五人と独り
見張りは基本的に寝落ちします
「……おい」
机の上に突っ伏して寝ている俺を起こす声があった。……チッ。止めてくれるヤツが居ない夜を狙っていやがったのか。
「……」
俺は内心で毒付くが、もう遅い。声をかけられて思わず顔を上げてしまったのだ。……まあ俺が自分から起きなくても殴り起こしてサンドバッグにするんだろうが。
「呑気に寝やがってよ。てめえ、調子に乗ってんだろ」
赤崎が俺の髪を掴んで引っ張り上げる。……禿げるのは遠慮したいので自分から立ち上がる。
「てめえ、姉やセンコーが居るからって安心してんだろ。甘えよ。おらっ!」
やはり誰もが疲れていたようで、残念ながら皆寝静まった教室の中で赤崎は俺の髪を引っ張って窓側の壁に叩き付ける。……痛いな。十円ハゲが出来たらどうしてくれる。よく効く育毛剤を買ってくれるんだろうな?
俺はそんな筋違いのことを考えながら、思う。
……ああ、今日は長くなりそうだ。
いつもはチャイムと言う区切りがあるため終わりがある。だが今回は睡眠と言う長い時間、俺は暴力を振るわれる可能性があった。……しかも赤崎の『絶対防御』による衝撃跳ね返しパンチをくらったらいくら俺でも死ぬ。かなりマズい状況だった。
「おい、てめえら。やっちまおうぜ、おらっ!」
そして赤崎は他三人の不良に呼びかけ、俺が懸念した通り『絶対防御』を使った蹴りを放ってくる。
「……っ」
反射的に腕を交差して防御するが、骨にヒビが入った。……クソッ。だから面倒なんだ。
「そういやさっきてめえを殴った時に気付いたんだがよぉ。モンスターを狩るなんて面倒なことをしなくても、こうして人間を蹴るのにスキルを使ってりゃ! ……スキルの経験値は上がんだよ」
赤崎は言いながら俺に二つ蹴りを入れる。……チッ。内臓をやられるのはマズいが、腕が折れるのもマズい。
「おいおい。俺にもやらせろよっ!」
ガッと頭から地面に叩き付けられると、防御が甘くなっていたせいで脇腹が開いていたらしい。灰色のオーラを纏ったもう一人の不良の右足が俺の肋骨に突き刺さる。
ボギッ。
「っ……」
俺は無表情から少し苦悶の表情を浮かべる。……いつも通り、何の変哲もない蹴りだったが、あっさりと俺の肋骨が一本折れた。
……スキルの効果か。
「良い表情だなぁ! 教えてやろうか? こいつのスキルは『破砕』。どんなモノでも一撃で壊しちまうってスキルだ」
ニヤニヤとした赤崎が自慢げに説明してくる。……『破砕』。なるほど、そんなスキルなのか。つまり戦う時は攻撃にさえ当たらなきゃ良い。
その後は二人による俺の人体破壊が続いた訳だが、俺の身体は直ぐにボロボロになって意識が朦朧としかける。
「で、俺の出番って訳だな。俺のスキル『偽癒』は俺が攻撃した箇所を痛みをそのままに傷を治すってスキルだ」
……最高のスキルじゃねえか。拷問用のな。
新たに出てきたそいつは二人がボロボロにした俺の身体の隅々までを霞んだ黄緑色のオーラを纏って殴って蹴ってと暴力を重ねる。
……痛みはそのままなのに身体の骨折などの違和感が消えた。嫌なスキルだ。
「んじゃ、そろそろ俺のスキルも使わせてもらうぜ。『獣の本能』ってんだが、これは初級の状態では五感を二倍に引き上げるって効果だ。つまり、だ」
四人目が説明してくれる途中で、その用途が分かった。……つまり触感を二倍に引き上げて俺の痛覚を上げようってんだろ。
「……痛覚も二倍になっちゃう訳だ!」
やや溜めを作ってそう言い、そいつは俺の身体に濃い紫の光を放つ。それが俺の身体に当たった瞬間、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。……心臓の音と寝息が煩い。お前らのズボンはそろそろ穴開くな、綻んできてる。俺がさっき食べた木の実は酸っぱさが九十%ぐらいあるが苦みや辛みや甘みが入ってるな、残ってる後味で分かる。お前らの体臭は物凄いぞ、水谷先生がスキルで洗浄してくれた筈だが溝のような臭いがする。ああ床が冷たい、何か基準があれば何度かまで当てられそうだ。
「こんなんで死ぬなよ?」
赤崎が言って、俺の顔と胸元を覆う左腕を蹴る。
「……っ!!!」
俺の腕は、一瞬で元がどんなだったかを忘れる程にグチャグチャに捻じ曲がった。……嘘だろ。滅茶苦茶痛いじゃねえかよ。俺じゃなかったら発狂して泣き喚いているぞ。逆にそれが俺の弱点でもある。泣き喚けば誰か起きたのかもしれないのに。
「おい! 赤崎お前、力入れすぎだ!」
「違えよ! ……チッ。――ん? ああ、そう言うことか」
赤崎は不良の一人に言われ怒鳴り舌打ちしながらカードを確認し、ニタリと笑う。
「てめえらもカードを確認してみろ。俺の『絶対防御』は中級まで上がって反射するのが三倍になってやがる」
「……俺のもだ。危ねえ危ねえ、力加減間違えて一発で殺しちまうところだった」
「……俺もだ。治した際元からあった痛みが三倍になる。中級だ」
「……俺はまだだな。まだ一回しか使ってねえし」
不良共はカードをぽけっとから取り出し確認して、口々に報告する。
……俺への暴力で中級まで上がったってことかよ。ってか『偽癒』持ってるてめえ、早く腕治せ。滅茶苦茶痛いんだぞ。
「お前のって重ねがけ出来たっけか?」
「ああ」
「じゃあ重ねがけしてスキルランク上げようぜ。魔力が切れるまでこいつで試せば良い」
……ああ、最悪だ。いつもより長いどころじゃない。いつも最悪だが、今回は特にヤバい。発狂しないで居られるか。それが肝となるだろう。面倒だ。
その後、俺は悲鳴を上げることなく全身を蝕む強すぎる激痛に耐えていた。……いや耐えている訳ではない。もう既に、痛いとか考えるのは止めたのだ。痛みは引かないしどんどん一撃が重くなっていくし、痛くてもどうでも良い。
しばらく続いたそのリンチは、ある一人によって中断された。だが俺は、
「な、何をやっている!」
そいつの登場で、更に厄介になったと思う。
そいつの足音で近付いてきたヤツが分かったが起き上がり、直前まで浅い眠りに着いていたのか起きて近付いてきたヤツを確認した。
……男子副会長、御宮優輝か。最悪だな。
「……何って、ストレス発散だよ」
赤崎は御宮の登場に少し驚いていたが、まるで自分は悪くないと笑い、驚く御宮に見りゃ分かんだろとばかりに言った。
「ストレス発散?」
スッと御宮の表情から驚きが消え、汚物を見るような目で――いやゴミを見るような目で俺を見下ろした。……感情のない目だ。いや寧ろ嫌悪などの負の感情が渦巻いていると言うべきか。赤崎達はそれに驚いていたが、赤崎が逸早く立ち直ると、言い訳、いや説得を開始する。
「ああ、そうだ。てめえも溜まってんだろ? ――何であの四人が、センセーがこんなヤツを庇うのか」
「……」
「諫山のヤツも四人姉妹ももう一人の生徒会役員のヤツも、全員ずっとお前じゃなくてこいつを気にかけていた」
「……」
「てめえの方が強く優しくてカッコ良いのに、何でてめえじゃなくてこいつなのか」
「……」
赤崎の言葉に、段々と瞳から感情が失せていく。……だから嫌いなんだ。
女子人気が勿論高いこの男子副会長様は、否定されたことがないから精神が弱い。しかも自分が否定されるようなことになると自分に都合が良いように勘違いしくさりやがるもんだから、性質が悪すぎる。俺はこいつに目を付けられたせいで、更に傍観者を増やす結果となったのだ。
こいつと四人の姉ともう一人について、最も有力な説が一人だけ男子で入れていることから、五人に好意を寄せられていて共有の彼氏だと言うモノだ。……あの奏と言う厳格な人が混ざっている時点で複数との不純異性交遊を認め入っているなどとは考えにくいのだが、そこは色恋沙汰は別、みたいな感じになっているようだ。
そう言う噂があってこいつも恐らくそう思っていて(付き合っているかの真偽は兎も角)、俺の噂を聞いた。恐らくこう聞いたのだろう。「四人姉妹に付き纏っているヤツが居る」または「四人姉妹と同棲しているヤツが居る」。だからこいつは俺を校舎裏に呼び出し胸ぐらを掴んでこう言ったのだろう。
「君が誰かは知らないが、彼女達に付き纏ってるなら止めろ。彼女達を傷付けるような真似をしたら――殺すぞ」
と。……いやぁ、イケメンが怒るとめっちゃ怖いよね。しかも八方美人で善人と言われ俺も「……うおっ。流石あんな美女四人と美少女を侍らせてハーレム作るだけあるわ」とか思っていたんだが、残念ながらそれから俺の評価はガラリと変わった。そりゃそうだ。何か姉と弟が一緒に家に住んでるだけで殺すって脅されたんだぜ? やってらんねえよ。まあ弟だってことは知らなかったらしいが。
……その後も同じようなことを言われたからあんまり変わらないらしい。ストーカーのようなヤツが気に入らないんじゃなくて、「俺」と言う存在が嫌いになっただけだろう。
「こいつを消せばどうなるだろうな? 悲しむかもな。けどよ、そこをてめえが慰めてやれば関心は誰に向く? 俺か? 他のヤツか? 違うだろ? ――てめえだよ」
「……」
赤崎の説得に応じたらしく、御宮は俺の方へ歩いてくる。……あーあ。クソみたいだな、こいつ。ってか俺このまま死ぬじゃん。短い人生だった。来世では美女に生まれ変わってチヤホヤされたい。
俺は冗談めかしてそんなことを思いながら、バリバリバリッ! と烈しい雷を纏う御宮を見据える。
スッと無言で後ろに持っていかれた右足は、雷を纏っているため高速で俺の腹に突き刺さる。
「っ……!!」
ゴボッ、と俺は堪らず吐血する。……ああクソ内臓潰れたか焼けたかイカれてんじゃねえかよ滅茶苦茶痛いってか痛いどころの騒ぎじゃねえよ死ぬ絶対死ぬ俺もう死んで楽になりたいクソッ今度は『偽癒』かよふざけんな早く殺せ治しても痛えんだよてめえのはいい加減にしろよ偽善者てめえ何個内臓潰す気だああまた『偽癒』っててめえら参加するんじゃねえよクソが。
俺は次々来る痛みに飽きてブツブツ心の中で罵倒するのを止め、何も考えなくなる。
「気は済んだか?」
全身の激痛で意識を失うことも出来ない俺を一人痛め続けた御宮に対し、赤崎が遂に聞く。
「……殺さないのか?」
既に暴力が作業と化していた御宮は、少し意外に思ったようで間を置き、無表情に聞いた。
「バカが。冷静さを失ってんじゃねえよ。ここで殺したら何かしらの証拠が残るかもしんねえだろ。だからトイレ行ってモンスターに襲われた風を装うために、こいつは生きたまま外に追い出さなきゃいけねえんだよ」
……最初からそう考えていたらしい赤崎は言う。御宮も納得したのか大人しく引き下がった。
「おら、よっと」
赤崎は制服は兎も角身体の見た目だけは無事な俺の髪を掴んで窓の鍵を開け、外に放り投げる。
……。
…………。
黒い草の生えた地面にドサッと落ちる俺。窓は閉められカチャリと鍵もかけられる。これでは中に入れない。
……。
…………。
………………あっ、痛みが少し減った。
俺は気を失えない程の痛みが続く身体で、感覚が何十倍だか何千倍だかになっているので痛みが少し減ったことを感知した。……そりゃそうか。スキルの効果は永遠じゃない。どんなに強いスキルであっても――強いスキルになればなる程制限が付く。それはあれらのスキルも同様なんだろう。最後の方になると『破砕』は半身が砕け散る程にまで上がっていたが、『偽癒』や『獣の本能』は効果持続時間ってのがあるんだろう。それは段々と伸びていくだろうが、既に最初の方にかけられたのは効果が切れているのだろう。その辺を考慮すれば『偽癒』を持っていたことは、拷問としては最悪だったが、結果としては助かったと言える。
「…………」
俺はそのままじっと、耳を澄ませながら身動きせずに横たわる。……程なくしてゴーガーゴーガーと言う大きな鼾が聞こえてきた。恐らく赤崎の鼾だろう。煩そうな感じがするからな。
「……ふむ」
俺はしばらく経って痛みが消えると、スッと立ち上がって身体の調子を見る。……問題ないようだ。ステータスが上がった訳でもない。
「ゴアアアアァァァァァァァァ!!!」
既に何キロ先からこっちに向かっているのを地面に伝わる振動や足音や臭いなどで感知していたが、初めて見るモンスターだった。
……見た目から簡潔に連想出来るのは、猿だろうか。脚より腕の方が長く、黒く毛むくじゃら。爪が長く犬歯は鋭く尖っている。ただ蝙蝠のような漆黒の翼が生えていて、頭に鹿のような硬そうな黒い角を二本生やしている。
……これはあれか。何かこう言う悪魔みたいなヤツだろうか。
全長十メートルと言う巨体を前に、俺は呑気なことを思っていた。