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 詩歌の露店は朝から好調だった。村の人たちがひっきりなしに薬を求めてやって来る。

「詩歌ちゃん、娘が熱だしちゃって。――風邪薬、もらえるかしら?」

「もちろん。――はい、どうぞ」

「ありがとう。これ、少なくて申し訳ないんだけど、受け取って」

「十分だよ。ヒマワリちゃん、早くよくなるといいね」


「しーか! るーがころんだの! ちがでてるの! おくすり、ある?」

「あるよ。塗る前に、怪我したところをよく洗ってね」

「うん! ありがと、しーか! これおれー! るーとあつめたの!」

「いいよ。これ、ユズちゃんの宝物でしょ? 大事にしなきゃ」

「……でも…」

「いいよ。早くルー坊のところに行ってあげて?」

「うん! ありがと、しーか!」

「どういたしまして」


「詩歌! 昨日頼んだ酔い止めくれ」

「……カールさん、飲み過ぎは毒って言ったよね?」

「うう、詩歌が来たと思って安心したら、つい飲み過ぎたんだよ……」

「もう…はい、これ。あとこれ酔い覚まし。何か軽く食べたあとに飲んで」

「済まねえ、これ、代金だ。多めに入ってるはず……」

「景気いいんだ?」

「まあな」


 相変わらず詩歌の商売は適当だ。詩歌は薬の値段を告げないし、村の人たちも尋ねない。ただ、今の自分たちに払える精一杯を持ち出し、詩歌もそれ以上を求めない。理想的な関係なのかもしれない。

 しかし、だからこそ、経済という概念が固まってしまった街では疎まれるのだろう。こんなに簡単に価格が上下したら、普通は商売が成り立たない。正当な対価を支払えるのに、わざと持ってないふりをする輩も現れるだろう。詩歌は語らないが、既にそういう被害に遭っているのかもしれない。それでもこのやり方を変えないのは、詩歌の優しさ故か。

「レイン、レイン」

 物思いにふけっていると、詩歌に袖をくいくい引かれた。

「なに?」

「ん。宿からシロメの実持ってきてくれない? 今朝背負い袋から出してそのまま忘れてきちゃったみたい」

「わかった。ちょっと待ってて」

「ありがと。机の上に置いてあるはずだから」

「了解」

 頷いて、立ち上がる。相変わらず、そそっかしい。これからは僕も気をつけるようにしよう。

 宿へ向かう道すがら、そんなことを考える。

 シロメの実の入った小壺は、詩歌の言ったように机の上に乗っていた。出かけに背負い袋の中身を確認した際に、戻し忘れたのだろう。

 壺を回収し、ついでに他の忘れ物がないかを確認したあと、僕は宿を出た。

「おい」

 そこで、声を掛けられる。

「詩歌?」

 驚いたことに、声を掛けてきたのは詩歌だった。

「ごめん、待った?」

 そんなに遅くなったつもりはないのだけど。

 慌てて駆け寄る。

「お前を待ってなどいないさ」

 詩歌は僕の肩に手を置く。

 瞬間。

 僕は、意識を失った。


「――――!!」

 目覚めた瞬間、跳ね起きる。

 辺りを見回すと、芽吹き始めた木々に囲まれた空間にいることがわかった。

「気付いたか、坊主」

 傍らから声を掛けられる。

「――詩歌? ここはどこ? いや、それよりなんであんなこと……」

 混乱しながら、僕は問う。

 けれど、詩歌は僕の質問に答えることなく、

「詩歌、か。……そんなに、似ているか? 私とあの女は」

 逆に、そんなことを言ってきた。

「――え?」

 僕は驚いて詩歌を見詰める。

「ちっ」

 詩歌の口から舌打ちが漏れた。

「それが答えか」

 忌ましましげに吐き捨て、

「私は、お前が詩歌と呼んでいる女ではない」

 そう、言った。

「な――」

 言葉が、理解できなかった。

「だって、じゃあ……」

 目の前にいるのが詩歌でないのなら。

「あなたは――誰?」

 詩歌は、いや、詩歌に瓜二つな誰かは、大きなため息を吐いた。

「私の名はカトリーヌ。そして、あいつの本当の名はカトリーナ。私の姉だ。――認めたくはないがな」

「姉?」

「そうだ」

 姉妹だからといって、ここまで似るものなのだろうか。

 薄紅色の唇。小作りな鼻。菫色の瞳。そしてそれらを縁取る銀糸のような髪。

 どこから見ても、彼女は詩歌だった。

「――もしかして、双子なの?」

「……そうだ」

 それにしてもそっくりだ。黙っていれば、実の親でさえ見分けがつかないんじゃないだろうか。本気でそう思うほど、彼女は詩歌によく似ていた。

「小僧。お前には、人質になってもらう」

 未だ混乱からさめやらない僕に、彼女はさらなる追い打ちをかける。

「――は?」

「あの女を呼び出す餌にする。おとなしくしていればこれ以上は何もしない。ただし、逃げるのなら、縛り上げてそこらに転がす事になる。それを踏まえた上で身の振り方を考えろ」

 餌? 詩歌を呼び出す為の? いや、そもそも、

「妹なら普通に会にいけばいいじゃん」

 わざわざ妹が会いに来たのだ。詩歌だって歓迎するに決まっている。

「あいつは、会わんさ」

 返ってきたのは、冷笑だった。

「現に今まで、逃げ回っていた」

「逃げ回っていたって……」

 喧嘩でもしたのだろうか? さっきから、この人の言っていることがさっぱりわからない。

「そもそも、詩歌を呼び出してどうするのさ?」

 おそるおそる訊いてみる。

「殺す」

 刃のような、冷たさと鋭さだった。

 本気で言っているんだということが、嫌でも理解できる響きだった。

「事が済んだら、お前は好きにすればいい。私が用があるのはあいつだけだ」

「僕を人質にしたって、詩歌は来ないかもしれない」

「来るさ」

 口の端を釣り上げる。

「ここ数週間、私はお前達を観察していた。実際何度か人を使って襲いもした。だから来るさ、あいつは、必ず」

「観察……? 襲った?」

「まあ、お前は気付かなくても無理はないな。私が襲うそぶりを見せたら、あいつは一人で出てきて対処していたからな」

「…………」

「思い当たる節が、あるようだな」

 その通りだった。

 初めて詩歌と一緒に訪れた村を出発した日、詩歌は忘れ物をしたと言って僕から離れていった。

 今滞在している村に着く前夜、詩歌はいなかった。そして、戻ってきた詩歌からは血の臭いがした。あの時は女の子の日、なんて言われて動転して納得してしまったが、よくよく考えてみたら臭いは詩歌の髪からしたのだ。

 夜中にわざわざ水浴びまでして戻ってきた詩歌。それは、血の臭いを落とす為?

「あの女は、一度としてお前を巻き込まなかった。――愛されてるな。その分、良い人質になる」

「なんで、詩歌を狙うの?」

「あいつが、私の両親の仇だからだ」

「…………」

 今度こそ、僕は言葉を失った。

 目の前の女の人は、詩歌のことを姉と言った。

 そして、詩歌は両親の仇だと言った。

 でも、彼女の親ということは、当然姉である詩歌にとってもその人達は親のはずで――

「あいつは、実の親を殺したんだ。それだけじゃない。里に三人いた長老のうち二人を殺し、残る一人にも重傷を負わせた犯罪者だ」

「……嘘だ」

「嘘ではない。あいつは何も語らなかったのか? まあ当然だ。語れるわけがない」

「…………」

 思い出されるのは、昨夜の会話。

 詩歌は過去を、思い出したくないと言った。

 結局何も、話してはくれなかった。

 信じたい。信じたい。けれど――

 悪い想像をする自分を止められない。

「いいだろう」

 僕の逡巡を見て取って、カトリーヌは薄く笑った。

「あいつが来るまでの退屈しのぎだ。二年前、里で何があったのかを教えてやる」


 そして僕は、詩歌の過去を、聞かされた。

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