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ルグルス・アルヘロル

「よう。なぁ、あんたスッゲー強いんだって?」


 ある日の夕方、依頼の報告をしに集会所を訪れていた俺に、珍しく話しかけてくる人物があった。


 相も変わらず雑多返した冒険者ギルドの集会所で、気安く俺に向けて片手を挙げている。最初は後ろの人物かと思ったが、微妙に向きが違う。俺に話しかけてきているのだろうが、俺は目の前の青年と会ったことがあっただろうか?


 明るい茶髪をした碧眼の青年だ。目線は俺と同じくらいだが、年齢はいくつか上に見える。口元に人懐っこい笑みを浮かべていて、一見すると悪意や敵意の類いは感じ取れなかった。周囲を素早く窺っても、こちらを警戒したように見ている者はいない。仲間がいないわけではないだろうが、今は一人のようだ。装備は豪華というわけでなく、実用性を追及したモノとなっている。古傷もいくつか見えるので、よく言えば物を大切にするタイプか。紺の長袖の下の腕はよく鍛えられていることがわかる。かといってエリオナから強い冒険者の名前を聞いているが、そいつらの特徴的な外見とは一致しない。

 下級ではなさそうだが、中級冒険者だろうか。

 背中に盾、左腰に剣を提げているので前に出て盾となる戦い方をするのだろう。


「……さぁな」


 無視したら予想外の大物だったとかいう展開が待っていて後々面倒になるなら会話ぐらいはした方がいいだろう。ある程度会話して、キリのいいところで帰るようにするか。


「冷たいな。まぁあっち座ろうぜ。奢ってやるから」


 青年は苦笑すると、親指で背後の席を指差した。「SSS冒険者様なら奢る必要はないだろうけどよ」とつけ足して。確かに酒の一杯で生活費に影響は全くない。わかっていて奢ると言うことは、なにか座って話したい用件でもあるのだろうか。立ち話で済まさないということは長い話になるかもしれない。

 とはいえ、俺をSSS級冒険者だと知っているということは、他の実力者達と近い強さを持っていると推測できるはずだ。新参者いびりや大勢でのリンチとは考えにくいか。


「……まぁ、少しだけなら」


 あまり長時間は付き合えないという風に捉えてくれれば御の字だ。


「そういや、噂ではなんか、娘だか妹がいるとか聞いたことあったな。まぁ、あんま長くはかけねぇよ」


 俺の答えから自分の知っている情報を思い返して勝手に納得してくれた。……おそらくフーアのことだろうが、あまり目立たないようにはしていたが噂になっているとは思わなかった。やはり一時的に騒ぎになってしまったのが原因だろう。対策を考えておく必要があるな。

 とりあえず俺としては、こいつとの会話から自分がどういう風に思われているのかを探る方針としよう。場合によってはこの街から出ていくことも検討するか。この世界の現在頂点に位置する者の存在や周辺地理ぐらいは頭に入れてからでないといけない。野生でサバイバル世界を行える技術はない、と思う。俺も元は普通の高校生だからな。狩猟技術、獲物を捌く技術、食べられるモノを判断する知識などなど……。人の文化から離れて暮らすには必要なモノが多すぎる。


 俺は青年に促されて、壁際の二人席に腰かけた。木の丸テーブルを挟んで向かいに相手が見える形だ。

 青年は注文を聞きに来たウエイトレスに「エール二つで」と注文してから俺に向き直る。


「改めて名乗らせてもらう。俺はルグルス・アルヘロル。B級冒険者だ、一応な」


 人に警戒心を抱かせない笑みを浮かべて自己紹介をした。俺も倣うべきだろう。


「……カイトだ」


 簡潔に答える。入学やクラス替えなどがあって自己紹介をしてください、と言われれば名前と「よろしくお願いします」だけ言って終わらせる方の人だ。


「知ってるよ。最近有名だからな、あんた」

「……そうなのか」

「なに言ってんだよ。現れてから数日でSSS級冒険者になった旅人なんて、有名にならない方がおかしいだろ」


 呆れたような苦笑で言われ、確かにと納得した。履歴が残るのに高難易度ダンジョンに入ってしまったのが裏目に出た結果だ。もう少し時間を置く、もしくは討伐記録を残さない方法を考える、どちらかを行った方が良かったかもしれない。


「……確かにな」

「だろ? それに、SSS級冒険者になる前に強い人達と一緒に高難易度ダンジョンに向かったんだろ? スッゲーよな、ホント」


 ルグルスの目は爛々と輝いている。そんな彼を見て俺が思い出したのはお伽話の英雄に憧れる少年の姿だった。彼にとって十騎士やSSS級冒険者という存在は雲の上の存在なのだろう。そんなヤツが話しかけてくる俺は強者のオーラがないのだろうか。魔物にも見つかったら襲われるし、ステータスが高ければ警戒して襲ってこないということも考えられたのだが。きっと強そうに見えないのだろう。


「で、どうだったよ。あの人達の戦いっぷりは。いいよな、あんたは。あの人達の戦いが間近で見れたんだから。まぁあんたも同等、いやそれ以上の強さなんだろうからあんまわかんないかもしれないんだけど」


 興奮気味に話す彼の元に、両手にジョッキを持ったウエイトレスがやってくる。俺と彼の近くにそれぞれのジョッキを置くと、ルグルスは「あ、ども」と軽く頭を下げてからジョッキを持つと、こちらへ掲げてくる。乾杯しようぜということか。この様子だと俺になにか話があるわけではなく、彼がなにかを話したいという気持ちの方が強そうだ。適当に付き合ってしばらく経ったら切り上げるか。


「十騎士は言ってしまえば、各属性のスペシャリスト達だからな。上には神落ちの女神ぐらいなんだから、凄いのは当然なんだけどな」

 女神と言えば姉や教師達がそれに当たるので比較的身近に感じることもあり、それより下と言われて凄いとは思えなかった。

「十騎士の人達はまだレベル後半差しかかったくらいだって言われるのに、凄いよな。まだ若いし今よりもっと強くなれるんだから」

 十人以上で全力出してシオナスの一体も屠れないで成長が止まってしまっては、そこから先の階層など突破できないだろうからな。

「そういや二十階層まで行ったんだってな。流石はこの街でも選りすぐりの皆さんだ」

 俺は今三十五階層まで到達しているんだが。


 などと彼の憧れを打ち砕くような返答を呑み込みつつ、適当な相槌を打つ。


「……そういえば、高難易度ダンジョンに最初挑んだのは平均するとB級だと聞いた気がするが、あんたは違うのか?」


 記憶を頼りに尋ねる。確か……三十名ぐらいいて十人も残らなかったという話を聞いた覚えがあった。


「あ、あー。そう、だな。俺は恥ずかしながら、おかげと言っちゃあ不謹慎だが、B級以上の冒険者が少なくなった結果繰り上がってB級になったんだよ。元々DからCに上がる目前ぐらいだとは思うんだが。急遽昇格試験で二階級特進ってわけだ」


 そう言うと死んだみたいに聞こえるけどな、と冗談めかして笑った。活気がなくなり始めた街だからこそ、無理にでも笑える明るい人物が重宝されそうな気はする。元々人望がなかったわけでもないのだろう。飲んでいる間も、何人かが彼に話しかけていた。

 加えて、二階級特進という言葉が出てきたということは、軍のようなモノが存在するのかもしれない。まだ他国についてはあまり調べていないが。この国の軍事力としては王国騎士団が挙げられると聞いている。


「……そうだったのか」

「ああ。流石に高難易度の初見調査に全冒険者を投入するのは難しいからな。この街の冒険者、同ランクで言えば三分の一ぐらいの人数で行ったわけなんだが」


 彼はそう言うと酒に酔った赤ら顔を少し伏せた。


「……そうか。すぐ近くに王都があるが、そっち方面にはダンジョンは出なかったのか?」


 ここ、ドルセンという街から南に行くと王都がある。ここより大きく王城のある王都。王の住まう街を騎士団の副団長が離れていいのかと思ったが、騎士団の大半は王都に構えており、エリオナより強いという団長がいるためエリオナはドルセンの街における指揮を任されているのだ。

 一ヶ所に戦力を集中させないのは、団長の実力が高いという証だろうか。団長がいれば王は安全だ。そういう信頼の下成り立っているのかもしれない。


「ああ、王都の方は大丈夫なんだ。ここのダンジョンが近すぎるだけでな。リンデオールにあるのはここの近くと、あと二つだっけか。人里から離れた位置だから、優先度は低いっちゃ低いんだが」


 ここ、リンデオール王国には合計で三つあるようだ。残る二つにも行ってみたいところだが、近辺ではないようなのであまり遠出するわけにもいかないか。


「ああ、あとそうだ!」


 思いついたように、目を輝かせて前のめりになるルグルス。こいつのいいところは、俺の知らない情報を酔いと憧れによってべらべらと喋ってくるところだろう。適当に話を合わせるだけでいいので、非常に有り難い。

 話しかけてきたこと自体は面倒だが、情報収集のためだと思えば問題ない。


「天空、大地、海底の三つに七大罪を模した高難易度ダンジョンの中でも高難易度なダンジョンがあるらしいぜ! 今現在確認されているその十個のダンジョンは、別名“神の試練”とも呼ばれて他とは桁違いの難易度なんだと!」


 それはいいことを聞いた。俺の『蠱毒』があると一個攻略したらあとは全て敵を倒すだけの作業になりそうだったからな。力試しをするにも試す必要すらない相手ばかりでは困る。

 自分の分身を創ってそいつ相手に試すしかなくなってしまう。それを今避けているのは、結局のところ自分の意識が分裂し不毛な戦いを起こす可能性があるからだ。ラスボスが自分から分裂した自分でした、とか物語として面白くない。既存作品の二番煎じだろう。そういうのは最初にやるから面白いのだと思う。


「……そんなの、クリアできるヤツはいるのか?」


 近辺で強い者は見たが、あれが本気でないにしろシオナスレベルが雑魚で出てくるようなら厳しいだろう。俺も念のためいくつか高難易度ダンジョンを攻略してから向かいたいものだ。


「あー……どうなんだろな。世界中の最強が手を組めば攻略可能、って説が有力かね。なにせ帰ってきたヤツは一人もいねぇって話だし。先走ったSSSクラスの冒険者すらも、な」


 若干テンションが落ち着いた。SSSクラスというと、キルヒか。それはもっと強くなってからでないと挑戦できないな。本気を出した彼女達がどれだけ強いかは知らないが、それと同等の者が帰還しなかったと見るに本気でやっても勝てなかったということだろう。相性もあるから一概に言えないが、迂闊に飛び込んで無限に殺され続けるのは御免だ。


「……そうか」

「そうか、ってお前。もしカイトがもっと有名になったら、そういうのに召集される可能性もあるんだぞ。呑気にしてんなよ」


 そう言ってグラスでこつこつと俺の頭をつついてくる。酔いすぎたのだろう、絡み方が面倒になってきた。俺は飲んでも酔わないようだからいいのだが。


「……そうだな。じゃあ早く帰って明日に備えないとな」


 俺は頃合いと見て席を立つ。


「えっ? いや、冗談じゃん。もうちょっと飲もうぜ?」

「……長居する気はないと言っただろ。また、機会があればな」

「ちぇー。まぁいいや、可愛い妹さんによろしくなー」


 ルグルスはひらひらと手を振っていた。引き止めすぎないだけの理性は残っているようだ。「ああ」とだけ言い残してそのまま集会所を出た。

 ……ふむ。不自然はなかっただろうか。バイト以外の人付き合いが少なかったのでコミュニケーションに自信がない。自然に振る舞えていたならいいのだが。


 一応強者と接点を持った俺だが、得る情報が偏った目線からのみでは思い違いが発生する。一通り周辺の地理は頭に入れたが、やはり最新の情報は人の噂が先だ。庶民の持っている情報を、今後彼から聞くとしよう。

 であれば、もう少し親しげにするべきだろうか。無表情を変えずともこちらから飲みに誘う、自分の話をする。などが親密になってきたと思わせる手口だと思う。アニメや漫画で見てきた、親しい友人のやっていたことを上辺だけでもなぞってみよう。

 そうだな、次に会った時の言葉はこれにしよう。


「……この間は奢ってもらったからな、今回は俺が出そう」


 この前に「また飲みながらでも話すか?」と加えるとそれっぽいかもしれない。挨拶も欠かしてはダメだ。

 言葉の選び方一つで、相手の信頼を得るように動ければいい。相手がいいヤツであればあるほど、信じ込みやすい。

 それが必要そうならやってやろう。


 それくらいなら、バイトで慣れない笑顔を作るよりも簡単だ。


 向こうもおそらくだが、俺に近づくことで憧れの強者達とプライベートな関わりを持てることを期待しているのかもしれない。だとしたら無駄なことだが、向こうもこちらを利用しようとしているのだからこちらも利用しようとしても問題ないだろう。


 常識の範囲内で知識は得たが、今はもう少し情報を集めるべきだ。

 他にもやっておくと良さそうなことは色々とあるが、ひとまず情報は日頃から得ていく方針がいいだろう。


 やりたいことは特にないが、とりあえず適当に過ごすとしようか。

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