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成れの果て

 黒の森にギリギリ入らない位置で、木の上にそれぞれが立っていた。


「……どう見る?」


 今回は冒険者での対応を行うため、仕切っているのはギルドマスターのリディネラだ。

 対応と言っても討伐は可能であれば。敵の戦力などを見極め討伐不可能であれば騎士に加勢を要請する手筈となっている。

 偵察とも取れる今回の集まりは、リディネラ、キルヒ、ルーリエ、フィシル、そして俺だ。新旧SSS級冒険者が揃い踏みという状態である。


 最高位の俺達が召集された理由は簡単で、並みの冒険者では対応できないから。


 俺も今回の標的を視界に入れて納得した。


 黒一色だった森の中に、巨大な肌色の肉塊がいるのだ。生きているらしく、肌色の肉が蠢いている。

 全長二十メートルに届きそうな大きさで、肉が周辺五十メートルに広がっている。とはいえ二十メートルという大きさは一番高いところなのだが。


 触手と口を無数に持つ異形、というくらいしか判明している情報がない。肉塊から生えている生物の身体から考えて、前に遭遇したギシュラキ程度では相手にならなさそうだというくらいか。何体か呑まれているようだった。

 周辺の生物を呑み込んで成長する。しかし一つの生物にはなり切れずに肉塊と化す。


 まるで、『蠱毒』の成れの果てだ。


 街からその姿が確認できたこと、また黒の森の調査に行った冒険者達が帰ってこないこと。

 それらを踏まえて早急に対処するべき災害として認定されている。


「もう森の魔物は~ほとんどが食べられちゃってるね~」


 巨大な戦斧を担ぐルーリエが言った。『魔力感知』か『策敵』で調べたのだろう。見渡しても姿が見えないことは確認できるが。


「私の魔法で消し飛ばしてみる?」


 フィシルがそう提案した。どこが本体――と言っていいのかはわからないが、ヒトで言うところの心臓や脳などの急所があるかわからない。肉片を残さず滅ぼすのが妥当だろう。


「やってみてもいいんじゃが……おそらく死を察知したら逃げるじゃろう。そうなったら面倒じゃ」


 キルヒが幼女の姿のまま言った。


「確かにそうね。ここまで大きくなるまで察知できなかったということは、森に潜みつつ機を見て一気に成長する準備を整えていた可能性もあるわ。それなりに知能はあると見ていいでしょう」


 なるほど、そういう考え方もあるか。


「どちらにせよ、私達でやるなら周囲を囲んで逃がさないようにしつつ大規模攻撃で一気に倒す、といったところか」


 リディネラがそうまとめた。

 しかし逃げるという心配はもしかしたらないかもしれない。


「……俺が行く。一人で充分だろう」


 俺は他の四人にそう告げた。四人の視線が俺を向く。


「……あの巨体を瞬時に滅ぼす術があるのか?」


 リディネラが怪訝そうに聞いてくるが、俺はその前提が間違っていると思っている。


「……リディネラならわかるだろ。あいつが呻き声を上げてるのが」


 耳のいい獣人にあるまじき怠慢だと思う。俺も薄っすら聞こえたので聴力を強化してみたのだが。俺が出れば逃げる心配はない。


「……これは、カイトを呼んでいるのか?」

「……おそらくな。俺が出ればあれは俺に向かってくるはずだ。そうなれば逃がす心配はない」

「それなら別に、あなた一人でやらなくてもいいでしょ。囮として機能するなら、誘き寄せてから私が全力で魔法を撃てばいいんだから」

「……一人に執着させた方がやりやすい」


 微かに聞こえる「キリヤカイト」を呼ぶ声。

 俺のフルネームを知っているということは教室ごと転移してきた者の内の誰かがいるということだ。そこに姉達がいるのかどうかは確認しておきたい。還すならあの四人が先決だと思っているが、死んだら死んだでそれは頭から消していい。


「まぁいいじゃろう」

「キルヒ殿……」


 キルヒの投げ槍な言葉に、リディネラが眉を寄せた。


「カイトがダメなら妾達が加わる。それで対応できんかったら結局騎士がいたところで無駄じゃ」


 そう言うキルヒの顔には危機感が全く感じられない。おそらく自分の強さに自信がある故の言葉だろう。どんな敵が相手でも妾が本気を出せば大丈夫。そう思っているのが容易に感じ取れた。強者の油断というヤツか。


「私は~カイト君を信じてるよ~」


 それに消し飛ばすのはできないしね~、とはルーリエの言い分だ。

 五人いる内の三人が、俺が行くという案に賛成したせいでリディネラも考える必要が出てきた。


「……はぁ。仕方がない、いいだろう。ただし危険を感じたら撤退しろ。お前まであれに吸収されてしまっては、どれだけ強くなるかわからん」


 リディネラは心から納得したわけではなさそうだったが、許可を出してくれた。

 確かに俺の『蠱毒』と同様の効果を持っていた場合彼女達では適わないだろう。なにせシオナスから得た『魔力軽減』のせいでほとんど魔法が意味をなさないからな。順当な案であるフィシルの魔法による殲滅は不可能になってしまうだろう。そうなると国ごと壊滅する可能性も出てくる。

 死ぬのが怖いと思う心は残っていなくても、死んでも意識が残り続けるかもしれないと考えるとやるせない。討伐されるまでずっと暇と考えると、そんな事態は避けた方がいいだろう。


「……まぁいいわ。一人で突っ走って死なないでよ」

「……喰われたら死ぬかは知らないがな」


 一部でも自切可能なら再生し体勢を立て直すことはできるかもしれない。とはいえ分身を作ったとしても片方が呑み込まれてしまえばその時点で今の俺のステータスやスキルがあいつのモノになる可能性もある。充分に気をつけるべきだろう。


「……行ってくる」


 四人に行ってから、軽く跳んでから足を曲げて着地し足元の木に思い切り体重をかける。ぐぐぐ、と木がへし折れそうなほど曲がる。そのまま木が元に戻ろうとする勢いを利用して跳躍し、肉塊へ向かって大きく跳躍した。

 軽く跳んだつもりだったが一回で近くまで行けそうだ。


 近づいていくと、醜悪な姿が明確になっていく。あまり視界に入れたくないと思う人が多そうだ。肌色の肉塊に口と触手があるだけの、生物とも言えない化け物。上の方は上半身が生えているのでより生理的嫌悪感を増している。

 肉塊でも頭という概念はあるのか、少し真ん中が盛り上がっておりその頂点に生えた人が俺を呼んでいた。


「キリ、ヤァア、灰トォ……!」


 呻き声に混じっているので聞き取りづらくはあるが、間違いない。元の世界での俺の名前、桐谷灰人を呼んでいた。

 そこから感じ取れるのは憎悪や怨念といった類いだ。断じて俺に助けを求めているような声ではない。


「……」


 しかし、こいつは誰だったか。

 金髪の男だった。太く青白い血管が浮き出ているが、元は引き締まった身体をしていただろうことがわかる。

 男の他に喰われたヤツも見てみるが、見覚えのある顔はいない。人で女はいなかったので、姉や教師はいないようだ。まぁ諌山先生は能力が高そうだからな。こちらに来て得た力も含めて早々に死ぬことはなさそうだ。


 ……金髪の男か。こっちに転移してきたのは俺の所属するクラスに在籍していた者達と、生徒会と風紀委員長、そして教師二人だ。そこに該当するヤツがいただろうか。もしかしたら俺と関わりのないクラスメイトだったのかもしれない。覚えていないということは、きっとアニメなどで言えば名前も出てこないモブだったのだろう。

 だとしてもなぜ俺に恨み言を? いや、そうか。そういえば去り際に全員を麻痺させていたな。それで運悪く麻痺中にモンスターに襲われて死んでしまったのかもしれない。それなら納得だ。死因を作った俺に恨みを抱くのも頷けた。


 すた、と肉塊から十メートルほど離れた位置に着地できた。


「見ィつケタぞォオ! 桐谷アアアアァァァ!」


 目がついているのかわからない。頂点の男の目は陥没しているようだったが。

 それでも俺が近づいたことを察知し、触手を正確に俺の方へと伸ばしてきた。『紫電』による紫の雷を全身から放ち炭化させる。炭となって崩れ落ちるが、無事な部分から新たに生えてきた。……『再生』などのスキルなのか、『蠱毒』のようにストックしてある肉で補っているのか判断がつかないな。


「あ、あああアァァァァぁぁぁ!」


 憤怒の声を上げて全身から黄色い雷を放出する。……雷系のスキルでも持っているのか。なら『紫電』があるからいらないな。


 ――と、そこまで考えて既視感を覚えた。

 前にも同じことを思ったような気がする。


「桐谷灰人ッ、桐谷灰人オオォォォォォォ!」


 放電が激しくなった。『紫電』を纏うだけで対抗できるので、特に警戒すべきスキルではない。後はこれが本来持っていたスキルなのか、喰らったことで奪ったスキルなのか、だが。

 別にどちらでもいいか。俺も持っているスキルならわかりやすいが、あまり黒の森ではモンスターを倒していない。雷を放つモンスターがいたかどうかも怪しいが。

 果たして身体やステータスが奪えても、スキルまで奪えるかは別なのか。推測ばかりだがリディネラも知らない、世界初とも言える未知の生命体だそうだ。なるべく情報があった方がいいのかもしれない。


 とりあえず、そうだな。『紫電』で頂点以外の左右を消し炭にしてやろう。


 俺はそう決めると魔力を込めて『紫電』を放った。紫の雷電が俺から肉塊へと向かい、当たった箇所を炭へと変えていく。


「アアアアァァァ! イダイ、痛イイィィィィ!」


 痛みはあるらしい。生えている身体の中で頂点の男だけが反応を示した。消し炭になる過程でも無反応だったことを見ると、ただの飾りか。既に死んだ肉体なのだろうか。

 触手では悲鳴を上げなかったので、彼の意思には関与していないのかもしれない。それか他のヤツの身体で作られているからか。肉を結合させるのに彼の下半身だった肉が必要だから左右の肉にも効果があるとか、そういう理由だろうか。


「死ねェ!」


 また放電。目の前のヤツに雷しか使えないように見せる知恵はないと思うので、もしかしたら元々持っていた雷しか使えないのかもしれない。

 再び『紫電』で相殺しようとすると、ぶつかり合った雷同士が相殺されずに『紫電』が勝ったのか肉塊へと届いた。なんだ、本当に『紫電』の下位互換なのか――。


 あ、思い出した。


「……御宮優輝」


 ようやく思い出せた。生徒会副会長の御宮優輝だ。確かに雷を操るスキルを持っていた気がする。

 確かいらないスキルだったから当時来たギシュラキに向かって放り投げたのだったか。その時に死んだはずだが、あれからきっと誰かの手が加わってこうなったのだろう。しかしそうなると、誰がなんのためにという疑問が浮かんでくる。


「カイ人オオォォォォォォ!」


 また放電。バカの一つ覚えだった。考え事をしている内に肉塊が再生している。しかしそこに生えていた上半身がないことを見ると、あれらはそのまま元の身体を流用しているようだ。

 もしかして御宮は雷を操る以外のスキルを持っていなかったのだろうか。だとしたら余程この世界に才能がないと思われたのだろう。俺は種族に関わるスキル以外に二つも持っていたというのに。


 ……御宮以外の肉塊を消し飛ばすか。


 そうすれば死体を操っている本体(・・)が判明するかもしれない。


 俺は全身から『紫電』を発して雷や触手に対処しつつ、左手を突き上げた。開いた掌に『紫電』を凝縮させていく。激しい電光が辺りを照らし、木々や地面を焦がして煙が上がった。

 異世界に来てから技の大切さを学んだ。色々と試してみたがただ放つよりもイメージに名前をつけて固定化した方が威力が上がるのだ。


 だからここで初めて、『紫電』の技を創ろう。


 今まで『紫電』でできることをやっていただけだったが、そこに形を創ろう。今までの使用方法も名前をつけることで完成度が高まるかもしれない。


 俺は溜めた『紫電』が上空の天候すら変えて黒雲を呼び込むほどになったのを確認し、名前を考え始める。


「そ、そんなモノ効クわけがナイカらやめロ! 無意味ニ魔力を消費すルだけだゾ!」


 高まる魔力を感知したのか、元御宮がじりじりと後退していた。……さっき効果あっただろうに、なに言ってんだこいつ。急に自意識を取り戻し始めたな。死の恐怖でも感じたのだろうか。ギリギリ消し飛ばない程度には調整するつもりだが、瀕死になるのは間違いないと思われるからな。

 さて、名前をつけるとは決めたがどんな名前にしようか。

 『黒皇帝』では「黒」をつけてみているが、『紫電』はどうしよう。技名なら『紫電』をそれそのまま使うか、ルビを振る形か、片仮名にするか。色々と形はあるが、『紫電』の技は技で統一感を持たせればそれでいいような気がする。

 要は、それっぽければなんでもいいというわけだな。


 だがまぁ、とりあえず深く考えずにシンプルな名前にしよう。


 今から放つのも、ただただ破壊力だけを突き詰めた一撃だ。


 俺は左手に溜めた『紫電』をそのまま上空へと移した。雷の速さで黒雲に潜った『紫電』はごろごろと雷鳴を轟かせて帯電し。御宮は眩しさからか恐怖からか、触手を生やして自分の身体を覆う。


「……紫電の雷鎚(いかづち)


 紫の電光が光ったかと思うと極大の『紫電』が降った。

 肉塊全てを包み込む範囲に降った『紫電』は炭すら残さず対象を消滅させていく。『紫電』は肉塊だけに留まらず黒の大地まで破壊していった。


 御宮が消し飛んでしまいそうなので、途中で解除する。


 『紫電』が収まった後に両腕をなくし所々焼け焦げた御宮の上半身が投げ出された。大地に深い穴を開けてしまったので落下しそうなところを黒で穴のないところへ放る。

 穴の手前に落とし、俺は歩いて近づいていく。見た目ではわかりにくいが、地面が焼けているらしく焦げた匂いがした。


「……あ、ァ……」


 断面も焼かれたので再生もままならないのか、呻き声を上げるだけで動こうともしない。それとももう肉塊を作るだけの材料がなくなってしまったのか。

 どちらにせよ戦意はもうなさそうだな。後は本体が出てくればいいが。


「……こ、殺サナいデクれ。ア、謝るかラ。今マでお前ニしてキたこト謝るから」


 目がないので涙が流れているわけではないが、動けない身体で懇願してくる。

 俺はなにも言わず屈んで胸の少し左、心臓のある部分に右手を添えた。


 はてさて。


「……不思議なことを言うな。あんたは俺に謝るようなことをしたんだっけか?」


 そんな心当たりはなかった。だから謝られようと理由がわからないので、殺すのをやめる気は起きないだろうに。


「……」


 御宮はなぜか呆然とした様子だったが。彼には俺に悪いことをしたという自覚でもあったのだろうか。確か否を認めず正当化するのがこいつの本性だった気はするが、一度死んだことが悔い改めたのだろう。それか口から出任せを言ったかだな。後者の方が可能としては高いだろう。

 バカは死んでも治らないと言う。御宮優輝の人間性が一度死んだ程度で変わるわけはない。


 俺はそのまま御宮の身体に爪を突き立てるようにして心臓――のあった場所を抉り取った。血は生暖かいらしいが、既に死んだ身体の御宮の血は冷たい。

 俺が抉り出したのは心臓ではなく、目玉が一つついた肉塊に触手が生えたような生物だった。うねうねと触手を動かし、俺の手へと伸ばしてくる。


「……寄生生物に似てるな」


 フーアの母親、フェザードラゴンに寄生していたヤツに似ていた。ダンジョンに寄生生物がいるとは考えにくいという判断だったので、おそらく今回こいつを放ったのと同一人物、または同一団体が犯人と考えていいだろう。

 そんなことができる人物を、まだこの世界に詳しくない俺は知らないが。


 そいつは触手を俺の手の皮を破り中へと侵入しようとしてくる。触手の先から神経を侵食して身体を乗っ取るのだろう。指先の感覚がなくなった。仕方なく『紫電』で肘から先を消し飛ばす。腕は新しく構築し直して、動かなくなった御宮を見やった。


「……始末しておくか」


 また死体を再利用されても面倒だ。

 今回のヤツは身体に寄生し、他生物を喰らうことで成長する。加えて死体に寄生した場合は怨念をも取り込むことができる。能力としてはこんなところだろう。結局吸収した他のヤツの能力は使わなかったので、おそらく最初に寄生したベースとなる生物の持っていた能力しか使うことができない。『蠱毒』の完全下位互換だ。

 しかし、発想自体は悪くない。他の生物を喰らって成長する生物。完成したら脅威になり得るだろう。気をつけておくべきか。


 俺はとりあえず死んでも戻ってきた御宮の死体を『紫電』で消し炭にしておいた。


 ――と。


 不意に殺気を感じて後方へ飛び退く、が左腕を切り落とされた。……割と本気で避けたつもりだったが。

 俺が先程までいた場所に、奇妙なヤツがいた。赤い長髪に鈍色の仮面をつけた女性、だろうか。身長三メートルと、同等の大きさをした大剣。

 大剣を振り下ろした体勢で、叩きつけられた切っ先から俺のずっと後方まで地面に亀裂が走っていた。……殺気は感じたが、どちらかというと俺がどの程度で死ぬか試した、といったところだろうか。敵意は感じない。


「何者」


 感情の込められていない無機質な声だ。女性の姿ではあるが、おそらくヒトの類いではない。モンスターの一種か?


「……それはこっちのセリフだ。戦う意志がないなら去れ」


 有用なスキルを持っていそうだが、正直なところ本気で戦っても勝てるかどうかはわからない。持てる全力を尽くしても五分五分といったところか。隠し玉を相手が持っているとして、今の俺では敗色濃厚と考えた方がいいだろう。ある程度過小評価をするくらいがいい保身になるだろうからな。


「……何者」


 再度同じ問いかけをしてきた。どうやら「答えろ、さもなくば殺すぞ」と言いたいらしい。殺気が強まった。……俺の見立てでは互角だろうに、下に見られてしまっているようだ。威嚇でもしようか。

 俺は右腰に提げた剣の柄に手をかけると、そのまま抜き放つに任せて一閃した。剣速に合わせて刃が伸びるも、跳躍して回避されてしまう。かなりの身体能力だ。筋力も反射神経も漏れなく高いだろう。


「無知」


 静かな声で言って、相手は着地と同時に踏み込んでくる。振るわれた大剣に向かって剣を振り、鍔迫り合い中に火花を散らせてを発動させるがダメージが通った様子はなかった。


「無駄」


 口数の少ないヤツだ。というよりフーア以外で喋るモンスターを初めて見た。かなり高位の魔物なのかもしれない。対峙している俺にかかる威圧感も、並のモンスターでないと訴えてくる。

 相手の目的がわからないが、御宮を殺したタイミングだったので、寄生生物を放った一味とかだろうか。


「粉砕」


 鍔迫り合いを弾くと、両手で大剣の柄を握り豪腕を振るった。俺は上段から振り下ろされた刃を、剣を横に構え右手で刃を押さえて受け止めるが、相手の怪力によって地面が陥没した。


「……伝導強めでいくか」


 『紫電』を迸らせると相手が感電を警戒してか剣を引こうとするが、それを許すわけがない。追うように剣を振るって『紫電』を放った。紫の電流が剣を伝って相手の身体を襲うものの、痛そうに後方へ跳躍した程度だった。……普通に『紫電』を放つ程度じゃダメージにもならないか。小手調べとはいえ分が悪いな。


「不覚」


 心にも思っていなさそうな声音だった。


「……“仮面の斬鬼”メナイ」


 大剣を下ろしたかと思うと、急に名乗った。


「何者」


 そしてもう一度俺に名前を尋ねてくる。どうやら自分が名乗ったから俺にも名乗れ、ということらしい。


「……カイトだ」


 他に名乗る二つ名はない。……向こうの考えとしては、この程度で攻撃すれば死なないだろうと踏んで試しに挑んできた。そして見事に凌いだから名前を名乗るに値すると見た。こんなところだろうが、やっぱり舐められてるな。戦わなくても俺が同等の力を持っていることくらい、理解できそうなモノだが。

 まさか戦ってみなければわからない、などということはないと思うのだが。


 少し本気を見せるか。まぁ威嚇なようなモノだ。黒いオーラと『紫電』を迸らせればそれなりに強く見えるだろう。


「……舐められたモノだな」


 言いながら、威嚇を実行した。全身から黒いオーラを立ち昇らせ、『紫電』で周囲の空気を焼く。余りある魔力を放出し、他にも強そうな見た目のスキルはあったかと思案していく。


「……っ!」


 すると相手は反射的な行動なのか、後方へと大きく跳び退いた。俺と同等の筋力で跳び退けば、遥か遠くまで距離を置くことになる。……その程度の距離でいいのか?

 俺の強さを示す意味も含めて、剣を横薙ぎに振るった。銀の剣閃が黒の森を横断し木々が瞬時に切り裂かれていく。向こうの山に届かないよう加減はしたが、相手はもちろん身を屈めて回避していた。大きな足が地面を蹴る。地面が陥没し斬り飛ばされた黒い木が衝撃で宙を舞った。真っ直ぐ俺の方に跳んでくると、そのままの勢いで襲いかかってきた。……ふむ、それなりに本気になったか。


「……これなら、小手調べにも丁度いいだろ」


 俺も迎え撃ち、互いの刃がぶつかり合った衝撃でクレーターが出来上がった。仮面をしているせいで表情は見えないが、俺への警戒度を上げたことは雰囲気でわかる。

 俺は剣を引いて相手の体勢を崩し、右足で回り蹴りを放ち十メートルほど距離を離す。それから高速で刃を振るい手首を使って軌道を曲げることによってほぼ同時に多方向から攻撃を仕かけることに成功した。いくつかは対応されるがその内の一つが相手の肌を浅く斬りつけた。……もう少し速めてみるか。

 相手の対応速度を見極めるために、もう一段階ギアを上げてみる。当たる回数は増えていくが、流石に勘がいいらしく致命傷になりそうな箇所は弾いていた。試しに空いている右手から『紫電』を放って右脚を貫こうとしてみるが、避けられてしまう。その間も当たる回数は増えなかったので、対応力は高そうだ。反射神経が高ければなんとかなる範囲でもあるからな。


 というかこの手の攻撃は、結局剣は一本なのだから最初に来た一撃を大きく弾けば二撃目が来なくなるのだが。


 と思っていたら考えていた通りに実行されてしまった。タイミング的に心を読む能力を疑ってしまうが、それならもっと早く手を打っていただろう。


「見事」


 仮面の魔物はそれだけを言うと、再び大剣を下げた。もう小手調べはいいようだ。


「……俺とお前はおそらく同程度の力を持ってる。それをもっと早く察するべきだったな」

「未熟、謝罪」


 意外と素直だ。頭を下げるようなことはしなかったが、自分の至らない点を認められる者は成長ができる。


「……用が済んだなら帰るからな」


 俺は剣を鞘に収めると踵を返して一緒に来た者達のいるところへ向かおうと歩を進めた。出していた『紫電』やオーラ、魔力を引っ込めてから歩みを止めずに釘を刺しておく。


「……次会ったらどっちかが死ぬまで殺し合いだ」

「理解。精進」


 おそらく「わかった。その時が来るまでもっと強くなっておく」というような意味合いだろう。……理解してくれたならいいか。普通の人と違って必死になるということがないせいで火事場の馬鹿力のようなモノが出ないだろう俺にとって、ギリギリ勝てるか勝てないかの相手とやるのは死の確率が上回ってしまう。ステータス差が大きくある相手となら兎も角、同等や格上と戦うのは遠慮したかった。


 歩いて戻る途中、仮面女の気配が消えてから一緒に来ていた四人が出迎えてくれる。


「……」


 四人は厳しい顔をしていた。肉塊は倒したから依頼としては達成しただろうが。


「……カイト。お主前よりも強くなったじゃろう」


 キルヒが重々しく唇を開いた。


「……ああ。レベルが上がったからな」

「そういう話じゃないわ。妾達が感じた途轍もない力は、レベルが上がった程度の変化ではないことぐらいわかる。仮に歴代黒帝であってもそこまでの力は手にしておらんかった。お主、『黒皇帝』以外に特別なスキルを持っておるじゃろう」


 ……どうやら『蠱毒』によって急激にステータスが上がったせいで警戒されてしまったらしい。ルーリエですら表情が硬いところを見ると、余程異様に映ったんだろうか。

 どうするか。『蠱毒』について明かせば危険視されて高難易度ダンジョンへの挑戦を制限されてしまうかもしれない。しかし明かさなければ警戒レベルを下げることはできない、か。


「……持ってるが、明かす気はない」

「当たり前じゃ。手札を簡単に明かされてはそれを信用できんからの」


 意外にも好感触な反応が返ってきた。確かにスキルがバレてしまえばそいつができることを全てわかることになり対策を取ることができてしまう。そういう意味でも『蠱毒』は強いが。


「……だが、お前の力は警戒するに値するほどだ。それは、よく覚えておいてくれ。その上で行動してくれると助かるんだが」


 リディネラは厳しい表情を崩さずに言ってきた。ギルドマスターとして人命を背負う立場にあるからだろう。もし俺が国に反逆するようなことがあれば一大事だからな。


「……わかった。特にやりたいことがないからな、別に俺がなにをしようとは思わない」


 漠然と生きているだけの俺に、わざわざ目立つようなことをする気は起きない。


「そうか。ならいいんだが」


 リディネラはひとまず安心した様子で緊張を解いた。そんな彼女に対して、今回の件を報告し悩みの種を一つ増やしてやることにしよう。


「……あの奇妙な肉塊だが、本体は寄生生物だった。元になったヤツは死体だったはずだが、その場にあった怨念も取り込める可能性が高い。あと喰った生物のステータスと肉は加算されるのかもしれないが、スキル自体は最初に寄生したヤツが持っていたスキルしか使えないみたいだな」

「また寄生生物……始末はできたのか?」

「……ああ。肉片も残さず始末しておいた」

「そうか。ならいい。……ダンジョンでも黒の森でも寄生生物がいた。リンデオール王国を狙っているか、たまたまと考えるべきか」

「たまたまでしょ。高難易度ダンジョンがあって、黒の森という魔力を持った生物が育ちやすい土壌があった。だからここに集中してるってだけよ。国を狙うなら国の中に放った方が被害を出すにはいいわ」


 俺の報告にリディネラが難しい顔をし始め、フィシルが推測を述べた。


「寄生生物を創れる者などそうはおらんじゃろ。世に出ておらん学者でない限り、特定は難しくないじゃろうな」


 キルヒは先程までの警戒した様子から一転、普段の気負いない雰囲気に変わっている。リディネラとフィシルが寄生生物について話し合っている中、彼女はちょこちょこと俺の方に近寄ってきた。


「……のう、カイトよ。久し振りに会ったことじゃし、妾の館に来んか? なんなら泊まっても良いぞ」


 ひそひそと小声で館に招待してくるが、その魂胆は丸見えだ。


「……誰が好き好んで干乾びに行くんだ」

「おっと、バレておったかの」

「……涎」


 口端から垂れる唾液が、それを物語っていた。キルヒは俺に指摘されて慌てた様子でごしごしと袖で口元を拭う。


「ねぇ~、カイト君~」


 事が済んだため街の方へ歩き始めた中、ルーリエがこちらを覗き込むようにしてきた。キルヒの後ろからだったせいで幼女姿のキルヒの頭に大きな二つの塊がのしかかる。


「お、重いんじゃが」

「ごめんね~」


 重量感のあるモノを載せられて文句を言った小さな吸血鬼に謝って、俺の後ろを通り逆の右側に移った。


「あの後なんだけど~、なに(・・)と戦ってたの~」


 いつもと変わらぬにこにことした表情で、奇妙なことを言い出す。


「……あの後?」


 どの時のことかわからず聞き返した。


「うん~。あの紫色の雷でどっかーん、ってやってトドメを刺した後だよ~」


 間延びしたいつも通りの口調だが、なぜか内から湧き出る感情を必死で抑えているようにも感じた。……『紫電』で技を撃った後だから、おそらく“仮面の斬鬼”とやらのことか。


「……“仮面の斬鬼”メナイ、って名乗ってたな」

「「「っ!?」」」


 俺が言うと、なぜかリディネラとフィシルまで俺の方を驚いた様子で振り返ってきた。……なんだ? 場所を移したわけじゃないんだから戦ってるところを見たはずだろうに。


「……そっか。生きてたんだ」


 ぼそりと隣にいた俺が微かに聞こえるくらいの声で、ルーリエが言った。間延びした口調でない、おそらく真剣になった時のモノだろう。


「“仮面の斬鬼”メナイと言えば、最強の魔物の一角とされる者じゃな。身の丈もある大剣を軽々と振り回して並みいる敵を薙ぎ払ったとかいう。確か数年前に姿を消したとか聞いたのう」


 キルヒが説明してくれた。……あれが最強の魔物、か。まだ力を持て余しているというか、自分のモノになっていない感じはしたが。未熟さを指摘するなんて、敵に塩を送るような行為はしない方が良かったかもしれない。弱いままでさっさと倒させてくれればその力が得られるわけだからな。


「あとはね~、着けてる仮面に『認識阻害』がかかってて~、戦ってる人以外見ることもできないんだよ~」


 ルーリエの説明でようやく理解できた。俺とメナイという魔物の戦いは認識されず、俺が一人で剣を振るっているように見えたのだろう。それはそれでおかしな光景だったろうな。


「よく無事だったのう」

「……互いに小手調べ程度だったからな。向こうも、自分の縄張りに来た強そうな者を見かけてちょっかいをかけてきただけみたいだったからな」

「黒の森が縄張りか~。近いんだね~。ところでカイト君はあの魔物に勝てると思う~?」

「……力量は互角だろうが、本気で戦えばわからないな。多分負けると思うが」

「最強の魔物と互角と豪語するとは、余程自信があるみたいじゃな。今日も一件も本気でなかったみたいじゃし、いつか本気のカイトを見てみたいものじゃ」

「……機会があればな」


 結局リディネラとフィシルは考えることが多いからか話には入ってこなかったが、ルーリエからはメナイについて色々なことを聞かれた。

 彼女はメナイに執着するような因縁があるようだ。深くは聞かない方がいいと思うが、有用なスキルを持っているなら俺に譲って欲しいモノだ。


 ……その三日後、現役を引退し受付嬢に転職していたルーリエがSSS級冒険者として現役に復帰した。

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