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レーナ姫の宣言

遅れて申し訳ありません。

 キルヒを眷属した翌日。


 俺は午前中にキルヒと会って血を飲ませてやった。ほとんど干乾びることにはなったが、万全の調子を取り戻したようだ。

 これで眷属が三人。午後に顔合わせは済ませてある。とはいえルーリエとキルヒは元からの知り合いだ。フーアも特に警戒は抱いていないようだったので、すんなり進んだ。


 それから、そろそろ動くかと思い、レーナの私室へ向かう。


「キルヒ様まで手中に収めるとは、流石はカイト様ですね」


 心からは思っていなさそうな、空虚な褒め言葉が第一声だった。まだ報告していないのだが、相変わらず耳が早い。


「……で、そろそろ動くのか?」

「はい。流れはこれから説明します。決行日は三日後の正午からとしましょう」


 そう言って、レーナは嬉々として自らの思い描いた計画を語る。本当にこいつの思惑通りに進むのか? という疑問はあるが、今まで思惑通りにならなかったことがないのである程度そうなるのだろうなという風には思っていた。


「……立ちはだかりそうな敵の中に、魔術師団長がいないが」

「はい。あの方はもう、カイト様に逆らう気など起きないでしょう。妨害すらせず、『傅け』とただ一言告げるだけで済みます。もし姿を現しましたら、それでいきましょう」

「……わかった」


 レーナと擦り合わせを行なっていく。


 とはいえあまり難しいことはしない。レーナが大々的に俺と婚約して王位を継いでもらいたいという宣言を出す。もし妨害したいなら、俺が王都の宿屋から歩いて城へ向かうのを阻止していい。

 俺は大通りを悠々と歩いて立ちはだかる敵を倒し城へ到着すればいい。


 ゲームで言うところのタワーディフェンスのようなモノだろうか。俺が攻める側なのだが。


 レーナの宣言は今日夕方にも出す予定らしい。事前に予告することで、相手が立ち回りを組み立てる時間が生まれるからだ。そうでもしなければ、俺はただ歩いて姫に会いに行くだけになる可能性が高いとのことだった。キルヒはあれだが、上位の冒険者は忙しいようだからな。


「本日の夕刻から外出は控えてください。あと、当日立ちはだかった方も国にとって必要な人材です。負傷させるのは構いませんが、殺さないでください。これから国の英雄として打ち立てるのですから、その評判にも傷がつきますしね」


 レーナからの注意事項はよく覚えておこう。周囲に普段の自分とは異なる印象を与えるには、レーナの助言に従うのが最も適当だ。なにより俺では、決まり切ったモノ以外よくわからない。


「当然ですが、民間人に被害を出してはいけませんよ。むしろ巻き込まれそうなら積極的に救ってください。それが今後にも影響します」


 その他、細かい注意点などがレーナの口から語られる。全てを覚えておけるとは思わないが、重要なことなのである程度は頭に入れておこう。


「では三日後の正午、王城でお待ちしておりますね」


 話が終わり、レーナに見送られて私室を後にする。レーナ専属のメイドであるオリヴァの姿は見かけなかったが、計画のために色々と動いていて忙しいのだろう。

 夕方にレーナの宣言があるようだから、それまでに数日分の買い物をしておくか。


 とはいえあまり時間がない。帰りに買っていくとしよう。

 俺は帰り道で買い物を済ませ、宿屋へ戻った。


「……おかえり。かいもの?」


 部屋に戻るとルーリエがフーアを膝に乗せて勉強しているところだった。しかしフーアは勤勉だな。俺もテストで悪い点を取らない程度には勉強していたつもりだったが、フーアのそれにはきちんとした熱が入っているように思う。果たして俺のクラスメイト……今この世界に来ているヤツの中にここまで勉強していたヤツはいたものか、と思う。……よく考えてみるとクラスメイトのことをあまりよく覚えてないな。顔を見れば思い出す気もするが、見ても思い出さないかもしれない。どうでもいいか。


「……ああ。しばらく部屋にいることになってな」

「いっしょ!?」


 フーアが立ち上がろうとしたせいで頭がルーリエの顎に直撃していた。痛そうに顎を押さえる彼女を見て、おろおろしたフーアが謝り倒している。


「……三日後に、王城へ行くことになってる。それまでは外出を控えろだと」

「お姫様との話がついたんだね〜?」

「……そんなところだ」


 ルーリエは全く気にしていない様子でフーアの頭を撫でて、俺に問いかけてきた。


「かいと、いっしょ、いられる?」


 ルーリエに頭突きを食らわせたからかおずおずとフーアが申し出てくる。


「……ああ。少なくとも三日は」


 俺が答えると、フーアは顔を輝かせて嬉しそうな表情をした。最初からではあるが、フーアがなぜ俺に懐いているのかよくわからないな。わからないというより、理由に納得がいかないというのが正しいかもしれない。ともあれ、気にするほどのことでもないだろう。


「かいと、かいとっ」


 フーアが椅子をぺちぺちと叩いて座るように催促してくる。仕方がないので荷物を部屋の端に置いて椅子に座った。遠慮なくその上に座ってくる。


「もじ、みてて」


 フーアは俺の膝の上に座ったまま使っていた紙とペンを引き寄せると、俺に見せるように文字を書き始めた。最初見た時は文字を書くという行為すら難しい様子だったが、今ではすらすらとペンを走らせている。一応まだ幼体に類すると思うのだが、成長が早い。おそらく上位の魔物だからだろう。人よりも知力の向上が著しいのかもしれない。もちろん、生まれた時から念話とはいえ話せるだけの知性を持ち合わせていればこそだろうが。


「かけた」


 一通り文章を書いたところで、フーアが俺の方を見上げてくる。評価をしろということだろうか? 偶に見るくらいだから変化の違いにも気づきやすいし、俺くらいの立ち位置が丁度いいのかもしれない。


「……よく書けてるな。字も綺麗になってる」


 勉強は昨日見たはずだが、それでも違いがあるとはっきりわかった。それを口に出すとフーアはとても嬉しそうに顔を綻ばせている。一般的な感情として、褒められると嬉しいということだろう。


「でしょ〜? フーアちゃん覚えが早くて凄いんだよ〜」


 ルーリエが椅子を隣に持ってきてフーアの頭を撫でた。表情を見るに、フーアもよく懐いているようだ。だが俺の上からは退こうとしない。産まれた時最初に見た者を親と認識する雛鳥に似た状態なのだろうか。フェザードラゴンは鳥と同じく羽毛を持つ。鳥と同じ特徴が他にあってもおかしくはない。


「るーりえ、じょうず。いっぱいもじ、おぼえる」


 フーアはフーアでルーリエの教え方がいいのだと口にした。互いを尊重し合う姉妹のようだ。年の差は大きいが、俺の価値観ではなんとも言えない。異世界だしな。


 ともあれ、そのまましばらくフーアの勉強を眺めていた。途中の休憩でキルヒにも連絡しなければならないのだと思い出す。『黒皇帝』で創った黒蝙蝠を窓から飛び立たせてキルヒに三日後の正午宿に来るよう伝言させた。


 ルーリエがここにいるのは、元々フーアの面倒を見てもらうためだ。俺が部屋にいるのでわざわざ残る必要はないのだが、結局夕飯も一緒に食べていった。彼女が帰ってから、身体を清めて就寝する。寝る時は決まって一人は嫌だと駄々を捏ねるので同じ時間に寝ることになっていた。考え事があれば眠らないが、大抵特に用事もないためすぐに寝てしまう。

 夢を見ることはあまりない。目が覚めたら朝になっている。寝起きが悪いこともなく、すぐに意識が覚醒していった。睡眠時間はこの世界に来てから少し減っていると思う。時計を常備しているわけではないため大体の日の感覚でしかないが、俺も多少環境に左右されるということだろう。


 目を覚まして身体を起こそうとして、隣のフーアが右腕を抱いて寝ていることを思い出す。起こす必要もないのでゆっくり身体を起こしたのだが、


「……んっ」


 フーアが起きてしまった。ただ寝起きはあまり良くないのか、ぼーっとした様子で俺を見ている。外出する用事もないのでただ顔を洗いに行くか、というだけなのだが。まだ眠いようなので解くかと考え行動に移そうとした。


「んっ!」


 だがその前にフーアががばっと勢いよく抱き着いてきて、胸倉に顔を埋めたまま寝ようとしてくる。……家にいる予定だから別にいいんだが。

 特段やりたいことがあったわけでもなし。俺は諦めて再びベッドに横たわった。フーアが位置を調整して俺の上に乗るような体勢になり、すやすやと寝息を立て始める。よくうつ伏せの寝にくそうな体勢で眠れるな、と思いつつ折角だから俺も二度寝してみようと思って布団を被り直し目を閉じる。あまり眠くはなかったがすぐに意識が遠退いていった――。


「カイト君!!」


 ばん! と勢いよく宿屋のドアが開かれて、切羽詰まった様子のルーリエが飛び込んでくる。浅い眠りだったからかすぐに目が覚めた。フーアはびくっと身体を震わせて驚いていたが。

 ルーリエは慌てた様子ながらもドアをきちんと閉めてから一枚の紙を突き出してきた。


「これ!! どういうことなの〜!?」


 ルーリエが突き出してきた紙には昨日の夕方配布されたであろう俺とレーナの婚約宣言が書かれている。身体を起こして内容に目を通しても俺が昨日聞いた話と相違ない。真実と違う部分もあるが、それは公に出す用の謳い文句ということだろう。


「……俺が聞いてた内容とほとんど同じだが?」

「っ!? じ、じゃあカイト君は姫様と婚約するの〜……?」


 答えるとルーリエは眉尻を下げた。先程まで気持ち良さそうに眠っていたフーアもぎゅっと俺の服を強く掴んでいる。……二人が動揺するような内容が書いてあったか?


「……ああ、らしいな」

「“らしい”って、そんな適当でいいの〜!? 結婚ってそう簡単なことじゃないよ〜?」

「……さぁな。だが、白皇のために正妻の席は空けておくようだし、形式上必要な婚約というだけだ」

「でも、姫様と婚約するってことは王に近づくってことだし、これまでみたいに自由にできなくなるんじゃない〜?」

「……執務を俺がやることはないし、立場が変わったとしても大した弊害にはならない」

「でも……」


 レーナの話では、仮に俺が王の地位に就いたとしても城下町で買い物をするのが面倒になるくらいで、大した変化にはならないらしい。冒険者としての活動もSSS級冒険者が働かざるを得ない依頼が舞い込んできた場合は受けても問題ないそうだ。むしろ国の危機に自ら立ち上がった、と点数稼ぎに使えるらしい。

 行動を縛ることはしないというレーナの言質を取っている以上、縛られてやる義理はない。だからルーリエに反論していたのだが、言葉を遮ってフーアが声を上げた。


「かいと、はなればなれやだっ!」


 ぎゅぅと力いっぱい抱き着いて離れないという意思を示してくる。


「……? 宿屋に残るつもりだったのか?」

「「?」」


 俺が首を傾げると、フーアだけでなくルーリエも首を傾げていた。


「……レーナの話じゃ騎士や貴族じゃないヤツも一緒で構わないらしいんだが」


 フーアはまだ自力で稼ぐことをしていない。強さだけで言えば冒険者として大成できるほどらしいが、実戦経験のなさが致命的で精神的にもまだ未熟なので難しい。というのは冒険者として先輩であるルーリエの評価だ。一人で生活できるとも思えないので、もしレーナがダメだと言うならルーリエのところへ任せる形にしようというくらいで考えていた。

 国王と謁見した際にフーアと一緒にいることは知られてしまっているため、連れてこない方が不審がられる可能性もある。レーナもフーアが来ることが前提である様子だった。


「いっしょ?」

「……ああ。フーアが独り立ちするならそれでもいいが」

「いっしょにいる!」

「……そうか」


 話はまとまったようだ。


「……えっと~」


 そこに、ルーリエが遠慮がちに声をかけてくる。


「……どうした?」

「一緒に行くのって、フーアちゃんだけなのかな~って」

「……? まぁ、他にいないからな」


 こういうのを回りくどいと言うのだろう。なにか他に言いたいことがあるのに言葉を選んでいるような気がする。ルーリエが躊躇いがちに口を閉じたり開いたりしていた。


「かいと、るーりえもいっしょがいい」


 すると傍にいたフーアから声が上がる。目を向けると服を掴んで揺すられた。


「いっしょがいい」


 確かに王城に住むようになると考えたらルーリエとこれまで通り自由に会うのは難しくなるかもしれない。フーアはよく懐いているようだし、ルーリエと会う頻度が減るのは寂しいのだろう。勉強についてもヒトでないフーアに対する忌避感を持っていないと考えれば適任だ。城で見繕うことも考えたが、謁見時の反応を見るに難しいだろうからな。


「……だが、ルーリエには自分の家があるからな。城に住むことになっても、ついてきてもらうわけにはいかないだろ?」

「……」


 フーアは俺の言葉にしょんぼりした様子で俯いてしまった。寂しそうではあるが、俺についてくるかルーリエと暮らすかのどちらか一つしかない。


「そ、それなら私も一緒に行けばいいんだよ~」


 フーアにどう説明したモノかと思っていると、ルーリエから提案があった。二人同時に顔を向けて、フーアは特に嬉しそうな表情をしている。


「……ルーリエには自分の家があるだろ?」

「うん~。でも借家だから気にしなくていいし、私もあんまり会えなくなるのは寂しいからね~」

「……そうか」


 確かにルーリエはただの冒険者とは違う。現役だった頃の貯金があるそうなので、当分働かなくてもいいようだ。城側としても城に滞在する戦力が増えるのはいいことだろう。フーアが懐いているのでよくある見知らぬ場所に来て心細いということもない。そういう場合泣きつかれるのは俺になると思うので、面倒が増える。行動の自由も制限されてしまうだろう。本人がいいと言うならついてきてもらった方がいいだろうか。

 だがフーアは俺が保護者のような形にされてしまっているため仕方ないとしても、ルーリエは部外者だ。部外者を王城に住まわせることはできるのだろうか。まぁ、レーナに相談してみるとしよう。事後承諾にはなるが、無理とは言わないはずだ。俺がルーリエとも関わりを持っていることは知っているので、こういう事態を想定しているかもしれない。


「……わかった。ならルーリエも行くと伝えよう」

「ありがと〜」

「るーりえいっしょ!」


 結論を出すとフーアが嬉しそうにルーリエへと飛びついた。ルーリエもほっとしたような表情だったため、これで良かったのだろう。


 話が一段落して良かった――そう思った瞬間だった。


 昨日黒蝙蝠を出すために開けていた窓の隙間から、一匹の蝙蝠が物凄い勢いで部屋の中に入ってきた。黒蝙蝠は辿り着いたら消えるようにしてあり、消えたことも確認済みだ。つまり俺の仕業ではない。

 と思っていたら蝙蝠は部屋の中央付近で急停止して姿を変えた。その姿は見知ったモノだった。というかキルヒだ。


「お主、これは一体どういうことじゃ!?」


 彼女は慌てた様子で一枚の紙を突き出してくる。それはルーリエが持ってきた紙と全く同じモノだった。


「……今、その話が終わったところだったんだが」

「なんじゃと!?」


 また同じ話を繰り返すのか、と思って告げる。キルヒの反応に、ルーリエとフーアが一緒になって吹き出していた。


 ともあれ、キルヒもルーリエと同じように城へも部屋を貰うことになった。キルヒはルーリエと違って借家ではなく、一括払いで購入した大きな屋敷がある。従順な眷属もいるので、住むわけではなく部屋を貰うという形にしたいそうだ。

 レーナに要相談だな。


 キルヒの参入により騒がしくなった中で、束の間の休息を取るのだった。

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