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はじまりはじまり

あなたは、人を殺したいと思った事はありますか?―――私はあります・・・

「誰を?」って?  ―――それは―――



     ・・・・・・・・・・・



「ねえねえ!知ってる?」


放課後、少女達の雑談が始まる。


「何々?」


三角形になって向かい合う三人の少女達。


「あのねぇ~この前事故に遭った高村先輩!例のアレ!試してたんだって!」

「うっそ!マジで!?」

「うん!でねでね!何かもう一人の自分が笑ってるって言ってたんだって!」

「やっぱあの噂……本当だったんだ!なあ由希!」


突然話をふられたおとなしそうな少女は、弱弱しく返事をした。


「あ……うん」

「ダメダメ!由希は怖いのとかダメなんだから!」

「あ、そっか!ごめん」


話をふった長身の少女が軽く謝ると同時に、教室の扉が開いた。


「ごめ~ん!委員会長引いた!」


そう言って教室に入ってきたのは、沢松 あかね。

白石女子学園・一年生の学級委員けん生徒会書記をしている。

黒髪のロングヘアーが似合う、自称・クールな女の子。


そしてさっきの話をしていた三人は 吉原 要。

茶髪のセミロングで噂好き、どこからか情報を掴んでくる。


澤田 秋葉、バレー部のエースで長身、男っぽい言葉遣いをする。


そして、藍原 由希。

臆病でイジイジしているおとなしい女の子。生まれつき薄茶の細髪で、髪型はボブっぽい。


白石女子学園は、中学から大学までのエスカレーター式の学校だ。白い校舎と広い敷地と庭が有名で、もう使われていない白く古い教会と、時計塔が学校のシンボルである。

四人はそんな学園の校舎三階にある一年B組みの生徒だった。


「で、何の話してるのよ?」


あかねが椅子に座りながら質問すると、秋葉が答えた。


「それが、やっぱり高村先輩アレやってたんだと!」

「え!?アレって、例の!?」


あかねの驚きを受けて、要が楽しそうに説明し出した。


「そ!例のアレです!うちの学校の美術準備室ってちょっと変わってるじゃない?準備室が物置になってて、しかも「あかずの間」そんな所でも何故か入れる日がある……その日に準備室にある合わせ鏡を4時に見ると……もう一人の自分が現れるって話よ!」


するとその話を聞いたあかねは、思い出したようにふっと言葉をもらした。


「ねえ……そういえば、今日まであかずの間に入れるんじゃなかったっけ?」

「ああ?そんなん本当かわかんねえじゃん」

「まあ、そりゃそうだけどね」

「……そうよ……それよ!」

「え?」

「おい、要……お前まぁた変な事考えてんじゃ……?」


要の突然の呟きに、秋葉とあかねは不安そうに要の顔を覗く。

すると、要は突然「ふはははは!!」と大きな声で笑い出し


「そうよ!あかねの言うとおりよ!!行くわよ!準備室!!」


そう告げて、走り去っていってしまった。

その後を、秋葉、あかねと続いて駆け出す。


「待てよ!要!」

「ちょ!待ちなさいよ!秋葉!要!! もう~しょうがないなぁ! 行くよ由希!!」


呼ばれて焦った由希は、本当は行きたくなんてなかったがついて行ってしまった。

それが悲劇の始まりになると思わずに……。


――美術室前・廊下――

「ねえ要、ほんとに開くの?」


あかねが不信そうな顔をして聞くと要は「さあね!」とさらりと受け流すように答えた。


「え?ちょっと「さあね」って!」

「それを確かめにきたんじゃない!」


キッパリと言う要に秋葉がぼそっとぼやく。


「そんなもっともらしいこと言って……」

「何か言った?」


そのぼやきを聞き逃さなかった要は秋葉を軽くにらみ付けた。


(―-地獄耳!)

「あ~……そういやあ由希のやつついてきてんのか?」

「秋葉、今アンタ話逸らしたでしょ? 大丈夫よ!ちゃんとついてきてるわよ。薄情者のアンタ達と違って置いて行ったりしません!このあかねちゃんは!!……まあでも、だいぶ後ろの柱の影にかくれてるけど……」

「本当怖がりだよな。でも、薄情ってなんだ薄情って!!あかねだってこんなところに由希連れてきたらかわいそうだろ!?」

「バカね!教室に一人残す方がかわいそうでしょ!?」


二人が言い合いをしている最中、毎度恒例と言うように、要は二人を無視しながらズンズン廊下を歩いて行き、美術室の扉を開けた。



  ――ガラリ


「ちょ、ちょっと待って!」


扉の開く音がして、あかねは言い合いを止めて、慌てて要を止めた。


「何でわざわざ美術室に入るのよ? そこに美術準備室のドアあるじゃない!」


あかねが指を指した場所は美術室の隣にあるドアだった。

そこは薄暗く、その先は行き止まりになっている。

校舎の一番端に位置し、教室の正面に木があるため、日があまり当たらない場所、そこが美術準備室。

だが、美術室には日が当たっており、それも七不思議と言われているが、それはただ単に、木が美術室には届いていないだけなのだ。


「何でって……美術準備室のドアから入って先生に見られたらどうすんのよ?美術室から入っとけば「ああ美術室に用があるのね」ってなるじゃん!」


「そうかなぁ?」

「そうなの!さあ!いっくよ~!!」


意気込んで要は美術室のドアを開けた。

要はズカズカと準備実のドアまで歩いていくと、勢い良くドアノブに手をかけた。

後から慌ててあかねと秋葉も合流する。

その二人と、遅れてついてきている由希を見つめながら、ドアノブを回しながら引いた。


「開けるよ!」


――ガチャ ガチャ ガチャ


「……ん? あれぇ? 開かない……」

『 え!? 』

「開かないんですけど、これ……」

「はあ!? マジで!?」

「うん」


要の苦笑まじりの残念そうな顔を見て、秋葉が呆れたようにどこか安心したように毒づいた。


「何だよ!やっぱりデマじゃん!誰かさんが開いてるなんて言うから!」

「何よ!?私のせいだって言うの!?……案外秋葉だって怖かったんじゃないの?」

「何だと!?」

「何よ!?」

「もう!二人とも止めなって」


要が呆れながら仲裁に入った時だった。


―― ギイイイイ ――


古びたドアの開く音がして三人が振り返ると、美出準備室のドアが開いていた。

その前には、由希が驚いた様子で立っていた。


「え?由希、何で開いたの?」


要が不思議そうに聞くと、由希も同じく不思議そうな顔をして


「あの……わかんない」と答えた。

「って! これ押して開くドアじゃん!!」

「ええ!?マジ!?」

「……かなめぇ~……?」


指摘したあかねに睨まれて、要は「えへへぇ~?おっかしいなぁ」と笑って誤魔化した。


「ささ!さっさと入ってしまいましょォ~!!」


話を逸らして中に入っていく要に呆れた様子で、あかねと秋葉は呟いた。

『ったく!』


「うわっ……暗い」

「何だよ、言いだしっぺの要がびびってんのか?」

「びびってるわけないじゃん!スクープなんだからね!」

「……ねえ、電気つけたら?」

「わお!ナイス!あかねちゃん!」


そうおどけながら要がスイッチを手探りで探し出した。


「っていうか最初に捜すでしょ、普通」

「つうか、行くんだったら懐中電灯とかそれなりの準備してこいっての」

「……それなりの準備もする暇もなくきたでしょうが」

「だよな。誰かさんの一言で」

「何よ。また私のせいにする」


あかねが言いかけた時


「あったあ~!!」

という掛け声と共に電気がついた。


「まぶし!……由希?」


あかねの目の前に飛び込んできたのは、一つの鏡の前でボーと立っている由希の姿だった。


「ボーとしちゃってどうしたの?」


「え!?」


あかねに声をかけられて気がついたのか、びくっと肩を震わせて由希は驚いた。


「な、何でもないよ!」

「?」

「おい!これって例の鏡じゃねえか?」

「え!?」


秋葉の声に慌てて要とあかねも由希の前の鏡にやってきて、要が ガシ っと鏡を掴んだ。

その鏡は三面鏡になっていて、全部の鏡が開いた状態になっていた。


「……確かにそうかも!!由希、お手柄よ!!」


要が由希の肩に手を ぽん と乗せて笑うのと対照的に、あかねは鼻を摘んで顔を顰めた。

要が鏡を掴んだせいで埃がボワボワと舞う。


「何これ、きたな~い! しかも埃すごいじゃない!!」

「何言ってんのよ!この古さが良いんじゃない!!」

「でも、先輩も試したんだろ?もう少し埃が落ちてても良いんじゃねえの?」

「それもそうね……あかね、何でだと思う?」

「そんなの知らないわよ」

「あの……あの……あれ……」


由希が布の被っている物を指差した。

それは明らかに他の備品より埃の被っている量が少なかった。

由希の指の先にある布を秋葉がめくりに行く。


「お、おい!これ!」

「どうしたの秋葉?」


あかねが駆け寄ると


「ちょっとこれ、鏡じゃない!」

「うっそォ~!?」


あかねの言葉に驚いて要も駆け寄る。


「うっわ!本当だ、鏡だ。ってことはこの埃の量からして、高村先輩はこっちの鏡を使ったって事かね?」

「でも、合わせ鏡じゃなきゃダメなんでしょ?向こうの鏡は三面鏡みたいだし、あれを合わせ鏡になるように合わせて使ったんじゃないの?」

「あっ!後ろ見て!距離はちょっと遠いけど、ちゃんと合わさってる!ってことは、やっぱり高村先輩はこの二つの鏡を使ったのよ!」

「……マジで?」


秋葉が不信そうに要の顔を覗き込むと、要はキラキラと輝いた瞳で声を荒立てる。


「そうよ!マジそうよ!絶対そうよ!!」

「ああ、ハイハイ。そんな興奮しないで、要。私も要の意見にはちょっと賛成」

『ちょっと?』


要と秋葉の声が合わさる。


「ええ、合わせ鏡はこの二つで良いと思う。でも、要は試す気なんでしょ?」

「もちろん!後五分くらいで4時だし!!」

「私はそれには反対よ」

「ええ!?なんでぇ!?」


要が不意うちを食らったと言わんばかりに驚いた。


「……つまりあかね、お前は怖気づいたってわけだ?」


挑発するようにぽつりと秋葉が呟いた。


「な!?別に怖気づいたわけじゃないわよ!……ただ高村先輩のことがもし本当なのだとしたら、大変なことになるのよ!?そんなのどう考えたって割に合わないじゃない!若気の至りじゃ済まされない事になりうるのよ?」


「やっぱり怖気づいたんじゃねえか」


図星をつかれ、あかねは開き直った。


「っええ!!そうよ!!そうなるわ!!でもね、私は秋葉みたいに短絡的な行動はしないの。ちゃんと考えて行動するのよ!」

「お前、俺のことバカにしてんだろ?」

「……してないわ」

「今の間は何だ!?」

「してないって言ってるじゃない!」

「お前なぁ、たまには短絡的に行動する事だって大切だぞ。いっつも頭固いんだから」

「何ですって!?今何て言った!?頭が固い?!アンタ私が嫌いな言葉しってんでしょ!?」

「「頭固い」だろ?でもマジじゃんか」

「アンタまた言ったわね!?良いわよ!!やったるわよ!!呪いだろうがなんだろうがかかってきなさいよ!!」

「……単純」


要がそう呟くと、秋葉は後ろを振り返り、要を見つめて親指を立てると「やった!」と小声で喜んだ。

その姿を見た要は、感心したように小声で呟く。


「さぁすが幼馴染ねぇ」

「おっしゃぁああ!!やるわよ~!!」


あかねがはりきって叫ぶ中、由希は不安そうに鏡を見つめていた。

――その時。


「ちょっとあなた達!そこで何してるの!?」


一斉に怒声が飛んできた方を振り向くと、美術準備室のドアの前に背の高い女の人が立っていた。

彼女は短い髪をかきあげると、静かに言った。


「ここがどんな所か知ってるの?はやく出なさい」

「す、すみません」


あかねは気まずそうに謝ると「行くよ」と促して、由希と要の袖をひっぱって女の人の横を通り過ぎようとした。

すると要がぴったっと足を止めた。


「ちょっと待ってあかね!」

「要?」


あかねは要の顔をまじまじと見つめる。


「先輩は何しにここへ?」


そう聞かれた女の人は、少し驚いたように要を見つめた。


「……私は」


言いながら、右腕につけた腕章を要に向かって見せると二コリと微笑む。


「風紀・日直なの」


白石女子学園では【風紀・日直】というクラスの役割がある。

その日の日直が放課後、クラス別に決められた場所へ見回りに行くという校則だ。

【風紀・日直】は腕にクラス別の腕章を巻く。


「そうですか。失礼しました」


返事を聞いた要は、悪びれた様子もなくお辞儀をするとさっさと教室を後にした。

あかねは女の人と要を交互に見てから要を追いかけていった。

その後に由希と秋葉も続く。

あかねは要に追いつくと声を荒立てて叫んだ。


「ちょっと!要なんて事言うのよ!失礼でしょ!?あの人がどんな人か知らないの!?」

「ん~?知ってるよ」


気のない返事を返す要に「だったら!」と怒鳴ると秋葉が口を挟んだ。


「そんなに凄い人なのかよ?」

「……わたしも、知らない……」


由希も口に手を当ててモジモジと言った。

そんな二人を見つめてからあかねは呆れたようにため息をつく。


「あの人はね、剣道の全国大会で何度も優勝して、他の部活にも顔が広いから生徒会も色々世話になってたりするのよ。だから生徒会に圧力だってかけようと思えばかけらるの。……まあそんな事はまずしないと思うけど。秋葉なら運動部に顔が広いし、知ってると思ってたんだけど?」

「あの人が全国大会で優勝したってのは知ってるけど、分野が違うからあんま興味ないんだよなぁ」


頭の後ろで手を組みながら言うと


「それだけじゃ、ないのよ」


要は意味深に三人を見つめ微笑みながらそう呟いた。


「あの人はね゛霊感少女〝でも有名なのよ」


要は得意げに顔をクイッと上げた。

その言葉を聞いた由希は、口元に手を当てたまま眉をぴくりと小さく動かした。


「【榎木 夕菜】三年A組・出席番号11番。中学2年の時に前の学校で「自分には霊感がある」とカミングアウト。中3でこの白女に転校してからも゛霊感少女〝の名を欲しいままにしてるってわけ」


「詳しいわね」


感心したようにあかねが呟く。


「あったり前じゃないのさ!このあたしを誰だとお思い?」


そう自信満々に胸を張る要に「はいはい」と三人が呆れたように頷くと、要が何かを思いついた時のように手を「ぽん!」と叩いた。

そして、勢い良く言う。


「ねえ!あたし達で、チーム……クラブ作らない!?」


『クラブ?』


あかね、由希、秋葉の声が合わさっておうむがえした。


「そう!部活申請は面倒だから、クラブ申請するのよ!部費は部活より出ないけど、どう!?」

「どうって……なに」

「待って!待って!あかねそれはまだ言わないで!!このクラブ名を聞いてからにして!!」


わざわざあかねの言葉をさえぎって、要は大きく息をした。

いっきに言葉を吐き出す。


「その名も! 【 怪事件捜査倶楽部!! 】」


その言葉を受けて、あかねは「嫌な予感しかしない」というように、訊ねた。


「……さっきの続き、言わせてもらうわよ「なにするのよ?」」

「ふふ!もちろん!゛探偵〝よ!!怪事件捜査よ!!ねえ、面白そうじゃない?」


要は顔を覗き込むように首を傾げながら三人を見つめた。

その目はきらめく夜空のように輝きを帯びている。

一方、あかねと秋葉は要とは対照的に死んだ魚の目のような瞳で要を見返した。

特にあかね。

そして要から目線を外すと、二人はため息に似た呼吸を吐いた。


「……私はパス」

「俺もパス」

「何でえ!?」


鳩が豆鉄砲をくらったように驚く要に、至極もっともな理由がかえってきた。


「私は生徒会も学級委員もやってるのよ。クラブなんてそんな余裕ないわよ」

「俺もバレーで忙しいんだよ。一年でレギュラーに入らせてもらってんのに掛け持ちなんかできっか」

「ええ~!じゃ、じゃ、由希は?」

「わ、わたしは……」


そこまで言うと、下唇を軽くかんで口元に手を当ててキョロキョロと目線を動かした。

どうやら迷っているようだと確信した要は


「由希!由希が怖がりなのは知ってるけど、謎を解明したくない?ねっ?」


由希の顔を覗き込みながら言う要に、あかねの声がとんできた。


「やめなさいよ!無理強いは!」

「じゃ、あかね達も入ってよ」

「だから私達は-―」

「あたし達4人でクラブつくらなきゃ意味ないのよ!」


意気込んで言う要は、どこか切迫しているようにも見えた。その切実な表情を見て、秋葉はため息をついた。

そしておれる。


「……わかったよ。まあ、確かに楽しそうだしな」


秋葉の答えを聞いて、あかねは少し戸惑い迷うと「あ~もう!!」と吐き出した。


「しょーがないわねぇ~!!付き合ってあげるわよ!!……息抜きになるかもしれないし……」

「よっしゃああ!!……由希は?由希も当然入るでしょ?」

「……うん、わたしも、入る」

「4人じゃなきゃダメって言われちゃね」

「まあ、悪い気はしねえよな」


少し照れ気味に言うあかねと秋葉の後ろで、ニヤリとほくそえむ要がいた事は、少しの間隠しておこう。



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