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 僕と詩歌は、結局ひと月を村で過ごした。その間ちょこちょこと山へ採集に行ったりはしたが、基本的にはずっと宿で薬を作っていた。おかげで知識がだいぶ増え、実践もこなすことができた。

 そうして村で必要とされている薬を一通り作り終えた頃、詩歌は出発を宣言した。

「もっといてくれていいんだぜ」

「そうだよ。いっそ定住しちまえよ。詩歌なら大歓迎だ」

「詩歌ちゃん、是非うちの子に……」

「いや、俺の嫁に」

「息子の――」

「孫の――」

 村の人たちは総出で引き止めていたが、詩歌は笑って礼を言うだけで決して頷くことはなかった。

「ありがと。また来るから」

 なおも名残惜しそうに言葉をかける人々を振り切り、僕達は村を出る。

「よかったの? あんなに熱心に誘ってくれてたのに」

 色々と持たせてもらったおかげでずっしりと重くなった篭を背負い直し、僕は問う。因みにこの篭も村でのもらい物だ。

「うん」

 のんびりと詩歌は言う。

「あの村には、ずいぶん長居しちゃったからね」

「長居したら何かまずいの?」

「真剣に結婚話を持ちかけられる」

「なるほど……」

 詩歌は美人だ。それは身内のひいき目でも何でもなく、ただの客観的事実だ。陽光を反射してきらめく銀髪。黄昏時を思わせるような紫色の瞳。小作りな顔やバランスの取れた肢体。引く手数多なのもうなずける。実際、村にいる間にも何件もそういう話は舞い込んだ。もっとも、そのたびに詩歌は、困ったように笑ってごまかし逃げ回っていたけれど。

「問題が片付くまでは、結婚なんてできないよ」

 あるとき詩歌は、そう漏らしていた。問題というのがなんなのかは、教えてくれなかったけれど。

「レインの方こそ、よかったの?」

 追求を避けるように、詩歌は逆に問いかけてくる。

「アランさん、いい人だよ。奥さんのヤマユリさんも優しい人。子供にしてもらえばよかったのに」

「恐れ多すぎてとても受けられないよ」

 詩歌が言うように、僕にも養子に来ないかという話はちらほらと舞い込んだ。ひと月も村にいれば、それなりに出会いがあるし人付き合いも増える。僕みたいなののどこを気に入ってくれたのかはまったくもって不明だが、中でも熱心に誘ってくれたのが先にも名前の挙がったアランさん夫婦だった。

「薬師としては半人前以下。労働力としてみたって大人には遠く及ばない。可愛げもなければ教養もない。僕には、養子にしてもらってもその人達に恩を返せない」

「そんなこと気にする必要ないと思うけどな。それに、恩返しがしたいなら、レインが大人になってからすればいいじゃん」

 詩歌の言うことは正しいのだろう。相手が僕に、そんなことを期待しているわけじゃないってことも理解している。

 でも。僕は、親に捨てられた。たとえそれが口減らしの為であったとしても、僕は両親にいらない子だと判断されたのだ。そのことが、今も痼りとなって僕を苛んでいる。

 端的に言えば、怖いのだ。役に立たなければ、また捨てられてしまうんじゃないかと。そしてその恐怖の対象は、詩歌とて例外ではない。だから、養子の話を断って一緒に行くと言ったとき、詩歌が受け入れてくれたことに、僕は少なからずほっとしていた。

「まあとりあえずは、薬師として一人前って太鼓判を詩歌からもらってから考えるよ。だからこれからもよろしく、師匠」

 不安を押し隠すように、僕はおどけてみせる。

「うむ。苦しゅうない」

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、詩歌も乗ってきてくれた。

「ではまず、滝行から始めようかね、我が弟子よ」

「それ、薬師の修行とはまったく関係ないよね!?」

 ……少しばかり、悪乗りが過ぎた感はあったけれど。


「と、……レイン。忘れ物思い出した。悪いんだけどここで待っててくれない?」

 村か出て一時間ほど歩いた頃、突然詩歌は声を上げた。

「忘れ物? 村に?」

「うん」

「そそっかしいなあ。……いいよ、僕も一緒に戻るよ」

「いいからいいから。それよりも荷物番してて。手ぶらなら往復一時間で済むから」

 言うなり、背負い袋を下ろして走り出す。

「あ。ちょっと――」

 僕の制止は間に合わず、

「お昼の用意、よろしくー」

 そんな捨て台詞だけが残された。

「まったく。仕方ないな……」

 お昼の準備、なんて詩歌は言っていたけれど、今日に限ってはその必要はない。村でお弁当をもらっていたからだ。強いて準備するものがあるとしたら、熱いお茶くらいだろうか。

「まあ、火くらいは焚いておくか」

 適当に石を組み、即席のかまどを作る。枯れ草や枯れ木を集めていざ火を熾そうとして、

「そういえば火打ち石、どこにしまったっけ?」

 肝心なことに気がついた。

「…………」

 しばらく考えても思い出せない。

「おかしいな」

 仕方なく詩歌の背負い袋や僕の篭も探してみたけれど、結局火打ち石が出てくることはなかった。

「いつもは詩歌が魔術で簡単に点けちゃってたからなあ……」

 と、そこで気がついた。

 詩歌は魔術で火を点けられるが故に、火打ち石など持ち歩いてはいないのではないか、ということに。

「…………」

 どちらにしろ、ないものはない。

 仕方がないのでかまどだけ準備して、後は詩歌の帰りを待つことにした。


 幸い、詩歌は予告の時間よりもずいぶん早く帰ってきた。

「お待たせ――ってなんでかまどだけ用意して火点けてないの?」

 準備だけは万全なかまどに不審の目を向ける。

「火打ち石が見つからなくて。ねえ、詩歌ってそもそも火打ち石持ってるの?」

「ああ…うん、火打ち石ね。……持ってないや」

 決まり悪そうに頬を掻く。

「やっぱり」

「ごめん、普段使わないもんだから気にもしなかった」

 言うと、小さく呪を唱えて手をかざす。

炎花(ほのか)

 あっという間に燃えあがった炎を見て、僕はため息を吐く。

「次の村に行ったら、火打ち石買おうね」

「ぜひ、お願い」

 でないと僕は、一人では火すら熾せないことになる。

「そうだ。それよりもレイン、魔術覚える? よければ教えてあげるよ。――うん、そうしよう」

 名案、とばかりに詩歌は頷く。

「え?」

 対して僕は、驚きのあまりまともな返答が出来ない。

 魔術って、そんなに簡単に人に教えていいの? もっと秘匿されてるものじゃないの? そもそも僕に覚えられるの?

 そんなことを、しどろもどろに訊いてみる。

「いいんじゃない? 他の人に教えちゃいけないなんて言われなかったし」

 あっけらかんと詩歌は答える。

「まあ、覚えられるかどうかはレイン次第だけどね。――どうする?」

 魅力的な提案だった。魔術が使えるようになれば、この先助かること請け合いだ。それは何も生活に限った話ではない。何しろ詩歌ときたら、薬作りに平気で魔術を使うのだ。しかもそれは、採集した草葉を乾燥させる為だったり、材料を煮詰める為の火の管理だったり、ナイフでは切るのが難しい種の切断だったりと、多岐にわたった。

 それらのことは、時間や手間を掛ければ魔術なしでも十分できる。しかし、魔術で行ったほうが手っ取り早く済んで楽であることは明白だった。何より、そのための道具を用意する必要がないので荷物が少なくて済む。旅の薬師として、それは無視できない利点だ。

「よろしくお願いします」

 僕は頭を下げる。

「ん、了解」

 こうして詩歌は、薬師としてだけではなく、魔術師としても僕の師匠になった。

「そういえばさ、忘れ物は無事見つかったの? ずいぶん早く戻ってきたけど」

 そもそもの発端となった出来事をふと思い出し訊いてみる。

「――うっ」

 とたん、詩歌は身を強張らせた。

「……あー、えっと――実は忘れていなかったことに途中で気がついて戻ってきた」

「…………」

 じと目を向ける。

 気まずそうに目を背ける詩歌。

「……ぅう。いいじゃん、ちゃんと思い出したんだから。そんなことよりお昼にしよう!」

 しばらくは耐えていた詩歌だったが、やがて開き直った。

「……そうだね」

 いつまでも責めていても仕方ないので、僕はその提案を受け入れた。

 何しろ彼女は、僕のお師匠様なのだから。

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