二度目の謁見
最初にリディネラとフィシルを相手にしてからは順調だった。SSS級冒険者同士が戦い、そして圧勝したのだから自分では敵わないと諦めた者が多いのだろう。
このままおそらく最後に立ち塞がる騎士団長まで行けるかとも思ったのだが。
城に辿り着く前に立ち塞がる者達がいた。完全装備をした十騎士と騎士団の副団長であるエリオナ達だ。彼らが揃ったところを見るのはダンジョン攻略以来か。
「十騎士を率いての参上とは仰々しいの。十騎士は我々の道を阻むつもりか?」
キルヒがやれやれと言いたげな顔で尋ねた。確かに完全装備の騎士が十一人も並んでいれば民が委縮するのも当然だろう。そのせいかここには野次馬が少なかった。
「いや、私は十騎士としての総意を伝えに来たまでだ。個々が従うか否かは各々の判断に任せてある」
エリオナは厳かな口調で告げる。彼女が腰の剣を抜き放ち、切っ先を下にして地面に突き立てる。澄んだ音が響き渡ると同時に、他十人は態度で個々の結論を示した。
阻まず従う者は膝を突き、阻み邪魔をする者は武器を構える。一人一人の考えを聞いていくよりも手っ取り早いいい方法だと思う。
膝を突いているのは四人。武器を構えたのが六人だった。やや阻むと結論を出した者の方が多いか。
膝を突いた四人は炎と銃を扱うイリネーラ。音と糸を扱うネルヴィ。砂と短剣を扱うリム。黒甲冑のウルティア。
「私はカイト達の邪魔をしない。阻むと決めた者と争い、通るといい」
エリオナは仕事モードなのか厳格な表情で告げ、剣を納めると道の脇に移動した。同じく膝を突いた四人もエリオナと同じように道を開ける。残った六人は俺達と戦う気のようだ。
「戦う気満々のところ悪いんじゃが、儂らに敵うと思っておるのかのぅ? 人数が多ければ勝てるわけでもあるまい」
「あたしらはなにも勝てると思って挑んでるんじゃないよ。納得いかないから、態度で示してるのさ」
大剣を構えた女性がキルヒに応える。確か水を扱うルイランだったか。
「負けるとも思っていないけどね。くらえッ!!」
男の騎士が言って、手に持った長剣を空に掲げた。すると俺達の周囲だけ風が強くなっていき、やがて竜巻が巻き起こる。
「細切れになってしまえぇ!!」
どうやら死んでしまってもいいと思っているらしい。風が強くて鬱陶しいがダメージはなかったが、本来なら風の刃で切り刻むのだろう。
風を操るで思い出した。彼は風の十騎士アルバスだ。整った顔立ちが感情によってか歪んでしまっているので気づけなかった。
「すまないが、足止めはさせてもらう」
渋い男の声が聞こえて、竜巻の外側が岩の巨壁で塞がれる。岩の十騎士ガレインだ。俺達をここから逃がさないつもりだろうか。
「少しは痛い目を見てください」
冷たい声音が聞こえたかと思うと、アルバスの放った竜巻に氷の礫が混じり始めた。竜巻の勢いの中に飛んでくるモノは簡単に人が死ねる凶器に等しい。当たるモノは砕いて防いでいく。氷の十騎士レイラの仕業だ。
「逃がしませんので、覚悟してくださいね」
石畳を突き破って蔓が足に巻きついてきた。植物を操れる十騎士はオリヴィア一人だったな。
八方塞がりになったところで、竜巻の中から僅かに除く空間にバチッと雷電が迸る。
「いくぜえええぇぇぇ!!!」
全身に雷を纏った女性がライダーキックよろしく跳び蹴りを放ってきた。アスカと言ったか。
「そんなの危ないよ~」
ルーリエが呑気な声で言って、右手で蹴りを掴み取る。
「なっ!?」
「よい、しょ~」
驚くアスカの足首を握ると、ルーリエはその怪力で彼女をぶん投げた。岩の壁すらぶち抜いて飛んでいったアスカは誰かに直撃したのだろう、悲鳴が聞こえてくる。
「準備運動にもならんの」
つまらそうに呟いたキルヒが、血の刃を辺りに伸ばして残る岩の壁を切り刻んだ。
「かぜ、とまって。――フェザートルネード」
フーアが羽根の舞う白い竜巻を巻き起こす。アルバスの出した竜巻とは回転が逆だ。フーアの放った方が強かったのか、勢いが相殺されてアルバスの竜巻が消えていく。フーアはその時点で竜巻を消した。
「大海割り!!!」
見晴らしが良くなったところに、ルイランが突っ込んでくる。水を纏った大剣を振り下ろして巨大な斬撃を放った。俺を狙っての一撃だったため、正面に来た斬撃を拳で打ち払って相殺する。
「なっ……!」
なにも使わずに対処したことが意外だったのか、ルイランは驚愕していた。
「クソッ! 全員で一斉にかかるぞ!!」
「待てアルバス、無用な怪我を――」
「煩い!!」
アルバスが激昂して風を纏い突撃してくる。ガレインの制止の声も無視していた。真っ直ぐ俺に突っ込んでくるところを見ると、俺になにか恨みでもあるのだろうか。アルバスの様子にため息を吐きつつも、一人で突撃させるつもりはないのか残る五人も武器を構えて駆けてくる。
「はあぁぁぁ!!」
「焦りすぎじゃな、若人」
飛び込んできたアルバスの顔面に、キルヒの蹴りが割って入った。呆気なく蹴り飛ばされて気絶してしまう。首の骨が折れなかっただけマシか。
「えい~」
「んっ」
ガレインの巨体をルーリエが殴り飛ばし、他の四人はフーアが羽根を操り吹き飛ばしてしまった。俺の出る幕がないな。
「くっ……!」
フーアが吹き飛ばした四人は気絶するとまではいかなかったが、かなり強い衝撃を受けたのか立ち上がることもままならない様子だった。
「……だから言っただろう。カイトには誰も勝てないと」
それを見ていたエリオナがぼそりと呟いた声が微かに聞こえる。そこには挑んだ六人への呆れが含まれている。エリオナは騎士団長との戦いを見ていたからな。十騎士との力の差は理解しているのだろう。
「先ほども言ったが私達は邪魔をしない。王城へ向かうといい」
「……ああ」
エリオナの真意はわからないが、邪魔をしないと言うなら放っておいても問題ないだろう。素直に通らせてもらった。無駄に争う必要はない。
十騎士達の後に飛び出してくる者はいなかった。王城の正門前に佇む騎士団長が、最後の一人だろう。
野次馬は増える一方で、俺達が進む度に少しずつ後ろからついてきているようだった。この国の行く末が決まるかもしれないのだから国民が気になるのは当然か。
正門前で待ち伏せる騎士団長が見えてきた。
水晶のような水色の髪に水晶のような騎士鎧。幾何学模様の描かれた白い布で目隠しをしている姿は特徴的だ。その両目は『竜眼』と呼ばれドラゴンの呪いを受けた結果なのだとか。隠していると言うか封印しているようだが、解放すると人型から離れて超強化される。
一度手合わせしたが、その時点では本気になられたら加勢も合わせて敗北を予感させられたほどだった。
果たして眷属となった三人それぞれが戦って勝てるかどうか。それほどの強者である。もちろん四人で挑めば問題なく勝てるだろうが。流石はリンデオール王国最強の騎士。
ただ敵意は感じない。戦う気もないように思える。
「歓迎しよう。黒帝殿御一行を城内へ案内するように仰せつかっている」
ある程度距離を置いて立ち止まった俺達に、騎士団長のヘレナが声をかけてきた。
「……謁見の間まで向かうなら案内はいらないんだが」
「説明しよう。それではカイト殿の正面突破になにも抵抗しないことになってしまう。王国としては無抵抗で城に侵入されてしまうのは良くないわけだ。しかし我々にカイト殿を拒む意思はない。よってカイト殿を王国側が“招き入れた”ことにするというわけだ」
体裁の問題というわけか。国も大変だな。
「では案内しよう。ついてきて欲しい」
「……ああ」
踵を返したヘレナの後を、俺達はついて歩いた。特に罠などはなく、真っ直ぐ謁見の間に向かっているようだ。感知系スキルを使えば謁見の間に大勢が整列しているのがわかった。道中でも執事やメイドが深く頭を下げて待っていたので礼節は尽くされているようだ。
謁見の間の扉は開かれていた。扉を開くための騎士二人は両脇に立って敬礼している。
中には最初謁見の間に来た時と同じように騎士や魔術師、文官と思われる者達が整列していた。あの時と違うのは、全員が俺達に礼を尽くしていることか。好奇の視線も今は感じられない。
玉座には国王陛下が座していたが、その玉座の前には正装したレーナが微笑んで立っている。
ヘレナが手で俺達を制止して、自分は玉座の隣、魔術師団長のスヴィエラとは逆側に立った。そこが騎士団長の定位置なのだろう。
「よく来てくださいましたね、カイト様」
ふわり、とドレスの裾を持ち上げて優雅にお辞儀をするレーナ。その口元にはまるでこの瞬間が待ち遠しかったと言っているような笑顔が浮かんでいる。流石の演技力だ。いや、もしかしたら上手く事が運んで本当に喜んでいるのかもしれないが。
俺がここまで辿り着いてレーナに歓迎された時俺がどう応えるかは、事前に打ち合わせしてある。
俺は以前来た時のように跪かず、レーナの傍に歩み寄った。
「……レーナ姫。お迎えに上がりました」
そして国王にではなく、レーナに対して膝を突く。レーナが軽く差し出した手を取って甲に口づけする。まるで忠誠を誓うような一幕で、正直こんなのする意味あるのかと思ったが、彼女曰くこういう“御伽噺”のようで、“ロマンチック”な仕草をするとより民が盛り上がるのだとか。
後方から驚いたような気配が伝わってきたが、姫を迎えに行くのだからこれくらいはする必要があるのだろう。
それが終わったら立ち上がってレーナの横に並び、手を取ったまま国王へ向き直る。
「……アルディウス国王陛下。私に、あなたの娘をいただけませんか?」
俺がこんなセリフを言うことになるとは世も末だ。しかし恥ずかしがっては盛り下がるそうだし、別にレーナとの結婚を熱望しているわけではない。いつも通り淡々と、真っ直ぐに国王を見据えて告げた。
私もそれを望んでいますよとばかりににこにこと微笑んだレーナが半歩俺に近づいてくる。
国王はそんな俺達を眺めてしばらく黙っていたかと思うと――つぅ……と涙を流し始めた。……ん?
「……そ、うか。レーナよ、遂にお前にも人の心がわかるようになったのだな……っ」
鼻を啜りながら感激したように国王は涙を拭っている。俺は予想外の反応だったためよくわかっていなかったが、全体的な雰囲気を見るに苦笑いが大半を占めている。前回の様子から厳格な国王という印象が強かったが、あれか。親バカなのだろうか。確かにレーナのことを見捨てず気にかけている様子ではあったが。
「はい、お父様。カイト様のおかげです」
レーナはこの状況を予想していたのか、嬉々とした様子で答えている。
「そうか……。カイト殿、レーナが選んだのであればなにも言うまい。レーナとの婚約者も全て私の方から断っておこう」
「ありがとうございます」
“人形姫”にも婚約者はいたらしい。そういえばそういう話はしていなかったな。
「しかし二人に私から、一つだけ尋ねたいことがある。……レーナよ。カイト殿が黒帝であることは既に知っているだろうが、黒帝であるということはお前はカイト殿の一番にはなれないということだ。それでもカイト殿との婚約を望むのか?」
仮に親バカだとしたら、娘の幸せを考えるだろう。そういう観点で見るならば俺との結婚は断りたいのかもしれない。だが俺からしてみればよく理解できない話だ。この世界の人々における種族差というのが常識として根づいているか否かの違いではあるのだろう。なにしろ現時点では黒帝の運命の相手とされる白皇とやらの顔も名前も知らないのだから。
「はい。私は正妻でなくて良いと考えております。カイト様のお力になることこそが私の望みであれば」
「……そうか」
国王は少し悲しそうな表情をしたが、それでも頷いた。そして俺の方に顔を向けてくる。
「カイト殿。娘のことをどう想っているのかね?」
この質問までは打ち合わせしていなかったな。当たり障りのない答えをそれっぽく返すとするか。
「……私にとって彼女は必要であると考えています」
俺の答えに、国王はぴくりと眉を動かした。レーナがバレないように爪を立ててきていないので間違った答えではないのだろうが、どうだろうか。
「そうか。君にとってレーナはなくてはならない存在だと……」
だが俺の考えなど全く関係なく、国王は一人でうんうんと頷いている。……親バカを発揮すると途端に知能が下がるのかこの人は。まぁ「彼女が必要」=「なくてはならない存在」という図式は成り立たなくもないとは思うのだが。
「わかった。二人の婚約を認めよう」
「「ありがとうございます」」
国王の出した結論に、二人揃って頭を下げた。予定通りとはいえ上手くいって良かったと思う。失敗すればここにいる全員と争うことになっただろうからな。そうなれば多少の苦戦が免れない。加えて悪評が広まってしまう。レーナとの計画は全て水の泡になるだろう。
「ではこの場はお開きとする。レーナとカイト殿の婚約発表については追って通達しよう」
国王の一言があって、この場は解散となった。細かいこれからの話は国王や文官を含めて行われるだろうとレーナから聞いている。
「ではカイト殿。場所を移し、腰を落ち着けて話そうか」
「……はい」
国王から誘いを受けて、俺は頷く。
俺達四人と国王、ヘレナ、スヴィエラ、文官の長らしき人物、レーナ。この九人で謁見の間を出て場所を移すのだった。