。

 けれど今更どうしようもない。

 ただ目を見開くことしかできなかった僕は、衝撃とともに地面に転がった。

 鮮血が舞う。

「つぅ……」

 切り裂かれた左腕を押さえ、詩歌は小さく呻く。

 僕は、詩歌に庇われていた。

「詩歌……」

「レイン、怪我してない?」

 男から目を離すことなく、背中越しに問う詩歌。

「……うん」

「そう」

 答えを聞き、肩の力を抜く詩歌。

 奇襲に失敗した男は、懐から大ぶりなナイフを取り出していた。

「…………」

 無言のままそれを振りかぶり、詩歌に襲いかかる。

「――っ」

 躱そうとした詩歌は、そこでぴたりと動きを止めた。

 背後に、僕がいたせいで。

「……んっ!」

 傷ついた左腕にわざとナイフを受けて相手の動きを封じ、

風花(ふうか)!」

 カウンターの魔術を零距離で叩き込む。

 男の首が飛んだ。

 血飛沫上げ倒れ込む男には目もくれず、詩歌はカトリーヌに向き直る。

「リーヌ、どういうつもり?」

 発せられた声は、明確な怒気を帯びていた。

「さあな。大方、そいつを狙えばお前が庇うとでも思ったのだろう」

 口の端を釣り上げ答えるカトリーヌ。

「……それも、あなたの指示?」

「知らん。だが、有効な手だ。私も見習うとするかな」

「あなたはっ!」

 声を荒げた詩歌は、やにわに右腕を持ち上げた。

 詩歌を中心に、魔力が渦を巻く。

「ちっ」

 それを見てカトリーヌは、舌打ちを一つ漏らすと大きく飛び退り距離をとる。

氷花(ひょうか)!」

 追い縋るように飛来した氷の礫を切り捨てたカトリーヌは、しかし反撃に転じる間も無く横殴りの風にはじき飛ばされた。それもまた、詩歌の魔術だ。

「ぐっ」

 背中から立木にぶつかり咳き込むカトリーヌ。

雷花(らいか)!」

 さらに容赦なく、詩歌は追撃を叩き込む。

 落雷が、カトリーヌを直撃した。

「――――!」

 衝撃に声も出せずにいるカトリーヌを見て、詩歌は我に返ったように大きく息を吐き、気を静めると語りかけた。

「もう、やめよう。リーヌ」

 それは、懇願に近く。

「お願いだから、もうやめて」

 続く言葉は、微かに震えていた。

「…………」

カトリーヌは答えない。

 樹にもたれるようして立ち上がり、鋭い視線で詩歌を窺っていた。

「リーヌ!」

「……ふん。まあ、いい」

 呼吸を整え、カトリーヌは答える。

「どうせお前は、もう助からない」

「……毒、かな?」

 未だナイフの突き立ったままの左腕にちらりと視線を落とし、詩歌は尋ねる。

「そうだ。最近開発されたばかりの特製品でな、ゆっくりと対象を蝕んでいく。せいぜい苦しむといい」

「そう」

 ナイフを引き抜き、至って冷静に答える詩歌。まるでその答えを予期していたかのようだ。

「解毒薬があるなどと期待するなよ? そんなものは、作っていない」

「だろうね」

 詩歌は動じない。ただ、哀しそうにカトリーヌを見詰めるだけだ。

「この手で直接殺せなかったのは残念だが、仕方あるまい」

「リーヌ」

 それを聞いても、詩歌は。

「それでもわたしは、あなたのことを愛しているよ」

 優しく、そう言った。

「戯けたことを抜かすな」

 対するカトリーヌの返答はにべもない。迸る殺気を隠そうともせず詩歌を睨み付ける。

「今回の件も、レインを巻き込んだこと以外は気にしなくていい」

 それを気にするでもなく、詩歌は続ける。

「あなたは、悪くない。なにも、悪くない」

「当たり前だ。毒が回って気でも触れたか?」

「だから、わたしが死んでも、気に病まなくていいよ」

「元より、病むつもりなど無い」

 吐き捨て、カトリーヌは背を向ける。

「リーヌ」

 そこへ、詩歌は最後の言葉をかけた。

「わたしは、あなたのお姉ちゃんでよかった。愛してるよ。――――じゃあね」

 返答は、無い。

 カトリーヌは何も言わず、森の奥へと消えていった。

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