王との謁見
明けましておめでとうございます(遅い)
年末年始は更新できませんでしたが、来週も更新します。そこで一旦区切りが良くなるのでまた間があくかもしれません。申し訳ないです。
王都は国の首都と言うだけあって俺が普段滞在しているドルセンとは規模から違った。
その大きさもさることながら、人の数も膨大だ。
東西南北の四つに街への出入り口があり、それら全てがドルセンとは違って関所になっている。あちらはただ門が拵えてあるだけだったが、王都はきちんと関所があり、多くの騎士達が駐屯しているようだ。ドルセンでは騎士ではなく衛兵がいるので、門番をやっている者の違いもあるだろう。
また出入りも多い。関所を通るには身分証明書が必須であり、俺がもし最初に王都へ来ていたら追い返されていたことだろう。馬車や旅人、冒険者などが列を成していた。ドルセンとは警備の厳重さが全く違う。
緊急の場合は流石に列は関係なくなるだろうが、見ていたところ出る方はあまり警戒されていないようだ。入る時にきちんと警戒しているからこそ、出る時は自由なのだろう。真に厳重警備を行うなら、出入りにきちんと記録を取った上で行うべきだろうが、流石にそれは面倒なのだろう。現代ではカードキーやらによって簡単にできるが。
こちらも敵襲を警戒してか巨大な壁に囲まれている。壁は高く分厚いが、遠くから見ると王城の一番高い場所が壁よりも高いのがわかった。と言っても最も高い細い部分が見えただけなのだが。
王都内に入ると高難易度ダンジョンで多くが死んで活気が下がっていたドルセンとは異なり、見るからに活気が溢れていた。感覚としては、地方の都市から東京の新宿に来たような感覚だ。都市は都市でも人の多さと活気の桁が違うということだな。
笑顔で人が暮らしている。いい統治を行っている王なのかもしれない。だがファンタジーでありがちな設定として、国王がいい人でも大臣が嫌なヤツであることが多い。この国がそうなのかは全く知らないが、警戒しておくに越したことはないでしょう。
「到着しました」
馬車の御者を務めていた男性が言った。慣れた様子でエリオナが馬車から降りたので、俺、フーア、ルーリエの順でそれに続く。
「ご苦労。ここからは私が引き継ごう」
「はい。よろしくお願い致します」
エリオナが告げると、御者は一礼して馬の手綱を握り指示を送って去っていった。帰りは馬車を利用しないと伝えてあるので、彼の仕事はここまで送ることになる。
「では行こうか」
王国第一騎士団所属なだけはあってかエリオナが案内してくれるらしい。先導する彼女の後について、王城への門へ向かって歩く。街が壁に囲まれているのに、王城はまた壁に囲まれている。しかも王城の周りには堀があって門へ行くには橋を渡る必要があった。……堀に見たことのないモンスターがいるな。鰐のような姿をしている。街へ上がってくることはないが、堀へ敵を落とせば自動的に迎撃されるということだろう。また、「こんなモンスターも手懐けているのだぞ」という力の誇示なのかもしれない。
橋を渡って門の前に行くと、左右に槍を持った騎士が控えている。街の関所にいた騎士よりも鎧が綺麗だ。もしかしたら更に上級の騎士なのかもしれない。
「エリオナ様、そしてカイト様御一行。お待ちしておりました」
騎士二人は恭しくお辞儀をすると、門に手を触れる。すると門にかかった魔法が発動したのか魔方陣が現れて自動的に門が開いていく。おそらく彼らの身に着けているモノの中に先程の魔方陣を発動させる、または認証させる道具があるはずだ。
「お通りください。国王陛下がお待ちです」
「ああ、ご苦労」
エリオナはそう言って堂々と門を潜る。そうか、副団長だから騎士内で彼女の上は団長しか存在しない。彼らも部下に当たるのだろう。
とはいえ俺がへこへこするのもおかしいかと思い、頭は下げず後に続いて門を潜った。
門からは庭が見え、奥に立派な城が見える。よくRPGなどで見かける造形だ。こうして間近で見ると物語の世界へ入ってきたような気分を味わう。ということは、現代人の想像力をファンタジー世界の住人は超えられていないということだ。俺は現代に生きてきた者なのでわからないが、この世界で暮らしてきた者達であれば俺の想像を超えてきてもいいはずだ。所々に魔法の仕かけが施されているのは確認できるが、造りという点で俺が物珍しさを感じたところはなかった。
大きな扉の前に来ると自動で開いていき、ようやく城の内部に入ることができた。豪華な調度品の数々や、やたらと高い天井。加えて無駄に大きなシャンデリアなどが出迎えたことで、なるほどこれは権力の塊だと理解した。外から見ただけではわからなかった内部の細かな主張が目につけばつくほど、ここが国で最も権力の高い場所であると窺える。
入ってすぐの広い部屋の奥に左右から上に続く階段があり、そちらを上っていく。左右からの階段は中央で一つになって上階へと続いていた。二階からは一階が見下ろせるようになっていて、上がってからだとシャンデリアが近く見える。城内は広く、入り口から見て奥へと進んでいく。奥の廊下の左右に上に続く階段があった。階段を上ること四階、ついに最上階へと辿り着いたようだ。これ以上階段はなく、最終的には城内の真ん中に出るような設計となっているのだろう。そして最上階には左右に部屋が四つ部屋があるものの、俺達が行くのはその奥にある他よりも大きな扉の先、謁見の間だ。他の部屋の前には見張りの騎士が一人ずついるのに対し、謁見の間は二人いた。中から複数人の魔力が感じ取れる。俺達が来るのを待っていたようだ。
しかしこの間肉塊を倒した時に入手した『魔力感知』というスキルは便利だな。魔力を持っているモノならモンスターだろうが人だろうが感知できるのだ。その魔力量も感知できるので、中にいる者の中で他三人と同様、またはそれ以上の者は二人しかいないと判断できる。片方は魔力が膨大だ。おそらく魔法使いなのだろう。
しかし『魔力感知』などで探知されないように隠蔽するスキルも存在しているが、それを使わないということは新参者の俺に力を示す意味もあるのだろう。
「入れ。国王陛下がお待ちだ」
謁見の間の前まで来ると、扉の前に立つ騎士が言ってきた。敬語を使わないのは、おそらくこの場では王こそが最上位であることを示すためだろう。じろじろと俺の顔を見てきているのは顔の造形以前に新しいSSS級冒険者に興味があったからだろうか。
「……」
城の門と同じように騎士二人が扉に手を触れることで魔方陣が輝き出し、ゆっくりと開いていく。開く扉の隙間から眩い光が溢れ出した。扉が開いていくにつれて中の様子が見えるようになってくる。
レッドカーペットが入り口から最奥へと敷かれていた。眩しかったのは一階にあったモノよりも大きなシャンデリアがあるせいだろう。加えて鏡にでもしたいのかと思うくらいに床や壁が磨かれている。壁際には人が並んでいた。騎士甲冑を着た者が手前の左右に並んでおり続いてローブを着込んだ魔術師風の者達が並ぶ。列の七割以降から文官らしき者が並んでいる。格好と魔力の差からも奥にいる者達が戦闘要員でないことは明白だった。集まった者達の中で、騎士四割、魔術師三割、文官三割と考えるのが自然だろうか。
そして、レッドカーペットの先玉座に腰かけているのがこの国の王だろう。明らかに他の者達とは装飾の豪華さが違う。宝石の埋め込まれた王冠を被っているので、とてもわかりやすかった。
その国王の左右に俺がエリオナ達に匹敵すると考えた者がいる。
どちらも女性だ。片方は騎士、もう片方は魔術師といった風だった。
騎士の格好はエリオナに似ている。騎士鎧を着込みマントを羽織っていた。腰に提げた剣もある。違うのは色だ。エリオナは金色だが、彼女は水晶だった。同じような色の透き通った長髪を、左前髪だけ側頭部で留めている。瞳の色はわからない。幾何学模様の描かれた白い布で覆っているからだ。よくよく感知してみると、その布自体に魔力があるとわかった。おそらく魔眼とか邪眼とか、眼になんらかの能力を持っていてそれを封じているとかその辺りなのだろう。異様な風体だが威圧感はなく涼しげな空気さえ感じるようだ。
魔術師の方は、魔術師というよりも魔女に近いだろうか。とんがり帽子にローブ、身の丈もあるほど大きな杖。女性としても完成された肢体をしているのだが、なぜだろうか。上の服が胸元を全開にしていて肩を出していることもそうだろうが、ローブが肩からずり下がっている。そのせいだろう、とてもだらしなく物草な空気を感じた。紫色の地面に着きそうな髪と眠たそうな瞳で、右目の下に黒子があるのだが。色気を醸し出す要素を備えているのにも関わらず本人のやる気のなさそうなオーラがそんなモノを感じさせなかった。おそらく研究室に籠もって自堕落な生活を送っているに違いない、と思われる。
とはいえ両者共に強者であることに違いない。
冒険者の中でも最高位であるSSS級冒険者とそれに匹敵する騎士よりも強いのかもしれないのだから、相当だ。とてもいいスキルを持っていそうでもある。
「アルディウス国王陛下。冒険者カイトを連れて参りました」
レッドカーペットをしばらく進み、玉座から五メートルほど離れた位置で立ち止まったエリオナが膝を着き頭を垂れる。俺達もそれに倣って跪いた。
エリオナはカーペットの少し右にいる。俺から見ると右斜め前だ。今回は俺がメインの客になるので俺が真ん中で、その付き添いであるフーアは俺の真後ろにいる。ルーリエは冒険者ギルドの代表として来ているだけという扱いなのでフーアの左横にいた。
「面を上げよ」
厳かな声が真正面から聞こえる。その言葉を受けてから、膝を着いたままに顔を上げて玉座に座る最高権力者を見上げた。
「……SSS級冒険者カイト」
「……は」
呼ばれて短く返事をする。
「そなたは黒の森に現れた異形を討伐し、我が国の民を守った。この恩賞として褒美を授ける」
「……有り難き幸せ」
依頼があったから受けただけなので結構だ、などと本当のことは言えない。
「褒美は金品を授ける予定だが……そなかから特別に要望はあるか?」
国王はそんなことを聞いてきた。城の者に動揺は見られないが、エリオナの推測にはなかった申し出だ。
(……断ってもいいのか?)
俺に特別欲しいモノがないので断りたいのだが、フーアの『送信』を軸に四人で繋げているテレパシーで一応確認を取った。
(構わないだろう。無茶を言い出さなければ無礼と取られることはない)
「……ございません、陛下。私は一冒険者として当然のことをしたまで。討伐報酬をお支払いいただけるのでしたらそれ以上の褒美は必要ありません」
エリオナの許可が下りたのでそれっぽい建前を述べつつ、聞く分には丁重な断り文句を口にした。
「そうか」
彼女の言葉通り断っても無礼とは思われなかったようだ。ただ一言そう言って口を閉ざす。……褒美を授けるだけなら「では後程遣いの者に褒美を届けさせよう」と言って国王から行っていいと言われればそれで終わりになるんだが。どうやらエリオナとルーリエの予想通りそれだけでは終わらないらしい。
「SSS級冒険者カイトよ。――そなたが黒帝であると聞いたが、事実か」
想定していたことだが、俺の種族について質問があった。しかしこれは他の者に知らされていなかったのか傍らに控える二人以外にざわめきが広がる。文官でも何人か情報を掴んでいる者がいたのか動じていなかった。
「……はい、真実でございます」
俺が事もなげに答えると、そのざわめきは一層強まった。
「ふむ、そうか。そなたは黒帝なのだな。全ての種族の頂点に君臨すると言われる至高の種族なのだな、そうか」
国王は不思議なことに何度も頷いている。……少し声が和らいでるか? 黒帝に会えたことが嬉しいというわけでもないだろうに。種族として頂点にいるということは、もしかしたら国を脅かす存在かもしれないのに。他に理由があるんだろうか。
しかしまだ俺に聞くことがあるのか、咳払いを一つして気を取り直す。ざわめいていた者達もそれで静まった。
「黒帝とは頂点のための種族。であればそなたはこの世の全てを手にしたいと願っておるのか」
「……歴代の黒帝がどのような人物だったかは存じ上げませんが。私に今のところ野心はございません」
「今のところ、とはな」
「……気が変わる可能性もございますので。先程も申し上げましたように、今の私に望むモノはございません」
自分以外の人がいない世界が欲しい、と思ったら他の人を殺して回るだろう。
国を得てゲームのように発展させたい、と思ったら国を乗っ取るだろう。
しかしそれは可能性の話に過ぎない。俺になにか欲しいモノができるとは思えなかった。
「今のそなたはなにも望まないと申すか。であれば黒帝よ。そなたに目的が見つかるまではこの国の力になってはくれまいか」
国王はそう申し出てくる。やはり黒帝は欲しいか。至高を手中に収めれば我が国が正しいと主張することができる。最強が手元にいるのだから戦争において恐れることはなにもないだろう。白皇や女神は匹敵するらしいが、黒帝さえいれば白皇は手に入るも同然だ。……とでも思っているのだろうか。そこまで好戦的な思惑があるとは思わないが。
「……なにをおっしゃいますか、陛下。私は一冒険者なれば」
牽制としてはこのくらいでいい。
国の力ではなく、あくまで冒険者の一人として力を貸すと告げたわけだ。戦争の道具にされた主人公が悲惨な過去を持つ、などよくある話だ。そんな思惑に乗ってやる理由はない。
「で、あったな」
国王は僅かに落胆を見せたが、冒険者として依頼を出せば俺に命令を下せるという判断も同時にしたはずだ。
「ところで黒帝よ。そなたの後ろにいる者は、モンスターだと聞いたが事実か」
俺の話はそこまで、とばかりに急に話題を変えた。これも臣下に伝えていなかったのだろう。俺の時よりも騒然とし始めた。
「なっ! モンスターだと!?」「モンスターを陛下の御前に連れてきたというのか!」「冒険者ならなぜ討伐しない!」「姿形をヒトに似せたからと言って謀れると思うな!」「殺すべきだ!」「そうだ、殺せ!」
驚きは全体だったが、明らかに敵意を向けてくるのは文官だ。……いや、連れてこいと言ったのはその陛下だろうに。なにを言ってるんだ。
「……はい。この者、フーアはフェザードラゴンでございます」
ドラゴンとわかれば煩い口を閉じるかとも思ったが、
「ドラゴンだと!?」「恐ろしい化け物ではないか!」「今すぐ殺すべきだ!」
より強まってしまった。なぜだ。
その時、俺のコートの裾を引っ張る感触があった。おそらくフーアだろう。まだ子供だからだろう、怯えているようだ。心の中だけで「問題ない」と告げておく。
「そうか」
しかし、臣下達の動揺とは逆に国王は落ち着いたものだった。
「アルディウス国王陛下。僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか」
そこに、文官の一人から挙手があった。どこか粘り気のある声だ。
「……」
国王はなにも言わずそちらに目を向けた。俺も視線を向ける。視線の先にはにやにやとした笑みを張りつけた男が立っていた。
「陛下。せっかくの機会です。そこの黒帝にそれを殺させてみせてはどうでしょうか」
……は?
「フェザードラゴンの羽毛は高値で取引されると窺っております。それを陛下に献上させることで陛下への忠義を見せるというのは如何でしょう」
……こいつは、なにを言ってるんだ。
俺に感情がないというのは嘘なのかもしれない、そう思ってしまうほどバカな申し出だった。こいつはどうやら先程までのやり取りを全て聞いていなかったようだ。それとも言語中枢に異常でもあるのだろうか。いや、異常があるとしたら思考回路か聴覚だろう。前者だったなら救いようのない。
「……」
国王を見れば瞳に憂いが宿っているようだった。文官ともあろう者が人の話を聞かないでどうするのか、という呆れが頭を巡っていそうだ。
「おい、黒帝。聞いたか? そこのドラゴンを殺せ。そうすれば貴様の忠義を認めてやらんでもない」
しかも俺に偉そうな口を利く始末だった。……そうだな、やっぱり思考回路に異常があるようだ。
暗に「俺は国の下につくつもりはない」と言ったのが間違いだったのだろうか。明言しなければ汲み取れないほどの頭の悪いヤツがいると思わなかったのだから仕方がない。とはいえ、このまま無視してもつけ上がりそうだな。
(……少し威嚇する。手を出すな)
俺は三人に言ってから、
「……陛下」
呆れた様子の国王へと声をかけた。
「……私から一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」
「先にそこのドラゴンを――」
「良い。申してみよ」
文官は国王に制され、渋々と黙った。俺は立ち上がり、国王を真っ直ぐに見据える。
「……先程からフーアを殺せだのと臣下の方々がおっしゃっていますが」
俺はばちっと『紫電』を僅かに纏う。怒っている、と思わせるための演出だ。イメージは戦闘民族の伝説で二番目、と言ったところか。
「……それはこの国が私に敵対するつもりであると、そう思ってよろしいでしょうか?」
少し目を細めて睨みつけているように見えないかと画策してみる。国王は俺が怒っていると思ったのか息を呑んだ。……当たり前だ。協力を取りつけるつもりが逆に怒りを買ってしまったのでは本末転倒だ。
しかし俺が『紫電』を発生させたのに、傍らの二人は動じなかった。この程度の威嚇では脅威に感じないか、俺が本気ではないと見抜いているか。
「なにを言っている! モンスターを殺すのは当たり前だろう! 第一陛下の御前であるぞ! 不敬だ!」
文官の男は唾が飛ぶ勢いで怒鳴ってくる。
「……つまり、私がフーアを殺さないと言い続ける限りあなたは私の敵であると捉えてよろしいですね」
俺は国王から男へと視線を移した。文官は怖気づいたのか半歩下がるも、すぐににやにやとした笑みを取り戻す。
「いいのか? 私にここで手を出せば皆が証人だ。第一ここには騎士団団長と魔術師団団長が揃っている。お前が敵対する意思を見せればそこで死ぬぞ」
騎士団の他に魔術師団というのがあるらしい。言葉がわからない者なりに知っていることはあるようだった。しかしこれから自分が殺されるかもしれないというのに他人任せとはな。それともそれほど二人の実力が信頼されているという証拠だろうか。
「訂正しよう。ヘノス・オタノアス殿」
その時国王の右側から声が聞こえた。両目を隠した騎士団団長らしき女性だ。涼やか且つ感情が読み取れない声だった。
「断言しよう。彼には私達二人がかりでも勝てない。加えて、私は文官である貴殿のために死ぬことはできない」
「ばぁか、というヤツかしらね、ぇ。人の話を聞かない、相手の力量もわからない、仕える主君の意図も汲み取らない。なぁんて、頭の悪いことなのかしら、ぁ」
騎士団団長と独特の間を持って話す魔術師団団長の反応は意外だった。しかしつけ上がっていた男を叩き落とすには効果的な援護だ。
「……な、なにを言っているのだ、貴様らは」
「……俺がお前を殺そうとしても、手を出す気がないってことだろ。いい加減人の言語を理解しろ」
わなわなと震えて後退るそいつに俺が声をかけた。こいつにもう敬語は必要ないだろう。
「き、貴様っ――!」
憤る男に近寄って左手で喉元に触れた。そのまま喉元を掴んで絞めないよう加減しつつ持ち上げる。苦しそうだが、なんとか話せるだろう。
「……相手が人であれモンスターであれ、生物を殺す気を持つなら自分も殺される覚悟を持ってると、俺はそういう前提で動こう。フーアを殺せと言うのであれば、抵抗されて殺されることも覚悟の上なんだろう? なら俺の敵として殺してやる。欠片も残ると思うなよ」
「き、貴様! 私に手を出して無事で済むと思って……!」
「……お前程度に命を懸けられるヤツがいるかどうか。それに、こうして触れただけでお前の命を絶やすのに、他の者が間に合うと思うか?」
「リンデオール王国への反逆罪となる! 例え私を殺しても国を相手に貴様一人で戦う気はないだろう!」
「……その程度なら簡単だろう」
「へぁ……?」
「……お前の軽はずみな言葉によってリンデオール王国は今日その歴史を終えるわけだな」
「な、にを言って……」
「……黒帝が頂点に立つ種族だというなら、頂点に立てるだけの力を持っていると判断するのが普通だろう。それがお前にはない。普通ならわかるはずのこともわからない愚鈍には理解できないだろうな。それならお前を殺すのをやめてやろう。お前はそこで、自らの過ちで国が滅ぶのを見ていればいい」
俺はわざわざ説明してやっているというのに思考停止をしたのか黙ってしまう。
「……へ、陛下……っ」
なにか言わなければと思ったのか、しかし国王に助けを求めるような目を向けていた。
「……すまぬ、黒帝よ」
国王は色々と頭で渦巻く感情があっただろうに、それら全てを呑み込んで俺へと頭を下げる。
「そなたに不快な想いをさせた非礼を詫びよう。その者はそれでも我が臣下。手は出さずにいてはくれぬか」
国王がまさか頭を下げるとは思わなかった。その臣下達も思わなかったのだろう。両脇の二人以外は唖然としていた。
「……頭をお上げください、陛下」
俺は文官から手を放し、元の位置に戻って傅く。
「……民一人のために頭を下げられる陛下のお心を煩わせてしまい申し訳ございません。こちらも、少々見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いや、良い。元々こちらの臣下に失礼があったからこそ」
「……では陛下としては、私と敵対する意思はないという認識でよろしいでしょうか?」
「無論だ、黒帝よ。先程も言った通り、共に在ろうと思っている」
「……であれば、私としてはなにもございません。それが陛下のご意思であれば、慮るのが臣下というモノでしょう」
「耳の痛い話だ。処罰は如何する?」
「……二度と先程のようなことを言わなければ、どのようにでも構いません。陛下が頭をお下げになられて、私としては矛を収めるに充分すぎると考えております」
「そうか、すまぬな」
俺達の会話を聞いて、どさりと文官が膝から崩れ落ちた。その目からは涙が流れている。どうやらようやく自分の過ちを認識したらしい。しかしよくその程度の頭で文官をやっていけているな。この国のレベルが知れるぞ。
「ではSSS級冒険者カイトよ。改めて国のために剣を取ったことを称えよう。行って良いぞ」
こほんと咳払いを一つした後に、国王はそう言った。これ以上自分の臣下の醜態を晒すわけにはいかないからだろう。
「……はっ」
俺は頭を垂れて一つ返事をすると、エリオナが立ち上がったのを見てから立ち上がり踵を返してレッドカーペットを歩いていく。
(……威嚇には充分だったか?)
(やりすぎだ。陛下に頭を下げさせるなど……)
(……頭を下げさせたのは俺じゃないだろ)
どう考えてもあの文官だ。愚かな行いによって国王は頭を下げる羽目になった。
(……かいと、おこって、えんぎ?)
エリオナと頭の中で会話をしていると、フーアが俺だけに『送信』してきた。要は俺が怒っているように見えたのは全て演技だったのか、と言いたいらしい。少し寂しそうな声でもある。
(……ああ。あの程度のことを気にしてくていい。取るに足らない、下らない言葉だ。実際にできるはずもないんだからな)
(……ふーあ、まもる?)
(……そうだな。実行に移す気があったらその場で返り討ちにしてる)
国王がフーアを客人として招いた以上問題ないとは思っていたが。独断先行で実行に移すようなバカがいたら見せしめに細切れにしてやるつもりでいた。なんだかんだ言って善政よりも恐怖政治の方が気楽だからな。恨みを力で捻じ伏せればいいだけとは、そんな簡単な政治があるのかと思う。
謁見の間を出て扉が閉まった後、フーアが俺の腕に抱き着いてきた。流石に生まれて間もない子供に来させるような場所ではなかったのかもしれない。現代なら虐待だなんだと訴えられそうだ。気をつけよう。
そのままエリオナに案内されるがまま、城内部から出る。が、出たすぐにそこに国王と両団長が立っていた。……俺達の方が先に出たんだが、なにかの魔法か。
転移系の魔法だったら是非欲しい。移動が楽になる。
「カイト君。君に頼みたいことがある」
謁見の間にいた時とは打って変わって、気さくに呼びかけてきた。
そして今度は腰を折って、深々と俺に頭を下げてくる。
「私の娘に、会ってはもらえないだろうか」