13
「…………」
薪の爆ぜる音で目が覚めた。
僕の眠りは浅い。いや、浅くなってしまったのだ。洞窟に置き去りにされた、あの日から。
親が戻っては来まいかと、わずかな物音にも反応して飛び起き、その度に落胆を味わった。
けれどどうしても諦めきれず、未練がましく物音に反応し続けた結果、こうなったのだ。
それは詩歌との旅が始まってからも変わらずで、何か物音がする度に跳ね起き、慌てて周囲を見回す僕を、彼女は痛ましそうに見詰め、抱きしめて頭を撫でてくれた。
時には、歌を歌ってくれたこともある。
最近はようやく落ち着いてきて、慌てて跳ね起きることは少なくなったが、詩歌にはずいぶん面倒を掛けてしまった。
その詩歌はと言うと、隣で寝ていたはずなのに姿がなかった。
心臓が、嫌な音を立てた。
一気に不安になる。
おいて行かれたのではないか――そう思ってしまった。
親に捨てられたトラウマがよみがえり、冷や汗が出る。
だから、置かれたままになっていた荷物を見たときにはずいぶんとほっとした。
大きく息を吐いて不在の理由を考える。
「……トイレかな」
まあ、そんなところだろう。
「そういう無粋な詮索は、本人のいないところでお願いしたいな」
独り言のつもりだったが背後から返事があった。
「……脅かさないでよ」
足音も気配もまったく感じなかった。
「脅かしたつもりはないよ」
焚き火の側に座り込み、湿った髪を乾かしながら詩歌は答える。ちょっと無愛想に感じるのは、先の僕の発言を怒っているからか。
「ごめん、今度から気をつけるよ」
とりあえず謝罪する。
「ところで、水浴びでもしてきたの?」
湿り気を帯びた髪をさして言う。
「ん? ……ああ、近くに泉を見つけたから」
「なんたってこんな時間に……」
「んー、そんな気分だったから? レインも行く? 案内してあげるよ」
「……いや、いいよ」
女の人の感性はわからない。春とはいえ夜はまだ寒いし、夜中に水浴びなんかして危険ではないのだろうか。
「そう」
詩歌のほうも無理には進める気はないようで、
「ま、けっこう水冷たかったからねえ――ほら」
両手で僕の頬を包み込む。
「冷たっ!」
上掛けと焚き火とで温まっていた僕は悲鳴を上げる。
「ははは、ごめんごめん」
謝りながらも、詩歌は僕の頬を離してくれない。
「うん、あったかい」
満足そうに呟く。
上から覆い被さるようにしてじゃれついてくるせいで、生乾きの髪が僕の鼻先をくすぐった。微かに感じる、梅の花のような匂い。一緒に旅する間に、すっかり慣れてしまった匂いだ。
けれど、そこに混じる微かな違和感。
「――詩歌」
「なに?」
僕の声から真剣みを感じ取ったのか、詩歌は手を止め身を起こす。
「どこか怪我でもした?」
「――え?」
「血の臭いがする」
「あ。……あー…………」
詩歌は数秒、言葉を探すように視線を宙にさまよわせ、
「そんなに臭う?」
困ったように、問い返してくる。
「ううん、そんなには。たぶん、近づかれなければわからなかった」
「あらら…ぬかったなあ……」
困ったように頬を掻く詩歌。
「怪我は、してないよ。だからこれで、納得してくれないかな」
「ほんとに?」
「うん」
その返事は間髪入れずに返され、だからこそ僕の猜疑心を刺激した。
「ほんとに怪我してないの? じゃあどうして血の臭いが」
「…………」
詩歌は答えない。相変わらず、困ったような視線を向けてくるだけだ。
「詩歌!」
「怪我は、してないって」
「僕には言えないことなの?」
じっと詩歌を見詰める。
「……レイン」
ため息を一つ。
「『女の子の日』って、知ってる?」
根負けしたように、口にした。
「――あ」
詩歌は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「ごめん」
僕はすぐさま謝罪した。僕だって、聞いたことくらいはある。女の人の、「あの日」の話くらい。
「……寝ようか?」
「うん……」
上掛けに、くるまる。
出会ってから初めての、気まずい夜だった。




