世間の評価
なんとかキルヒを屈服させることができた。これでルグルスの死についても、俺以外の証人を出せるというモノだ。
目的は達したためその場所にとんでもなく強い魔物がいたせいでルグルス達は死亡し俺とキルヒが駆けつけた頃にはもう終わっていたのだと報告した。
ルグルスが拠点としていたドルセンの街では街を挙げての葬式が行われた。
沈痛な面持ちの整列者を見ると、彼が老若男女如何に慕われていたかが目で見てわかる。俺も他人事のように参列した。そういうのは得意だ。そのおかげか最近よく会っているのを目撃されていた結果気の毒に思ってもらえたようだ。
……ああ、やっぱりあいつは殺っといて良かった。
この世界をゲームと捉えるなら、俺が独りになるまで人を殺し続けて神を倒す無双ゲーか、国を乗っ取ってきちんと併合していく国取りゲーか。後者をしようという段階なのでいずれ脅威になったと思われる。あいつにはそれだけのモノがあった。ある種のカリスマと言い換えてもいいかもしれない。
「誰もカイト様がやったとは思っていないようで、なによりです」
レーナ姫の自室にて。彼女は薄っすらと微笑んでそう告げてきた。
「……あんまりいい風には考えてなかったような気がするんだが」
「ええ。ですが彼の死が与えた影響を目の当たりにして、考えが変わりました。彼は、殺すべき人材でした。未来の芽を摘み取るという点から考えれば実に合理的なやり方です」
まるで不合理の塊である心がないからだと言われているような気分だ。その通りなので全く反論のしようがない。
「……あともう一つ報告がある」
「キルヒ様のことでしょうか?」
「……わかってたか」
言い出す前に当てられる。彼女はどこから情報を仕入れているのか耳が早い。俺が自分の足で集めてから彼女の部屋に来て擦り合わせると大抵のことを知っていたりするのだから異常とも言える早さだ。そうしなければ国をコントロールすることができないからだとは思うのだが。
「はい。彼女も証言を出していましたからね。カイト様が交戦、勝利した相手なのではないかと思います。SSS級冒険者にも勝利するだけの強さを、やはりあなた様は持っておられるのですね」
「……大体は合ってる。これでとりあえず発言力のある手駒ができた」
細かいところの否定をする気はない。状況さえわかっていればそこを詰める必要はないのだ。
キルヒは一応力で屈服させた形となるが、もう少し追い詰めておいて万が一にも裏切りがないようにしておこうと思っている。
あれから彼女の大きな屋敷へ行って普段彼女が男を調教(?)しているらしい地下の牢屋に繋いでいた。屋敷へ行ってわかったが彼女は感情を表に出さず自分に絶対服従な男が好みなのだそうな。もしかして俺も入るのではと思ったので彼女が行動を起こす前で良かったと思う。もしやる気を出さなければ近い内にそうなっていた可能性もあるのだ。
いじめっ子共に嬲られる毎日と、幼女姿吸血鬼にペット扱いされる毎日。どっちがいいかは考えたくない。どちらも遠慮したかった。
彼女を追い詰めるために吸血鬼についても学んだ。俺のいた世界に残る伝承と近い部分もあったが、大事なのは不老不死とされる吸血鬼が死ぬ状況についてだ。
俺が実践しようとしていたのは「再生する余地もないほど跡形もなく消し飛ばす」。もちろんフリだが実際に死の恐怖を感じてくれたようだったのでそれでいい。
今回目をつけたのが「飢餓」だ。
彼女達吸血鬼は、文字通り「血を吸う鬼」であるとされる。吸血そのモノが彼女達を形成するために欠かせない要素なのだそうだ。つまり定期的に他人の血を摂取しなければ餓死する。
キルヒ曰く長い間飲まないと耐え難いほどの飢餓に駆られてなんでもいいから血を吸いたくなるらしい。その浅ましさたるや夜を支配していると称された吸血鬼にあるまじき姿なんだとか。彼女は吸血によって気に入った男を吸血鬼に変貌させ、地下に幽閉する。そして浅ましく飢えたところに自分の血を垂らして飲ませてやるのだ。そうして自分に従順なペットを作っているのだという。
ということで、その方法を真似てみている。
キルヒを地下に幽閉しているのはそのためだ。まだ幽閉したてなので彼女の状態を見つつ、数日おきに様子を見に行っていた。浅ましく涎を垂らして垂らした血液にうっとりとした表情になる頃合いから、更にお預けにするといいのだとか。目の前で垂らして血の匂いを嗅がせて吸血欲を促進させる。そうすることでより早く飢餓を感じるんだと。
最終的には汚らしい床に落ちた一滴でさえ舐め取るようになるそうなので、そうなったら完全に服従させる頃合いらしい。まぁキルヒはそれがわかっているためそうなったとしても解放させるためにわざと、という可能性も残っているのでそこは見極める必要が出てくるのだが。
まぁそれは個人的にこっそりとやるだけのことだ。
屋敷の人達はキルヒの命令で俺を客人として扱い、なにをしても反抗しないようにしている。俺と違って感情がないわけではなく抑えているだけなので不満はあるだろうが、襲いかかってきた一人をさっくり消滅させてからは表立ってはなにもしなくなった。最悪全員始末しても、キルヒさえいればなんとかなるものだ。俺が欲しいのは吸血鬼ではなくSSS級冒険者という肩書きを持つ駒だからな。
ルーリエとフーアは眷属にしたが国取りには心許ない。もう少し戦力を確保しておきたいところはあった。独りで勝つだけなら簡単だが、国を奪うとなると国を滅ぼすだけでは達成できないのが難しいところだ。
ともあれここまでは比較的順調に進められている。
後は国取り最大の課題、俺への英雄視だ。
俺は先の一件からもわかる通り、御伽噺に出てくるような英雄ではない。能力的には兎も角人間性で言えばかけ離れた存在だ。そんな俺が民衆を束ねることなどできるわけがない。
「こちらでも順調にカイト様の噂を広めていっております。最近は訪ねる使用人に小さく笑顔を振り撒くようにしてるんですよ」
レーナはそう口にした。俺と関わることで徐々に感情が戻りつつある傾向だと知らしめるためだろう。演技でありながらそうとしか思えない彼女の図太さには驚嘆しそうだ。使い分けがきっちりしていて裏と表を別としてコントロールしている。如何な女優と言えどここまで完璧に自分をコントロールできる人はなかなかいないと思われる。
だからこそ必要なポジションだ。自分を完璧にコントロールし、その上で相手への印象を操作するのが彼女の本質だ。俺みたいに特になにもなく生きてきたヤツは周囲の評価なんか捉え方に任せる他ない。
そんな彼女と今後の計画について話し合う。
「まずはカイト様がもっと民衆の支持を得なければなりません」
レーナは言った。国王に取って代わるなら確実に必要なモノだ。とはいえ普通に過ごしていては俺が支持を得られるとは思えない。
「今のカイト様の評価をまとめてみましたので、現状を再確認といきましょう」
そう言ってこれまでの俺への評価を並べていく。
「まずドルセンの街。ここでは僅かな間で高難易度ダンジョンを攻略した者として有名です。また強者にも縁がありルグルスさんと度々会っていたことで冒険者内での評判はそこそこ良いと言ってもいいでしょう。直接関わりがなくても、周囲との関係によって良く見えている、という状況です」
特に深くは考えていなかったが、どうやら他人からはそういう風に見られているらしい。他人の評価なんて聞く機会は元の世界で暴力を振るわれている時だけだったからな。客観的に見たモノとして考えるなら滅多にないことだと思う。
「ではドルセンの街にいる民からの評価はどうでしょう。冒険者の方々からは慕われているわけでなくとも問題はない状態だと思いますが。とはいえこちらも悪くはありません。ただ及第点というほどでもないですね。依頼を基本断らないことが依頼を発した方々からの評判の良さには繋がっていますが、実際にカイト様が依頼を受けていない方々からの評判は「途轍もなく強いが素性の知れない冒険者」という評価になります。もう少し目立つと言いますか、風格ある様子で街を歩き民に大きく噂が広がるように依頼を受けてはどうですか? 無論カイト様がお受けしないような小さな依頼になってしまいますのでランクの低い冒険者からは反感を買う恐れもありますが、今なら多少は推測を立ててくれます。これはカイト様の判断の結果ですね。なにかわかりますか?」
たまにこうして自分と同じ考えに至れるかを試してくることがあった。それまでの会話などで多少のヒントは与えてくれているので無理難題というわけでもないが、多少は考える頭を持っていないと自分に相応しくないとか、そういうことを考えているのだろうと思う。
で、今回は実力より下という意味で見合わない依頼を受けても反感を買わない理由、か。普通に考えれば他の冒険者の稼ぎを奪うことになるんだから反感を生んで当然だ。そうならない理由は、俺がそういった依頼を受けることに周囲が理由を見出すから、だろうか。憶測でなにかしらの理由を見つければ納得してくれる、と。
そしてそれは俺の判断の結果起こったこと。となれば答えは簡単だ。
「……ルグルス達が受けていたような、人を助けるための依頼か」
「ええ、正解です」
彼らは冒険者としての稼ぎよりもどれだけ人が困っているかで判断している節もあった。無論困っている人というのは大抵の場合金銭的に余裕がないため報酬料が下がるのだが。そういうのを度外視して依頼を受けてくれる、というのは確かに民衆の支持を得やすい行為だろう。そして今なら彼らが死んだことで意志を受け継ぐ的な意味合いに取ってくれる、か。
「困っている民のために奔走する……英雄的な行動だと思いませんか? 実際、人柄と行動によってルグルスさん達はとても慕われていました」
「……それを利用する、か。まさか俺が言い出した時から考えてたんじゃないだろうな」
「さぁ。それはどうでしょうね」
微笑んだレーナの真意は読み取れない。俺は今までの人生で真っ直ぐぶつけられた感情しか知らないので、隠された心情を解き明かすことなんてできるわけもない。スキルを駆使すればある程度は察せるだろうが、わざわざ使う必要もないだろう。
「……まぁいい。で、続きは? 王都と、近辺以外での評判だろ」
「はい。王都では城での評判が上々です。これは私が操作しやすいので当然ですね」
「……そうか」
他人の印象操作についてはある程度自負があるらしい。とはいえ使用人の対応も良くなってきているような気がするので、事実そうなのだろうとは思う。
「王都でも騎士達からは実力において畏怖と憧憬が混ざり合った状態ですね。騎士団団長と渡り合った実力は認められており、味方なら心強い。敵になった時は恐ろしい。という評価です。人柄についてはあまり知られていませんが、私の方で多少融通は利かせられるでしょう」
城ではそこそこの評価のようだ。
「王都全体で言えば、そうですね。騎士は城内と同じ状況ですが、民は簡単です。フーア様とルーリエ様と一緒に歩く姿が目撃されているため、世の男性陣の嫉妬を一手に引き受けていますね」
……ここまでは一応英雄視されるかどうかの話だった気がするんだがな。
「加えて騎士団団長とも関わりを持ち、私とも密会を重ねている――となるとやむを得ない状況でしょう。とはいえフーア様は無垢で、ルーリエ様は以前からの評判があります。お二人がカイト様と一緒にいることで悪い人間ではないという認識はあるようですね」
「……そうか。じゃああの二人共時々歩くのがいいか?」
「ええ。会う回数が少ない、少なくなる、というのが見えてくると弄んだという評価が出かねませんので。私に会うような頻度、よりも少し多めくらいで見ておくといいと思いますよ。後はドルセンの街と同じく、人を助ける依頼を選ぶことですね。こちらはルグルスさんの死の影響が薄くなっているので、そこまで露骨にやるのは良くありません。難易度が高い依頼でもそういったモノはあると思いますので、そういう依頼からこなしていくといいかもしれませんね」
「……わかった」
俺は英雄になりたいわけではないので、そういう風に思われる行動をする気はない。だが彼女は効率のいい方法を示してくれるので、楽できる。あと自分で考えなくてもいい。よくわかんないしな。これまで見てきた作品を浮かべても、人を救うことが英雄としての評判を高める行為だとは思うのだが。かといって大抵の場合は大事件が起きてそれを防ぐみたいなことが多い。そこで一気に評判を高めているようだ。
ただしそんな不確定要素に頼るわけにもいかないため、日々なにか行う必要があるだろう。
「こんなところでしょうか。国外ではあまり評価という評価がありませんね。黒帝が現れた、という噂は立っていますがそれがカイト様だという認識が広がっていません。まぁそれは全世界に向けて宣戦布告をした時にでも知らしめればいいでしょう」
「……そうか。なら帰る」
「はい。また会いに来てくださいね」
まるで楽しみにしているかのような物言いだ。上手く考えられている。
俺は名残り惜しくもないので背を向けさっさと部屋を出た。地道ではあるが必要なことだ。やれることはやっておこう。