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眷属追加

 いよいよ国盗りを始める段階となって、俺はようやくフーアとルーリエに対してそのことを告げた。戦力を連れて王城へ行く、というところで二人にもついてきて欲しいと。


 二人は最初俺の話を聞いてどこか喜んでいるようだったが、段々と表情を曇らせていった。まぁ国を奪う算段をつけているのだから当然か。


「……それが、カイト君のやりたいことなの〜? お姫様に言われたからじゃなくて〜」


 ルーリエは普段より神妙な様子で尋ねてくる。


「……ああ。俺は神を殺して、世界を視ていたい」


 俺のいない世界の物語をずっと鑑賞していたい。流石にそこまでの願望は口に出さなかったが、最終目標まで話すことにした。尤も、フーアは心が読めるので把握されてしまっているかもしれないが。


「私の目的の手助けはしてもらっちゃったし、私はいいよ〜。戦争も徴兵令出すわけじゃなさそうだし、カイト君ならそういう回りくどいことしなくていいもんね〜」


 戦争を起こした後のことも考えて結論を出したようだ。一応レーナも徴兵令は出さない予定でいる。ただ志願兵は募るそうだ。あと黒帝直属の少数精鋭部隊も作る予定だというのは聞いた。


「……志願兵は募集するらしいが、無理に参加させるつもりはないと言っていた」


 多少の軍勢なら俺が剣を一振りしただけで倒すことができる。それなら人数を多く募ってもむしろ邪魔になるだけだ。好き勝手やるための地位なのだから、その好き勝手やるのについてくる気のある者だけで構わないそうだ。そうでなくとも、人心は離れていくだろうからな。


「そっか〜。でもあのお姫様が本当はそんなこと考えてたなんてね〜」


 ルーリエは苦笑して言った。俺とフーアは兎も角、これまでのレーナを知っている者からすると驚きばかりの話だったのかもしれないな。


「……ふーあ、かいと、いっしょ」


 『送信』されるよりも更にたどたどしい声音だったが、口から声を発していた。ルーリエと日々努力している成果だろう。だがまだあまり慣れていないらしく、言葉と一緒に行動でも示すようだ。きゅっと俺に抱き着いてきた。


「……そうか。戦闘になることはない、とレーナも言っていたが誰かが立ちはだかる可能性もある。そうなったら制して進むことになるが、それでもいいか?」

「うん~。知ってる子と戦うことになるかもしれないけど、私にとってなにが一番大事か、だからね~」


 特にこの街や王都に知り合いが多そうなルーリエに対して告げたが、問題なさそうだ。彼女がどれだけ強くなることに焦がれているのか俺では想像できないが、それほどに強い決意を持っているのだろう。裏で色々と思考している相手よりも扱いやすい。


「でも私達だけでいいの~? 他にも十騎士の子とか、協力してくれそうな子はいるのに~」


 ルーリエはそう提言してくる。確かにルーリエとフーア、そしてここにいないキルヒも連れていく予定だが、それぞれが強いとはいえ些か風格に欠けるかもしれない。見た目の面でも強そうな印象を抱きづらいだろうか。まぁ元を含めてSSS級冒険者が二人もいれば充分だとは思うが。


「……いや。十騎士は、あまりにも都合が良すぎた。最近顔を合わせることも少ないしな」


 なにか狙いがあるのではないか、という考えも一応はあった。だが結局のところダンジョンを出てからは関わりが少なくなっていったので、なにがしたかったのかよくわからないという状態だ。眷属にすればある程度裏切りを抑制できるのかもしれないが、適当に眷属を増やしているとなにかデメリットがあるかもしれない。まだ二人しか眷属にしていないので、検証というほどはできていない。適当なモンスターを眷属にしてもいいのかもしれないが、それでも取り返しのつかないデメリットを有している可能性は否定できない。少しずつ増やしていって様子を見るのが一番簡単で確かな方法だろう。


「そうなんだ~。エリオナちゃんと仲良さそうにしてたのにね~」


 なぜかややトゲを感じるような物言いだった。フーアもぴくりと反応してじーっと見つめてくる。


「……気のせいだ。それより、用件は終わったからもう次のところへ行きたいんだが」

「次ってどこ? 誰のところかな~?」

「……キルヒだ」

「あ~……カイト君の血は美味しいって言っていっぱい飲んでたもんね~」


 ルーリエはダンジョンに挑んだ時のことを思い返してか、そう推測していた。俺が大量の血と引き換えに彼女と取引したとか、そういう風に勘違いしているのだろうか。まぁわざわざ訂正するようなことではないので、なにも言わないでおく。


「……おべんきょ、かいと、みて」


 しかしフーアは少し不満そうにしながらぎゅーっとしがみついてきた。


「最近出かけてばっかりだから寂しいんだよね~。ほら、預かってる人の責任だから、ちゃんとしないとダメだよ~」


 ルーリエも机に両手で頬杖を突いてフーアではなく俺を窘めてくる。……まぁ、無理に早く行く必要もないからいいんだが。


「……わかった。勉強を見ればいいんだな?」

「……んっ」


 フーアはこくっと勢いよく頷いて、位置を俺の隣から膝の上に移動する。そしてにこにこしながら、言葉の勉強を始めるのだった。

 ルーリエはそんなフーアを温かく見守っている。保護者というか、姉のような存在だろうか。なんにせよ、板についてきたようだ。


 ◇◆◇◆◇◆


 翌日。

 俺は一人でキルヒのいる屋敷を訪れた。流石に今のキルヒの扱いを二人に見せるわけにはいかないだろう。


「お待ちしておりました、カイト様」


 キルヒによって吸血鬼にされた、無表情な男性が入口で恭しく頭を下げてくる。キルヒを捕らえて屋敷に入った時も、同じように出迎えられた。彼らには感情がないらしい。キルヒが好き勝手摩耗した、とも人間では精神が保てない時間を生きている、とも聞いている。どちらが正しいのかどちらも正しいのかは知らないが。

 この屋敷で燕尾服を着て滞在している吸血鬼達は、キルヒに忠誠を誓わされている。だが代わりに命令されていることしか実行しない。入口に立っている彼は「屋敷を訪れた者を出迎える」ことが役割として設定されているのだ。ただ一応個人の感情も残っていないわけではなく、最初は多少驚きや困惑といった表情の吸血鬼もいた。

 ただ今ではもう俺のことはスルーしているようだったが。


 主が屋敷の地下で拘束されているというのにな。まぁ心酔などをしているわけではないのだろう。


 階段下の隠し階段から地下へと降りていく。薄暗いじめじめした空気を感じながら階段を下ると牢屋があった。キルヒが手元に置いておきたい男を吸血鬼へ変えて調教する場だったそうな。

 それになぞられて、彼女はここに幽閉されている。


「はっ……はっ……はっ……」


 短く浅い息遣いと、がしゃんと格子を掴む音がする。階段から降りて一番近い牢屋に、キルヒを拘束していた。SSS級冒険者の一人にして誇り高き吸血鬼。“吸血姫”などと呼ばれている。


 だが今は、布切れのような衣服を着込み手足には枷を嵌められている。浅ましく犬のような息遣いで格子を両手で掴み、頬を紅潮させて近づいてくる俺を見上げていた。


 これがあの“吸血姫”と聞いて、誰が信じるだろうか。


 捕らえて以来、彼女には飢え直前に俺の血を少量ずつしか与えていない。飢えた吸血鬼の飢餓衝動は凄まじいモノだそうで、その時に血を与えられるとどんな血であっても極上の味わいと化し、その血を貰うためならなんでもするようになるのだとか。

 そういったことを聞いたので、試して手駒にできないかと画策した結果である。


 ……ただ屋敷にいる吸血鬼曰く、徹底しすぎたらしく。今や完全に服従する構えだという話だ。


 とはいえ忠誠心で早く牢屋から出させるようにしようとしている可能性もなくはないので、ずっとここに入れておいている。相手はSSS級冒険者だし、長く生きていればこれくらいの窮地に陥ることもあると考えて慎重に、慎重に進めてきたつもりだ。

 ただ上手くいっているのか演技なのかを判断することが、俺にできないのは問題だな。今度レーナにそういうのを見分ける方法でも聞いておくか。一応スキルでも判断できなくはないのだが、スキルをどこまで信用して良いかという問題に突き当たる。……それを言ったらキリがなくなるか。


 スキルで確認する限りでは、「血を飲みたい」とか「服従したい」とかそういう感情を読み取れるのだが。奥底に反抗の意思を残しているのかは判断がつかない。まぁ、それはスキルがなくても同じか。ある程度は妥協しなければならないのだろう。


 どこかで手に入れた『爪刃』のスキルで左手の人差し指の爪を長く刃物のように尖らせる。右の掌を浅く切りつけると赤い血が滲み出てきた。血の匂いを嗅ぎつけたのか、キルヒの呼吸が荒くなる。犬だったら尻尾がぶんぶんと振られていることがだろう。

 格子の隙間から掌を上に向けて右手を差し込むと、キルヒは格子を掴んでいた両手で恭しく俺の手を取り流れ出している掌に口づけした。傷口から血液が吸われていく。通常の吸う動作とは桁違いの勢いで血液がキルヒの口へ吸い込まれていくようだ。ただ傷をつけてもすぐ再生する身体となっているので、グラついてくる前に吸血が終わる。吸血が終わってから、彼女は傷口以外に垂れていた血を舌で舐め取った。そこまでしなくてもいい気はするが、少しでも無駄にしたくないという吸血鬼としての心情があるのかもしれない。


 手を放して顔を上げると、恍惚と微笑んで唇を舌で湿らせた。


「……キルヒ。今日はお前をここから出そうと思う」

「えっ……?」


 なぜか残念そうなニュアンスを感じた。気のせいだろうと思い、右手を魔法で洗い流しつつ言葉を続ける。


「代わりに俺の眷属となり、手駒として働け」

「っ……わかったのじゃ」


 しかし嬉しそうな顔で迷いなく頷いた。僅かな間がなにを意味しているのかはわからないが、眷属にすれば行動を縛ることもできる……があえてしないでおくか。俺なりに徹底してはいたが、まだ詰めが甘い可能性もある。果たして本心か演技か。それを確かめるためにも、動向を窺うのがいいだろう。


「……なら、今から眷属にする」


 俺は言って乾かした右手をキルヒの頭の上に置いて、『黒皇帝』の力を流し込む。そういえばスキル名をつけなければならなかったな。他二人と同じように黒をつけて、『黒血鬼』とでも名づけるか。純粋なステータス強化と、吸血鬼としての能力の強化。ついでに黒の蝙蝠を生み出す能力も付随させよう。そこから吸血できれば便利だろうし、なにより俺のイメージする吸血鬼は蝙蝠を召喚する気がする。


 黒がキルヒの身体を包み込み、彼女の身体にスキルを定着させる。これで『黒の眷属』も追加されているはずだ。


「……これでスキルが追加されたはずだ。もう牢は破れるだろ? 自力で出てこい。用があれば追って連絡する」

「承知したのじゃ。……血は、またくれるのかの?」

「……ああ。今までのは躾の意味合いで与えていたが、これからは食事として与える」

「っ……!!」


 わかりやすいほどに目が輝いていた。他の血は飲んでいないはずなので血に飢えているのだろう。


「で、では空腹なのじゃが、また飲ませてもらっても良いかのぅ?」


 なにかを期待するような眼差しで見上げてくる。……こいつ、本当に心折れてたんだろうな。


「……さっき飲んだだろ。明日また連絡する」

「うっ……。わ、わかったのじゃ。言うことはちゃんと聞くのじゃ……」


 キルヒはあからさまにしょんぼりした様子で言うと、枷を指で砕いて外し、格子を折り曲げて牢屋から抜け出した。


「……ここで襲いかかったら躾が足りんと思ってもう一度牢屋に入れたりしないかのう?」

「……ここまでやってダメだったかと諦めて始末するな」

「絶対にしないので許して欲しいのじゃ」


 小さく呟いた声に返答すると、早口で答えが返ってきた。見ると跪き額を床に着けている。見事な土下座の姿勢だ。土下座は日本の文化だったはずだが、どこで知ったのだろうか。まぁそんなことはどうでもいいか。額を床に擦りつけて許しを請う、となったら結果的に土下座に行き着くのかもしれない。


「……わかったら好きにしろ。ああ、あと俺とのことは誰にも言うなよ」

「わかっておる。――この身は全てお主のモノ。好きに使うが良い」

「……そうか」


 簡単な答えだけを返してその場を立ち去る。明日はキルヒを完全復活させるために時間を作ってやるか。血を僅かにしか与えていないので、本来の実力とは程遠いだろう。黒帝の眷属になったことで多少なり改善されているとは思うが、それでも足りないはずだ。後々引き連れるのであれば万全の状態にしておいた方がいいだろう。強い者であればキルヒが万全でないことを悟ってしまう。


 ともあれ、レーナへはいい報告ができそうだった。

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