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“人形姫”

遅れました。


次週更新があるかは筆の乗り次第になります。

 王城を出たところで国王と騎士団団長魔術師団団長に待ち伏せされて、国王に「娘に会って欲しい」と頭を下げられている。


 同行しているエリオナとルーリエに驚きはなかったので、こちらが国王の素なのかもしれない。


「……陛下。頭をお上げください」

「いやいや、一人の父親として娘を想うなら、これくらいは当然のことだよ」


 俺が言っても頭を下げることをやめなかったが、


「進言しよう。陛下、彼が困っている。誠意は伝わったと思うが」

「だといいが」


 騎士団長に言われてようやく頭を上げた。


「……言っておきますが、病気などであれば力になれないと思いますよ」


 国王が気負っていないようなので、俺もある程度砕けた口調にしてみる。バイト先の店長や先輩に使っていた程度の敬語だ。


「いや、大丈夫だ。君にやって欲しいのは娘と会ってもらうこと、それだけだ」


 ……? 会うだけでいいとはどういう了見だ? 会ってなにかをさせることが目的じゃないのか。


「受けてくれるのなら、話しながら説明しよう」

「……わかりました。フーア、ルーリエと一緒に先に行ってくれ」

(……こくっ)


 ルーリエにフーアを任せ、とりあえず国王の申し出を受けることにした。フーアはきゅっとルーリエの腕に抱き着いて王城を後にする。


「ありがとう。では行こうか」


 国王は穏やかな笑みを浮かべて礼を言い、王城を出た地点から右へ歩き出す。


「娘は城ではなく、後宮で暮らしている。式典などには参加させるが、基本は表舞台に出さないようにしている」


 国王自らが娘についての説明を行っていく。


「……出すとなにか問題があるんですか」


 人目を憚る必要があるような言い方だ。しかし娘のためにわざわざ一冒険者へ頭を下げるこの国王が、見た目の良し悪しで人前に出さないとは考えにくい。良すぎて言い寄る男が多すぎるから、などという過保護な理由でもあるまい。

 だとするなら。


「……なにか、人に良くない影響を与えそうなんですか?」


 内面の問題だろう。


「そう、その通りだ。我が娘は少々――いやかなり変わっている、と言うべきなのかはわからないが。兎も角普通とは異なった性質を持っている」

「……」


 それがどうしたというのだろうか。この世に普通なんて便利なモノは存在しない。定義の曖昧な中間点などないも同然だ。

 おそらくこの様子を見るに国王もどう表現したモノか迷っているのだろうが。


「娘は王城から見て右側の庭を通り抜けたその先、後宮の最上階に住んでいる」


 改めて国王から言われて、もうそこまで辿り着いたのだと察する。目の前に城よりは小さくとも大きな建物が目に入った。豪華さよりも清廉さを主体にしたような建物だ。もしかしたら女性用の住まいなのかもしれない。


「ここには娘と使用人しか暮らしていない。あまり、娘は人に好かれなくてね」

「……はあ」


 国王は苦笑しながら言う。それに適当な相槌を返しつつ、後宮の中に入っていく。


「陛下ぁ? 話しにくいならぁ、私が話しましょうかぁ?」


 独特の口調で露出の多い魔女が進言するも、


「いや、いい。私から話す」


 国王は頑なに首を振った。


「結論から言うと、我が娘は人の心が理解できないのだ」


 人の心を十全に理解できる者など存在しないだろうに。とは思うが王族としては致命的なまでに理解できないということだろうか。

 国王の話を後宮を進みながら聞いていく。


「娘は頭こそ回るが、例え政策を打ち出しても大勢が苦しむような案ばかりで、民のことを考えていない。感情を露にしないこともあり、そういう点から人の心がわからないと言われている。だから、“人形姫”とそう世間から呼ばれているのだ」


 そう語る国王の声はやや沈痛だった。親として、そのように娘が育ってしまったことに責任を感じているのかもしれない。親の気持ちなど全くわからないが、自分の子供に感情がないなどと知ったら親は責任を感じるモノらしい。本当に理解こそできないが。


 そして最上階に一つしかない部屋の前に着いて、国王がその扉をノックする。


「レーナ」


 呼びかけるとすぐに返事があった。


「はい。お入りください」


 中から女性の声が聞こえ、国王が取っ手に手をかけ扉を開く。どうやら王女様の私室らしく部屋の隅には大きなベッドも見えた。本人は部屋にあるガラスの椅子に腰かけてこちらを見ている。……確かに、その瞳には感情がない。無表情で声のトーンも一定だ。

 部屋の中に入ると香でも焚いたのか甘い匂いがしている。


 しかしドレスの上からでもわかる均整の取れたスタイルと、感情がないとはいえ目を見張るほどの美貌が際立ってもいた。国王は言っていなかったが、人間離れした美しさを持っているという点でも“人形姫”という呼称は使われているように思う。

 しかしそれなら、それこそただ傍に置いておくだけの人形のようにするのであれば問題ない気がする。感情を度外視した肉体関係のみでも良さそうだ。

 つまりそれでも尚忌避されるようなことをしているということだろう。


「レーナ。こちらは冒険者のカイト君、黒帝だ」


 国王に手で示された俺へとレーナと呼ばれた王女が目を向けてくる。すっと立ち上がると一度お辞儀をしてから名乗った。


「レーナ・ルッスーリア。フォン・リンデオールと申します。以後お見知りおきを」


 俺は改めて名乗る必要はないかと、頭を下げるだけに留めた。


「それでレーナ。彼になにかこう……感じ入るところはないか?」


 挨拶が終わったところで国王が少し躊躇いがちにそう声をかけた。……ん? ってことはあれか。黒帝が至高だから本能に訴えかけるとかいう事実なのかもわからないヤツ。アレを頼りに本能から感情を揺さぶろうという考えだったのか。


「いいえ、お父様。特に思うところはありません」

「そうか……」


 レーナの返答に、国王はあからさまな落胆を見せた。当然だろう。この国王のことだから様々な方面に当たって手を尽くしているはずだ。それでもどうにもならないのだから不確かな黒帝に縋ったのだろう。


「しかし、カイト様には個人的な興味がございます。今日はこのままお話しさせていただいてもよろしいですか?」

「そ、それは本当か!?」

「はい、お父様」


 姫の方は全く表情を変えなかったが、国王は明らかに嬉しそうだった。俺としてはきな臭いことこの上ないのだが。……まぁどうせなんの成果も得られないだろうが、国王に恩を売るだけならいい。利用できるならするべきだ。


「……んんっ。カイト君。少し娘と話してやってくれないか?」

「……はい、いいですよ」


 咳払いをして表情を引き締めた国王に聞かれ、別にいいかと了承する。話したところで改善するとは思えないのだが、それを言うのは野暮というモノなのだろう。


「ではよろしく頼む。私達は退室しよう」


 国王が言って、王女の私室から団長二人とエリオナを連れて出ていった。

 がちゃりと扉が閉まって俺と姫だけが残される。王女と部屋に二人きりなどという状況は誤解を招きそうだが仕方がない。成り行き上の都合だ。


 王女は相変わらず感情のない碧眼でこちらを見ている。こうして二人になるよう仕向けたということは、なにか話でもあるのかと思ったが、一向に切り出す気配がない。俺から話を振るなどということはしたくない。王女が口を開くまで、俺のやり方で心を探ってみることにしよう。


 とはいえ不確かな方法だ。間違っているかどうかは本人に問い質すとして、一つ試してみることにしよう。


 俺がフーアの母親、成体となったフェザードラゴンにトドメを刺したことで入手したスキルを使う。

 フーアが『送信』できるように、俺にもテレパシー紛いのことが可能なようだ。『思念会話』というスキルがそれに当たるらしい。他に、フーアが最初出会った時俺に対して「優しい」などと表現した時に使用したと思われるスキルもある。俺が優しいことはないと思うので、間違っている可能性が高いのだが。もしかしたら生まれたばかりでコントロールが上手くいかなかったとか、俺よりステータスが低いことで上手く作用しなかったとか、そういった原因も考えられる。

 少なくとも俺が王女へと使えばそういった懸念は排除される。一度モンスターに対して使ってみたことがあるが、ぐちゃぐちゃになった欲望しか感じ取れず意味を成さなかった。

 そのスキルを、『心象掌握』と言う。フーアは『送信』もそうだが成体よりスキルのランクが低いように思う。『心象掌握』は心の奥底に触れてその有り様を見定めるという効果を持っている。……よりわけがわからなくなってしまったが。


 とりあえず、レーナ王女に対して『心象掌握』を使用し――そして心の有り様を把握した。


 把握したことで俺になにをさせたいかなどを理解してしまい、面倒なことになりそうだと思う。ここは気づけないフリをして失望してもらった方がいいだろうか。しかしあまりにも思惑から外れた動きをするとわかった上で乗らないようにしているのではと勘繰られる可能性もある。

 どうやら頭の回る人物のようで、こういう相手はやりにくい。俺は別に頭がいいわけではないので口での化かし合い騙し合いが得意なわけではなかった。


「カイト様。今、(わたくし)にスキルをお使いになられましたね?」


 やっと口を開いたと思ったらそんなことを聞いてきた。スキルの発動を感知するようなスキルでも持っているのだろうか。しかし自分に使われたスキルしか感知できないとは不便だな。使い勝手の悪いスキルだと思う。


「……はい。失礼ながら、『魔力感知』を」


 俺は慎重に嘘をついた。スキルの種類や名前までわかるのかどうかの鎌かけだ。


「それは嘘ですね。私の『受動察知』によれば、そのような上辺にかかるようなスキルではなくもっと深くまで探るようなスキルのようですが。おそらく私の心を探っていたのではないですか?」


 あっさりと嘘を見抜いた上でスキルまでバラしてくれた。この口振りからすると『受動察知』はスキルが自分に対して使われた時に表層部分のことか深層部分のことかを判断する、またはスキル側で設定された段階によって何段階目にスキルが使われたかを判断することができるのだろう。

 しかしそれは、その説明を信用した場合だ。


「……いいえ、『魔力感知』ですよ」


 仕方がないので白を切った。フェザードラゴンの持っているスキルを持っているというのも説明しにくい。まぁスキル名は言わずに明かしてもいいのだが、情報を与えすぎると推測されてしまう可能性がある。例えば心を探るようなスキル名を挙げていき、俺が反応を示したところで嘘かどうか見抜かれる可能性はあった。


「嘘はつかないで欲しいのですが。カイト様とは私、同じ穴のむじなではないかと思っているのです」


 感情こそ込められていないが、困っているような気がする。……同じ穴、なんて柄じゃないだろうによく口にできるな。俺としてもこんなヤツに同類だと思われるのは遠慮したい。俺がまるで狂人のようじゃないか。


「……それは光栄なことですね」


 適当な答えを返した。正反対だと言いたいがそれでは「お前の心を知っている」と宣言することになる。だが肯定をすれば知っていて言っている可能性を考慮される。だから「だと思っている」ことに答えを返したのだが。……正直そこまで読まれてる可能性もなくはないのであまり意味のない行為かもしれない。だがある程度は考える頭を持ってると示すことくらいはできるだろう。

 しかし腹の探り合いは面倒だな。時間が惜しい。こいつと話している時間が勿体ない気もしてきた。とはいえ厄介事に巻き込まれるのはご免だ。


「……大体把握しました。カイト様はどうやら大きな事態を避けたいとお思いのようですが、私としても取り繕わずにお話しさせていただきたいと思っております。無理強いをするような内容ではありませんので、どうか本音で話し合いませんか?」


 そんな俺の内心を読んだかのようなタイミングでこの発言だ。スキルを持っているのか持っていないのかはわからないが、俺の思考回路は把握されていると見ていいのかもしれない。鎌をかけていたとしても、それを回避するためにまた思考を巡らせて長居する必要はない。

 一つ『心象掌握』で感じ取った結果から信用するのであれば、無理強いはできないという点だ。俺がやろうとさえしなければこいつの目的は達成されない。そして今はまだ俺がその行動を起こさないとわかっている。孤立することを厭わない俺は、世間体などを気にすることがないので脅しがあまり通用しないとも言える。国王から「欲しいモノは?」と聞かれて「ないです」と答えたこともあり(それを知っているかどうかは兎も角)御するのが難しいと判断される可能性は高い。


「……で、俺になんの用だ?」


 というわけでこちらも取り繕わずに素で返した。


「カイト様は心の深くまで探ったと思われます。であれば私の用件などわかっているのではありませんか?」

「……ああ」


 俺は答えて、『心象掌握』で把握したことを告げる。


「……人の感情を操るのが好きで、感情がないってのも嘘なんだろ。今の状況を作り出したのもお前自身だ。そして、もしその奥底に隠している本性を暴かれたなら、そいつを心を取り戻した夫として迎え入れた上で国王へと仕立て上げ、国の実権を握る。そうして好き勝手に国民が抱く感情を弄ぼうってことだろ」


 無感情に見えるレーナの目を見据えた。要は夫となる誰かを国の英雄として祀り上げた上でいいように国民を弄びたいのだ。自分は祀り上げられた本人はならず英雄たる誰かを英雄だと思わせるように国を動かすという、生涯を懸けた遊びをしたいのだ。

 流石は王女殿下と言うべきか、随分とスケールの大きな人形遊びだった。


 俺と目を合わせて、レーナは嗤う。口端を吊り上げ瞳に喜悦を宿し喜色満面になった。よくここまで表情を切り替えられるモノだと思う。


「ふふふ。やはりあなたは思った通り、いえ思った以上のお方ですね。そこまで暴かれてしまっているだなんて、思いもしていませんでした」


 心底楽しそうにレーナが嗤っている。


「それで、如何ですか? カイト様はどうやら英雄になる気がないようですが……よろしければ私の案に乗って、この国を乗っ取りませんか?」


 王女が自分の趣味のために実の親から王位を簒奪しようというのだから、狂っていると思っていいだろう。まともな神経はしていないようだ。


「……断る。英雄なんかになる気はないからな」


 少なくとも、今のところは。国王にも言ったが気が変わる可能性もある。


「そうですか。残念です。やっと運命の殿方が現れたと思ったのですが」

「……お前の言う運命の男は傀儡か、“人形姫”」

「いいえ。おそらく察していると思いますが、あなたにその気がなければ目的は達成できませんよ」

「……人の感情を弄びたいヤツがなにを言ってるんだか。相手をその気にさせることぐらいできるんだろ?」


 俺の問いに、レーナは否定も肯定もしなかった。ただ笑みを深めただけだが、それで充分答えになる。


「できると思っていましたが、上手くいかないモノですね。残念ながらカイト様には私で左右できるほどの感情がないように思います」


 しばらく経って正直に告げてきた。取り繕わないと決めたからだろうか。


「しかし私であればカイト様がもしこの国を欲するようなことがあれば、いいように獲得できるよう尽力させていただきます。気が変わりましたら、是非そうおっしゃってください」

「……ああ」


 おそらくないとは思うが、とは言わなかった。未来のことなんて不確かだからな。なにがあるかわからない。


「ああ、それと。私の方から父にカイト様とお会いしていると他の方とは違う印象を受けます、などと言って自由に訪れられるようにしておきますので。いつでもいらしていいですよ。一応一週間に一度は会いに来てくださると操作が楽なのですが」

「……わかった。忘れなければ週一で来るようにしよう」

「はい、お願いしますね」


 これで顔合わせは済んだかと、俺は踵を返して部屋から出ようとする。


「カイト様は、これからどうなさるのですか?」


 不意にレーナがそんなことを聞いてきた。


「……王都を回って、ドルセンに帰ったら冒険者として依頼を受ける毎日に戻ると思うが」

「そういうことではなくてですね」


 今後の予定を聞かれたのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 レーナはうーんと、そうですねと顎に指を当てて考え込み、いい表現を思いついたのか再度口を開く。


「カイト様にはなにか目的や目標――やりたいことはないのですか?」


 なんの気なしの質問だった。しかし俺としては目的や目標、やりたいことに心当たりがない。


 ……当たり前と言えば当たり前だが、俺には動機という動機がない。異世界に来たからと言ってなにかやりたいことがあるわけでもなく、元の世界に戻ろうとも考えてない。


 簡単に言えば、「死ぬまで生きるために生きている」のだ。


 これほど無駄なことはないだろう。なにか生きがいややりがいを見つけて「日常を潤す一手間」を加えるといいのだろうが。

 とはいえ特にやりたいこともないので、今のままでもいいかと思ってしまう。残念ながら現状をつまらないと思う感情すら残っていないのだ。


「……特にないな」

「そうですか。すみません、つかぬことをお伺いしました」

「……いやいい。話が終わりなら帰るが?」

「はい、どうぞ。お気をつけてお帰りください」

「……お前がそう言うと、帰りで襲われそうな気さえしてくるな」

「勘繰りすぎですよ」


 襲撃されたとしても簡単に負けるとは思わなかったが、念のためだ。ともあれ話は終わったようなので俺はこれで失礼させてもらう。


 こうして心が壊れた俺と、他人の感情を弄ぶことが得意で大好きな姫が出会った。これがいいことだったのか悪いことだったのかは、後々わかることだろう。

 ただ、世界にとって悪いことだったのは明白だった。

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