17
詩歌の露店は朝から好調だった。村の人たちがひっきりなしに薬を求めてやって来る。
「詩歌ちゃん、娘が熱だしちゃって。――風邪薬、もらえるかしら?」
「もちろん。――はい、どうぞ」
「ありがとう。これ、少なくて申し訳ないんだけど、受け取って」
「十分だよ。ヒマワリちゃん、早くよくなるといいね」
「しーか! るーがころんだの! ちがでてるの! おくすり、ある?」
「あるよ。塗る前に、怪我したところをよく洗ってね」
「うん! ありがと、しーか! これおれー! るーとあつめたの!」
「いいよ。これ、ユズちゃんの宝物でしょ? 大事にしなきゃ」
「……でも…」
「いいよ。早くルー坊のところに行ってあげて?」
「うん! ありがと、しーか!」
「どういたしまして」
「詩歌! 昨日頼んだ酔い止めくれ」
「……カールさん、飲み過ぎは毒って言ったよね?」
「うう、詩歌が来たと思って安心したら、つい飲み過ぎたんだよ……」
「もう…はい、これ。あとこれ酔い覚まし。何か軽く食べたあとに飲んで」
「済まねえ、これ、代金だ。多めに入ってるはず……」
「景気いいんだ?」
「まあな」
相変わらず詩歌の商売は適当だ。詩歌は薬の値段を告げないし、村の人たちも尋ねない。ただ、今の自分たちに払える精一杯を持ち出し、詩歌もそれ以上を求めない。理想的な関係なのかもしれない。
しかし、だからこそ、経済という概念が固まってしまった街では疎まれるのだろう。こんなに簡単に価格が上下したら、普通は商売が成り立たない。正当な対価を支払えるのに、わざと持ってないふりをする輩も現れるだろう。詩歌は語らないが、既にそういう被害に遭っているのかもしれない。それでもこのやり方を変えないのは、詩歌の優しさ故か。
「レイン、レイン」
物思いにふけっていると、詩歌に袖をくいくい引かれた。
「なに?」
「ん。宿からシロメの実持ってきてくれない? 今朝背負い袋から出してそのまま忘れてきちゃったみたい」
「わかった。ちょっと待ってて」
「ありがと。机の上に置いてあるはずだから」
「了解」
頷いて、立ち上がる。相変わらず、そそっかしい。これからは僕も気をつけるようにしよう。
宿へ向かう道すがら、そんなことを考える。
シロメの実の入った小壺は、詩歌の言ったように机の上に乗っていた。出かけに背負い袋の中身を確認した際に、戻し忘れたのだろう。
壺を回収し、ついでに他の忘れ物がないかを確認したあと、僕は宿を出た。
「おい」
そこで、声を掛けられる。
「詩歌?」
驚いたことに、声を掛けてきたのは詩歌だった。
「ごめん、待った?」
そんなに遅くなったつもりはないのだけど。
慌てて駆け寄る。
「お前を待ってなどいないさ」
詩歌は僕の肩に手を置く。
瞬間。
僕は、意識を失った。
「――――!!」
目覚めた瞬間、跳ね起きる。
辺りを見回すと、芽吹き始めた木々に囲まれた空間にいることがわかった。
「気付いたか、坊主」
傍らから声を掛けられる。
「――詩歌? ここはどこ? いや、それよりなんであんなこと……」
混乱しながら、僕は問う。
けれど、詩歌は僕の質問に答えることなく、
「詩歌、か。……そんなに、似ているか? 私とあの女は」
逆に、そんなことを言ってきた。
「――え?」
僕は驚いて詩歌を見詰める。
「ちっ」
詩歌の口から舌打ちが漏れた。
「それが答えか」
忌ましましげに吐き捨て、
「私は、お前が詩歌と呼んでいる女ではない」
そう、言った。
「な――」
言葉が、理解できなかった。
「だって、じゃあ……」
目の前にいるのが詩歌でないのなら。
「あなたは――誰?」
詩歌は、いや、詩歌に瓜二つな誰かは、大きなため息を吐いた。
「私の名はカトリーヌ。そして、あいつの本当の名はカトリーナ。私の姉だ。――認めたくはないがな」
「姉?」
「そうだ」
姉妹だからといって、ここまで似るものなのだろうか。
薄紅色の唇。小作りな鼻。菫色の瞳。そしてそれらを縁取る銀糸のような髪。
どこから見ても、彼女は詩歌だった。
「――もしかして、双子なの?」
「……そうだ」
それにしてもそっくりだ。黙っていれば、実の親でさえ見分けがつかないんじゃないだろうか。本気でそう思うほど、彼女は詩歌によく似ていた。
「小僧。お前には、人質になってもらう」
未だ混乱からさめやらない僕に、彼女はさらなる追い打ちをかける。
「――は?」
「あの女を呼び出す餌にする。おとなしくしていればこれ以上は何もしない。ただし、逃げるのなら、縛り上げてそこらに転がす事になる。それを踏まえた上で身の振り方を考えろ」
餌? 詩歌を呼び出す為の? いや、そもそも、
「妹なら普通に会にいけばいいじゃん」
わざわざ妹が会いに来たのだ。詩歌だって歓迎するに決まっている。
「あいつは、会わんさ」
返ってきたのは、冷笑だった。
「現に今まで、逃げ回っていた」
「逃げ回っていたって……」
喧嘩でもしたのだろうか? さっきから、この人の言っていることがさっぱりわからない。
「そもそも、詩歌を呼び出してどうするのさ?」
おそるおそる訊いてみる。
「殺す」
刃のような、冷たさと鋭さだった。
本気で言っているんだということが、嫌でも理解できる響きだった。
「事が済んだら、お前は好きにすればいい。私が用があるのはあいつだけだ」
「僕を人質にしたって、詩歌は来ないかもしれない」
「来るさ」
口の端を釣り上げる。
「ここ数週間、私はお前達を観察していた。実際何度か人を使って襲いもした。だから来るさ、あいつは、必ず」
「観察……? 襲った?」
「まあ、お前は気付かなくても無理はないな。私が襲うそぶりを見せたら、あいつは一人で出てきて対処していたからな」
「…………」
「思い当たる節が、あるようだな」
その通りだった。
初めて詩歌と一緒に訪れた村を出発した日、詩歌は忘れ物をしたと言って僕から離れていった。
今滞在している村に着く前夜、詩歌はいなかった。そして、戻ってきた詩歌からは血の臭いがした。あの時は女の子の日、なんて言われて動転して納得してしまったが、よくよく考えてみたら臭いは詩歌の髪からしたのだ。
夜中にわざわざ水浴びまでして戻ってきた詩歌。それは、血の臭いを落とす為?
「あの女は、一度としてお前を巻き込まなかった。――愛されてるな。その分、良い人質になる」
「なんで、詩歌を狙うの?」
「あいつが、私の両親の仇だからだ」
「…………」
今度こそ、僕は言葉を失った。
目の前の女の人は、詩歌のことを姉と言った。
そして、詩歌は両親の仇だと言った。
でも、彼女の親ということは、当然姉である詩歌にとってもその人達は親のはずで――
「あいつは、実の親を殺したんだ。それだけじゃない。里に三人いた長老のうち二人を殺し、残る一人にも重傷を負わせた犯罪者だ」
「……嘘だ」
「嘘ではない。あいつは何も語らなかったのか? まあ当然だ。語れるわけがない」
「…………」
思い出されるのは、昨夜の会話。
詩歌は過去を、思い出したくないと言った。
結局何も、話してはくれなかった。
信じたい。信じたい。けれど――
悪い想像をする自分を止められない。
「いいだろう」
僕の逡巡を見て取って、カトリーヌは薄く笑った。
「あいつが来るまでの退屈しのぎだ。二年前、里で何があったのかを教えてやる」
そして僕は、詩歌の過去を、聞かされた。




