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呪われた少女

三人称→一人称となります。

 死にたい。


 そう願うのはもう何度目のことだろう。


「大丈夫、すぐに良くなるわ」

「きっと助けてくれる人はいるからな、もう少しの辛抱だぞ」


 「死にたい」、「殺して」と言う度にお父さんとお母さんはそう私を励ました。けれど、今の今まで私を助けてくれた人なんていない。


 ――呪引体質。


 どこだったかの司祭はそう判断した。


 私は生まれつき、ありとあらゆる呪いを引き寄せてしまう体質のようだった。

 呪いとは、メリットを得る代わりにデメリットが発生するモノであり、人を呪おうとすれば相応のリスクが降りかかることになる。


 世界に蔓延した呪いであったり、人が作り出した呪いであったり、モンスターが体内に宿す呪いであったり、私が引き寄せる呪いに制限はなかった。

 そのせいで私がまともに外を出歩けたのは、幼少期の頃だけだった。


 倒れ伏しても呪いの方から私の下へやってくる。

 幼い頃動けていたのはまだ呪いを引き寄せる力が弱かったから、という意見を誰かに聞いた覚えがある。あと呪い同士が相殺されて落ち着いているという説もあったか。


 『氷冷の呪い』は冷気を操れる代わりに身体が凍りつく。『炎熱の呪い』は炎を操れる代わりに身体が焼け焦げる。その二つを同居させれば体温が安定してなにも起こらない、というような状態だ。

 今では呪いの数が多すぎてどれがどんな効果を及ぼしているのかすら朧気だ。


 とりあえず今認識できる範囲だと、目が見えなくなる代わりに全方位が知覚できる『心眼の呪い』と、皮膚が硬くなる代わりに関節が動かなくなる『鋼皮の呪い』、血液を消費する代わりに障壁を展開できる『障壁の呪い』はわかっている。他にも過去色々な呪いの症状が出たのでいくつかはわかっているが、今問題になっているのはこの三つだ。

 目が見えないことは置いておいて、残る二つのせいで容易には私を殺せなくなってしまっている。


 私はここ十年ほど、呪いのせいで寝たきりの状態になっていた。

 両親は生きる希望を捨てないでと言ってくれるが、もういいと思っている。


 最初、私が呪いに蝕まれて倒れた時、王都の外れに住む私達の家に教会の司祭を呼んだ。


「どうか娘を助けてくださいっ!」


 安定しない意識の中でそうお父さんが懇願するのが聞こえた。


「必ずや力になりましょう」


 いい人だった、のだと思う。

 聞こえてくる声は柔らかく、司祭は私に蔓延る呪いを解呪しようと画策してくれた。

 魔法による解呪――失敗。聖水による解呪――失敗。更に上位の司祭の魔法による解呪――失敗。神に祈りを捧げる儀式による解呪――失敗。


 数日かけて様々なことを試して、司祭は首を横に振った。


「おそらく複数の呪いが複雑に絡み合っているからでしょう、教会に伝わる解呪方法では呪いを解くことは不可能です」


 きっぱりとそう言った。

 そして、司祭への依頼、聖水の調達、儀式を行うためのアイテムなどによって多額の費用がかかった。


 両親は司祭に縋ったが、諦めるしかないと言い聞かせていた。


 ……じゃあしぬんだ。


 当時八歳だったと思う。私は幼いながらに死を受け入れた。


 しかし、両親は諦めなかった。希望を捨てずなにか別の方法はないかとなりふり構わず依頼をかけた。


 司祭から救えないと諭されたにも関わらず、むしろ躍起になっていく。


 宗教国の最高司祭に依頼をかけたこともあった。

 結果は失敗に終わり、神の奇跡でも一部しか呪いは解けない、どの呪いが解けるかわからない以上全てを一気に解くしか私の命の保証はない。という結論を出した。

 最高司祭よりも上となればそれこそ本物の神に呪いを解いてもらうしかない。

 しかし両親は諦めなかった。呪いについて調べ、なにか方法はないかと必死に探した。


 そして、段々と家に置いてあるモノが減り両親は痩せ細っていった。

 家財を投げ打って私の解呪をしようとしたせいだろう。


 それが途轍もなく嫌だった。


 希望の兆しすら見えない私のために不幸になっていく様を見たくなかった。いっそのこと死に至る呪いを引き寄せられれば、どれほど楽だったか。


 私が「殺して」と言い始めたのもその頃だったが、残念ながらすぐに声が出なくなる呪いにかかってしまう。メリットの方は相殺されたのかわかりにくかったのか定かではない。


「任せてくださいよ。私にかかれば呪いなんてちょちょいのちょいですから」


 やけにはっきりと聞こえた男性の声。確かその頃は十五歳くらいだったと思う。

 薄っすら目を開けると見た目からして胡散臭い司祭が立っていた。


「お願いします、お願いします……っ。娘を助けてください……」


 両親の服装が一段とみすぼらしく見えた。男の服装が豪勢でちかちかするくらいだったからだろうか。前に来た司祭はもっと清廉な格好をしていたが、ここまで権力や金を主張する格好の司祭はいるのかと疑問に思うが、それを口にすることはできない。


「ほほう。これはこれは凄まじい数の呪いですね。私秘蔵の解呪アイテムを使わねば呪いは解けないでしょう。しかしそのアイテムは貴重でしてな。あまりおいそれと使うわけにはいかないのですよ」

「お金ならいくらでも払いますから……っ!」


 男は前金と称して家具などを売り払った金を貰い、アイテムを持って翌日来ると告げた。


 案の定、男は二度と来ることはなかった。


 簡単なことだ、騙されたのだ。


 こうして解呪に金を注ぎ込み、騙し取られた私達家族は家を売り払って小屋とも言える小さな家に移り住んだ。そして貧しく暮らした。両親はそれでも私を助ける方法を探そうとしたが、私はもういいと告げる。


「私を殺せる人を見つけてきて。これ以上、二人が不幸になってくのを見たくない」


 皮膚が頑丈で毒をも食らうことができるようになってしまった今の私を殺すには、ある程度強い人でないといけない。冒険者ギルドに依頼をすれば誰かしらが殺しに来てくれるはずだ。救うよりも殺す方が依頼料は少なくなるはず。


 一時期なにかの呪いで知覚範囲が大きく広がった時にギルドの様子を聞いたので間違いない。


 充分に悩み、もう少しだけ、ギリギリまで足掻いてみようと提案した。

 無駄だとわかっているので私は頷き、あと二年という期限で譲歩した。半年とかでもいいと思ったが、二人が納得しなかったのだ。


 そして結局、呪いを解く方法はなかった。


 涙ながらに謝ってくる両親を宥めつつ、


「そしたらギルドに私を殺すよう依頼をかけて」


 もうとっくの昔に決まっていた最期だ。呪いに蝕まれて死ぬか両親に見捨てられて餓死するかのどっちかだとは思っていたけれど。


 後悔はない。誰も悪くない。生まれ持つ体質のせいで死ぬのなら、それは生れ落ちる前から決まっていた運命でしかない。

 誰かを恨むのであればきっと、私をこんな体質にした神とやらに唾を吐くべきだろう。


 両親が泣きながら謝っている。私の眠る布団に追い縋っている。

 そんなに謝らなくていい。泣かなくていい。


 どうせ、全ては無駄なのだから。


 更に数日経ってある程度落ち着いた両親が決心を固め、ギルドへと依頼をかけた。

 暗殺者に依頼するよりも冒険者に依頼した方が安く済むという理由で依頼をかけたのだが。


 娘の殺害という異質な依頼を受けた冒険者が、一人だけ存在したらしい。

 依頼を出して二日後にここへ来るという。随分と早い話だ。人殺しを請け負うような人だから、きっと非情でなんの躊躇いもなく命を絶てる人なのだろうと思った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ある日、俺が受けたのは今までとは趣きの異なる依頼だった。


 娘の殺害。


 親子の絆というのがどれほどのモノなのか俺には理解できなかったが、普通に考えて異常なことだ。殺したいなら自分の手で殺せばいいと思うのだが、どうやら殺すにはある程度強くなければいけないらしい。


 ギルドから聞いた話では、娘は無数の呪いに蝕まれているという。呪いのせいで殺しにくく、また呪いを解くことは不可能だという。


 王都の外れにいる呪いに蝕まれた娘、と言えばそこそこ有名らしい。なんでも世界最高の解呪を行える最高司祭とやらが解呪に失敗し、神でもなければ無理、と匙を投げたという話だ。俺も解呪なんていうスキルは獲得していないので無理だろうとは思うが。


 殺すだけなら簡単そうだ。


 報酬は少ないが、普通の冒険者に依頼するには異質すぎるということで王都からドルセンにいる俺の方まで回ってきたということだった。おそらく根回ししたのは国王辺りだろうが、ともあれ特異体質のそいつを殺すために、住んでいるという外れまで来ていた。

 依頼にあった場所には、ぽつんと小屋が建っている。木造で古ぼけた小屋だ。親子三人で暮らすにも狭いような大きさだ。

 そしてその小屋の扉の前に、二人の男女が立っていた。年齢は三十代半ばといったところだろうが、痩せこけた姿とボロ切れのような服装などが老けて見せている。


「おぉ、冒険者様。よく来てくださいました」


 男性の方が俺に気づいて、近づいたところで挨拶をしてくる。


「……娘は中か」


 『魔力感知』ではなにも感じないが、『気配察知』では感じ取れる。中で横になっているようだ。


「はい。……っ」


 頷いて、なぜか父親らしき男性はなにかを言いたそうな顔をした。


「もし、もし可能なら、娘を助けてやってくれませんか」

「やめて、もう決心したんでしょ」

「だが……っ!」


 二人は言い合うが、今もどうにか活路が見出せないかと思っているらしい。普通なら最高司祭に無理と言われたら諦めると思うのだが、どうやら現実を見ていないようだ。良かれと思ってやったことが逆に娘を苦しめる結果になるかもしれない。もし身体に激痛が走るような呪いがあれば、「諦めずに頑張ろう」などと言えなかったはずだ。長い間呪いで苦しめるくらいならいっそ、と思ってもおかしくないというのに。


「……俺は殺しを依頼されてここに来た。解呪の方法は知らないな」


 正直に、現実を突きつけるように告げた。二人は揃って顔を歪ませていたが、やがて観念したように肩を落とした。


「……いえ、すみません。こちらこそ取り乱しました」

「奥の部屋に娘がいます。どうか、娘をよろしくお願いします」


 痩せた身体を丸めてお辞儀されると、更に小さく見えた。気持ちは理解できないが、さて両親がこうも痩せ細っていく様を見ていた娘がどう思うか。そんなことも理解できないならこうして貧しく落ちぶれているのだろう。


 俺は二人の間を抜けて小屋へと入る。小屋の奥に手作業で造られたような扉が設置されていた。おそらく娘がせめて安らかに眠れるよう部屋を作ったのだろう。

 奥の扉も開き、娘と対面した。


 人一人が横になれるだけの横幅に、敷かれた布団の横で座れるだけの縦幅。最低限のスペースに、娘は横たわっていた。

 呪いというモノを実際に見たのは初めてだが、肌に黒い痣や紋様が浮き出ている。綿が少なくなった布団の下で浅く胸が上下していた。

 年齢は俺と同じくらいか、少し上程度だろうか。十年くらい横になっていたという話を聞いたので、余程つまらない人生だったのだろうと思う。


「……だれ……?」

「……依頼を受けてきた冒険者だ」

「じゃあ良かった、やっと死ねるんですね」


 俺の答えに、娘は薄っすらと微笑んだ。見てもわからないような小さな表情の変化ではあったが。


「……」


 俺は答えず、さてどうするかと考え込む。とりあえず『紫電』を放って殺せるか確認した。しかしばちっ、と黒紫色の障壁に阻まれてしまう。……加減したとはいえ『紫電』を弾くか。呪いの効果なんだろうが、強いな。

 見たモノの情報を探る『鑑定』で呪いがどれほどの数あるのかと思ったが、数が多すぎて数えるのが面倒だ。そして今回どうなるかと思っていたモノの一つが、呪いがスキル換算かどうか、だ。どうやら呪いはスキルらしい。つまり、『蠱毒』で俺に吸収されてしまう。


 手にするにはリスクが大きすぎる。殺してしまうとこの呪いが一斉に俺へと来ることになるわけで、その結果寝たきりになりましたとか洒落にならない。

 しかし目の前の娘は死を望んでいる。となれば生かすなら生きようと思わせなければならない。なんて面倒な依頼だ。断ってもいいが国が関与しているとなると断るのもおかしい。俺でも殺せなかったとなれば誰にも殺せないということになるが、おそらくSSS級冒険者なら誰でも殺せる程度ではあるだろう。


 『蠱毒』についての情報が一番隠しておいた方がいいことではある。となると生かした方が楽か。


 まずは『心象掌握』ではこいつの本心を覗き込む。……ま、殺してとは言っても生きたいよな。あの幼い頃のように自分の足で立って暮らしたいと願ってる。だがどうするか。解呪は無理。


 俺にできることと言えば、『紫電』含むモンスターが持つスキルによる攻撃などに、『黒皇帝』による黒の創造。

 スキルなら創れるとこの間の一件で判明した。その路線が一番可能性ありそうだ。となると呪いを解くスキル、は創れないか。そんなに便利ではない。もし呪いが純黒だった場合俺が吸い取れてかつ適当な部位に集めて切り落とせばいいだけの話だが。

 しかしそれでは意味がない。呪いを解く方針では根本的解決にはならない。


「……確か、呪いを引き寄せる体質だったか」

「はい。生まれつき、呪いを引き寄せるんです」


 本人の確認も取れたが、呪いを引き寄せる体質であり続ける限りいくら解いても無駄だ。なら呪いを呪いとして受けないスキルを創って渡せばいいのか?


 そして、俺は一つのスキルを頭の中で構築した。


「……今からお前に、一つの呪いを授ける」

「呪い?」

「……そうだ。この呪いは呪いを喰らって能力へと昇華させることができる」

「え?」

「……デメリットは生きる意思がなければ死ぬこと。呪いを受けた瞬間から耐え難い激痛に見舞われるだろうが、それでもなお生きたいと思うならこの呪いは力を与える」

「……」

「……そのまま死ぬも、抗って生きるもお前次第だ。道は示してやる」


 呪いを喰らって能力へと昇華する呪い。今後呪いを引き寄せても新たな能力を獲得するだけで身体を蝕むことはなくなる。


「……依頼通りに死んで楽になるか。痛みを乗り越えて健全な身体と力を得て新たな生を歩むか、好きに選べ」


 黙り込んだ娘の頭に手を乗せて、創ったこの世で最も強い呪い『黒呪』を与える。


「……あともしお前が生きた場合、俺は依頼をこなせなかったことになり支払いは不要になるな」

「っ……!」


 ついでとばかりに言って、俺は『黒呪』を授けた後部屋から出る。神妙な面持ちの両親が不安そうにこちらを見上げてきたので、


「……これから一週間は、中からどんな叫び声を聞いても部屋を覗くな」

「えっ?」

「……生きる道は示した。呪いに抗うかどうかは、あいつ次第だ」

「「……あ、ありがとうございますっ!!」」


 他人の応援や付き添いなんて必要ない。あいつが生きたいか死にたいか、それだけでいい。

 最後に両親が邪魔しないように釘を刺して、俺はその場を立ち去った。


 耐え難い激痛の設定は確か、俺が最近で一番痛かった時のリンチの二十倍くらいだ。

 異世界に教室ごと転移して、ストレスが溜まったらしい不良共とこの間トドメを刺した副会長。あの時は流石に死んだ方がマシじゃないかと思ったような気はするが。その時の二十倍だ。痛みに耐えられる保証は全くがないが、まぁこれまでも全身を蝕む呪いに堪えてきたのだから生きる意思があれば大丈夫だろう。

 死んだら死んだで仕方がない。それも彼女の選択だ。


 生死どちらの道も用意しただけなので、それで死んでも『蠱毒』によって加わらないとは思うのだが。まぁ『黒呪』として有効活用すればいいだけの話だ。


 俺の試みが成功したかどうかは、いつの日かわかるかもしれない。


 二度と会わない可能性もあるが、それは向こう次第だろう。

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