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国盗りの計画

気づいたら前回の更新から一年が経過……。

誠に申し訳ありません。

 準備は順調に進んでいる。


 レーナとも擦り合わせを行っていて、自分と接する他人の様子などにも注目するようになった影響か以前との対応の違いもわかってきた。

 一番は俺に声をかけてくる人が増えてきた、ということだろうか。


 これは単純にレーナの助言に従って人助けと取られるようなことをやってきた結果と言える。当然のことながら俺に人助けをしたいと思う気持ちはないので、完全な“フリ”になっているのだが。それでも相手にそう思わせるコツというのがあって、まずは人を助けるという行動を見せる、助けた時に被害者へ向けて声をかける。この二点を意識すると助けられた側は「あっ、自分が助けられたんだ。この人が助けてくれたんだ」と理解するためあの人が助けてくれた、という話を他の人にするようになる。

 事件や事故に関してはルグルスの時みたいに俺やレーナがなにかを仕組んだわけではない。ファンタジー異世界ではありがちだが、元の現代世界よりもそういうのが多いのだ。そういう点で言えば英雄としての評判を上げやすいと言えるのかもしれない。本音を言えば自分と関係ないところで人が死んでも気にしないし、例え目の前で死んだとしても無視できるだろう。


 まぁ、声をかけてくれるようになったとはいえ別に俺の愛想が良くなったわけではないので、そこで一気に人気が上がることはない。あくまで冒険者としての活躍、成果が出ているというだけだ。そういうのに応えるのは非常に慣れないことだが、レーナの助言通り会釈か手を軽く挙げるぐらいには応えるようにしていた。お世辞にも人付き合いがいい方とは言えないからな。こういうのは予めどういう風に応えるかを決めておかなければ、ずっと無視することになってしまう。


 “黒帝”カイトとしての価値を上げるために必要なことなのだからそれでいいのだろう。


 その辺りはよく理解できないので、レーナに任せる他ない。民衆の支持だとかは別に俺が欲しいモノではないだろうから。


 現状を整理してから次の行動に移す前に、一度レーナと会うべきか。下準備は着々と進んでいる。もうそろそろ動き出す時期と段取りを決めなければならないだろう。とは言ったがおそらくレーナの中ではもう出来上がっている。

 俺がスムーズに国を奪うとして思いつくのは、武力か騙すかくらいなモノだ。武力は文字通り力尽くで奪う。騙すというのは具体的な対象が国民になる。国民に王は酷いヤツだ、と思わせて国を奪う。某人気漫画の敵役もやっていた手法だ。悪い王様を止めて国民を救った英雄、となれば国を思いのままに動かすことも可能だろう。


 今回はさて、どんな風にするのやら。


 俺は王宮に顔を出す。レーナに会いに来たと告げればあっさりと門を通してくれた。魔術師団団長とはあれ以来話していないが、騎士団団長とは何度か顔を合わせている。おかげで王都にも「敵に回してはいけない人物」や「わかりにくいがなにか事が起これば英雄へとのし上がる」などと噂されていたのを耳にしていた。勘違いも含まれているが、噂が真実を言い当てていることなど稀なのだろう。悪い噂はレーナの方である程度操作しておく必要があるらしいが、それ以外の噂は好きに広めてもらっている、とのことだ。

 悪い噂を撲滅しないのは、悪い噂がないと逆に怪しまれる可能性があり無用な問題を呼び込む原因となる可能性があるから、だそうだ。清廉潔白を疑う穿った見方をする者はどこにでもいるのだろう。そもそも、俺が清廉潔白に見えないからこそ悪い噂を消してしまうと違和感があるのかもしれない。


「お待ちしておりました、カイト様」


 王城とは別に設けられたレーナの生活スペース。入口に衛兵は立っていたが中は給仕の人が何人か仕事をしているだけだった。私室の前に誰かがいることなどなかったのだが。


 礼儀正しくお辞儀して俺を出迎えたのは、給仕服を着た女性だった。鮮やかなプラチナブロンドのポニーテールに海のような深い青色の瞳をしている。俺より少し低いくらいの長身と抜群のプロポーションも相俟って、ただの給仕係では収まらないなにかがあった。愛想がいいわけではなく、一切の感情が見て取れない無表情だった。ただしレーナにも引けを取らない美貌の持ち主である。こんな人が城で働いていたら、多少なり噂になっていてそれを聞くこともあるはずなのだが。兵士達の噂話程度に聞き耳を立てていても聞いた記憶がなかった。それもレーナの情報操作の一つなのだろうか。


「お初にお目にかかります。私、レーナ様の専属で給仕を務めております。オリヴァと申します」


 俺が不審に思っていることが予想できたのか、彼女は再度お辞儀をした。


「……そうか」


 このタイミングでなぜ専属のメイドがいるのかは本人に聞けばわかることだ。俺は気にしないことにして、返事の後扉に歩み寄る。自分で開けようと思ったのだがオリヴァが先んじて扉を押し開いた。


「どうぞ、お入りください」


 促されて、レーナの私室へ足を踏み入れる。……なぜかオリヴァまで中に入ってきて扉を閉めていた。


「カイト様、そろそろ来る頃だろうと思っていましたよ。国盗りの具体的な流れを立てなければなりませんからね」


 中へ入ると椅子に腰かけたレーナがにっこりと微笑んで声をかけてきた。オリヴァがいるのにいいのか、と思ってちらりと視線をメイドの方へ向けてみたが表情が一切変わっていない。


「オリヴァのことならお気になさらず。彼女は私の専属メイド……と言うよりは腹心、右腕と表現した方が正確かもしれませんが。私の本性やカイト様との企てについても全て知っていますので」

「身の回りのお世話をさせていただく役割と護衛を一度に押しつけられた末のことですが」

「ふふっ、あなたのそういう遠慮のないところ、好きですよ」

「はあ。身に余る光栄です」


 レーナとオリヴァの間には確かな信頼関係が見て取れた。他人は全て信用しないと言い出しそうなレーナが、こうも心を開いていそうな相手を作っているとは思わなかったが。


「もちろん信頼の置ける駒がいると便利というところはありますが、単純に取り繕わずに話せる相手がいるとは良いモノですよ。普段の生活が楽しくなりますからね」

「最近はカイト様のことばかり話すのでいい迷惑なのですが。もう少し頻度を下げていただけると助かります」

「それは内緒にしておいてくださいと言ったでしょう! 違いますからね、カイト様。あなたのことを罠に嵌めようとはしていませんよ?」


 狼狽えたようにレーナが否定してくるが、全く以って信用できない。


「……まぁいい。俺が見たところ順調だと思うが、どうだ?」


 長居する気もないので、さっさと話を進めることにする。普段使っているように、レーナの向かいの席に腰かけた。二人が顔を見合わせている気はしたが関係ない。オリヴァは座らず傍に佇むようだ。


「私も順調だと思いますよ。そろそろ最終段階に移行しようと思っていましたので、カイト様が訪れるのをお待ちしていました」


 なにも言わず話を合わせてくれるのは有り難い。余計なことを挟まずに進められる。


「……なら話は早い。俺が気になってるのは、具体的な国盗りの方法だ」

「そうでしょうね。ではそちらから説明させていただきます」


 俺が切り出すと、レーナは早速考えを語り始めた。


「私が心を閉ざし人の心を理解できない“人形姫”となったのは現国王のせいだ。現国王は王妃が病死してから八つ当たりのように幼い私に虐待を繰り返し、その結果心を閉ざしてしまった。そんな国王はこの国の王に相応しくない。黒帝様のおかげで私は自分の心を取り返すことができた。だから今ここに革命を起こす――というのが当初の筋書きでした」

「……当初?」

「ええ。今は違います」


 こいつのことだ。当初の予定があったということは、その根も葉もない(のかは知らないが)話を信じ込ませるために要所要所で演技を入れていたのだろう。例えば、「国王陛下に叱られますよ」と言われた時は必要以上に怯えてみせる、とか。


「カイト様が予想以上にいい動きをしてくださったおかげで、父が心から信頼してくれるようになりました。最近は私とも直接話す機会が増えてきて、カイト様との密会について尋ねてくるんですよ。ちゃんと、あることないこと吹聴しています」


 レーナは心底楽しそうににっこりと微笑む。表情のない“人形姫”の笑顔という字面だけを見れば国民の大半はうっかり尻尾を振ってついていってしまいそうだ。


「……まぁ、いい。それで上手くいくなら任せる」

「はいっ、お任せください」

「カイト様。お言葉ですがあまりレーナ様を甘やかさぬよう。この方のやることなすことを認めてしまっては取り返しのつかないことになりますよ」

「酷いですね、オリヴァ。カイト様の不利になるようなことは画策していませんよ」

「……好きにすればいい」


 オリヴァはレーナが好き勝手やることをあまり良く思っていないようだが、俺にとっては些細なことだ。自分の不利になりそうだと思った時は、全てを蹴散らしてでも手を切らせてもらう。たったそれだけのこと。


「流石はカイト様。ではそのように」


 レーナはうっとりと微笑んで言った。考えなしのバカと思っているか、そうでなくては選んだ意味がないと思っているのかは定かでないのだが。密かにオリヴァが嘆息していたのであまり自由にやらせすぎるのも良くないのかもしれない。レーナのことは俺より彼女の方が知っているだろうからな。


「……で、今の予定はどうなんだ?」

「すみません、話を戻しますね。……当初は父を悪役に仕立て上げることでこの国を思いのままに動かす予定でしたが、予想以上に父がカイト様のことを信頼しているので、穏便に事を進められそうだということです」


 にこにことレーナは話を進めていく。ようやく動き出すことができて、心から楽しくて仕方がないという様子だ。演技では……なさそうだが。


「カイト様、私と婚約しましょう」


 レーナは俺の目をじっと見て告げてくる。……婚約?


「……それになんの意味がある?」

「王位の話がすんなりと解決します。国を動かすには王になり実権を握るのが良い、というのはわかりますよね? 他にも実権を握り国を意のままに動かす宰相などの立場を目指すというのもありますが、率直に言わせていただければ、回りくどいのです。尤も、父も愚かではありませんので突如現れた者に王位を継がせることはありません。そこで、」

「……国政を任せられるお前の存在が必要になるわけか」

「はい、その通りです。このために『政治的能力はあるけれど人の心がない姫』、という立ち位置を維持してきたのです」

「……純粋な疑問なんだが、お前が最初から有能な政治力を持ったヤツとして振舞わなかった理由はなんだ? 回りくどいことをしなくても実権を握るくらいやってのけたんじゃないか?」

「私が自由に国政を動かすためには、『女だから政に口出しするな』と言い出すような愚か者と婚約したのでは成り立ちません。当然、そのような方と婚約することを父が許すはずもないでしょうが。婿になっていただく方が果たしてどのようなお方なのか……それはその方と会うまでわかりませんからね。それなら、私の方で選べるように私が思う“運命の殿方”を待つ姿勢を取ったのです」


 その上で、やがてその人物が現れた時スムーズに国を乗っ取れるようにわざわざ自分の人格を偽っていたのか。

 なんとも回りくどい、他にもっと効率的なやり方があったのではないかと思う部分もあるが、俺の頭には妙案が浮かんでこない。計画は完璧だ、全く以って穴がない。そう思わないことがせめてもの未熟さだろうか。


「……そうか。理解はできないが、納得はした」

「それはなによりです」

「……レーナ様とお付き合いする上で、最も重要なスタンスでございますね」


 微笑むレーナと、対照的に嘆息混じりで呟いたオリヴァ。


「さて。本格的に動くに当たり、カイト様に確認したいことがあります。カイト様が今用意できる戦力はどの程度になりますか?」


 戦力、戦力についてか。


「……俺、フーア、ルーリエ、キルヒぐらいか」

「充分な戦力ですね。キルヒ様への躾は順調ですか?」

「……多分な。少なくとも俺がわかる範囲では従順になった。最近では地面に垂らした血ですら舐めるようになったが」

「なるほど、確かに順調のようですね。キルヒ様は吸血鬼であることに誇りを持っていらっしゃいましたから。特に人を見下す価値観が根づいていた印象です。そのキルヒ様が、卑しく地に舌を這わせるとなると、相当進んでいますね」

「……ああ。だが一つ、懸念がある」

「話を聞く限り、妥当だと思いますが? 吸血鬼にとって生き血は最大にして最高の食糧。それを断たれて幽閉される。見下す側の方が見下される側に堕ちる。心を折るのに充分な手法だと思います」

「……お前がそう言うならそうなんだろうがな」


 そうは言いつつも納得はしていなかった。

 人の心を折るには、何年もかけて同じことを繰り返し周りの手助けが一切ない状態を維持し続けてようやく、という認識がある。今ではあまり鮮明に思い出せたモノではないが、当時の俺がそうだった。

 とはいえ個人差があるのだろう。何事も自分を基準にしてしまうのは良くないことだといつか誰かに教わった気がする。


「納得いかなさそうですね。キルヒ様は至高の吸血鬼として名を馳せた方です。そのような強い方が敗北し屈辱の日々を過ごす、となれば落差が大きいのではありませんか? 特に負け知らずの高慢な方であれば、殊更(ことさら)に精神的な傷が深くなります。()し折れず仕返す機会を虎視眈々と狙っている……そう警戒することは良いと思いますが」


 レーナも直接会っているわけではないから断言はできないのだろう。確信が得られないなら頭の片隅に置いておけばいい、という結論を出した。


「……ああ。だが、どうして戦力を尋ねてきたんだ? 王都を攻め落とすわけじゃないんだろ」

「はい。ですが、やはり“格”を知らしめる必要はあると思います。カイト様は黒帝という至高の種族。ただ黒帝であるとわかっていなければ種族性は影響を与えにくいと思います。冒険者として活躍して普通に街を歩いている姿を目にした人々はカイト様の存在を身近に捉えるでしょう。その印象に黒帝としての名前と戦力を連れた風格をつけ足します。そうすれば民はカイト様を支持し、私との婚約を望むようになっていくでしょう。そうして他から認められる人物像を作り民からも、そして私本人からも望む声が挙がれば――父も早々に進めてくれるはずです」

「……それで、肝心のタイミングはどうする? もう少し待つのか?」


 俺ではどれくらい民に支持されているのかがイマイチよくわからない。そういうのは専門家に任せるべきだろう。


「いえ、そろそろ動いても問題ないでしょう。まず、カイト様は先程おっしゃっていた三名の方を連れて、正装で王城に堂々と歩いてきてください。話は私の方から通しておきますので、まず私のいる後宮に来てくださいね。そこから二人手を取って城へ乗り込み、父の前でこう宣言してください。『姫を私にください』、と」


 やや凛々しい表情でそう締め括ってから、「まぁ王位継承の話もあるので婿入りになりますが」とつけ加えた。


「……必要か? 手続きだけで済まないのか」

「一般の民であれば然るべきところへ書類を提出すれば結婚したという扱いになりますが。私は一国の王女です。その私が書類だけで婚約、という形では民に示しがつかないでしょう? 不運にも、と言うべきか父には私しか子供がおりません。大々的に披露せずにどうするというのですか」


 若干呆れられてしまった。それもまた人心掌握の手段なのかもしれないが、俺にとってはただ不要なモノに感じてしまう。要は結婚そのモノも一応必要ではあるが必須ではなく、「民に俺を支持させる」ことが最優先ということなのだろう。


「……わかった」

「理解が得られたようでなによりです。あと、私と婚約と言いましたが正妻ではなく妾です」

「……王女が妾か」


 先程と言っていることが矛盾している気がした。王女だからこそ大々的にお披露目しなくてはならず、しかし正妻ではないと言う。


「はい。……カイト様は黒帝であるため知っているかもしれませんが、黒帝は運命的に惹かれ合う種族があります。それが黒帝に対をなす、白皇。運命的邂逅、必然的筋道。端的に言ってしまえばカイト様が黒帝である限り、白皇以上にカイト様が惹かれる異性は現れません。一番愛されないことが確定している正妻ほど、痛々しいモノはないでしょう?」


 レーナは少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。……本音を言えば、本当にそんなことがあり得るのか、と思わないでもない。運命の相手、その言葉は物語で見かけることも多いが実際にそう決められた相手がいるとも思えない。そもそも俺と同じく転移してきた中には白皇がいなかった。つまりこの世界に来てこれから出会う人、ということになる。異世界転移なんて非現実的な事象に苛まれていなかったら一切会うことなく生涯を終えていただろう。いや、違うか。運命とやらを神が決定しているならこの世界に来てから運命の相手が出来るということにも説明はつく。


 俺の場合、これまでの黒帝と同じ結末を迎えることはないと思うのだが。


「んんっ。話が逸れましたね。そちらは父を説得することは可能と考えています。白皇の名前を出すことで私は黒帝様のことを第一に考えていますよ、と証明することができますからね。私が他人のことを想うようになった、というところを見せるいい機会でしょう」

「……そうか」


 それからはレーナと細かい日程や流れを詰めていった。オリヴァはこれまでもレーナの目論見に協力していたが、最終段階が近づいてきたため俺と顔合わせをさせたかったそうだ。


 計画の詳細を詰めて共有し、いよいよ最終段階へ移行する――。

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[一言] 更新していただきありがとうございます。待っていた甲斐がありました。
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