一般的冒険者
「なぁ、カイト。一緒にモンスター討伐しに行かないか?」
ある日。ルグルスが俺を依頼に誘ってきた。
「……難易度高いのか?」
彼とは顔を合わせて時間があれば話をする程度の関係を続けている。新情報を聞けることがなくなってきたため、もうそろそろ忙しいなどの理由で距離を置いてもいいかもしれないと思ってはいるが。
とはいえ彼から依頼に誘われるとは意外だった。冒険者としてのランクがかけ離れているため、普段受ける依頼の難易度が違いすぎるのだ。依頼の最中に顔を合わせることも滅多になく、大抵は依頼を受けに行く、依頼から帰ってきた冒険者ギルドで会うことが多かった。
なのでそう尋ねたのだが、
「いや、違う違う。まぁ急遽昇級したから不安はつき纏うけどさ。多分俺達だけでも大丈夫な依頼だ」
「……じゃあ俺が行く意味あるのか?」
「まぁその、なんだ。俺達の連携とかを見てくんないかなー、と思って。技術的なことはわかればでいいんだけど、客観的に見て乱れがないかな、とかさ」
他のヤツには許可取ってるから、暇だったら頼めないか? と手を合わせて頼み込んでくる。
……正直俺にメリットは一切ない。今受けてる依頼をこなした方が何倍もいい。だが次のダンジョンの話も来てないし、依頼も今日やらないといけないヤツはないな。まぁ「今日は忙しい」と言っても「じゃあいつなら空いてる?」と返されるのがオチだ。言葉を素直に受け取る人物だということぐらい、短い付き合いではあるがわかっている。
「……まぁ、一回だけなら」
俺はそう言って受けることにした。人にモノを教える、口を出せるほど達人というわけではないのだが。割と上昇したステータスを頼りに力押しする戦い方が多い。工夫なども考えればできるのだろうが、力押しが楽だった。なにも考えずに殴っていれば勝てることほど楽なモノはないだろう。
「よっしゃ。ありがとな」
そんな俺の内心は全く察さずに、ルグルスは白い歯を見せて笑った。……共闘の経験がほとんどない俺に、共闘の乱れを見ろって言われてもよくわかんないとは思うんだがな。
ともあれ彼の要望に応えて、俺は彼の仲間達と共にクエストの依頼場所に向かった。
「よし、人の目はあるがやることはいつもと変わらずだ。命を大事にな」
ルグルスがリーダーを務めているパーティの人数は四人だ。
ルグルス自身は片手剣と盾を持っており、前衛として防御と攻撃を担当する。主な役割は防御と指揮で、リーダーということもありパーティの要と言える存在のようだ。
残る三人は軽鎧を身に着けた短剣を二本持つ男性と、ローブを纏い杖を掲げる魔術師と、法衣を着込んだ神官らしき人物だ。
防御、遊撃、魔法、回復とバランスのいいパーティだとは思う。一見決定打はないが、他が時間を稼ぐ中で時間をかけてでも威力の高い魔法を発動すればいいという考えもある。使える魔法の相性にもよるが、逆を言えば相性を考えて依頼を受ければ問題なく倒せるという意味でもある。
そしておそらくだが、回復を担当する神官の彼が金鎚を背負っているのでアタッカーも兼ねているのだろう。とはいえ生命線でもあるので基本前には出ないそうだ。
強いて言うなら物理で遠距離攻撃できるといいと思ったのだが、四人の中では器用な短剣二本持ちの男性が弓を扱えるという。彼は器用貧乏と言うと聞こえは悪いが、ある程度どんな武器でも扱えるらしい。冒険者の理想が「どんな状況にでも対応できる」ことだと酔った拍子に聞いた覚えがあった。敵を倒すことで能力を獲得し対応できる状況を増やしている俺としても、その意見には賛成だ。でなければ毒や麻痺の耐性を持ったモンスターリストを作れだなんてギルドに依頼しない。
投擲武器も携帯しているようなので、最悪なんとかなる。もしくはなんとかなる程度の敵にしか挑まないのだという。
身の丈に合った依頼を受けるのは当然だ。むしろ冒険者としては推奨される行為だろうが。
……少し慎重すぎる気もしなくはないな。
俺が『蠱毒』というスキルを持っているのと、パーティ戦闘の基本知識がゲームだからなのかもしれないが。ゲームなら基本死んでも生き返る方法がある、または死んでも街に戻るだけ。だからこそ多少の無理をしてもいい。
だが現実になると瀕死の重傷を負ったら回復し切れないなど、ゲームにおけるHPだけでは表せないモノがある。
それが身に染みていれば当然なのかもしれない。あとそういえば、この街の冒険者は大半が高難易度ダンジョンに挑んで死亡したのだった。彼らにしてみても今自分達が死ぬ、まではいかなくても戦えなくなることがどれだけ重いのかをある程度認識しているのだろう。
彼らが受けているのはパーティ単位のクエストにはなるが、いつだったか俺が討伐していたトレーロベアー三体の討伐依頼だ。俺の依頼では毛皮を集めてこいという話だったが、今回は土地不足により街の外に畑を作っていた夫婦から、畑が荒らされたので退治して欲しいという依頼となっている。トレーロベアーはパーティ単位で言うならそこまで強い相手ではなく、三体という数も彼らでも問題ないと思われる。
ルグルスの方針なのか全員で話し合っているのか、少し難易度が低くても本当に困って依頼をしてきている人のクエストからこなしている、という話を別で聞いた。ギルドの方で他の冒険者達が話しているのを聞いた気がする。要は半分慈善事業でやっているのだろう。志は立派なモノだ。
トレーロベアーの爪を、ルグルスが構えて盾でしっかりと受ける。意外と攻撃を受ける、というのは難しい。回避した方が身体に僅かでもダメージがないので、耐久し続けるのが難しいのだ。
彼が前を抑えている間に、もう一人が短剣を携えて後ろに回り込む。背中を何度か斬りつけるが、出血しておらず毛皮を切断するに至らなかったようだ。モンスターも特に気にした様子はなく正面にいるルグルスに攻撃を加えている。
攻撃を通すには切れ味と筋力が足りないと見てか、短剣を腰の鞘に戻して腰の後ろに提げているナイフを取り出した。そして素早く切り裂くのではなく、大きく振り被って逆手に持ったナイフを背に突き立てた。一応刺さりはしたようだが、トレーロベアーは全く気にしていない。少しちくっとした程度の痛みだったのかもしれない。引っ張るとあっさり抜けてしまったので、毛皮は貫通できたが肉までは到達できなかったのだろうか。
自力では刺さらないと見てか、背に負っている小さめの弓を手に取ると抜き取ったナイフを矢のように、至近距離で番えた。充分に弦を引き絞ってナイフを発射させると、流石に勢いが強かったのかナイフの柄が僅かに見えるほどにまで深く突き刺さり、血が噴き出す。トレーロベアーも無視できなかったらしく、仰け反って悲鳴を上げていた。……今のナイフ、一回毛皮を貫通させた箇所に通したな。短剣を主に使うって聞いてたが弓の精度も高いのか。
かなりの近距離射撃ではあったが、それでもなお針に糸を通せるだけの技量は最低限持っているらしい。今のところステータスで同程度の存在はあまりいないが、それでも仮面のモンスターなんかはかなり強いはずだ。今ならなんとかなるかもしれないが。
背中にナイフを突き刺されたモンスターが怒りに牙を剥いて振り返るが、そこを今まで正面で攻撃を受けていたルグルスが右手の剣で深く柔らかい腹部を刺した。堪らず悲鳴を上げる中で彼は剣を抜いて一歩下がる。噴出した血がどばどばと地面に垂れて、ナイフよりも深い傷に改めてルグルスへ向き直った。
「二人共離れて。――フレアトルネード」
戦闘が始まってから今まで魔力を集中させていた魔術師が、一つの魔法を発動させた。
トレーロベアーの足元に赤い魔方陣が描かれて、近くにいた二人が跳び退く。魔方陣が輝きを放ち、やがて炎の竜巻が噴き上がった。毛皮が燃え上がり悲鳴を上げながら火を消そうと腕を振り回してもがくがトレーロベアーはあまり魔法への耐性が高くない。純粋な身体能力のみで戦うモンスターだ。
やがて魔法が収まり、煙を噴きながら黒く焦げたトレーロベアーがばたりと地面に倒れ伏した。だがまだ息があるようで、目を見開くと顔を上げて咆哮し、四肢に力を入れて起き上がろうとする。
しかし、びくっと大きく身体を痙攣させたかと思うと、急に力が入らなくなったかのように伏せてしまった。彼らを睨み上げる目には力が宿っているが、動けなくなったようだ。
「麻痺毒だ」
短剣を持つ彼が言った。俺へ説明しているのか、言葉が理解できないとしてもモンスターに伝えているのかはわからないが。
「悪いな」
ルグルスは一言そう言って、剣を両手で逆手持ちし、トレーロベアーの首目がけて振り被る。そして、思い切り突き刺して首を落とした。
俺はトリニティ・トライデントがあったので難なく両断できたが、一般にこいつの毛皮は渾身の力でなければ刃が通らないとされている。おそらく先程弓で放ったナイフに麻痺毒が塗られていて、それが回ったのだろう。もしかしたらその前のナイフを突き立てる動作は、毛皮を貫き確実に弓で突き刺すためだったのかもしれないが。そうだとしたら随分と器用な戦い方をする。
「よし、まずは一体討伐だな」
ルグルスが完全に仕留めていることを確認してパーティに告げた。戦闘が終わったと見て神官が三人の様子を見て回り、防御に回っていたルグルスのみに回復魔法を使っている。
「で、どうだった、カイト?」
彼に聞かれるが、どう答えたものか。正直に言って彼らの連携に穴があるとは思えない。
「……別に穴があったりはしないと思うが、如何せん火力に欠けるんだな」
それぞれが役割分担をしてしっかりと任された役割を実践する。穴のない堅実な戦い方だとは思う。
だが強敵に通用する戦い方とは思えない。もちろん彼らは強敵と戦わないように事前準備をしているのだろうし、強敵と戦う時は陣形を変えるのだろう。
だが急遽強い敵と戦うことになった場合、最悪脆く崩れ去る可能性はあった。逃走するにも火力が必要だ。強い相手を怯ませて逃げるだけの時間稼ぎをする方法はなさそうだと思った。なにせあれだけ魔力を集中させた魔法が、大して魔法耐性のないトレーロベアーを一撃で仕留められなかったこともある。
「あー……。まぁ火力に関しちゃその通りだな。もうちょい強い敵と戦うなら、ヘイザックも前衛になるから変わるんだろうけど」
ルグルスは俺の指摘に心当たりがあるらしく、苦笑して頭を掻いていた。ヘイザックというのは確か神官の名前だったはずだ。柔和な笑みを浮かべた青年といった風貌だが、その実パーティ一の怪力なのだとか。とはいえ戦闘技術が高いわけではないので、あまり期待しすぎるのも問題だろう。
「……ぱっと見た感じではそんなもんだ。あと魔法の威力を高めるなら、魔力を集中させるんじゃなくて魔力を凝縮させた方が時間に見合った火力になるとは思うが」
「凝縮? それはどういう意味ですか?」
眼鏡をかけた魔術師が尋ねてくる。俺より年上だろうが、誰に対しても敬語なのだそうだ。
「……魔法を発動させると自分の身体から魔力が流れ出るのはわかるか?」
「はい。魔法理論の常識ですからね」
俺がやると総魔力量が多いからかよくわからないのだが、魔法を使った時に自分の身体から魔力が流れ出ていく感覚があるのだ。
「……魔力の質が高い場合に一度で二つ発動するのを一つにまとめるのと一緒だが、流れ出る魔力をコントロールして密度を高めるんだ。魔力を集中させて自分の魔力を高めることができるなら、多分できるだろ」
複数魔方陣を展開できてしまうとよくわかるのだが、一斉に範囲へと魔力が流れ出る。その方向を一方に集中させることで、同じ魔力量を消費した上でたった一つの魔方陣を描き、絶大な威力を持った魔法が出来上がるという理屈だ。
「密度を高める……。なるほど、流れ出る魔力を普段より凝縮させて、空いた隙間に魔力を流し込んで通常よりも多い魔力を消費させることができるのですね。その結果一つの魔法で威力を高められると」
流石に実際魔法を扱っているからなのか理解が早かった。
この世界の魔法では魔法の名前を口にした瞬間、その魔法を起動するのに必要な魔力が抽出されて魔方陣が描かれる。その時魔力の質が低すぎると規定の魔力に達しないとして発動に失敗し、高すぎると容量オーバーだから別に魔方陣を描かなくては魔法として起動できなくなる。
無論魔力のコントロールが重要になり、戦闘中にそれだけのことを行うのは集中力を持続させないと厳しいだろう。
「そんな手があったんですね。確かに質の高い方は一つだけ展開するためにそういったことをすると聞いていましたが、私程度でもできるモノとは思いませんでした」
「……理論上はできるって話だ。実際にできるかどうかはわかんないしな。あとついでに自分の魔力を高められれば、少なくとも今よりは火力が出るだろ」
「二つ同時に、ですか。それは難しそうですが、今の実力でもやりようがあると思えば努力のしがいがありますね。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げられた。実際にできるとは言ってないが、まぁ可能性を示唆されただけでも朗報なのだろう。
「カイトに見てもらって良かったな。あ、俺にはなんかアドバイスねぇの?」
ルグルスが笑って言い、ついでとばかりに聞いてくる。
「……もう少し防御に特化していいんじゃないか? 他の三人が攻撃できるわけだし、剣を捨てろとは言わないが盾をメインに考えた方がいいとは思うが」
「盾かぁ。でも確かに一理あるんだよな。今のパーティだと俺が倒れたら一気に瓦解しそうだし。もうちょいこう、カッコ良く敵を仕留められる冒険者になりたいのに……」
「盾を持とうか?」
ルグルスの冗談交じりの発言に、器用な青年が言った。
「いや、これ以上ナグレスのできること増やしたら俺がいらなくなる! 俺がもうちょっと盾寄りにするのはいいけど!」
回復と魔法という他に得意な者がいない役割を持つ二人はいいのだが、パーティを見る限りルグルスの役割は他の二人(魔術師は筋力が低いと聞いている)に真似できるかもしれなかった。
まぁおそらく「最も危険な役割を買って出る」部分がルグルスの性格として判断され美談となっているのだろうが。
「……まぁ俺が盾メインにするかは戻ってから考えるとして。カイト、他に思うところは?」
「……助言とかもうないが、ナイフを弓で撃つ時に空けた毛皮の穴に通したのは巧いなとは思ったな」
神官については戦闘後の回復しか見ていない。言うとしたら短剣の人ぐらいだろう。
「俺が戦ってる時にそんなことしてたのな。やっぱ凄いな、ナグレスは」
「お前が前にいるおかげだ」
簡潔な返答だったが、確かな信頼が窺えた。
「ならいいんだけどな。とりあえずあと二体、さっさと仕留めに行こうぜ」
ルグルスがいつも通りの笑顔で言って、パーティの三人がついて歩く。その後ろに遅れて歩きながら、じっとパーティを見ていた。
……そういえば、俺はゲームでもまともな共闘なんてやってこなかったな。
いや、共闘自体はあるが連携はないと言った方がいいだろうか。
複数人で挑むマルチバトル、またはレイドバトル。それらをやることはあったが大抵がただ参戦して素材を集めるだとかポイントを稼ぐだとかそんな理由だった。強敵に仲間と行動を合わせて挑むようなことはしてこなかった。
そういうのも一つの楽しみ方だとは思うが、所詮俺には協調性が備わっていないのだろう。
羨ましいとは思わないが、俺がなぜそう思うようになったのかルーツはなんだったかと首を傾げる。
イジメが発端だったろうか? いや、その前もあんまりまともに協力をした覚えはないような気がする。小学生低学年以下の記憶なんて曖昧なモノだが、確か。
俺はなんで人と力を合わせようと思わないんだ?
今となってはどうでもいいことだが、ふとそんなことを思ってしまった。昔はもう少しまともな子供だったから、なにか理由はあるはずなのだが。
一度抱いた疑念は晴れなかったが、思い出せないということは大したことではないということだ。かつてがどうだったかなんて、今の俺には全く関係ない話だ。
だから、思い出す必要もきっとないのだろう。
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