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招かれる黒帝

週一更新はもう少し続きます。年末年始に一旦区切りのいいところまで更新したらまたお時間をいただく可能性がありますが。


あとついでにメリークリスマスです。

 権力を誇示するために飾りつけられた一室。

 頭上に輝くシャンデリアや壁に飾られた調度品など、「私は金と権力を持っている」と言わんばかりの豪華な一室だった。


「エリオナ」


 その部屋で机を挟み向かい合ったソファーに座る壮年の男性が、向かいに腰かけた実の娘の名前を呼ぶ。


「はい」


 頭の上がらない父親を前にして、鎧を着込んだ正装のエリオナは恭しく頭を下げた。


「黒帝との関係は断っていないな?」

「はい、お父様」


 エリオナと同じ金髪をオールバックにまとめ厳つい目つきをした男だ。顎に生えた金色の髭と大仰な態度が、彼が人の上に立つ者であると示しているようだ。


 エリオナは黒帝が現れ、それが突如現れた冒険者のカイトであることを父親に話していた。父親が彼女に命令したことはたった一つ。黒帝との関係を保ちこの国から出ないようにすることだった。


「ならば良し。黒帝は至高の種族とされている。これを利用しない手はない」


 エリオナは父親の思惑を理解していた。要は黒帝を手駒にしたいのだ。十騎士よりも早く黒帝との関係を持ち、黒帝を自分の戦力として利用する。そうして自分の地位を高めていくのが狙いだろう。

 もし一番上とされる黒帝が誰かに仕えることがあれば、皆がその誰かに跪いて媚を売ろうとするだろう。父親はその誰かになりたいのだ。黒帝さえモノにしてしまえば匹敵する白皇もついてくると思われる。そうなればもう誰にも止めることはできないだろう。


「……」


 しかし、彼女自身はそんなことに興味がなかった。権力や名声に執着する父親をバカだと思うくらいには興味がない。

 民が求めた自分達を守ってくれる理想像こそが騎士であり、それを叶えるための防衛機構が騎士団なのだと、彼女の師匠――現騎士団団長から学んでいた。


 なればこそ、エリオナが立場や能力を駆使するのは民のためであって、決して権力のためではなかった。


 だからこそ内心で下らないと切り捨て、本当にやりたくないことは最低限のみをこなす形ではぐらかしてきた。


「エリオナ。今日お前を呼んだのは他でもない、その黒帝の件だ」

「はい」


 それ以外で王都へと呼び戻される理由は思い至らない。リンデオール王国第一騎士団副団長という立場に加え、黒帝の知り合いであるという価値が生まれたのだ。目の前の男がそれを利用しないはずがなかった。


「その黒帝、カイトと言うのだったか。冒険者として黒の森に出現した異様な怪物を討伐したという話は知っているだろう」

「はい、存じております」


 なにせ冒険者だけで討伐が不可能だった場合はエリオナ率いる十騎士も戦う手筈だったのだ。知らないわけがない。


「その功績が認められ、陛下が黒帝を城に招くそうだ」

「……それは誠ですか、お父様」


 エリオナは意外な展開に目を剥いて父親の鋭い瞳を見据える。


「当然だ。なにせ、お前の用はそれに関わってくる」

「……私がカ――黒帝の王都での案内役をするように、ということですか」

「そうだ。お前から黒帝がいると聞いていたからな。陛下に対しお前が王都への案内を務めると申し出たのだ」

「そうでしたか」


 正式に王都へ滞在する理由ができるのなら、久方振りに団長と話がしたいとは思う。しかし展開が早すぎる。カイトが黒帝であるという情報は王国にとっては不確定のためしばらく動かないと思っていたのだが。


「……陛下が黒帝を呼ぶ理由はわかる。此度の報酬を与える名目で城に招き、そして娘に会わせるためだろう。陛下は甘い御方だ。あのような人でなしであっても我が娘、ということだろうよ」


 父は少しつまらなさそうに鼻を鳴らして言う。


「レーナ王女、ですか」

「そうだ。あの“人形姫"も黒帝と会えば人の心を取り戻すかもしれない。そんな幻想を抱いておられるのだろう」


 父は哀れなことだ、と言いたげな様子だった。

 “人形姫”と称されるレーナ王女殿下は有名だ。上に三人いる王子殿下よりも国民に広く知れ渡っている。

 人形のように完成された美貌を持っている、のも理由の一つだが。

 もう一つ、人形のように人の心が理解できていないような、情のない政策を提案することがあるからだった。


 国にとって有益ではあっても民に苦を強いる政策などあってはならない。そう誰もが思う提案をするからこそ彼女は“人形姫”と称えられ、そして蔑まれているのだ。


「兎も角、陛下に黒帝と親交があると表明する絶好の機会だ。日時などは追って冒険者ギルドを経由し黒帝に伝えられるだろう」


 受けてくれるな? などという確認はしない。命令には絶対遵守である。


「かしこまりました」


 だからこそエリオナは、なんの感情もなく頭を下げた。


「うむ。エリオナ、何度も言うようだが黒帝はこの国に縛りつけておけ。こちらから依頼をいくつか出しているが、今のところは大人しく従っている。他の者から聞いた報告では、意思の薄い者だそうだな。では是非お前が手綱を握り、支配下に置け。黒帝が富や名声、権力に興味がないのであればその力を私が有効活用させてもらう。わかっているな?」


 ……下らない。


 黒帝という種族に縋ってまで、権力というモノは手に入れたい存在なのだろうか。縛りつける、支配下に置くなどということができるとは思っていなければ、する気もなかった。だが反抗するにはまだエリオナは弱すぎる。目の前の男を殺して自分が生き残るには、未だ実力が足りていないことを自覚していた。


「はい、お父様」


 だから彼女は大人しく頭を下げるのだ。

 父親の選択が、いずれ待つ破滅へと向かうことを願って。


 ◇◆◇◆◇◆


「冒険者カイト。先の一件での活躍を称え、王都へ招き褒賞を与える。以上が国王陛下からのギルドへの通達となります」


 冒険者ギルドに来たら受付嬢をやっているフィシルに呼び止められ、なにやら紙の上下を持って見せた上で読み上げられた。よく通るフィシルの声にその内容が加わって、喧騒に包まれていた冒険者ギルド内が静まり返った。


「……凄いことなのか?」


 唖然とした様子で傍にいたルグルスに尋ねる。この数日間で何度か接しているので、仲のいい風体を築けているだろう。


「……凄いなんてもんじゃねぇよ! つまりお前の功績が国に認められたってことだ! 良かったな!」


 自分のことのように嬉しそうな顔で、ばしばしと俺の肩を叩いてくる。彼のおかげで俺の周囲からの対応も和らいだように思う。たまに話しかけてくる冒険者も出てくるようになった。俺の態度は変わっていないと思うので、こいつと話しているヤツという認識が影響を与えていることになる。


「……いいことなのか」


 面倒なことに巻き込まれそうな予感しかしない。というか国として褒賞を与えた場合、国の戦力として俺が数えられることになる。「うちは黒帝有してますよー」と周辺諸国に知らしめることも可能になるだろう。戦争になったら俺に戦ってこいと命令が来るかもしれない。あまり受けたくはないが、受けないというのも国王への反逆罪として受け取られる可能性もある。受けないわけにはいかないのだろう。


「ちなみに同行者はカイト本人と、フーア、第一騎士団副団長エリオナ、及び冒険者の中から一名で来るようにとのことよ」

「……フーアもか」

「冒険者は私が行ってもいい~? 丁度王都に用事あったんだ~」


 フーアを連れ出すのは遠慮したかったが、精々失礼のないように言い聞かせておこう。

 冒険者一名についてはルーリエが立候補した。別に誰が来ても一緒だと思うので、了承しておく。


「明日王都行き用の馬車が到着するため、それに乗ってくるようにとのお達しよ。副団長には既に伝達済みだから、カイトからフーアに伝えておいて」

「……わかった」


 どうやら断る権利はないらしい。仕方なく頷いた。


「カイト。あなたは応接室に来て。作法とかを教えてあげるから」


 フィシルは紙を丁寧に丸めて腕を下ろすと、ついてくるように指示してくる。それなら作法も知らない田舎者と揶揄されることもないだろう。


「……助かる」


 俺は礼を言ってフィシルの後ろについて歩いた。


「……俺も一回王都に行ってみたかった」


 そんな情けない声が聞こえた気はするが、聞こえなかったフリをして歩いていく。

 その後はフィシルから最低限の作法を教えられた。国王から直々の呼び出しなので謁見の間と呼ばれる城の内部で国王と直接会う時は膝を着いて頭を垂れるようにするとか、色々だ。基本的には経験者であるルーリエ、騎士であるエリオナの真似をしていればいいらしい。

 本番まで僅かしかないが、覚えるしかないだろう。いざとなればフーアに他二人と会話できるように繋げてもらって本番の中で教えてもらうとしよう。


 フィシルから作法を教わった後に宿屋へ戻ってフーアに今回のことを伝えたところ、


(……いっしょ、おでかけ)


 と喜んでいるようだった。思い返せばフーアとどこかに出かけるのはこれが初めてかもしれない。せっかくの機会だ、少し王都を回ってもいいだろう。たまにはフーアと過ごさなければ癇癪を起されても困る。


「……せっかくだ。用事が済んだら少し王都でも回るか」

(……じーん)


 なぜか感動していたが、おそらくフーアも出かけられなくてつまらなかったのだろう。前の一件で懐いていたルーリエも来るのだから心配はいらないはずだ。


 それからフーアに習ったばかりの礼儀作法を教えていく。そういえばフーアを鍛える、というか独り立ちさせる案もあったな。この一件が終わったらフーアに色々なことを教えてやるとしよう。


 そして翌日。

 俺はSSS級冒険者として招かれるので髪を後ろで結んで顔を出すようにしていた。加えて巷でSSS級冒険者カイトのイメージに沿うように、蒼色のコートを着込み右腰にトリニティ・トライデントを提げている。下に来ている衣服も色は普段と変わらず白いシャツに黒のズボンという格好だが、素材は高級なモノを使っているらしい。絹を使っているのかしっとりとした肌触りが心地いい。装飾品の類いはつけていないが、見る者が見れば高級品だとわかるようになっているようだ。華美でなくしかし質素と思われない、という俺の注文に見事応えてくれたと言える。

 フーアはある意味で最高級品を身に着けた状態なので、特に正装を購入する必要はないようだ。しかし人と同じ衣服を身に着けることが意味を持ってくるらしい。もしもフーアの羽毛を寄越せ、またはフーアそのモノを献上しろと言ってくる輩がいれば失禁しない程度に威嚇していいとエリオナから言われている。彼女が言うには、黒帝を上から押さえつけられると思わせない方がいい、とのことだった。最善はあくまで黒帝は協力者であり国のモノではないと思わせることだという。俺にそこまで人の感情をコントロールする術はないので、認識としては嘗められない程度にしておくよう意識しておくか。


 俺達四人は冒険者ギルドに到着していた豪勢な馬車に乗って王都への道を進んだ。

 ……走った方が確実に速いとは思ったが、緊急でもない。のんびりと初めて乗った馬車に揺られる感覚を味わうとしようか。

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