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僕の好きな先生

作者: 黒瀬新吉

トモキは何でも知っている、学校では内向的な小学校3年生。ある先生に出会い、学校が楽しくなっていく。そして次第にともだちも集まってきた。ある日ドブ川に河童がいたことをクラスで話す。その言葉を信じた仲間たちとある計画を立てるのだった。

 トモキは、小学三年生のずる休みの常習犯、でも、今朝はお母さんをだませなかったのです。


「あーあ、学校なんてつまんないなあ」

トモキはしぶしぶ運動靴を履きました。

「物知り」のトモキは、何でも知っている、そう自分で思っていました。

「ネットやスマホですぐ知りたい事が手に入るのに……」

それがトモキの口癖でした。


「浜岡先生がおやすみの間、君たちの担任になります」

そう話すと早速、その先生は後ろの黒板に名前を大きく書きました。

『新吉』

みんなひそひそ話しだしました。

「先生、苗字は何ですか?」

クラス委員のカズオが、さっそく手を上げて質問しました。

「はははは、ああそうだね。『あらた、よし』と読むのさ。先生の名前はね」

名前も変だが、先生は出席もとらずにさっそく授業を始めました。

 「皆さんは今朝、顔をちゃんと洗ってきましたか?」

「はーい」

元気よくみんな答えました。

(あったりまえじゃんか)

トモキはそう思いました。

「じゃあオシッコはしてきたかい?」

みんないっせいにうなずきました。先生は黒板に大きな水滴を書きました。

「オシッコ、涙そして汗。みんなこの水滴です。雨も雪もみんなね」

トモキはそんな事は知っていました。

「その水滴は、土にしみ込んでいくんだよ」

そう言うと先生は、持ってきた、大きな箱を開けました。なかから取り出したのは、丸いポリ容器です。

「なにするつもりなんだろ?」

それを机に置くと、先生はこう言いました。

「さあ、みんな外へ行こう。あっ君、トモキくんはバケツを持ってくるんだよ」

先生は、すぐ教室から出てしまいました。

「行こう行こう、みんな」

勉強嫌いのケンジが駆け出したのを合図にみんないっせいにグランドへ出ました。

トモキは、掃除用具のロッカーから青いバケツを持ち出しました。


「さあみんな、ひとすくいづつバケツに土を入れなさい。砂も石も、ゴミがあったっていいからね」

教室に戻る時は、土で重くなったバケツは先生が持ってくれました。

「なんで、僕の名前知ってるのだろう?」

トモキはとてもそれが不思議でした。先生は教室に入り、バケツを置くと給食室から水の入った『やかん』を持ってきました。みんな何が始まるのかと、どきどきです。

「はい、皆さん目を閉じて、先生の話しを聞きながら想像してみてください」

先生はみんなが目を閉じるたのを確かめると、ゆっくり話しはじめました。


「高い空の雨雲の中で生まれた、一粒の雨は仲間とともに地上に落ちてきます。あるものは川や池や海に落ち、あるものは工場の煙突に落ち『じゅっ』とまた水蒸気になってしまいます。町の中に落ちたものは、屋根や道路に『カン』とたたきつけられたりします。山に落ちたものは木の葉っぱに当たって少しはましかもしれません。犬や猫のウンチの上に落ちる哀しい雨もあるでしょう」

何人かはそれを聞くと『くすくす』笑いました。それでも話は続きます。

「グランドに落ちた雨もやがて低いところに集まり、まるで川のようになる事もあります。雨が降ると、平らに見えたグランドも、実は高いところや低いところがあるということがはっきりわかります」

トモキは想像して、確かにそうだなあと思いました。


「はい、皆さん。目を開けて」

先生が『ぱん』と手を打ちました。

「皆さんが集めたのがグランドの土です。いろんなものが混じっています。大きな石は掃除の時に、ちゃんと捨ててあってありませんが、それでも小石や砂やゴミはあるでしょう。それをこの中に入れちゃいます」

先生は、バケツをひっくり返し、グランドの土をそのポリ容器に入れました。『ぼわっ』と教室に白いホコリが立ちました。

「水の力って凄いんだよ。大きな岩だって根っこのついた山の木だって、押し流すこともあるんだ。その力を使って電気を作ることだってできるんだよ、カズオくんそれを使ってタービンをまわし電気を起こす仕組みを、何発電と言いますか?」

「水力発電です。先生」

「その通り、良く知ってるね」


トモキは答えたくてしょうがなかったのです、それをカズオが答えてしまいました。それから先生は、やかんの水を『じゃぼじゃぼ』と容器に入れ、用意していた長い棒でぐるぐるとかき混ぜました。たちまち水が濁りました。

「この泥水がだんだん澄んでくるよ」

見る間に水が透き通っていきました。

「ほらよく見てご覧、石や砂が底に見えるだろう。だんだん目の細かい砂がつもっていく、一番上は軽い葉っぱやゴミだね」

土もよく見るといろんなものが集まってできてるんだ」

「あれ、変だぞ。水が吸い込まれていく」

思わず、トモキが声を上げました。

「おや、良く気がついたね。トモキくん」

みんなが振り返ってトモキを見ました。なるほど先生が入れた水が、すっかり消えていました。

「仕掛けはね」

もったいぶりながら、先生が容器の下半分を隠していた紙をはがしました。一番底は目の粗い石、順に目の細かな砂が容器に詰めてありました。その中に、水が全部しみ込んで行ったのでした。容器の底の栓を開け、先生はコップ一杯の水を出しました。それは透明な水でした。先生はそれを『ごくごく』と飲みます。それを見てトモキは仰天しました。


「泥水も濾過したら、本当に飲めるんだ……」

目の前でそれが起こったからです。


 ある日、虫眼鏡の実験がありました。虫眼鏡で光を集めるとすぐに火が起こせる、はずでした。しかし煙ばっかりでちっとも火なんて起こりません。皆もう諦めたのか次々と虫眼鏡を窓際の箱のなかに戻し始めました。それでもまだ頑張っているのはケンジとカズオそしてトモキの三人です。

「もっと焦点を小さくしろよ、ケンジ」

「黒い紙を重ねろよ、カズオ」

「息を吹いてみたら、トモキくん」

回りで皆が応援するものだから、火がおきるまで三人は止められなくなりました。虫眼鏡を重ねたり横に並べてもだめでした。

「そうか、この虫眼鏡は同じだけの光を集めるだけなんだ……、だったらもっと大きな虫眼鏡でないとだめなのかな?」

新吉先生はニコニコして近づいてきます。

「君たちが欲しかったのは、これかな?」

先生は三人の前に大きな虫眼鏡を握っていました。さっきの何倍も煙が勢いよくでてきました。でもまだ火はつきません。


「そうか、僕見た事ある。たしか『ほくち』って言うんだ、火をおこすために燃えやすいものを原始時代の人はいつも用意していたって」

トモキがそう言うと、カズオが話しを続けました。

「それって油のしみ込んだ樹の皮なんかだろう」

「でもそんなもの教室にないぜ」

ケンジが悔しがりました。クラスの皆だってもう一息なのに残念でなりません、先生は教壇に戻り皆を席に着かせました。

「よーし、さあ皆立ってバンザイしなさい」

みんな顔を見合わせました。

「先生の言う通りにしろよ」

ケンジが立ち上がり、両手を上げました。それを見てクラス中がバンザイしました。

「今度は男の子はズボン、女の子はスカートのポケットに手を入れて一番底のものを取り出すんだよ」

「何も入ってないって、余計なものなんか」

トモキがそう先生に言いかえしました。


「本当に何もないかい、トモキくん?」

「わたしのポケットの底に何かあります」

「僕も」

「あっ、私も」

「それを、この箱に入れなさい、」

先生は菓子の空き箱を皆に回取り出しました。カズオが皆の机を一回りした箱を最後に先生に渡しました。


「おや、思ったより多いな、皆よく運動しているね。誰だ、ティッシュを入れたままお母さんに洗濯してもらったのは」

ケンジがそっと手を上げます、みんなが一斉に笑いました。

「これはね、服の繊維のほどけたものや埃なんだよ。これを集めると『ほくち』になるのさ。君たちが運動したり手をつっ込んだり、洗濯する度に少しづつたまるんだよ」

「でもたったそれだけしかないけど……」

トモキがカズオに言いました。

「ようし、これでもう一度やってみよう、さあケンジ、虫眼鏡を持って」

「僕は『ほくち』を吹く係だ、カズオは……」

「これを追加する係」

カズオは鉛筆削りの削りカスを箱ごと持っている、その格好は花咲か爺さんだ。


 「全く、気をつけてくださいよ。大変な事になるところでしたよ」

実験は大成功、その後『火災警報機』が鳴ったり『スプリンクラー』が作動したりと大騒ぎになってしまいました。校長先生にひどく起こられている新吉先生、でもどこか楽しそうだったのです。



「おーい、一緒に帰ろうぜ」

ケンジと途中まで帰り道が一緒なんてことを今までトモキは知らなかったのです。

「あっ、新吉先生だ」

帰り道の川土手で二人は先生を見つけました。手には、太い草が握られていました。

「先生、それなんですか?」

トモキが聞くと、先生は小声で答えました。

「道草の途中のおやつ、ほら」

先生は二人にそれを渡すと、残ったそれの根元の皮を剥きました。

「さあかじってご覧、二人とも」

「あっ、酢っぱいけど不思議な味がする」

「へへん、俺知ってる。これ『イタドリ』だろ」ケンジはガリガリかじりました。

「ケンジくんよく知ってるね」

「父さんが子供の頃、よく食べてたってさ、俺は幼稚園の頃、食べた事があったんだ」

「ふうん、僕は初めて食べたけど」


「じゃあこれは知ってるかい?」

今度は先生は草むらから、抜き取った草を剥いて綿の様なものを取り出しました。

「これは『チガヤ』さ。かんでご覧」

「甘い様な、あっ苦くなった」

「味が無くなったら吐き出すんだよ」

「食べ残しを捨てちゃってもいいの?」

「もちろんさ、すぐ土に還る。これはゴミなんかじゃない、ゴミってのはあれさ」

先生は川の中から突き出している自転車のタイヤを指差しました。


ケンジと別れ、トモキは川沿いの道を帰っていきました。今日先生の言っていた事のほとんどは彼が知っている事でした。でも実際にそれを見たり、嗅いだり、味わったりした事はありませんでした。ケンジやカズオとあんなに話した事もです。それに少し遠回りになるこの道を帰るのも随分と久し振りの事でした。

「この川には、メダカもホタルもいたんだぞ。父さんがお前くらいの時にはな……」

お父さんが以前トモキにそう言っていたのを思い出しました。ゴミだらけの臭い匂いのする川土手をトモキは歩き続けました。

「ドップーン」

何かが川に落ちたのでしょうか、トモキは音のした方向を見ました。しばらくすると大きな亀が浮き上がってきました。

「なあんだ亀か、結構大きい奴だな。まだ住んでいるんだ、こんな汚い川にも……」

亀は首をひょっこり出しました。なんとその頭には丸いお皿が乗っかっていたのでした。

「か、河童だ……」

トモキの声が聞こえると、河童は頭を引っ込め、もう二度と出てこなかったのです。


 翌朝、学校でそれを話したら、クラスのみんなに笑われてしまいました。

「ドブ川にだって河童は住んでるのさ」

でも、先生は違っていました。

「みんなで、確かめてみようか?」

その日からみんなですこしずつ川の掃除をする事になりました。最初はクラスのみんなが下校前に空き缶やゴミを拾い、次第に学校中が手伝いはじめました。全校生徒による川の掃除は、次第に町を上げての大騒ぎになり、「河童捜索に町中でゴミ拾い」と新聞やテレビで放送されたりして、とうとう町の消防団まで協力してポンプで泥まで吸い上げ、川もすっかりきれいになりました。

 でもきれいになった川を見る前に新吉先生は学校を去って行ったのでした。退院した浜岡先生が戻ってきたからです。新吉先生の転校先は誰も知らなかったのです。

 ある日の事、きれいになった川べりで、一人の老人が、トモキにこう話しました。

「わしが子供の頃、この川で河童を見たことがあったんだよ。七夕の日に橋の上から。ザルにキュウリを入れて流すと、河童が川から出てきてそれを受け取っていったものさ、今はどこに住んでるのかなぁ?」

トモキはその話しを聞くと、カズオとケンジに相談をしました。『七夕河童祭り』は、簡単に決まりました。聞きつけた大人達が当日川べりに数人いました。でも何も起こりませんでした、みんな残念そうに帰っていきました。諦めきれない三人は老人にもう一度話しを聞きに行きました。

 「あっはっは、それは旧暦の七夕なんだ、今日じゃないさ」

老人はそう言って笑いました。

「やった、チャンスはその時だ」

三人は、気も早く手を取って喜びました。

 それからは、トモキは学校に行くのが楽しくなりました。三人がまず調べたことは旧暦についてです、太陰暦という月の暦みによるもので新月になって六日目、今年は八月二日だとわかりました。次に調べたのは河童の伝説です。河童には頭に皿があり、乾くと力が抜け、好物はキュウリ、泳ぎにきた人や牛馬の尻から手を入れて『しりこだま』というものを盗る。とか、気味の悪い河童のミイラの写真まで見つけました。トモキはいつのまにか三人で図書館の本をめくる方が楽しくなっていたのです。

「本当にいるのかもしれないな、トモキ」

三人は誰よりも仲の良い河童仲間でした。


当日がきました、用意していたザルを橋のまん中からおろし、流れていくのを見守る三人、残念、そのザルが半分ほど水に浸かってしまいました。川のまん中に止まったザルを恨めしそうに見る三人は長い竹を伸ばしてみてもやっぱり届きそうもありません。

「ぼく、物干ロープとってくるから」

「針金もな、トモキ」

ケンジが何か思いついたみたいでした。

「あっ誰か来る、新吉先生だ」

今までどこに引っ越していたのか誰にも言わずに学校を移った、先生がやってきました。

「おやおや、随分ときれいになったね」

そこにトモキが息を弾ませ戻りました。先生を見つけると皆の聞きたい事をさっそく聞きました。


「先生、どこに転校したのですか?」

「ああ、山の小学校さ」

それを聞くと、なんだか三人もできることならその学校に転校したくなりました。

「先生見ていてね」

ケンジが針金をくねくねさせて丁度半分の長さに切りました。

「へぇぇ、すごいすごい」

それを十文字にしてくるくると巻き、四つある先っぽを曲げて忍者の『かぎなわ』の様な物を作りました。


「ケンジ器用だな、それを使うのか?」

「こいつでザルを引っ掛けてこっちに少し引っ張ればきっと、また流れるはじめるよ。トモキ、お前やれ」

思いっきり放ったが失敗、ケンジも次に投げたが飛び過ぎ。カズオはザルにかすったが失敗……、トモキが助けを求めるように振り返りました。でも先生は知らんぷりでした。

「僕たちがやり始めたんだ、もう一回やってみよう」

何度やっても上手くはいかないのです。


「投げ方が悪いのかなぁ」

そのうち陽が沈みそうになってきました。

「もう一回だけやってみよう」

カズオの一投が見事にかかりました。三人は同時にロープをつかんでそっと引っ張りました。やっと流れ始めたザルが深みへゆっくり流れていきました。川の一番深いところでザルはくるくる回っています。

「やったやった。どんぴしゃり!」

河童がいようといまいと関係なく三人は大喜びしました。それを見て先生が大きな拍手をしました。

「うまいぞ、うまいぞみんな」

先生は川の深いところへ向かいました。

「あっ新吉先生……」

「ドッポーン」

新吉先生が服を着たまま川に飛び込みました、しばらくすると浮いてきました。

「ふうーっ、相変わらず冷たいな。やっぱりこの川は……」


息継ぎに頭を水面から出した先生は河童にそっくりでした。三人がそれを指差し、ゲラゲラ笑いました。

「河童、河童、河童の先生」

声を合わせて三人は四股を踏みました。それが聞こえたのか新吉先生の怒った声が岸まで届きました。

「こらっ薄いだけだ、皿は乗ってないぞっ」

またまた三人は大笑いしました。岸に上がってきた先生に真っ先に声をかけたのは、あの老人でした。

「みんなのおかげできれいになりました」

「そうそう、山童(やまわら)小学校の校長先生は、あなたの復学を承知しましたよ」

「それは本当ですか、また通えるんですか」

老人はにっこり笑いました。

「ああ、やっと懐かしい友達に会える」


 「おい、二人ともあれを見ろよ」

カズオが川に入った老人を指差しました。その背中には立派な緑色の甲羅が見えました。

「まさかな」

にゅっと緑色の長い手が水面に出て、キュウリを掴みました。

「見たな、見たよな。」

ケンジがまん丸い目で二人に言いました。

「みたみた、見たよ」

トモキが答えました。

「しっかり見たよ、水かきまで見えた」

カズオも興奮していました。

「新吉先生も見たでしょう……?」

振り返ると、川原には誰もいませんでした。


いつのまにかトモキは学校に行きたくなかった理由を、もうとっくに忘れてしまっていました。

ご感想をお聞かせください、執筆の励みになります。 黒瀬新吉

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