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フーアの教育

(……べんきょう、がんばる)


 フーアがぐっと拳を握っていることからもわかるように、今日はフーアに勉強させる日だ。とは言っても日頃ルーリエに任せて少し勉強はしているようだった。帰ってきた時になにやら用紙へ書き込んでいる姿は目にしている。

 この世界の文字に精通していない俺は、フーアが勉強しているとこを見ているだけだ。


 宿屋の一室で、床に机とクッションを置いて対面に座るような格好だ。なぜかフーアが俺の上に座りたがったので、俺が胡坐を掻いた足の上にフーアが乗っている。

 卓袱台のような低く丸いテーブルに紙とインク瓶と羽根ペンを置いて、なにやら書物を広げルーリエが読み書きを教えていた。


 ……そういや、この世界は日本語だったな。


 冒険者ギルドの看板には「ギルド」と書かれていた。これまで見てきて平仮名や漢字すら存在することがわかっている。しかし魔法は片仮名英語だ。どうも日本に寄っていた。俺がわかる言語に当て嵌められているのか、それともこの世界がそうなっているのか。それを確かめるためにもフーアがこの世界の文字を書いているところを見てみようと思ったわけだ。


 なにが書いてあるのかという認識を改変していたとしても書き途中の動作は異なるだろうと思ってのことだったのだが。

 その考えは杞憂に終わる。フーアが書いているのは平仮名だったからだ。異世界が一つとは限らないのでわざわざ言語を改変するのはおかしい。だがあり得はするのだろう。


 元々そういう言語が発達した地域という見方もできるが、現代の日本語の成り立ちは複雑だ。色々な言語から取り入れているモノがあるので、全世界が日本語であるという状況には違和感がある。

 可能性としては、現代の日本人が神になって世界を創った、とかなのだが。まぁどれも憶測の域を出ることはない。


 とはいえ読み書きに関してはこの世界で苦労することはなさそうだった。


 ルーリエが持っているのも五十音表だ。そういう風に見えているだけで実際には違うのかと疑っていたが、どうやらそのモノらしい。

 そのままフーアが真っ白い紙にゆるゆると平仮名を書く様を眺めていた。


 なにか別のことをしていてもいいと思うのだが、二人が許してくれない。おそらくフーアは親代わりの俺に頑張っている姿を見て欲しいのだろう。そういうタイプの子供がいることは知っている。


 言葉だけで褒めるとか、そんなんでモチベーションが上がるならいくらでもする。それでフーアがやる気になって早く独り立ちするなら構わない。


 「あ」から「ん」までの五十音を紙に書き終わってから、手を休める意味もあるのか発声練習に移った。


 フーアは人の子供とは違って生まれた時から自意識がはっきりしている。しかも普通なら鳴き声とかになるところを『送信』での発声まで可能としている。口を動かして喋ることに慣れれば、その辺りは問題ないだろう。


「あ」

「……あ」


 ルーリエは五十音表の文字に指を差しながら一言ずつ発音して、フーアがそれに倣う。

 普段から『送信』では聞いていたが、よりぎこちなく聞こえた。声が少し震えているというか、まだ声を出すこと自体に慣れていないだけだろう。私生活であまり話さなかったせいで久し振りに声を出そうとすると掠れることがあるのと同じようなモノだろうか。

 まぁフーアは元々が『送信』で話せていたので、すぐに慣れるはずだ。『送信』でも会話という点ではぎこちないだろうが、そういうのは時間が解決してくれる。


 表の文字を読み上げ終わった後、ルーリエが不意に俺の顔を指差してきた。何事かと思ったら、フーアがこちらを見上げて、


「……かいと」


 名前を呼んだ。一文字ずつではなく繋げて読む練習だろうか。フーアは発声できたのが嬉しいのか見上げた頬を俺に擦りつけてくる。特になにもしていないだろうが、随分と懐かれたモノだと思う。


「……かいと、るーりえ、ふーあ」


 フーアは自主的にそれぞれ指を差して名前を口にする。顔を綻ばせて嬉しそうだ。ルーリエもそんな彼女を微笑ましげに見ていた。二人の方が仲がいいように思うので、順調に擦りつけができそうだ。


 その後もフーアはルーリエが差したモノを発声していく。どうやらある程度モノの名前は覚えているらしく、天井や壁なんかも口にしていた。

 そうしてフーアへの勉強時間は過ぎていく。発声自体に慣れてしまえば『送信』を使わずに話すこともできるようになってきたそうなので、できるだけ『送信』を使わないように言い聞かせる。意識していればできるかもしれないが、咄嗟に『送信』で会話してしまうようではダメだ。きちんと自然に口から発声できるようにしなければならない。強さと常識、そして会話能力があれば一人で街に出ることも許可できる。自由度が増えれば旅をしたいと言い出す可能性も増える。色々な世界を見てみたいと願うことは悪くない上に、俺はあまり旅をする気がないので独り立ちさせることにもなる。親代わりとしては最低限の義理を果たしたと言えるのかもしれない。


「……フーア。ステータスカードを」

「……んっ」


 定期的にやっているステータスチェックの時間だ。特に教育や鍛錬をした日にはカードを見せてもらって確認している。

 異質な黒いカードを提示されて、その内容を確認する。


 ちなみに。

 フーアがレベル1状態でのステータスは以下の通りだった。


 体力:27891

 筋力:50504

 魔力:104532

 魔力の質:72700

 反射神経:5407

 知能:131025


 EXPは零なので割愛。ルーリエに聞いたところ、ドラゴンと言えば筋力と魔力に優れた知能溢れるモンスターなのだそうだ。とはいえ人換算のステータス表記なので高くはあるが壊れたステータスではなかった。

 知能が最も高い理由はわかる。生後初日でスキルを駆使してあれだけ話せていたのだから、それは高いだろう。

 ただ反射神経は低いようだ。伸びも他のステータスより低いことが、今のステータスを見ればわかる。


 平均ステータスは6万ちょっとだ。幼体が5万程度という話だったのでそれよりも少し強いことになる。それはおそらくカードを作ったタイミングで適当にレベル1仮定で今のステータスを読み取るか、と考えていたせいだろう。少し成長した後だったのにそんなことをすれば通常より強くなるのは言うまでもない。


 そして今日見せてもらった現在のステータスが以下の通りだ。


 体力:109807

 筋力:346759

 魔力:410210

 魔力の質:230046

 反射神経:29876

 知能:530753


 ……うん、ちょっと高すぎるな。平均27万くらいか? 成体に近づいたためか筋力のステータスが魔力に差し迫っていた。

 レベルは現在23だ。伸びしろ加減まで細かく見ていないが、このペースで上がっていったらレベル100になる頃には平均100万とかあり得そうだ。もし上がるにつれてステータスの上昇量も上がった場合、更に高いステータスを持つことになる。

 今のステータスでも俺が感じたクリスタルドラゴンと戦闘しても戦い方次第では勝ちを拾えそうだった。カードは人に見せないように言い聞かせてはいるが、見られたら困るステータスではあるな。そもそも俺がリンデオール王国の騎士団長と魔術師団長を圧倒できるほどなので、脅威と取られているはずだ。そこに連れているフーアまで強いとなると世界を挙げての討伐という方針を打ち立ててくる者もいるかもしれない。

 充分に注意しておこう。


 フーアのステータスの内残る成長度という項目だが、EXPと同じような表記がされている。数値を20万まで溜める必要があるようだ。現在は24530なので、およそ十倍ほどの時間がかかる可能性がある。モンスターなので他のモンスターを狩ることで成長するのかもしれないが、ルーリエと鍛錬するくらいしかやっていないらしい。その影響は考えられる。大人になったらドラゴンの姿で固定されるのかなど気になる点はあるが、強さと教育が充分になったら成長度を稼ぐ方法を考える必要がありそうだ。


「ねぇ~、フーアちゃん。カイト君に修行の成果を見せてあげよ~」

「……こくっ、ふーあ、がんばった」


 一通り勉強が終わって、鍛練に行くようだ。

 俺は二人に促されるまま街の外に連れていかれた。どうやら人目を避けているらしい。当然と言えば当然だ。俺の与えたスキルを使用して「黒帝が眷属を募って世界征服をしようとしている」などという根も葉もない噂を流されても面倒だ。秘密にするようにも言ってあったからな。


 そうして俺達は人目につかない草原へ来ていた。


 見晴らしがいいという欠点はあるが、近辺のモンスターが強く大抵の冒険者は近寄らない。行商も通らない上にモンスターがフーアに怯えて近寄ってこないのだという。つまり基本誰にも邪魔されることなく戦える場所のようだ。


「じゃあいくよ~」

「……しょーぶ」


 ルーリエはタンクトップの白シャツに紺の短パンというラフな格好だったが、彼女が愛用している武器である修羅童子という戦斧を携えている。

 それなりに本気である証拠だろう。


 対するフーアはいつも通り羽毛の薄い服が素肌を覆うような簡単な格好だ。ドラゴンではあるので武器を使いたいとかそういった意見はないらしい。実際にルーリエと戦い始めてからも、そういう話は一切なかった。遠慮している可能性はあるが、ルーリエに聞いても今のままでいいかもしれないと言っていた。

 その理由を見せてもらうとしよう。


「――起きて~、修羅童子~」


 いつかと同じように、ルーリエが武器を目覚めさせる。戦斧の刃が外側に広がり、白い煙を吹いた。戦斧の棒部分の先端に装着された鉄の塊からジェット噴射のようなモノで前後への勢いを加速させることができる。噴射口(?)は左右両側についていてバランスを取れるはずだ。


「『牛鬼神』~」


 彼女の身体が赤黒いオーラに包まれる。戦斧をも包んだオーラは、牛のような姿を象っていた。

 対するフェザードラゴンはと言えば、ぐっと拳を握って腰の高さに構え足を肩幅程度に開いている。やや左足の方が前に出ていた。


 どうやら素手で戦うらしい。ルーリエが格闘術でも教えたのだろうか。スキルにそういった類いのモノはなかったはずだが。


「ふっ!」


 ルーリエがまず戦斧を振り下ろした。二人の距離は十メートルほどだが、斬撃が地面を抉りながら突き進んでいく。中間で少し離れた位置に立っている俺にも衝撃の波が来た。ルーリエは斬撃を放ちつつその後に続いて駆け出している。


(……ふぇざーうぉーる)


 まだ技を使う時には『送信』になるようだ。言い慣れていないと発動しないからだろうか。……ん? 『送信』って確か頭の中で思い描いた言葉を対象に伝えるスキルだよな。もしかしてモンスターの技って声に出さなくてもいいんだろうか。だとしたら対人戦闘の幅が広がるかもしれない。ともあれ頭の片隅に置いておくか。

 フーアの前に無数の白い羽根が出現して壁を作る。一見すると脆そうだが、フェザードラゴンの特色の一つである羽毛は従来のドラゴンで言うところの鱗に相当するため、とても頑丈だ。


 羽根の壁がルーリエの斬撃を阻んだ。しかし今度は彼女自身が肉薄している。戦斧を大きく振り被って跳躍し振り下ろす。振り下ろす瞬間ジェット噴射による加速を加えて刃を叩きつけた。斧だけに噴射口があると回ってしまいそうだが、それを筋力で抑えつけているらしい。柄を握る下の手を若干押すようにしているのだと聞いた覚えがある。


 対してフーアは避けようとせず左腕を上に掲げた。ルーリエの攻撃を素手で受ける気だ。踏ん張るように足を大きく広げて斧の刃を受け、止めた。普通なら刃によって身体が両断されるところだが、血の一滴も滲んでいない。

 フーア本人やルーリエから聞いた話では、フェザードラゴンの羽毛には頑丈さだけでなく衝撃吸収の効果がある。腕に纏っている羽毛部分で受け止めていたので、そのおかげだろうが。にしても頑丈だ。殴打だけでなく切断にも強いらしい。


 しかしフーアは受け止められても地面が衝撃に耐えられなかったようで、フーアの身体が周囲の地面ごと僅かに陥没する。

 筋力だけで言えばフーアはルーリエよりも圧倒的に高いため、受け止める術さえあれば問題なかったようだ。


 戦斧を引いて着地したルーリエが、大地を強く踏み締めて戦斧を振るった。振る方向に合わせて噴射の方向を決めている。力強く速い連続攻撃を、フーアが両の腕で一つ一つ受け止めていく。それでも完全には威力を殺し切れないらしく、少しずつ地面を擦って後退していた。後退に合わせてルーリエが位置調整をしている。

 フーアは相手の攻撃の合間に視線を鋭く動かしている。


 そして機を見たのか、戦斧の一撃に対して右手を振った。上からの攻撃に対し横から掌をぶつけるようにして、側面から斧を弾く。ルーリエが両手でフーアは片手だったが、斧は見事に身体から離れた。そこへ一歩踏み込んで、


(……ふぇざーへいる)


 左手を腰辺りに構えて爪を立てるようにする。掌に白い風が生まれていた。そのまま前に突き出してルーリエの腹部を狙う。

 フーアの攻撃が当たる前に、ルーリエは斧の刃をくるりと横向きに変えて、地面が陥没するほどに力を込めると、


「旋斧刃~」


 薙ぎ払うように斧を振るった。噴射も加わってフーアが攻撃を加えるよりも早く彼女の身体に到達しそうだったが、直前でフーアが攻撃を中断し左腕を上げて防御する。衝撃吸収の効果があると言えど骨折しそうだったのか、それともただ耐え切れなかっただけか、小柄な体躯が右へと吹っ飛んでいった。


 地面に手を着いて体勢を立て直し顔を上げると、噴射させながら駆けていたルーリエが追撃に来ている。容赦のない攻め方だが、遠慮している余裕がないのかもしれない。フーアは両手の羽毛を手先まで全て覆うと、振り下ろされた斧に対して殴り相殺した。どちらも引けを取らないらしく、力を込めても動かない。

 だが片手と両手での話だ。

 フーアにはもう一方の手があり、ルーリエは両手のため全力だ。フーアから体勢を変えてルーリエに拳を振るった。素早く斧を引き戻して受けようとするのを、今まで受け止めていた手で刃を掴み阻害する。間一髪上体を後方へ逸らして拳の届かない範囲まで避けるが、目の前で停止した拳が開かれ一枚の羽根が舞った。


(……ふぇざーぼむ)


 『送信』された声が聞こえ、羽根がルーリエの身体に触れた瞬間爆発が起こる。直前に巻き込まれないよう距離を取っていたフーアは無事だが、直撃を受けたルーリエはわからない。少なからずダメージはあるだろう。


「……けほっ、けほっ」


 巻き上がった煙の中に影が見え、咳き込む声が聞こえる。煙が晴れ姿を認めると、多少煤汚れてはいるものの、あまりダメージはなさそうだ。直撃したってのに頑丈なことだな、互いに。


「……えくすぷろーじょん、よかった?」

「うん~、そうだね~。フェザーボムくらいじゃダメージにならないかな~」


 互いに真剣とはいえこれは鍛錬だ。助言を求めるフーアだったが、もし先程のより上位の技だった場合ルーリエが無事では済まなかったように思う。まぁそれならそれで別の対処をした可能性はあるが。


「じゃあ次は『黒獣』と『黒竜』を使ってやろっか~」

「……こく、がんばる」


 次は俺が与えたスキルを発動させてやるらしい。

 『黒獣』の効果によって刃を受けるには付加効果の嵐まで受けなければならなくなり、対処が難しくなる。

 『黒竜』の効果によって先程から使っているフェザードラゴン特有の技が効力を増し、対処が難しくなる。


 ステータスとしては効果倍率が同程度なので考慮しなくともいいが、戦術の幅が広がることだろう。


 そんなことを考えながら、二人の鍛錬を見続けるのだった。

ストックが切れたので、来週更新できるとは言い切れないです。

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[気になる点] この回だけの話ではないが、 主人公の心理と行動が一致しなさすぎて、無理やり感を感じる。
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