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容疑者勢ぞろい

――翌々日。


「ちょっと耳寄りな情報つかんだよ」


朝の人の少ない教室で要が密かに耳打ちした。

眠たそうに目をこすりながら付け加える。


「秋葉とあかねが来たら部室集合ね」


コクリと由希が頷いた。

あかねは朝礼会議があって今日はまだ教室にはいない。

秋葉は只今部活中だ。


数十分してあかねが扉をあけて「おはよう」と気取って挨拶をした。

他に人がいるからだ。

要が「良くやるねぇ」という表情をすると、それを見てあかねは、顎をクイッと上げた。

「何よ、文句でも?」とでも言いたそうだ。


それを悟ってか要は小さく首を横に振って見せた。

近づいて来たあかねに向って小声で「秋葉が来たら部室集合ね」と言ったら、反撃された。


「何言ってんの、秋葉が来たらすぐにホームルーム始まるでしょ?」

「あっ!そっか」


気づいてポンと手を叩く要を尻目にあかねは「まったく!」とぼやいて肩をすくめる。

秋葉が来てすぐにホームルームが始まり、一時間目の授業が始まった。


休み時間、一時間目の国語の授業が終わると、4人は要に呼び出されて部室にいた。


「で? 何なの? 耳寄り情報って」

「それがさ、高村先輩の事件時の映像を全部見てみたんだけど、上手い具合に高村先輩の友達っていう二人の顔が映ってないんだよねぇ。でもね、ショートの奴とアップの奴の身長は大体分かったよ。これ見て」


要はそう言いながら、持っていた封筒からプリントされた二枚の写真を取り出した。


「制服はもうバッチリウチの学校でしょ?」

「確かにそうだな」

「うん、そう見える……」


秋葉と由希は制服を確認して肯定したが、あかねは黙って写真を見つめただけだった。


その写真は二枚とも拡大したもので、『高村とショート女』と『高村とアップ女』しか映っていない写真で、どちらも高村が正面を向きショート女・アップ女はカメラに背を向けていた。


「でね。高村先輩は確か、156センチだったのよ。

 このショート女は高村先輩よりも、20センチ近くデカイ。

 アップ女は高村先輩より少しデカイくらいね。大体160センチくらいかな。

 この学校で160の人は結構いるけど、ショートで170センチぐらいの人ってなると、一年だと『村田 和江』と秋葉くらいだね。

 二年だと『伊藤 百合子』『柿枝 凛呼』『宮野 恵美』三年は『結城 数音』『神城 あすか』『遠藤 那美』『榎木 夕菜』だね」


「ああ、大体そんなもんだよな」

「……そうね」

「あれ? あかねだったら「秋葉もショートよね、犯人なんじゃない?」とかって言うと思ってたんだけど」


予想はずれだと要は驚いた。だがどこか演技くさい。


「私を何だと思ってるのよ?」


あかねは呆れたように言うが、少し覇気が無い。


「……」


探るような要の視線に気づいてあかねは「何よ?」と言った。


「……あかねぇ、なんか隠してない?」


要がそう追究すると、由希も便乗した。


「あかねちゃん、一昨日ぐらいから、元気ないよ、ね?」

「……そう?」


しらばっくれようとしたあかねに秋葉が「おい!」と怒鳴った。


「俺らを騙そう何て百年はえぇぞ!」

「秋葉も気づいてたの?」


意外だと言うように要はそう言ってマジマジと秋葉の顔を見た。


「おうよ。昨日帰ってる時に何か変だなぁって思ったんだ」


三人に問い詰められて、観念したのかあかねはため息をついて切り出した。


「……思い出したのよ。高村先輩が事故にあった時、あの時間は生徒会の会議の真っ只中だった。だけど――」


そこで一回言葉を濁し、言いづらそうに視線を動かすと、振り絞るようにして吐き出す。


「いなかったのよ。始まる前はいたのに。そして、5時頃戻ってきたの」

「……誰が?」


秋葉が神妙に尋ねると、「ふう」と深いため息をついて名を口にする。


「――三枝先輩」


あかねは「しかも」と付け加えた。


「その日はセミロングの髪を縛ってた。アップにして……」


そこまで言うと、あかねは不安を吹き飛ばすように、笑いながら「まさかとは思うけどね」と付け加えた。


「あの頭の固い三枝弘が会議をサボったか……」


独りごじた要をあかねが見つめると、不安そうに「そうなんだよね……」と呟いた。


「確か三枝先輩は身長160ちょうどだったんだよね」

「要、お前何でも知ってんだな」


呆れまじりに感心して言う秋葉に「まあね」と笑って答えると、秋葉が「じゃあ」と言って単刀直入にズバリと言い切った。


「三枝先輩に直接アリバイ聞きゃあ良いんじゃねぇの?」

「まあ、だね。それが一番手っ取り早いね」

「……うん」


要と由希は秋葉の意見に賛成した。その後ゆっくりとあかねを見つめ意見を待つと、あかねは静かに頷いた。


…… …… ……


お昼休み――四人は校舎裏に三枝弘を呼び出した。

呼び出された三枝は訝しげに眉間にシワを寄せて眼鏡をクイッと上げる。


「いったい何のようですか?」

「すみません。先輩」


申し訳無さそうにあかねは軽く頭を下げる。


「まあまあ、そんな恐い顔しないで、ベンチにでも座ります?」


要はそうお気楽に言って、校舎裏にある裏庭の中のベンチを指差した。

この学校の庭は二つある。

校舎裏にある裏庭と、校舎から正門へと延びる桜の木が、余す所なく植えてある並木道の左右、桜並木の内側に中庭がある。中庭はよく生徒が利用するが、裏庭はあまり人が来ない。


そんな裏庭には古びたドーム型の温室がある。

三枝は何故かその温室の方を一瞬チラっと見て「結構よ」と短く断った。


「んじゃ、このまま話させていただきますね。ズバリ聞きますよ。高村先輩をご存知ですか?」

「……事故にあった子ですね。その子が何か?」

「事故のあった日、会議だったそうですね。事故のあった時間帯、真面目で有名な貴女が会議をサボっていたらしいじゃないですか。何をなさっていたんです?」


それを聞いた三枝はギロリとあかねを睨みつけた。

あかねは肩をすくめ、目線を外す。

すると要はあかねの顔が隠れるように、壁際にいた三枝の顔近くに左手を置いた。


「あかねは関係ないですよ~。事件解明のためご協力お願い出来ますよね?」


それを聞いた三枝はムッとした表情を浮かべ、怒鳴り声を上げた。


「いいかげんにして欲しいですね!! 沢松さん! 私言いましたよね!? ドッペルゲンガーか何か知りませんけど、事故にあった子の話はするなと! 生徒会としての示しがつかないでしょう!!」

「はい、すみません」


あかねが頭を下げるのを待たずに三枝は歩き出した。

その背後から要の声がかかった。


「三枝先輩! これは殺人事件なんですよ。協力して頂けないなら、貴女を犯人候補として残しておきますよ?」


三枝は半分振り返り、少し戸惑ってから吐き捨てた。


「くだらない!」


そのまま歩き出そうとしたが、その足を止め、今度も半分振り返りながらとんきょうな声を上げる。


「そうだ、吉原。貴女方のクラブの道具、生徒会長や、先生と相談した結果、双眼(あれ)だけになりました」


そう言うと、眼鏡の奥を鋭く光らせ強い口調で言い放つ。


「ご了承を」

「ええ~!? なんでぇ~!?」


要の落胆に満ちた叫びを背に、三枝はその場を去った。

三枝の去った方向を見つめながら、要は残念そうに独りごちた。


「ふう……収穫なし、かなぁ」

「だな。っていうか、お前何頼んだんだよ?」


秋葉が質問すると、要は落胆の色を隠さずにガクリと首を落ち込ませた。


「うう……色々だよぅ……。

 盗聴器とか、監視カメラとか、赤外線カメラとか、

 盗聴器を発見する道具とか、指紋採取キッドとか。

 あと、高性能なパソコン」

「……そりゃ、お前、通らねぇよ」


秋葉が呆れを通り越してひいていると、あかねが声を上げた。


「そんなことより! 私の立場が危うくなっちゃったじゃないの!!」


と文句を口にしたが、誰も聞いていなかった。そこに、何かを考えていた由希が、指をいじりながら、オズオズと声を上げる。


「あの……三枝先輩、一瞬、温室の方、見たよね?

 それに、会議の時の事聞いただけであんなに、怒らなくても良い、のにね」

「それもそうだね。……ふむ。怪しいな」

「でも要、あの人真面目だし、あの話は禁止されてたのに話したから怒ったんじゃない?」


「けどさ、それだったら高村先輩の名前出した時点で帰られてたんじゃね?」

「確かにそうだね。秋葉の意見ももっともだと思う」

「だけど、高村なんて名前いくらでもいるし……!」

「あかね、何でそんな必死に庇うの?」


「なんでって、仲間だし、そんなコトする人には見えないもの」

「いい~や、あ~ゆうタイプは自分の名誉、地位を守るためならどんな犠牲も厭わないってタイプだな!」

「秋葉に何がわかるのよ!」

「なんだよ!?」


秋葉とあかねが睨みあうと同時に、チャイムが鳴った。

4人は慌てて教室へと急いだが、由希だけは温室が見えなくなるまで温室から目を離さなかった。


5時間目の授業が開始して、数十分経った頃、由希が控えめに手を上げた。


「……すみません」

「どうした、藍原」

「あの、ちょっと、気分が悪いので……保健室に、行きたいんです、けど」


オズオズとそう切り出すと、先生は執務的に短く問う。


「そうか、じゃあ、行ってこい。一人で大丈夫か?」

「はい」


それに答えて、ゆっくりと席を立った。

口元に手を当てながら、教室を出て行く。

その背中をあかねと秋葉は心配そうに見送った。

それに比べて要は、感慨深げに由希を見ただけだった。


由希が出て行った教室は、つつがなく授業が進められていた。


要の席は中央の一番後ろの席なので、つまらなそうにペンを回しながらぼけーっとしている。

秋葉は廊下側の前から三番目の席で、一応真面目にノートにペンを走らせている。

中央の前から二番目の席が一つだけ空白で、ぽつんとしていた。

そこが由希の席なのだ。

あかねは窓際の自分の席から、その寂しげな席を見た。


由希、大丈夫かな? と、心配して頬杖をついて

ふと、目線を外にずらす。


何気なく目線を下げると、校舎から出て行く人影が見えた。

それはとてもなじみのある顔で、さっきまで心配していた人物だった。


(――由希、帰るんだ……そんなに体調悪かったのかな? 大丈夫かしら)


後でメールでも送ってみよう。そう思ってあかねは、目の前の授業に集中する事にした。


――キンコンカンコン♪


授業の終わりを知らせるチャイムが、厳かに鳴る。さっそくあかねは携帯を取り出した。


「どしたん?」


声をかけてきたのは要だった。


「由希、大丈夫かなって。メールしようと思って」

「ふ~ん、そっか。風邪とかだったら無理すんなよって言っとけ」


言ったのは秋葉で、あかねは「命令しないでよ!」と小さく言って、メールを打とうとした。

そこに ――ガラ と教室の扉が開いた。

見ると、帰ったはずの少女がそこにいる。


「由希!」


あかねは声を上げて、由希に駆け寄った。


「大丈夫なの? 帰ったんじゃないの?」

「うん……大丈夫。――帰ったって?」


由希ははっきりと答えると、困惑したように質問をした。

その姿を見て、あかねは思う。


(――あれ? 見間違いかしら?)


「ううん。気にしないで、何でもないわ」


きっと、見間違いよね。と、あかねは納得し、由希の席まで付き添う。

本当にもう大丈夫なのか、やってきた秋葉と要と確認すると、自分の席に戻った。

すると要がそろそろと近づいてきて、あかねの机に手を置く。


「ねえ、さっきの「帰ったんじゃないの」ってなに?」

「なに……アンタ聞いてたの?」

「聞こえたの。で、なに?」


急かす要に、あかねは渋々答えた。


「さっき、授業中に由希が校舎を出たのを見た気がしたんだけど、見間違いだったみたい」


そう言って、あかねは次の授業の準備をする。次は移動だからさっさと支度をしなければ。


「アンタもさっさと準備しなさいよ」

「うん」


言った要は上の空で、じっと何かを考えるように由希を見つめていた。





――放課後。


「ああ~これで振り出しに戻る……かぁ!」

「何か有力な情報ないの要?」

「ないから振り出しに戻るって言ったんじゃん。あかねはワガママだなぁ」

「なんですって!?」


あかねが怒鳴り声を上げると同時に、勢い良く部室のドアが開いた。


「お~い! そういえばさ、思い出したんだよ!」

「秋葉、まだ部活中じゃないの?」


驚いて聞いたあかねに、秋葉は二カッと笑う。


「抜け出してきた! 思い出してな」

「何を?」


怪訝そうに要が聞くと、秋葉は興奮気味に勢い良くまくしたてた。


「それがさ、二日くらい前に聞いた話だったんだけど、全然興味ねぇから忘れてたんだけどよ、事件の事色々思い起こしてたら思い出したんだ、先輩達が話してたコト!」

「どんなこと?」


興味津々に由希が聞く。ただし、声は小さかった。


「あのな、バスケ部の日吉先輩の話なんだけど、

 あの人、高村先輩とはワリと仲が良かったらしいんだ。

 自殺した皆元先輩いたじゃん? 

 あの人とも仲が良かったみたく思われてたけど、実は仲が悪かったんだと。

 ていうか、誰も見てないとこでイジメてたらしい。

 しかも、美術準備室に一緒に入ったって前言っただろ? 

 あれは実は、入ったんじゃなくて、皆元先輩一人を閉じ込めてたらしいんだ。

 数時間して、誰かが助け出したらしんだけど、日吉先輩の名前は言わなかったらしいぜ」


「じゃあ、何で分かるのよ?」


あかねが怪訝に言うと、秋葉は肩をすくめながら答えた。


「それがな、見ていたやつがいるんだと」


言って、呟く。


「ゲスなやつだな」


そんな秋葉を見つめながら、要は思った。


(そもそも秋葉をムリにでも引き入れたのは、運動部だと色々と噂好きの方々がいるから情報も入りやすいから。

 まあでも良く考えてみれば、秋葉は興味ない事はすぐに忘れちゃうんだったのよねぇ~。良かったわ! 興味持ってくれて!)


そう思ってほくそえんだ要に向って、消しゴムの欠片が飛んで来て コツン とオデコに命中した。


誰だ!? と辺りを見回したが、あかねと秋葉は会話に夢中、由希は筆箱を出してペンを指でクルクル回して遊んでいた。


それらを見て要は(ふ~ん……)と心の中で妙な納得をした。


4人は早速『見ていたやつ』に話を聞きに行った。

教師用トイレの前まで連れて行ったその子は、身長146㎝くらいの背の小さい三年生だった。


「な、何ですか? 何ですかぁ?」


かなり動揺して、怯えているようだ。目がうるんでいる。

そんな彼女に、要はポケットから取り出した小さな手帳に書いてある事を、説明するように読んで聞かせた。


「3年A組【呉野 幼子】(くれの ようこ)

 性格・臆病。特徴・背が低い・語尾に『です』をつけ、

 自分の事をボクと呼ぶ。

 血液型AB。好きな物・チョコ・話をする事。

 嫌いなもの・恐い事・モノ。

 髪は赤黒のロングで二つに縛るのが主流だが、たまに違う髪型にする」


「な、何で知ってるですか?」


驚愕して要を見つめると、要はニンマリと微笑んで顔を近づける。


「それはあれ、あたしが人の秘密大好きな『情報の毒蜘蛛』だからさぁ。生徒さん達はそう呼んでらっしゃるんでしょう?」

「あわわわわ……あの、あの、『情報の毒蜘蛛』吉原要ですかぁ!?」

「ええ、ですから先ほどからおっしゃっているように、毒蜘蛛ですから、コチラの質問に答えないと先輩の『ヒミツ情報』も、バラしちゃうぞ♪」


そう楽しそうに言って、ウインクすると、奥歯をカチカチと鳴らしながら呉野は一歩後退した。すると ゴチッ! と低い音が響く。

後ろのトイレのドアノブに背中をぶつけた様で、呉野は痛そうに腰をさすった。

そこに、あかねの怒号が飛ぶ。


「要! 先輩をからかってんじゃないわよ!」

「だってさ、あかね、こういうタイプってからかいたくなんない?」

「ならないわよ!」


訳がわからないと言う様に、腕を組んだあかねに、秋葉の呟きが聞こえた。


「いや、気持ちは分からないでもねぇな」

言い終わると「由希よりも小せえな」と付け足した。


「で、本題に戻るけど、皆元先輩が日吉先輩に美術準備室に押し込められた所見たって本当?」


あっさりと本題に入った要に、呉野は気まずそうにコクリと頷いた。

その後すぐに「でも!」と勢い良く言って、こう続ける。


「見てたのはボクだけじゃないです! 榎木と三枝もいたです!」

『!』


一同が同時に驚いて、要が最初にくらいつく。


「その話詳しく聞かせて!」


強く言われた呉野は、少し戸惑いながら話し始めた。


「あの日……ボクは美術室に忘れ物をしたです」



…… …… ……



――呉野の回想。

「どうしようです……。どうしようです!」


試験勉強で遅くまで教室に残っていたボクは、さあ帰ろうかと思った矢先、美術室にノートを忘れてきた事を思い出したです。


「どうしたの呉野? こんな遅くまで教室にいるなんて珍しいね」

「あっ! 榎木です!」


そこに、部活が終わったのか、榎木がやってきたんです。

榎木は教室に鞄を置いてきてしまったので、取りに来たところだったです。


「あのさぁ、その語尾の「です」はいいかげん直したら?」


榎木は苦笑しながらそう言ったです。


でもボクは「それは出来ない相談です!」とキッパリ断わりました。

そしてボクは美術室にノートを忘れた事、勉強していて誰もいない教室にいたことを話したです。

その時はまだ夕方で、日が沈み始める頃だったです。


「じゃあ取りに行ってきたら良いじゃない」

「ダメです! 美術準備室は今恐い所になってるです! ドッペルです!」

「隣じゃない」

「でも恐いです」

「……じゃあ、一緒に行こうか?」


そう、榎木は優しく笑いかけてくれたです。

そして、美術室付近まで来ると、言い争う声が聞こえてきたです。

こっそり後ろ(美術準備室に近い扉)から覗くと、もみ合っている日吉と皆元の姿がありました。


「さっさと入れよ! ブス!」

「やめてよ! 押さないで、あっちゃん、やめて!」

「ふざけんな! あっちゃん何て呼ぶなつってんだろ!? キショイんだよ!」


そう怒鳴って、罵倒して、日吉は皆元を蹴り飛ばしたです。

そのままドアを閉めて、さらにホウキや椅子をドアの前に置いたです。

そして日吉が振り向いた時、ボクは日吉に顔を見られたです。

でも榎木は上手くひっこんでて見られなかったです。

日吉はそのままボクを睨みつけて、ボクにすごみました。


「このこと口外したらただじゃ済まないからね!」


その後、美術室の前の方の出口から走って出て行ったです。

ボクは振り返りもせずに走り去っていく、日吉の姿を見つめていたです。

その時、美術室の近くの、壁の影から三枝が出てきたんです。

あとで一人で確認してみたですが、あの位置からだと、声もバッチリ聞き取れますし、姿も少しは見えるです。


――回想終了。




…… …… ……



「日吉は、昔から大人しめな子には意地悪だったです。

 それにしても……三枝もヒドイです。

 高村に続いて皆元と仲が良いと思っていたのに、さっさと立ち去るなんて! 

 榎木もそのまま帰ってしまうし……」


「何!? 三枝弘と皆元先輩って仲良かったの?」


呉野の呟くような一言に、要はすばやく反応した。

その要に「当然だ」と言うように、呉野は大きく頷く。


「そうですよ。高村と三枝と皆元でよくつるんでいたです」

「高村先輩とも仲良かったの!?」


驚きを隠せない要に「そうです」と小さく頷いて、呉野は憤慨してみせる。


「それよりさっきから先輩に対して敬語を使わないなんて、いくら『情報の毒蜘蛛』でも失礼です!」

「ああ、ごめんね」


そんな呉野の憤慨を、そっけなく受け流すように謝って、要は「うむっ」と何かを考えている。

そんな要の態度に、呉野は明らかにムッとした表情を作った。


「でも、じゃあ、誰が皆元先輩を助けたの?」


あかねが誰に言うでもなく呟くと、呉野は自信ありげに「一人しかいないじゃないですか!」と言い、胸を張る。


「ボクです!」

「……でも数時間経ってからなんだろ?」


そんなに自信たっぷりに言われても、と秋葉は呆れたように呉野を見た。

そんな秋葉に呉野は「失敬な!」と憤慨した。


「何言うですか!? すぐに助けたですよ! ものすごく恐かったですが」

「でもウワサでは……」


あかねがそろりと、気を使いつつ言おうとすると、呉野はそれを勢い良く遮った。


「そんなの噂です! 確かに日吉の名前を言わなかったのは事実ですが」


そう言うと、悲しそうに続ける。


「……あの時の事はあまり思い出したくないです。

 皆元の顔は涙と恐怖でひどかったです。

 皆元は元々、暗所恐怖症だったです。

 それを知りながら、皆元を押し込めた日吉も、それを見ていながら帰った三枝と榎木も許せないです。

 ひどいです。

 だから、あまり思い出したくないです。

 日吉を庇った皆元の気持ちも、ボクには理解出来ないです」


呉野はうつむきかげんだった顔をいったん上げて「それに」と付け足した。


「あのすぐ後に、つい口が滑ったとはいえ、霊感のある榎木に「憑いてる」何て言われたら、いくらあの鈍感な皆元だって狂ってしまってあたりまえです」


「え!? そんなことがあったんですか?」


あかねが驚愕して聞くと、呉野は頷きながら「あったです」とキッパリと答えた。


「何を隠そう、ボクもその場にいたです。

 皆元が無理やり押し入れられた数日後に、なぜか爆発的に

「皆元と日吉が一緒にあの場所に入った」という噂が広まって、

 皆元が席をはずした時に、榎木に注目が集まったです。

 そしてみんな、榎木を質問攻めにしたです。

「皆元さんは? 皆元さんには何も憑いてないの?」っていう質問が出た時に榎木が「ん~……それは分からないけど、数日前に皆元の後ろに皆元に似た感じの人がいたような……でも、見間違いかも、一瞬だったし」って言ったです。

 しかし時すでに遅し! 

 皆元は教室に戻っていて、バッチリ聞かれていたです」


「それで、狂ってしまって当然ってどういう意味なんだ?」

「それは、ですね。その日から皆元は学校にあまり来なくなったです。自殺したってことは、相当まいってたってことですしね。もしかしたら本当にドッペルの仕業かも知れませんが、それは恐くて考えたくないです」


言って呉野は身震いした。


「とにかく! ボクが知ってるのはココまでです!」


そう話を終わらせて、その場を去ろうとした時、思い出したかのように振り返った。


「あんまり首を突っ込まない方が良いです。呪われちゃうですよ」


意味深に言って、呉野は歩き出した。

そんな呉野を見送りながら、由希と秋葉とあかねは少し不安そうに目線を合わせた。


その瞬間、三人の後ろから「よし!」という気合が聞こえてきて、一瞬3人は肩をすくめた。


「要、なんなのよ!? 大声なんか出して、びっくりするじゃない!!」


怒ったあかねに、悪びれた様子もなく謝って、要は飄々と言う。


「ああ、ごめんごめんあかね。まあ、そんなことより、日吉先輩にアタックに行かない?」


『はあ!?』


突然の提案に3人は一斉に首を傾げた。

そんな3人に向かって、要はまた軽く言う。


「まあ、今日はもう時間が時間だし、明日の放課後にでも会いに行きましょ♪」



…… …… ……



翌日・放課後――

「何なの!? いきなり押しかけてきて!」

「すみません。日吉先輩」


にこやかに要が謝る。

日吉を連れて来た場所は第二体育館の体育館裏だ。

第二体育館でバスケ部が練習をしていて、たまたま休憩時間だったので、裏まで来てもらったのだ。

しかし、日吉はかなり不機嫌に4人をギロリと睨みつけながらタオルで汗を拭いた。


「実はですね、高村先輩が亡くなった時間帯にどこにいらっしゃったのかなぁ? と思いまして」

「……何よ、バカにしてんの!?」

「いいえ、そんな事は決してないですよ」


あくまでも穏やかに話をしようという姿勢の要とは対照的に、日吉は熱くなって喚き散らした。


「何よ刑事ゴッコでもしてるつもり!? 迷惑もはなはだしいわ! 大体どうして高村の死と私が関係してるみたいに言われなきゃならないの!? いいかげんにしてよね!! ただでさえ変な噂が流れてるっていうのに! 私は部活で忙しいのよ!!」


そう日吉がまくしたてている時、由希は日吉の背後を見て目を丸くし、一瞬小さく身震いをしたが、それに気づいたのはあかねだけだった。


「どうしたの由希?」


小声で様子を聞くあかねに、由希は弱々しく答えて俯く。


「な……なんでもない……よ」

「?」


あかねは怪訝に由希を見つめた。

すると、冷静な要の声が耳に届く。


「噂って、どんな噂なんですか?」

「あら? 情報の毒蜘蛛でも知らない事ってのがあんのね」

「ええ、まあ。それで?」


にこやかに笑いながら、次を促した要に日吉は「仕方ないわね」と言って続けた。


「私が、皆元を美術準備室に押し入れた、って噂よ」

『え?』


4人はいぶかしがって日吉を見た。

その様子を見て、日吉はため息をついて頬を掻く。


「誰だか知らないけど、最近そんな噂流してる奴がいんのよ。失礼だと思わない? 確かに私は厳しいところはあるかも知れないけど、皆元は私の友達だったのよ! そんなことするわけないじゃない!」


強くそう主張する日吉は、どこか怒りを帯びていたように感じられた。

その日吉を真っ直ぐに見て、真剣な表情で要は聞く。


「じゃあ、貴女は皆元先輩とあの部屋に入ったことはないんですか?」


その真っ直ぐな瞳を、日吉は強く見返した。


「いいえ。入ったことがあるのは、事実だわ。でも、押し入れたりなんかしてない。本当よ」

「……それじゃ、その時の部屋の様子とか、どうやって行く事になったのか教えて頂けますか?」


日吉は「ふう」と深く息をして、寂しそうに話し始める。


「……私はあの日、部活が終わってから、教室へ戻ったの。

 日直だった皆元が、私の事を待っててくれたから。

 それで、帰ろうかって思った時に思い出したのよ。

 ドッペルゲンガーの噂の事。それで言ったの、噂が本当か確かめてみない? て。

 でも、あの子は嫌がっていたわ、怖がりだったからね。

 でも、私が強くお願いしたから……最終的には渋々承諾してくれたの」


「だけど」と、日吉は続ける。


「あんなとこに、誘わなきゃ良かった!!」


そう吐き捨てるように言うと、顔を両手で覆い、嗚咽し始める。


「私が……誘わなきゃ、あの子は……榎木にあんなこと言われなかったし、死ぬこともなかったの……! ……なかったのよ!!」


そのまま咽び泣く日吉を、戸惑いながら4人は見つめた。

数十分してから、日吉は落ち着きを取り戻し、目を真っ赤にしながら部活に戻って行った。


「ちょお、本っ当にビビッたんだけど!」


あかねが苦笑しながら言うと、秋葉も苦笑いまじりで答える。


「だよなぁ」


しかし、要は冷静に指で唇をいじりながら、ボソっと一言呟いた。


「――結局、肝心なこと聞けなかったな」


そんな要のとなりで、由希は青ざめた顔で口元に手をおいていた。


「でもさぁ、呉野先輩と言っている事違くない?」

「だよな。……あの呉野先輩って臆病なんだろ? もしかしたら、誰かに脅されてんじゃねぇの?」


「脅されてるって、誰によ?」

「それは、分かんねぇけど。「押し込んでた」って噂流せって脅されえたんじゃねぇのかなって思っただけ。それに、最近その噂流れ出したんだろ?それっておかしくねぇか?」

「確かに。一理あるかもね、要はどう思う?」


秋葉と話していたあかねが、不意に要に意見を求めると、要は数回頷きながら「そうだね」と短く言って、由希に意見を求めようとした。


「由希は何か気づいた事ない?」


問いかけられた由希は、今にも倒れそうな青白い顔を要に向けた。


「ちょ!大丈夫?」

「え……? うん……」

「うん。じゃないじゃん! かなり具合悪そうじゃん!」


 その声にあかねと秋葉も由希の顔を覗き込む。


「本当だ! 由希大丈夫?」

「おいおい、風邪か?」

「……ごめんね、さき……帰っていいかな?」

「全然良いいよ! すぐ帰ろう、一緒に帰ろ!」


要がそう言って、秋葉とあかねも力強く頷く、由希は申し訳なさそうに表情を曇らせた。


「――ごめんね……」


――事件はこれから、大きな展開を迎えることになる――

しかし、この時の4人は何も知らずにいた。



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