王国騎士団団長
書き上がったので更新
来週も更新できると思います
王女と対面した後、俺は城を立ち去って城下町でフーア、ルーリエと合流した。
祭日ではないようだが、人の集まる王都だけあって城下町は賑わっている。
城を出てすぐのところで二人と合流し、三人で商業区へと向かった。
商業区はあらゆる店が立ち並ぶ一角だ。飲食物やアクセサリーなどを店または露店や屋台として販売している。商業区の通りを覗き込むと人が大勢行き交っているのが目に入った。これほどの人混みは異世界だとあまり見ない。元の世界なら適当に渋谷や新宿に行けば目にする光景だが。
王都を首都と考えれば、祭日でもないのに人が多いことも加わってその認識が最も近いのかもしれない。
「……フーア。今日は好きなモノを買っていいからな」
国王から金銭的報酬を貰えるとわかったので奮発してもいい。正装のまま人の多い城下町に繰り出すと汚れそうだが、そう頻度があるわけではないと思うので問題ないだろう。この世界にクリーニング屋があるかどうかはわからないが、頻繁に使うわけでもなければある程度都合をつけられる。
(……かいとも)
フーアは俺の左手を握って隣を歩いているが、なぜか俺の好きなモノを買って欲しいと言ってきた。
「……ああ。俺も見ていて欲しいモノがあったら買う。だから遠慮はするな」
(……こくっ)
フーアは右手を俺と、左手をルーリエを繋いでいる格好だ。やはり彼女によく懐いているようで、心なしかフーアの足取りが軽いようにも見える。
(……おかいもの)
どうやら久し振りに買い物できることが嬉しいようだ。この間生まれたばかりとはいえ、その辺りは女子っぽい。
その後はフーアに付き合う形で商業区を見て回り、途中で物欲しそうに見ていた首飾りを買ったりこの世界の大衆料理はどんなモノなのかと食べ歩いたりして過ごした。
よくある異世界召喚モノでは、料理によって世界に革命を齎すことが多い。特に日本料理のご飯や刺し身などは異世界ではお目にかからない。時代は置いておいてファンタジーが西洋、外国だからだろう。
しょうゆを作ったり料亭に口出ししたりして話題に上ることが多いとは思うのだが、俺は別段日本料理を恋しいと思うことはなかった。食事などは食欲、空腹が満たされればそれでいい。そもそもあまり腹が減らない身体になってしまったので、元々料理に拘りを持っていなかった分変に拘らなくてもいいと思っている。
もちろん味覚はあるので美味しいと不味いは存在するが、わざわざ自分から作りたいと思うほどでもないだろう。
フーアはドラゴンだからか野菜より肉の傾向が強く、小さな身体のどこに入るのかと思うくらいに食べる。ゲテモノ屋台と思われるコカトリスの焼き鳥はあまり売れ行きが良くなかったが、元々モンスターを捕食する側のフーアは甚く気に入ったらしく屋台全ての焼き鳥を購入し食べていた。
普通の鶏とは食感と味が違うらしく、多くの人がイマイチそうな顔で去っていったらしい。美味しそうに大人買い(在庫処分)をして平らげてくれたフーアを感激した様子で見ていた。屋台をやっていた男性はルーリエを知っているようで、もし良ければ今後もコカトリスの肉を融通しようかと持ちかけられてしまった。ドルセンの方でも流通できるように手を回してくれるようだ。
なんでもモンスターの肉は食べられるモノも多いが不味いモノも多く、不味いモノを安く買い叩いた上で美味しく調理してみるという試みを行い失敗しているらしい。今回屋台に出したのもその一つで、従来の焼き鳥と違う点からあまり人気ではないようだ。食べてみたところ、焼き鳥をイメージしながらだと確かに違和感はあるが、食べたことがなかった焼きコカトリスとして食べてみれば確かに不味くはない。タレが美味しいのだと思うので、結局「なら普通に鶏でいいじゃん」となるような気がしなくもなかった。
料理で関わる気はないが、思わぬところでフーアの大食い対策ができそうだ。儲けを出す気がないので原価ギリギリで売ってくれるらしい。フーアもその話を聞いて目を輝かせていたので、食費が浮くと考えればいいことではあるのだろう。
フーアの面倒をルーリエが見てくれるので、俺はただ一緒に歩くだけで良かった。とても楽ができたと言える。ただ二人の買い物に金を出すだけなので財布扱いとも言えるのだが、そもそも一緒に買い物を楽しむということを目的としていないのでそれでいい。
その日は国側で用意していたらしい宿屋に泊まることになった。
翌朝、エリオナが迎えに来て団長二人が個人的に会いたいと言っていると聞かされる。仕方がないのでフーアを隣室のルーリエに預け、白いシャツに黒いズボンというシンプルで地味な格好になると、髪を解いた状態で彼女の後についていった。
「カイトは私が第一騎士団の副団長だと名乗ったことを覚えているか?」
「……ああ」
道中そんな話をされた。確かに最初自己紹介をする時そう名乗っていたように思う。
「この国には第一から第五まで騎士団がある。その中で王都付近を守るのが第一騎士団、王都に程近く不測の事態で第一騎士団が壊滅した時の代わりを務める第二騎士団と、それぞれに役割が存在していてな」
「……それは知ってる。その五つに分けられた騎士団には団長がいないんだろ」
ドルセンにあった本で読んだ知識だ。リンデオール王国は王国騎士団を総称とする騎士達を五つの騎士団に分けている。確か王都から遠い地方の騎士達にもきちんと統率を取らせるために、各騎士団の副団長を最高権力としてそれぞれに活動を行わせるという指針だったはずだ。
「その通りだ。私は第一騎士団、つまりは王都とドルセンを行き来しながら両方の騎士達を束ねる立場にあるのだが、王国騎士団それぞれの団長であり王国騎士団全体の団長でもある彼女が王都にいる間は、基本的にドルセンの方を統率しているというわけだ」
「……なるほど」
エリオナが度々暇を持て余しているのは、その団長様が優秀だからというわけか。
「王都が不測の事態に見舞われた時の援軍、そして陛下含む民達の避難場所としてドルセンがあり、そこから近い都市に第二騎士団が駐在しているのだ」
「……急になんでこんな説明を?」
俺が聞きたいのは騎士団がどういう活動をしているかではなく、エリオナ自身の思惑の方だった。これから団長に会うのだとしても今その説明をする理由があまりない。
「団長がこの国にとって重要人物であり、おそらく手合わせをしろと迫ってくるだろうがあまり怪我をさせないで欲しいということだ」
「……手合わせか」
「ああ。団長はカイトの実力に興味を持っていてな。おそらくそうなる。もしかしたら魔術師団の団長殿も共闘する形で戦うことになる可能性もあるが、あの人は基本傍観主義――とまでは言わないが戦闘よりも研究に熱を出している方だから定かではないな」
「……そうか」
短く頷きつつ、それは厄介だなと思う。
あの二人はかなり強い。俺のステータスから考えて強いのかは置いておいて、エリオナと騎士団長とで比較をすれば団長が圧勝するだろうと睨んではいる。十騎士の持つ司る属性そのモノの力を全身に宿す、というような奥義にも似たあれを以ってしても勝てないとなると相当な実力者ではあるだろう。エリオナが司るのは光なので、光速で動いても捉えるだけの強さは持っていると判断できるわけだ。
では光速がステータス的にどれほどの数値になるのかを予測してみよう。
まず基準として人が百メートル走を十秒で走った場合、秒速十メートル時のステータスが5だったとする。身体を鍛えて全力疾走しているのなら、それくらいは見てもいいだろう。そう考えると人間が平均ステータス50というのは物凄いことだとは思うのだが、やはり人外を相手にするには最低でもそれくらいはないと厳しいのかもしれない。
次に光が秒速どれくらいなのかというと、約三十万キロメートルと言われている。メートルに合わせると三億メートルになる。
比較してみると、秒速十メートルの人間のステータス5の三千万倍あれば光速で動くことができそうだ。
つまりは一億五千万程度だろうか。そんな果てしないステータスを持っているとは思えないので、もしかしたらエリオナ側で実際の速度より落としているまたは落とした状態になるか、筋力とは別に反射神経のステータスによって掛け算が行われているのかもしれない。普通の人間の平均反射速度が0.2秒なのでステータスが高ければそこから倍々になっていき光速の動きに対応できるとか。
まぁ実際にやってみなければわからない話だな。
今は考えても仕方がない。
エリオナについていくと、案内されたのは城を正面に見て右側にある騎士団の詰め所だった。そこかしこから甲冑のかちゃかちゃという音が聞こえてきて騒々しい気もするが、訓練などを行っている様がよく見える。騎士団のステータスは平均よりもやや高めだ。60~70程度と聞いた。エリオナの説明によれば修練に割く時間が多いため、ステータスが高い傾向にあるという。
一応ステータスがレベルアップ以外の筋トレなどでも上昇することは確認済みだが、俺の場合はそれよりもモンスターを狩った方が効率良く上昇する。『蠱毒』のおかげと言っていいのかはわからないが、楽してステータスを上げられるのだ。
「ここだな。団長、カイトを連れてきました」
エリオナに先導されて着いたのは土が平らにだだっ広く剥き出しになった場所だった。騎士達が訓練していた場所も同じような足場だったが、ここは全体がドーム状の結界みたいなモノに囲まれている。
その外側に昨日見かけた団長二人が佇んでいた。
目隠しをした水晶の騎士と、露出が激しいと言うよりだらしない格好の魔女だ。
「歓迎しよう。黒帝殿、ここが我ら騎士団の訓練場だ」
騎士団長が俺の方を見て挨拶した。両目共に隠されているが、きちんとこちらを見ているので目は見えているのかもしれない。
「改めて自己紹介しよう。私はリンデオール王国王国騎士団団長、ヘレナ・アウストゥトフだ。こちらは」
「王国魔術師団団長のスヴィエラ・ルトラント・オーキース、以後よろしくね、ぇ」
それぞれが名乗ったので、「……カイトだ」と簡潔に名乗り返しておく。こういう時にどうせ知っているからと名乗らずいると名乗ると思っている相手だった場合に空気が気まずくなりフォローしづらくなる。結果として自分が困ることになるので、コミュニケーション能力が高くなくても空気を読むくらいはやった方がいいのだ。
「手合わせしよう。カイト殿、早速で悪いが受けてはもらえないだろうか」
「この特別訓練場はねぇ、内側からの衝撃に強いように作ってあって、ぇ。希望なら隠蔽することもできるのよぉ」
エリオナの言う通りヘレナから手合わせの申し出があり、スヴィエラが大っぴらに力を見せなくてもいいと告げてくる。
「……二対一か?」
「違うわ、私はただの見学よ、ぉ。謁見の間で使った紫色の雷について知りたいけど、それは後でじっくりね、ぇ?」
スヴィエラは参加しないようだ。研究に重きを置いているらしいので当然と言えば当然なのかもしれないが、『紫電』に興味を示してきた。……『紫電』がなんなのかは未だによくわかってないんだが、国の研究者でも知らないんだろうか。わざわざ白を切る理由もないだろうしな。
「……そうか。まぁいいか、せっかくの機会だからな」
「隠蔽はどうするのぉ?」
「……必要ない」
『紫電』と黒帝が持つと判明している『黒皇帝』の黒を操る力ぐらいなら使っても問題ないだろう。
相手は言ってしまえばリンデオール王国の最高戦力だ。全力を出し切ることはないだろうが、実力の一端でも目にしておいた方がこの世界の常識に触れやすい。最も強い者がどの程度かを判断できれば警戒すべきかどうかまでわかるというのもある。
「では始めよう。カイト殿、これを胸に着けて結界内へ」
ヘレナからバッジを手渡される。彼女は早々に結界内へと足を踏み入れた。おそらくこのバッジが結界内へ入るためのアイテムなのだろう。シャツの左胸に留めて結界内へと入っていく。通る時は身体中を探られるような感覚があったが、内側は外と変わらないように感じる。
「説明しよう。そのバッジは結界内に入るのに必要な道具だ。私も左胸に着けているが、これがなくなると外へ弾き出されてしまう」
「……手合わせの勝敗条件に関わってくるわけか」
「肯定しよう。片方が降参または気絶した場合、そしてバッジを破壊されて結界外へと出てしまった場合に敗北する。武器は手持ちのモノではなくこちらを使ってもらう」
「……わかった」
ヘレナから訓練用らしき刃の潰された剣が放り投げられた。斬れないとはいえ強く当たったら骨が砕けそうだが。
「さぁ手合わせをしよう」
同じく訓練用の剣を構えたヘレナが言って、俺も剣を構えた。愛用しているトリニティ・トライデントを使えないのは仕方ないが、伸びる剣では撃ち合って相手の実力を測るのは難しいから良しとしよう。実際に手応えを感じた方がわかりやすい。
注意深く見ていると、ヘレナの方から駆け出してきた。重そうな甲冑で首から下を覆っている割には速い。上段から振り下ろされた一撃を剣で受け止める。だがあまり重い一撃ではなかった。筋力のステータスが俺より遥か下なのか、いやおそらくまだ様子見の段階なのだろう。俺は鍔迫り合いをする中で無理矢理力を込めて剣を押し返した。力ずくの押し返しによってヘレナの身体が十数メートル飛ぶ。
着地した瞬間にまた駆け出した。今度は先程よりも速い。もしかしたら二倍ぐらいは速度があるかもしれない。だがそれでもまだ目で追える速度だったので、またしても正面から来た剣を力ずくで身体ごと弾き返す。空中で一回転したが足から着地してみせ、僅かに地面を擦った後は更に速度を上げて疾走した。流石に正面からではなく右へ回り込んできたが、まだ問題ない速度だ。無理に押し飛ばそうとはせずに剣を弾くだけに留める。ヘレナは徐々に速度と力を上げつつ剣を振るってきた。弾けばまた剣を振るってくる。その繰り返しを経てヘレナの剣速が上がらなくなるところまできて、素のステータスがどの程度かを予測した。
……大体7、80000くらいか。
十騎士が20000と考えれば四人が束になって同等程度の実力と言える。しかも身体強化のスキルや魔法を一切使っていない。まだまだ上があると見て問題ないだろう。本気を出したら多めに見積もって200000に達するかもしれない。隠された眼の力がどのようなモノなのかにもよるのだが。
フェイントを織り交ぜた攻撃であっても俺が反応してしまうからか、ヘレナは一旦距離を置いた。これでも剣道を習っていたので、ある程度は剣を扱えるのだ。姉の奏はこれまでも剣に時間を割いているので及ばないとは思うのだが。
「質問しよう。強化していないとはいえ全力だった。カイト殿は強化しているのか?」
「……いや」
俺が首を横に振ると、ヘレナは口端を僅かに吊り上げた。
「謝罪しよう。この結界を壊すわけにはいかず、片目しか使えないことを」
ヘレナは言って、両目を覆っている目隠しを左目だけ見えるようにズラした。目隠しで斜めに右目を隠すような状態だ。初めて見る左目は、血のように紅く瞳孔が縦に開いている。爬虫類や猫などに見られる特徴だ。俺のイメージする魔眼や邪眼などとは異なるが、それに類するモノなのだろうか。
「結界は強化しておくわね、ぇ」
外側からスヴィエラの声が聞こえた。
それに応えるようにヘレナの左目が輝き、水晶の鎧がばきばきと音を立て始める。『魔力感知』の反応が跳ね上がり、既に人の域を超えていた。変化の途中ではあるがこの間戦った肉塊を超えている。
水晶の鎧の背中から蝙蝠のような形の翼が生え、臀部の辺りから尻尾が生えた。兜はないが首から上までもを水晶が伸びて覆っていく。鎧もやや刺々しいデザインに変わり右手に持った剣を水晶が覆う。刃を大きくさせ牙のようにずらりと刃に細かな刃を並べていった。最後に頭を覆う水晶が蜥蜴のような形を取って、ようやく完成だ。
『魔力感知』を発動させて変動を感知し、安定するのを感じ取った。
魔力だけで言えば先程の十五倍にも感じるくらいだ。余程の強化だと思う。
「第二ラウンドといこう。カイト殿に黒帝のスキルも紫の雷も使わせないまま終わっては、彼女に怒られてしまうのでな」
蜥蜴のようなヘルムの奥で苦笑しているのが見えた。おそらく戦わせることで俺のスキルを見たいというスヴィエラの要求なのだろう。
剣を両手で構えると、真正面から突っ込んでくる。水晶で強化されたので剣の間合いが変わっていることにも注意しなければならないが、先程よりも劇的に速くなったせいで対応が遅れた。体感では先程の五倍程度の速さだろうか。単純に考えればステータスが400000もあることになる。まだ10万単位の生物は高難易度ダンジョンでしか見ていないのだから、人の形をしている中では相当に強いことが窺えた。振られた剣に合わせて剣を振るって、先程と同じように受け止めようとしたのだが撃ち合うことなく刃が両断されてしまう。結果攻撃を阻めずに俺へと迫ってくるので、仕方なく後方に跳んだ。
距離を置いて左手に持つ剣を眺める。半ばで綺麗に切断されてしまっていた。この剣では水晶に覆われた彼女を傷つけることも、剣と交えることも不可能だ。もったいぶっていたつもりはないのだが、スキルを使う必要性が出てきたようだ。
「……黒刃よ」
『黒皇帝』を使って剣を黒く染め上げ、刃を形成する。『黒皇帝』の長所は物体を創ることすら可能な点だ。黒い生物達も創れるが、あいつらに戦わせるより自分で斬った方が早いという結論が問題だった。無駄に思えてくるのだ。
『黒皇帝』の強化によって、追撃に来た水晶の剣を受け止めることができた。流石にもう片手で受け止めると全力でなければならないため、両手で剣の柄を握る。無理に片手で戦うよりかは楽できる。
全力の鍔迫り合いでは押し切れないと察したのか、ヘレナは一旦剣を引いて別の角度から攻撃を仕かけてきた。俺もそこそこの力で剣を弾き、また剣の応酬が開始される。まだ奥の手があるかもしれないので剣での戦いのみにしてきたが、しばらく剣を交わしていても更なる強化などはないように思った。
そろそろ手合わせを終わりにしようかと考え、剣を左手のみに持ち替え渾身の力でヘレナの剣へと叩き込む。剣を弾いた上で体勢を崩させ、なにも持っていない右手を振り被るように掲げた。
「……紫電の剣」
丸めた右手に紫の雷光が迸る。まるで剣のように『紫電』が形を作っていく。その『紫電』で出来た剣を、思い切りヘレナへと振り下ろした。剣は弾いておいたのでその身で受けるしかないだろう。
『紫電』による一閃が縦に奔ると、威力が威力だったためにヘレナの身体が吹っ飛んだ。ばさりと背中の翼を羽ばたかせることで体勢を立て直すが、着地と同時に膝を折る。見ると水晶の鎧が斬れた後に熱で融解していた。それでも徐々に融解が収まって修復させているのだが。
「終わりにしよう。カイト殿の強さは底知れないが、少なくとも私より強いことはよくわかった」
立ち上がったヘレナは左目を再び隠し水晶の鎧を元の形へ戻す。俺も強化した剣を戻した。
「……今のはどんな眼だ?」
「『竜眼』と言う。討伐したクリスタルドラゴンという竜に呪われてしまった影響だ。滅多にないスキルではあるが、その呪った種類のドラゴンの素材で造られた装備に身を包むことで、装備品に影響を与えドラゴンと同等の力を得られるようになる」
ヘレナは惜しみなくスキルの説明をしてくれた。つまりドラゴンの素材が造られた装備に縛られてしまうということか。ドラゴンは強力なモンスターなのでその装備品も強力無比ではある。しかし鱗の類いを使うので鎧などに縛られるように思う。俺が彼女を殺してスキルだけを奪ったとしても、あまり重そうな格好はしたくないので意味がないかもしれない。またドラゴンと同等の力を得る、というのがステータス加算なのかステータス変化なのかによって意味を成すか無駄かがわかるのだが。
とはいえドラゴンを殺せばステータスとスキルがそのまま増える俺からしてみれば不要なスキルと言えるのかもしれない。
「……そうか」
なら無理して彼女を殺す必要はないだろう。同じようなことがしたいなら適当にクリスタルドラゴンを狩ればいいだけの話だ。騎士団長に手を上げることの方がデメリットになり得る。
「驚きを示そう。聞いた話ではもう少し互角の勝負ができると思っていたのだが、遥か高みにいるとわかった。できれば本気で殺し合うようなことは避けたいな」
「……同意見だ。もし敵対するなら他にも複数人がつくことになる。それを同時に相手するには力不足だ」
肉塊を倒したことでまたステータスが一気に上昇したのだが、まだまだわからないモノだ。もし彼女が『竜眼』を使った状態で高難易度ダンジョンに挑めば攻略自体も可能かもしれない。これまでの上がり幅から考えても一騎打ちなら兎も角複数人で手を組まれると敗北する可能性もある。ダンジョンを攻略し切ってステータスを高めておく必要があるだろう。
「凄いわね、ぇ。まさかあの状態のヘレナを破るなんてぇ」
結界を出たところでスヴィエラが言った。おそらく彼女もなにかしらの手段で大幅強化するだろう。もしこの二人と今全力で殺し合ったら無事では済まない。『蠱毒』の能力によって殺されることはないと踏んでいるが、捕縛されて監獄行きという結末も視野に入る。他にも仲間がいると考えると国を敵に回すには相応の実力をつけなければならない。
今はまだなんとも言えないが、あらゆる事象に対応できるようステータスを上げておくべきだ。
「……いや。割りと全力の『紫電』だったんだが両断できなかったことを見ると、実際に戦えばどうなるかわからないな」
「やっぱりあれって『紫電』なのね、ぇ」
スヴィエラが意味深に微笑んだ。
「……知ってるのか」
「ええ、それはもう。実際に見たのは初めてだけどね、ぇ」
どうやら知らないわけではなかったようだ。俺の予想が外れてしまった。それとも知らないのに知っているフリをして俺の興味を引くつもりだろうか。どちらにしても『紫電』について知ることは俺の小さな目的ではあった。
なにせ『紫電』は『黒皇帝』と相性が悪い。相性の問題ではないような気もするが、そう表現するのが一番わかりやすいのだ。いつか色々とスキルを試していた頃に、『紫電』を黒く染めて強化しようとしたことがあった。結果としては失敗に終わったのだが、それが『紫電』の方が強いスキルだからなのか、『紫電』が色に関係しているためにスキルを変えてしまうから不可能だったのか。今までの検証で前者の可能性が高いとは思っている。他のスキルなら色がスキル名になっているスキルだったとしても『黒皇帝』によって黒く染めることが可能だった。スキル名は変わってしまうのだが、『黒皇帝』はスキルにさえ干渉できるスキルだ。効果範囲というか、少しPCのような表現にはなるがスキルに付与された権限が高いのだろう。同等と思われる『白帝皇』にも同じことができるのかどうかは不明だ。文献を漁っても記述が見つからないため、もしかしたら歴代黒帝がスキルを黒く染めるという手段を思いつかなかったのかもしれない。『黒皇帝』さえあれば大抵のことはできるので、それこそ俺の名づけ方で言えば黒雷を創ればいいだけの話ではある。俺の観点が他のスキルを黒によって強化するという方法だったために確認が取れたことなのだろうか。
推測に過ぎないため深く考える必要はない。できることの一つとして数えておけばいいだけだ。
しかし人として至高の種族である黒帝が持つスキルよりも上位とは、一体なにが持つスキルだったならいいのか。
一応モンスターという線は考えて調べたが未だに出てきていないのだ。
もし本当に『紫電』を知っているのなら、その知識は聞く価値がある。
「『紫電』について知りたいなら私の研究室に来てね、ぇ。ここと城を挟んで反対側にあるから。もし来たら案内するように言っておくからね、ぇ」
「……考えとく」
返答は保留にしたが、一度話を聞いてみる分にはいいと思う。そんな俺の内心を読み取ってか、スヴィエラはふふふと妖しく微笑んで立ち去っていった。
「団長に勝てるとは思わなかった。流石はカイトだな」
エリオナは少し嬉しそうに笑っている。団長への尊敬が滲み出ているように感じていたが、敗北しても負の感情が湧いたようには感じない。俺とヘレナどちらにもだ。
「指摘しよう。エリオナ、私が負けて良かったという表情だな」
「そんなことはありません、団長」
笑い合う二人は冗談を言い合うだけの仲であることが窺えた。しかしエリオナの笑顔がどこか上辺だけのようにも見えた。なぜかはわからないが、『心象掌握』を使うほどのことでもないと思い頭の隅にも留めない。
そういえば、と不意に思い立つ。
ドラゴンと言えばフーアのステータスはどのくらいなのだろうか、そもそもモンスターであるフーアはステータスカードを持っているのだろうか、と。
帰ったら確認してみようと思い、談笑する二人に断りを入れて立ち去るのだった。