エサ
俺は目の前で仰向けに倒れるルグルスを見下ろしていた。
「どういうことだよ! なんでこんなことするんだよ!? なぁ!」
彼は相当な怒りを抱いているのか、死にそうだというのに俺を睨み上げて怒鳴ってくる。大した生命力だ。この傷で即死しないのは、この世界の人間の方が強いからだろうか。生命力というステータスはないが、生きていくという意志が強いから成せるのかもしれない。
ルグルスが死ねばそれでいいので、別に答える意味もないのだが。
「……俺の目標に邪魔だったから、だな」
肝心な部分は暈すが、答えることにした。これから死ぬヤツになにを言っても仕方がない、と言ったヤツは後に逆転されて殺されるのだろうが。
「……お前は凄いヤツだと思う。とんでもない強さを持ってるわけじゃないが、人を動かす力を持ってるからな。しかもそれはスキルに依存したモノでもなく、お前本来が持つ気質や人柄が理由だ」
「それが、どうしたって言うんだよ」
「……もし俺が世界を支配するために各国へ戦争を仕かけるって言ったら、お前はどうする?」
話を区切って質問で返す。
「ふざけてんのか?」
「……真面目に言ってる。俺の予想じゃ、お前は戦争に困窮した人達のために革命を起こそうとするんじゃないかと思ってな」
「……そうなったら、すると思う」
「……だろう? そういう時、お前の人を動かす力は厄介だ。人の集まる王都に近い街にいれば、革命の起こりは早く大きくなりやすい。世界中に手を回すには、あまり早くに国が壊れてしまってはダメだからな」
言っておくが、俺はレーナが協力したところで自分の台頭した国が長持ちするとは思っていない。ならどうすればいいか、という話。単純に早く世界を手に入れる。国が崩壊してしまう前に決着をつける。ただそれだけのこと。
「そんな理由で、俺を殺すってのか!」
「……ああ」
「俺は……っ、お前のことを、友達だと思ってたのに……っ!」
ルグルスは涙を流していた。その涙の理由は俺にはわからない。
「……それは勝手にお前がそう思ってただけだろ」
一緒に依頼に行って、一緒に宴をして、自分のことを打ち明ける。それが友達だというなら確かにそれと同じことはやっていた。だが俺はルグルスのことを友達だとは思っていない。利用するだけ利用して、自分にとって都合が悪くなるなら殺す。ただそれだけの関係だった。
「っ!」
彼は俺の言葉を受けて目を瞑り唇を噛んでいた。
「……あ、戻ってきたか」
「あ……?」
俺は遠くから駆けてくる姿を見かけて声を上げる。ルグルスにはなにかわからなかったようだが、見たことはあるはずだ。
白い岩のような肌に亀裂が入り、そこから赤い光が漏れている。体長三メートルくらいの人型で、頭は丸く顔には目と口があるだけだ。特徴は腕の肘から先が巨大化していることと、メインであるその腕とは別に肩から腕が生えていることだろう。肩口から上に生えた腕は細く、先端が刃のようになっていた。打撃と切断を可能とし、とりあえず凶悪そうには見えるようになっているだろう。
そいつが俺の隣に来たことで、ルグルスにも見えたらしい。目を見開いて唇をわなわなと震わせていた。
「そ、そいつは……」
彼の顔から血の気が引いていく。
「……こいつは俺が創った生物だ。ステータスは五分の一ほどを分け与えてある」
「っ――ふ、ふざけんなよ!」
俺が説明すると、ルグルスが怒りを再熱させて怒鳴ってきた。まぁ、彼の心情を思えば怒鳴りたい気持ちも理解できる。
「そいつは、そいつは俺の仲間達を襲ったヤツだ! それをお前が創ったってんならあいつらはお前に殺されたってことだろ!? なんでだよ! 俺を殺したいなら、あいつらを殺す必要はなかっただろ!」
自分が今にも死にそうだと言うのに、仲間達のことで怒っている。興奮したせいか怒鳴った後で咳き込んでいたが。
「……お前だけを殺した場合、あいつらはお前のために必死になって殺したヤツを追う可能性があった。俺は殺しに関しては素人だからな、証拠を残さないというのは厳しい。いつか判明する可能性が高かった。だからまとめて事故として処理した方が早い」
もちろん彼らと別れる前に遭遇した敵も、俺が創ったヤツだ。あいつにはステータスの三分の一を分け与えているので、それなりに強い。分け与えた分俺のステータスが下がってしまうので、もしもの時のために半分以上の力は絶対に与えないようにしようとは思っている。
『蠱毒』の応用の一つだった。殺した相手のモノを身体すら自分に加えられるなら、ストックを使って新たな生物を創り出すことが可能か、実験していたのだ。その成果と言える。
「ふざけんな! そんな理由で人を殺していいと思ってんのか!」
ルグルスがそう怒鳴ってきた。
人殺しはいけないことか、と聞かれれば「はい」と答えるだろう。ただし、自分勝手な理由で人を殺していいか、と聞かれれば「俺はやる」と答える。
元の世界もそうだが、世の中には自分のしたいようにやって人に害を成すヤツが多すぎる。
元の世界では、殺しと言うより人を人として見ないヤツだ。
俺をサンドバッグにしてきたヤツらや社会でセクハラを平然と行うヤツらがそうだ。ヤツらは相手を人として見ていない。見ていないからこそそういう行為ができるんだ。人ではなくモノとして見ている。それは人としての尊厳を傷つける行為だとよく言われるが、それでは生温い。
今まで人として生きてきた相手の、人としての尊厳を殺す行為だ。
ただやる方は悪気がない。ヤツらは責め立てられれば「俺は悪くない」と宣い、場合によっては「あいつが悪い」とこちらを指差すのだ。
そんな人間を知っているからだろうか。俺は尊厳を平気で殺すヤツのいる世界で生きてきたからか、理由があったら殺してもいいという考えも少しある。
人としての尊厳を殺す行為が、人殺しとどれほど差があるのだろうか。
もしかしたら、俺は昔そういう人達に対して怒りを抱いていたのかもしれない。
だからだろうか。俺もやりたいようにやるなら人を排除してでもやろうと思う。もちろんそれが正しいとは思えない。周りがやっているから自分もやっていい、では被害が拡大するだけだ。唾棄すべき行為だ。
だがそうでもしなければ達成できないことを掲げてしまった。神を殺して世界を自由にするのなら、この世界の人々全員を殺すことになるだろう。それなら、たった四人を殺したくらいで止まることもない。元々、周囲の人間に一切の感情も抱いてはいない。
話が脱線した。
簡潔に言えば、そんな理由で人を殺していいとは思っていないが、俺はやる。それだけだ。
「……いいとは思ってないが、俺はやると決めた。それだけだ」
これ以上は話す意味がなさそうだ。ルグルスの目が虚ろになってきていた。俺が長ったらしく考えていたからだろう。時間が経ちすぎている。無事に殺しを達成できそうだった。
そろそろ、次の段階を始めておくか。
「……お前はこの辺を縄張りとしろ」
俺は生み出した四本腕の怪物に命じる。俺の一部とはいえ知能を低くしてあるのでほとんど獣のようなものだ。五分の一程度のステータスではあるが充分SSS級冒険者とも戦えるだろう。もしかしたら討伐に動く可能性もあるので、こいつにはその時死んでもらう予定だ。死ねば俺が殺さなくても分け与えたステータスが戻ってくることも確認済みだ。
もう一体、最初に遭遇した方も俺が創ったのだが、あいつとはちゃんと戦って倒している。手がいっぱいだったという事実を創るためだ。
名前はつけていない。どうせ新種のモンスターとして学者か誰かが名づけるだろう。そういうのは専門の人に任せればいい。
四本腕の怪物はのしのしと去っていった。俺の命令には忠実なようだが、強くなって俺を殺そうと思っているようなら早々に片づけておくべきだ。おそらくSSS級による討伐が依頼されるとは思うが、一応忘れないようにはしておこう。
そして。
「……来たか」
俺は既に息絶えかけたルグルスを置いておいて、魔力感知した反応の方へと目を向ける。まだ遠い位置だが、物凄い速度でこちらに迫ってきていた。間違いなくSSS級、もしくは同等の力を持つ実力者だ。
これでようやく、次の段階へいける。
跳んできた何者かは、少し手前で着地すると滑るように俺の近くまで来た。十メートルほど手前といった距離か。俺は愛用しているトリニティ・トライデントをしっかりと握っていつでも振るえるようにしておく。
大量の砂埃を巻き上げてやってきた相手の姿が、風によって露わになる。
「……これはどういう状況じゃろうな、カイト……ッ!」
俺の方を憤怒の形相で睨みつける、大人の姿になったキルヒがいた。
そういえば異性の血を吸うことで本領を発揮するんだったな。普段は幼い姿だが、それによって能力が大幅に向上するはずだ。
つまり本気で戦いに来ていると言っていい。
「……モンスターに襲われ離れ離れになったところを狙われた」
「白々しいの。残念じゃが儂の鼻はそやつの血の匂いを主の剣から嗅ぎ取っておる。言い逃れはできんぞ」
……流石にそこまでバカじゃないか。
「……そうか」
誘き出せたのはキルヒだった。俺としてはギルドマスターだった方が都合が良かったと思うのだが、まぁSSS級冒険者であればそれなりに顔が利く。SSS級冒険者が発言した、というだけで影響力を持つくらいにはなっていると思うので、充分な成果だろう。
「儂は、どういう状況かと聞いたぞ? ただでは帰さんが、答えぬと言うならより酷い目に遭わせるしかないの」
より酷い目、か。それは俺が今まで受けてきたモノより酷いのだろうか。どちらにせよ受ける気はない。
「……ギルドマスターじゃなかったのは残念だが、キルヒでもいいか。折角来てもらったことだし、協力してもらうぞ」
「ただの殺人鬼に協力する謂われはないの。殺さずに痛めつけてやるわっ!」
キルヒは物草でほとんど依頼を受けないにせよ、充分信頼を築いている。利用する価値はあった。向こうもこっちを倒す気だろうが、力で上回るしかないか。
言いながら突っ込んできたキルヒは十メートルの距離を瞬時に詰める、かに思われたがフェイントをかけて倒れ伏すルグルスの方へ向かった。俺を倒すと息巻いておきながら人助けを優先するとは、意外と冷静だな。だが彼には死んでもらわないと困る。ルグルスを抱えようとしたキルヒの頭に向かって強めに蹴りを放つ。インパクトの瞬間頭部が吹き飛んだ。常人なら即死だが、相手は“吸血姫”だ。飛散した血液が空中から頭部へと集まって頭を再構築する。
「……頭を潰しても死なないのか」
「やってくれおるの、小童っ……!」
頭を潰されたからか青筋を立て苛立ちを露わにしている。今度は俺に殴りかかってきた。かなり力を込めた一撃だ。後方に跳んで回避したが、殴りつけたことで土砂が舞い上がり衝撃で俺の飛距離が伸びた。俺が着地すると同時に舞い上がった砂を裂いてキルヒが姿を現し、再度殴りかかってくる。愛用している銃は持ってきていないようだ。それほど急いでいたのだろう。
直撃だけは受けないように回避するが、余波でフラつきそうになるくらいの一撃だ。
……さて。キルヒの再生能力を見るのは初めてではないが、多少手傷を負った程度しか見たことがない。不老不死の吸血鬼と言えど頭を吹き飛ばせば死ぬかとも思ったんだがな。俺の世界だと心臓を杭で貫くと死ぬ説があった。やってみるか。
「……黒杭よ」
彼女の攻撃を避けてから黒を杭状にして発射、左胸を刺し貫く。が、キルヒは僅かに後退した程度で杭を抜こうともせず迫ってくる。後ろに飛び出た血液の浮遊時間が長い。いや、あれは落下せず浮かせているのか?
一向に地面へと飛び散らない血液を不思議に思っていると、それに気づいたらしいキルヒが俺の眼前で心臓に刺さった杭を抜いて振った。そのせいで血液が大量に噴射され、俺にかかりそうになる。その直前で血液が意思を持っているかのように動き鋭い刃となった。……血液を操る能力でもあるのか。
仕方なく本気で跳躍して十メートルほど距離を置いた。血の刃が空振りに終わると後方に飛んでいた血液と合わせて胸に空いた穴へと吸い込まれて、元通りに再生する。
「……血液を操る能力に由来した再生能力か」
加えて頭や心臓を潰しても難なく再生できる。ということはどこかに核のようなモノがあればわかりやすいが、最悪どこを潰しても瞬時に再生できるだろう。
「惜しいのう。儂ら吸血鬼という種族はそもそも血液が魔力となっておる。上位の種族であるが故に身体を魔力、つまりは血液によって構築しておるのじゃ。血を操るだけでは骨まで再生できんじゃろう?」
「……余裕だな。わざわざ説明するなんて」
「余裕じゃよ。お主は強いが、儂には勝てん」
慢心だな。まぁ今まではそれでも本当に勝てていたからいいんだろうが。
再生をする時、俺みたいなストックを消費するタイプなら兎も角スキルとして所持しているなら多少なりとも魔力の消費を伴うはずだ。だがこうして対峙している限り、消費している様子はない。彼女から感じる魔力は全く変わっていなかった。つまり斬っても潰しても血液がそのままならなんのデメリットもなく再生できる、のかもしれない。
……一つ、試してみるか。
「……紫電の咆哮」
右手を前に突き出して、キルヒへと『紫電』を幾重にも束ねたモノを放つ。前方へ一直線に向けて放つ、純粋な攻撃だ。大抵のモノは消し炭にできると思う。
「っ……!」
キルヒがどうするのかを見ていると、彼女は跳んで避けた。炭にできれば再生もできないかと思ったのだが、正解なのかもしれない。魔力の消費もなく再生できるなら、避ける必要もないだろう。多少痛いかもしれないが、正面から乗り越えてこれるなら相手の精神に影響を与えられそうだ。
それでも完全には回避が間に合わず横っ跳びで避けた彼女の足に当たる。消し飛ばすほどの威力ではなく、また感電もしない。ただしその分電熱を高めるようにしている。故に当たった箇所は再生する間もなく炭と化す。
両足が瞬時に黒ずみキルヒが苦悶の表情になる。いくら再生するとはいえ痛みは伴っているのだろう。両手を使って器用に受け身を取り、炭となった両足を地面で砕いて新たな足へと再生させていく。
ふむ。再生速度が遅いな。その上魔力が少しだけだが減った。再利用できない場合は新たに生み出すしかなくなるのだろう。
「……なるほど。つまり再利用できないように消し飛ばし続けて魔力が尽きるのを待てば、殺せるわけか」
「それが実行できるほど、儂は甘くないぞ」
確かにな。ステータスの格差は大きいだろうが、魔力の消耗を考えるとどうだろうかと悩むところはある。俺の魔力量は膨大だと思うが、『紫電』を使った消費量とキルヒが回復する時の消費量が割合としてそう変わらないように感じた。つまり紫電の咆哮を使った場合最低でも身体の半分は削らないと先にこっちの魔力が尽きてしまう。そうなったら難しくなるな。剣では追い詰められない。『紫電』以外を使う手もあるが、『紫電』以外で同じようにできるか、『紫電』より燃費がいいかはまた別の話だ。
『紫電』での攻撃を確実に当てるために剣を使うことも考えられる。なんにせよ長い戦いになる可能性はあるが。
もう一つ、比較的短期にいけるかもしれない方法もあるにはある。長く戦って他の強者に気づかれても面倒だし、そっちでいくか。失敗しそうなら細切れにした上で消滅させるしかない。もしくは一部の血液を瓶詰めにして残すとか。
やれるだけやってみるか。様子を見て対処するだけが最近多いような気がするし、相手を殺す気で戦うということをやるか。
たまには戦っておかないと、勘が鈍るだろうしな。