王城への道
約束の時間になった。
この日のために準備は整えてある。
と言ってもやったことは持っているスキルの整理だった。俺が持っている『蠱毒』の仕様上ステータスとスキルが増え続ける。そのため碌に詳細を知らないスキルも増えてきていたのだ。
そこにはこの辺りの強敵と呼ばれる存在が強化せず対抗できるようになってきたというのも関連している。見たことはあるが使ったことはないスキルもあり、見たことも使ったこともないスキルもあった。流石に室内で試すわけにもいかないので、こういう場面で使えそうだと想定しておくことでいつか使う機会が訪れるのではないかと思っている。という程度であった。
後は服装だろうか。服装から髪型までキメている。髪型はよくわからないのでルーリエに任せた。現代のワックスに似たモノで固めている。精悍さを増してみたとはルーリエの言だが、本当にそうなっているか俺にはよくわからない。
「……そろそろ時間だ。行くぞ」
部屋で待機していた俺達は、部屋を出る。気配でわかってはいたが宿屋にも野次馬が押しかけていた。この三日間俺が部屋に籠もっていたにも関わらず部屋に人が押し寄せてきたり、記者と思われるヤツに煽られたりしたくらいだ。当日も相当人が集まってくると睨んでいたが、ここまでとはな。通る隙間がない。
「「「ッ……!」」」
と思って見回していたら全員がさっと身を引いて道を開けてくれた。理由はわからないが、道を開けるというなら言うことはない。開けなければ立ちはだかっている対象として処理しようと思っていたが。
俺達はそのまま狭くなった通路を歩いて宿屋を出た。宿屋を出ると宿屋内よりも大勢の人が押しかけている。宿屋前の道には野次馬と武装した者がいる。武装した者が前に出て待ち構えている状態だ。
「っ……!? う、嘘だろ……」
だが勇んだ様子の彼らも、俺に続いて出てきた三人を目にして半歩後退している。レーナの宣言では俺が城へ向かうという話だったが、実際には一緒についていく者がいる。その上フーアは除いたとしてもSSS級冒険者が二人もいるからだろう。
「儂らはカイトに協力する。痛い目に遭いたいヤツだけかかってくるのじゃ」
「死なない程度には手加減するから安心してね~」
その二人は笑みを浮かべて告げたことで、武装していた者達はすごすごと引き下がっていった。
「情けない連中だな。だが、無理もないか」
「ええ。ルーリエにキルヒさんがいたら尻込みするのも当然よね」
最初は順調かと思われたが、人混みが避けて道になっていくのを見ていたら二人だけが立ち塞がる。
俺も見覚えのある二人だ。
ギルドマスターのリディネラとSSS級冒険者のフィシル。
二人共戦闘用らしき服を着ていた。フィシルはルーリエと同じくSSS級冒険者を引退して受付嬢をしていたようだが、最近復帰したという。ルーリエはあまり連絡を取っていないと言っていたが、向こうはルーリエを意識してのことだろう、と思っていた。
圧倒的強者の登場に、人混みは更に後退する。当たり前だ。SSS級冒険者という一般人からしたら化け物レベルの強さを持つ者同士が対峙しているのだ。戦いになれば余波を受けただけで死ねる。俺が手加減をどれくらいすればいいのかと思って事前に試していた結論だ。
「まさかフィシルが来るなんて思わなかったよ~」
「……私は、ルーリエがいると思ってたわ」
フィシルは緊張した面持ちで応える。対するルーリエは普段と同じような対応だが、若干の緊張が感じ取れた。それなりに顔を合わせるので、雰囲気ぐらいは掴める気がする。まぁ確証が得たい場合はスキルを使えばいいだけの話だが。
「へぇ~? なにか理由があるのかな~?」
「当たり前じゃない。急に復帰したんだから、その理由を探るのは当然でしょ」
受付嬢の仕事でもあるし、と口にするフィシルの本音はどこか別のところにあるようだ。個人的にルーリエが気になっているのだろう。キルヒはさんづけだったが、ルーリエは呼び捨てだった。少なくともキルヒよりは親しい仲のはずだ。
「ふぅ~ん? それで、ここに来たのはどういう理由なの~? ギルドマスターまで一緒にね~」
彼女も二人が臨戦態勢であることからおおよそわかってはいるだろうが、改めて尋ねる。
「この恰好を見ればわかるでしょ? もちろん、戦いに来たのよ」
「そうなんだ~。そういえば、最近復帰したんだってね~。どういう風の吹き回しなの~?」
「私が冒険者を辞めた理由を知ってるあなたなら、予想ぐらい立てられるでしょ。辞める理由がなくなったのよ」
私があなたの辞めた理由を知っているようにね、と言外に込められているようだった。ルーリエの微笑んだ糸目とフィシルの真剣な眼差しが交差する。……ルーリエがやる気のようだし、フィシルは彼女に任せればいいか。
「そっちはそっちで因縁があるようじゃし、儂がギルドマスターに尋ねようかの。ギルドマスターよ、何故カイトの前に立ち塞がるのじゃ?」
キルヒが一歩前に進み出て、ギルドマスターのリディネラへと問いかけた。
「……簡単な懸念だ。私は極端に耳が良くてな。カイト周辺の企みを全て知っている」
リディネラは尋ねたキルヒではなく俺の方を鋭い眼光で射貫いて告げた。……ふむ。確かに宿屋では防音をしていたが、レーナの私室ではレーナがやっているだろうと高を括って防音にしていなかったな。レーナへの確認不足、ひいては俺の失策か。だがまぁ、人に話せるような内容ではないだろう。言い触らしたとして信じる人が何割になることか。なにも知らない一般人からしてみれば荒唐無稽な話だろう。神になるだとかなんだとか。
「なるほどのう。それで、今後を懸念して立ち塞がっておるわけか。お主の言っている企みとやらがカイトの最終目的か当面の目的かにもよるのじゃが……まぁどっちでも他人が抱く感想としては同じようなモノじゃろうな」
キルヒは呟きながらリディネラへの同意を示した。やはり受け入れ難い内容なのだろうか。俺としては結果として神になれれば他がどうしていようがどうでもいいのだが。俺がそのつもりでも巻き込まれる可能性を考えればキリがない。特に戦争を起こすとなれば民への攻撃も手段の一つとして考えられる。レーナに任せてはいるが、不満が出ないわけではないのだろう。それを上手く丸め込めるかは……あいつ次第になってしまうか。どうにもならなかったら今の策をやめて旅をしながら各地の女神を従える、または殺すなどして神が言っていた条件を満たすことにしよう。
「逆に、私はお前達に尋ねたい。なぜカイトの目的を知って助力しようと思う? レーナ姫と共謀した目的を聞けば引き止めるモノと思ったのだがな」
続けて彼女はキルヒとルーリエへ視線を向ける。フーアはまだ幼いと知っているので、もしかしたらまだそういう判断がつかないと思っているのかもしれなかった。
「儂は至極簡単な理由じゃよ。儂の身も心も、全てカイトに捧げると決めておる」
キルヒの発言は簡潔なモノだったが、その対象である俺も初耳のことだった。彼女の発言なのになぜか俺に視線が突き刺さっているのは、発言の内容のせいだろう。
「私も簡単な理由だよ~。カイト君のおかげで復帰できた、その恩返しってところかな~」
ルーリエもキルヒに続く。キルヒよりはわかりやすい理由だったのでまだ納得がいった。
「ええ、そんなところでしょうね。……どうやって、ルーリエの願いを叶えたのかしらね?」
フィシルはそう言うと俺に咎めるような目を向けてくる。かなり親しい仲のようなので、色々深い事情まで知っているが故の見解だろう。おそらく彼女はリディネラから俺の目的を聞いたはずだ。それと照らし合わせてルーリエのためにも俺を止める方に動いているのだろう。
「詳しい事情を話す気がないならそれでもいいが……覚悟はしておけよ?」
リディネラの全身から殺気が放たれる。野次馬のために来ていた者達が立ち竦んでいた。しかし実際に殺気を向けられた俺達の中で怯んだ様子を見せた者はいない。顔馴染みと戦うことに若干の迷いがあるようだったが、彼我の実力を鑑みれば問題ないと言えるだろう。
「カイト君、ここは任せてね~」
「儂らが相手しても充分じゃろう」
「余裕ね、私と同じぐらいの強さだった癖に」
「ギルドマスターの名は伊達ではないと、ここらで一つ知らしめてやるか」
ルーリエとキルヒが告げれば、フィシルとリディネラも臨戦態勢になる。……ふむ。まぁ任せるとするか。俺が手を出さなくても二人なら勝てるだろう。
「かいと、ふたり、だいじょうぶ?」
フーアが俺の袖を引いて不安そうに尋ねてくる。
「……ああ、問題ない」
フィシルの言っていた「同じぐらいの強さ」というのは黒帝の眷属になる前の話だ。眷属になった今ならステータス差が出るので勝てるだろう。フィシルが強くなっていたとしても、俺が持っている強化効果の中でも段違いの効果量にしているので及ばないと思っている。……どれも憶測になってしまうな。ステータスを盗み見るスキルはないんだろうか。こういう時に便利なんだが。
「『黒獣』」
「『黒血鬼』」
『黒皇帝』の能力で授けたスキルを初手から使うようだ。
ルーリエの纏う衣装が黒く変わる。全身から黒いオーラが立ち昇り、武器すら覆う。
キルヒはまず幼い容姿が真の姿である大人の容姿へと変貌した。そこからルーリエと同じように黒い独特の衣装に変わり、全身から黒いオーラを発する。
「ッ……『黒皇帝』はそんなこともできたのね」
二つが放つ威圧感に、フィシルが冷や汗を浮かべていた。俺がなにかしたという情報と色合いから『黒皇帝』だと当たりをつけたのだろう。頭の中は冷静そうだ。
「起きて~、修羅童子~」
加えてルーリエが持っている武器の力を解放し、『牛鬼神』のスキルで身体能力を強化する。
「いくよ~」
間延びした口調とは裏腹に、杖を構えるフィシルの真横へ瞬時に移動した。移動の衝撃で地面が陥没し、フィシルが体勢を崩す。
「避けなくていいの~?」
「ッ……!!?」
ぶぉん、と比較的ゆっくり振り下ろされた戦斧を見上げるフィシルは、ルーリエの動きが目で追えていなかった。眼前に斧が迫ってきているのを見てようやく窮地を悟ったようだが、もう遅い。
「えい~っ」
軽い声と共にルーリエが戦斧を無理矢理横に捻った。刃はフィシルに当たらず、しかし面積の広い方を振り下ろした形になったため風圧が彼女の身体に叩きつけられる。
「かっ……!」
寸止めしたために直撃はしなかったのだが、上から叩きつけられる風圧に堪え切れずフィシルは倒れ伏した。
「ちょっと強すぎちゃったかな~? ちゃんとフーアちゃんと練習しといて良かった~」
なに喰わぬ顔で斧を肩に担ぐルーリエだったが、彼女の足元に赤い魔方陣が描かれる。避ける間もなく灼熱の火柱が上がるのだが。
「わぁ、凄いね~。この服、全然燃えないんだ~」
呑気な声が聞こえたかと思うと中の人影が思い切り地面を踏み砕き、その衝撃波で炎が消滅する。
「……ごめんね、フィシルちゃん」
服どころか肌すら焼けていないルーリエが姿を現した。最後に悲しそうな顔をしていたのは、おそらく二人の仲がただの他人ではないからだろう。俺にはよくわからないが、複雑な心境というヤツなのかもしれない。
「ん、向こうはもう終わってしまったのかの。ではこちらもさっさと終いにするかのう」
「……大きく出たな。高い力を授かった驕りか」
「なに、これからそうなることを口にしたまでじゃ。儂との実力差がわからぬお主でもあるまい」
「さぁ、どうだろうな」
リディネラはフィシルの完敗を見ても退く気はないようだ。ギルドマスターとしての矜持というヤツだろうか。臨戦態勢を解く様子はなかった。
「なら、実際に確かめてみるとするかのっ!」
どんっ、とキルヒが一息に肉薄する。踏み込みの予兆を見て後ろに跳んだリディネラだったが、まだキルヒの手が届く範囲内である。
「『八聖獣』ッ! ……オォッ!!」
直前で自身を強化したリディネラは渾身の一撃でキルヒが伸ばした手を振り払った。
「む? ……なるほど、流石はギルドマスター。伊達ではないの」
キルヒの手はやや赤くなっているかという程度のダメージでしかなかったが、軽く振って感心した様子を見せる。彼女としては一発で決めるつもりだったのだろう。
「なら、もう少し本気でやるとしようかのう」
にやりと笑ったキルヒは、更に速度を上げてリディネラに迫る。完全回避が間に合わないリディネラは逃げながら受けていた。互いに移動しながら攻防を繰り返す様は、いつか元の世界で観たバトルアニメのようだ。
一見互角に見えるが、キルヒはまだまだ余裕がありそうだ。逆にリディネラは終始険しそうな顔をしている。とはいえキルヒはやや強さを驕る節があるので、慢心していたらしっぺ返しを食らいそうだが。
「玄武砲拳!!」
リディネラが右拳に緑色の尻尾が蛇になった亀のオーラを纏わせると、殴ると同時に砲弾のように発射した。
「おっ? そうじゃった、儂は銃を使っておったんじゃった」
並みのモンスターなら消し飛んでいただろうが、キルヒは物忘れを思い出したかのように呑気だ。腰の銃を引き抜くと飛んできたオーラの砲弾を撃ち抜き、四散させる。
「お主の実力の底が知れた。試運転はこれくらいでいいじゃろう」
彼女はそう言うとポキポキと指を鳴らしてから、瞬時にリディネラの懐に入り拳を叩き込んだ。
「かはっ……!?」
「うむ、いい感じに加減できておるの」
吹っ飛ばさない程度に殴りつけたキルヒが、自分の拳を眺めて言う。リディネラは腹部を押さえていたがすぐに逃げる気力がないようだ。
「……ここまでとはな」
「単純にステータスが伸びておるのと、儂という吸血鬼の能力が引き上げられておるからじゃの。いやはや、恐ろしいモノじゃ。実害を被らないなら、手を出さん方が賢明じゃよ。年長者からの忠告じゃ」
苦悶の表情を浮かべるリディネラへ、キルヒから忠告していた。……やはり世界規模で考えてもあまりないケースなのか。多用を避けた方が面倒事が少なくなりそうだな。口止めもしておいて良かった。ただ俺との関係性があるヤツが黒い見たこともないスキルを使うと俺がなにかをしたのではないかと疑ってしまう。あまり隠せないかもしれないが、とりあえず公にするべきではないだろう。
「……ふぅ。どうやら、ここまでのようだ」
リディネラは強化スキルを解くと、倒れ伏したフィシルの方へ歩く。
「フィシルはお前のことを心配していたぞ。一度話してやってくれ」
「うん~」
気絶したままのフィシルを抱え上げて、傍にいたルーリエに告げた。
「――カイト。勝てなかった以上しばらくは様子を見よう。だが本当に実害があると判断した場合……私は差し違えてでもお前を殺す。よく、覚えておくことだな」
最後に俺へ向けて警告を発し、リディネラは一っ跳びで去っていく。……キルヒに勝てなかった以上、俺と差し違えるのは難しそうだが、所謂覚悟の問題というモノだろう。アニメとかでよくあった。意地でそういうことができるパターンも知っている。身体能力などがステータスとして目に見える形になっていたとしても、スキルやステータスにない“心の力”というヤツが作用する可能性は否定できないのだ。充分注意しておくとしよう。
「……他に誰も挑んでこなければ、先に進むか」
改めて野次馬を見渡してみたが、特に誰も立ち塞がらなかった。のでボコボコになった地面を修復しつつ、野次馬の作り出した通り道を行く。